りなりあ

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指先の記憶 第二章-22-

2009-01-04 02:01:32 | 指先の記憶 第二章

私が弘先輩の存在を“認識”したのは、2年前の紫陽花の季節だった。
あの日、須賀君は早朝練習をサボっていて。

私は、校庭で弘先輩の姿を見つけて。
その前に本屋で会っているけれど、弘先輩は覚えているのだろうか?
本人に確認してみたい気もするけれど、あの日は私にとっては非日常の、決して忘れられない日。
祖母が亡くなり、1人になってしまった日。
でも、弘先輩には普段と変わらない日常の一瞬だったと思う。
きっと覚えていない。
あの本を私に差し出してくれた事など。
紫陽花を持って来てくれたカレンさんが、『好美ちゃんも、そんな年頃なのねぇ。』と言った日、私の心の中には確かに恋心は芽生えていたと思う。
弘先輩が卒業した事で少しずつ薄れてしまったその気持ちが、同じ高校に入学し、同じクラブに入部した事で、再び存在が増してきたのは事実だ。
でも、今の気持ちは、中学の頃と何かが違う気がする。
私の生活は、弘先輩の恋心だけで1日を終える訳ではない。
遠くに行ってしまったカレンさんの事、舞ちゃんや雅司君の事。
毎日、とても気になる。
絵里さんにも会いたいし、会いに来てくれない杏依ちゃんの事も気になる。
そして須賀君は私の生活の大部分を占めている。
確かに、気持ちが落ち着かないのは事実だ。
弘先輩は、なんだか独特の空気の中で1人で行動している感じだから、とても対応に困る。
2人で過しているのに、弘先輩は眠ってしまっている。
何時に眠るのかな?
いつも昼休憩は部室で眠っているみたいだし。
中学の時、須賀君が弘先輩はレギュラーではないと言ったのが理解できる。
早朝練習にも顔を見せるだけだし、部活も休む事がある。
でも、時々試合に出ると結果を残すから、弘先輩の事は理解できない事が多い。
睡眠不足の私は、弘先輩と同じように机に重ねた教科書の上に頭を乗せてみた。
思わず溜息が出てしまう。
“先輩達”は、とても気遣ってくれたのだと、改めて分かった。
瑠璃先輩は、先輩の御両親の田舎から送られてくる野菜を分けてくれる。
それは、私が1人暮らしだと知っているからだけれど、瑠璃先輩は、私の家族の事を何も深く聞かない。
そして、松原先輩は、自然に私の緊張を解いてくれた。
でも、弘先輩に対しては、どう対応して良いのか分からない。
相手が先輩だから、私よりも年上だから、相手から何か行動してもらいたいと思ってしまう。
それを期待しない方が良いとは思うけれど、私は完全に放置されている。
そんな事を気にせずに、私は勉強をすれば良いし、しなくちゃいけないけれど、ちょっと悔しい。
拗ねてしまっている自分に気付いて、情けないと思うし、その気持ちを弘先輩に要求するのは無理で、気持ちの処理に困ってしまう。
須賀君になら、この不満を言えるのに。
でも、そんな“甘え”があるから、雅司君の事に対して感じていた不満を言葉にしてしまった。
言ってしまった事を後悔していて、謝りたいけれど、私が謝ると須賀君は、何と返事をするだろう?

◇◇◇

さらさらと、髪が揺れていた。
誰かが髪を撫でている。
とても優しくて、そして大きな指。
「姫野。」
その声に、私の瞳はパチリと開いた。
視線が捕らえた人の顔を見て、慌てて頭を上げた。
「おはよう。…何してるんだ?勉強は?」
「…あ。」
周囲を見渡して、私は自分の前で眠っている弘先輩を見つけた。
その弘先輩の額を須賀君が私のボールペンで軽く押している。
「ちょ、ちょっと。須賀君。何してるの?」
驚いて慌てて、私は須賀君の手首を掴んだ。
「俺が聞きたい。どうして寝てるんだよ?弘先輩、姫野に教えなきゃダメだろ?姫野だって釣られて眠るな。」
「だって」
「だって?」
須賀君の瞳が私を見据える。
昨夜は眠れなかったと言えば、その理由を聞かれそうで、その理由を答えるのは嫌で。
「あぁ!!すっげぇー不安。任せていいのか?この人に。俺はどうして、今まで姫野の生活に気付かなかったんだよ。ムカツク。最悪だ。」
「あ、あのね。須賀君。そんなに自分を責めなくても。」
「だったら、まともな成績を保て。」
須賀君が、また弘先輩の額をボールペンで押した。