りなりあ

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指先の記憶 第二章-23-

2009-01-07 19:19:35 | 指先の記憶 第二章

朝日が差し込む教室は暖かくて、光を受けている弘先輩は穏やかな寝顔。
そんな弘先輩を、須賀君は不満げな表情で見ていた。
「…康太。」
あ、起きてる。
「痛い。」
弘先輩が目を開ける。
「…眩しい。」
そして、また目を閉じる。
「眠るな。弘先輩。」
先輩に対して命令口調は、問題だと思う。
弘先輩は怒るだろうか?
でも、弘先輩の怒っている姿は想像出来なかった。
「おはよう。」
弘先輩から、今日2度目の挨拶。
「お、は」
答えようとした私の前に、弘先輩は再び小さく割ったチョコを差し出した。
「ちょっと溶けちゃったね。」
私が受け取る事に戸惑い、弘先輩が眠ってしまった事で放置されていたチョコ。
それを摘んだ弘先輩の指が溶けたチョコで少し汚れた。
「溶けてるじゃないですか。」
須賀君が弘先輩の手首を掴んだ。
「康太」
弘先輩の小さな抵抗を無視した
須賀君が、弘先輩の指からチョコを取り上げて自分の口に放り込む。
指に付着したチョコを気にしながら、鞄から取り出したウェットティッシュを須賀君は半分に破ると一方を弘先輩に渡して指を拭くことを促した。
その行動が、須賀君の妙な几帳面さを現していて、私は彼の細かさに少し嫌悪した。
彼は間違っていない。
ウェットティッシュを持っていることも、指を拭くだけだから半分に分けたことも、決して間違っていないけれど。
「弘先輩、ありがとうございました。」
私は机の上に重ねていた教科書を鞄の中に入れた。
「お礼なんていう必要ないだろ?弘先輩寝てただけだし。姫野も。」
そうかもしれない。
でも、私の為に早朝の学校に
来てくれた事にはお礼を言いたい。
そして、私の中に、中学の頃のような気持ちがないことを気付かせてくれた事にもお礼を言いたかった。
「ありがとうございました。」
須賀君の声を無視して、再びお礼を言った私に弘先輩は変わらない笑みを返してくれる。
2度目はあるのだろうか?
今夜は瑠璃先輩の家に再びお邪魔することになっている。
週末も誘ってくれた。
瑠璃先輩に全てを頼るのは彼女の負担になってしまうだろうけれど、今後の事は瑠璃先輩が決めてくれるだろう。
「私、教室に行きますね。」
少しでも早く、ここから離れたくて私は2人よりも先に教室を出ることにした。
ドアを開けて、再度2人に挨拶をしようと思って振り向く前に、私は廊下に立つ人の存在に気付く。
「あの」
女子生徒が立っていた。
「はい?」
「ここに」
彼女が私の体の向こうを覗き込む。
背の低い私の頭上を彼女の視線が通り越していた。
その視線を追って振り向くと、弘先輩と須賀君がこちらに向かって歩いて来ていた。
「…康太」
その名前に、私は彼女に視線を戻した。
でも、彼女は私を見ていない。
「康太?」
須賀君が立ち止まった。
弘先輩は歩き続けて、そして私の隣に立つ。
「姫野さん。もうすぐ授業が始まるよ?」
まるで、女子生徒の存在など気付かないみたいに弘先輩は廊下に出て、そして振り向く。
「姫野さん。急いだほうがいいよ。」
須賀君も教室に行かなきゃ。
ここにいる女子生徒も。
でも、私を挟んで女子生徒と須賀君は向かい合っている。
「康太。」
今度は、彼女は、とてもはっきりと須賀君の名前を呼んだ。
「康太でしょ?」
そうです、須賀康太です。
私が答えたくなるほど、彼女は須賀君の名前を繰り返していた。
でも、須賀君は彼女の問いを肯定せず、小さな声で、
「遅い。」
と答えた。
「だって。分からないわよ。変でしょ?康太は急に転校しちゃうから、何処に行ったのか誰も知らないし。中学に入学した時も、新しく転校生が来た時も、ずっと探したのよ?高校だって」
この人は、私の知らない須賀君を知っている。
それが分かって、私は足を前に出した。