りなりあ

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約束を抱いて 第三章-24

2007-09-12 23:12:24 | 約束を抱いて 第三章

優輝と涼と久保が帰宅し、賑やかだったダイニングは急に静かになった。むつみの両親は明日の仕事の準備の為に、それぞれの部屋へ行き、晴己とむつみだけが残された。
和枝には帰宅してもらい、キッチンでは新堂の家政婦が後片付けを続けている。

ダイニングのテーブルには残った料理が並んだままで、むつみは明日の弁当に利用しようと考えてテーブルを見渡す。
あれだけの食事を食べる男性の食欲は凄いと思いながらも、それを超える量を作った晴己に驚いてしまう。
「むつみちゃん、ここは僕がしておくよ。明日の準備をしておいで。」
「えぇっと…でも。」
晴己は普段と変わらない笑顔だった。
食事中、晴己は随分と涼にワインを勧めていたし、晴己自身も飲んでいたように思う。晴己は酒に強いと聞いた事はあるが、全く変わらないのも不思議だと思う。
宿題は既に終わっていたが、むつみは仕方なくソファに座って本を読むことにした。
時々、晴己に視線を送ると、料理を器に移す動作を繰り返していた。その姿は真剣で、そして時々動きを止めて考えている。
こんな風に晴己の事を見るのは随分と久しぶりだった。
ずっと晴己は傍にいてくれると思っていたし、それが当然だった。もしかすると失ってしまうかもしれないと考えてしまう不安は、忘れても良いのかもしれない。
そう思ってしまうくらい、晴己が斉藤家にいる事は、昔から当たり前の事だった。

◇◇◇

「うわぁー…すごい、はる兄。」
角皿に綺麗に盛り付けられた食材は、綺麗な色合いで、まるで絵のように鮮やかだった。
「久しぶりだけど、意外と上出来だね。」
「久しぶりって、前に作った事があるの?あ、そうだ。杏依さん好きそうだもの。」
杏依なら可愛く彩られた弁当を素直に可愛いと感じるだろうと、むつみは思った。
「杏依?あぁ、好きそうだね。」
晴己との会話が何か食い違っている気がして、むつみは首を傾げた。
「杏依さんに作ってあげた訳じゃないの?はる兄、それを自分のお弁当に?」
流石に幼稚園の頃なら、晴己が持っていても可愛いかもしれないが、その光景は妙に感じる。
「…仕方ないけれど、ちょっと残念だな。」
晴己の溜息が聞こえて、むつみは顔を上げて彼を見上げた。少しだけ、晴己の顔の位置が以前よりも近くなっている気がした。
晴己もむつみを見て、そして少し驚く。
「当然だね。こんなに背が伸びたのだから。幼い時の記憶がなくなるのは当然だけど…いつ頃なら記憶があるのかな?」
「…はる兄?」
「いつ頃の記憶なら、ある?僕と初めて会った時の事、覚えている?」
むつみは首を横に振った。
「私の記憶の始まりには、はる兄がいるから。」
むつみは晴己との出会いの時を覚えていない。
「そうだなぁ。あっ、幼稚園の時に、はる兄が走ってくれたのは覚えているわ。」
今思えば、あれは周囲の反感を買っただろう。
だけど、当時のむつみは、それに気付かず、それが当然だと思っていたのだ。

仕事で運動会に来れなかった父の変わりに、晴己が父兄参加の競技に出てくれた事がある。
あの時が、周囲が全てを確信した瞬間だった。
全くの他人であるむつみの為に競技に参加した新堂晴己が、どれだけ斉藤むつみという少女と深いつながりなのか公表した事になる。
「僕が作ったのは杏依の為にじゃなく、むつみちゃんにだよ。」
「…私に?」
その記憶が残っていない事に、むつみは寂しくなった。
だけど、それと同時に、自分が知らない間に晴己から様々な好意を受けている事を改めて知る。
この場所を失わなくても良いのだろうか?
このまま晴己の傍にいる事を許してもらえるのだろうか?
晴己の存在がなければ、今の自分が存在しない事は充分に分かっている。
むつみは少しずつ、昔の事を晴己に聞きたいと思い始めていた。むつみ自身の記憶に残っていない出来事を、晴己なら知っているに違いない。