りなりあ

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約束を抱いて 第三章-22

2007-09-06 01:20:05 | 約束を抱いて 第三章

晴己が杏依と付き合う前や結婚する前、色んな場面を思い出した。
当時、不思議だと思っていた事が今なら分かる気がする。
晴己と杏依が昨日は仲良く話していたのに、翌日には急に無口になったり、2人がむつみにだけ話しかけたり。
杏依の事で気持ちが浮き沈みする晴己を何度も見た。
「杏依さんと喧嘩したのかな?」
問いながら、むつみは自分で否定した。喧嘩という言葉で夫婦の間は表せない気がしたからだ。
「大人って大変、って事?」
涼も随分と疲れていたし、仕事をするというのは、かなりの苦労を伴うのだろう。
「むつみちゃんだけなんですよ。」
むつみの両手を包む和枝の手は暖かい。
むつみが生まれてからは仕事の量を減らしていた碧が、本格的に仕事を再開しようと考えていた時、新堂家で働いていた和枝が斉藤家へと来てくれた。和枝は晴己にとって、家政婦というよりも乳母に近い存在であり、晴己が信頼する人物の1人だった。むつみにとっても和枝は大きな存在で、祖父母を知らないむつみにとって、和枝の存在は大きい。
「ここだけが、晴己様が自由になれる場所なんです。」
「和枝さん?」
「新堂の1人息子として、晴己様には様々な拘束があります。ここで過すのは、時間の自由や体の自由だけでなく、晴己様の心を自由にしてくれるのですよ。」
和枝がむつみの髪を撫でる。いつの間にか、むつみは和枝を見下ろしてしまうくらい背が伸びてしまっていた。
「晴己様の立場も地位も関係なく、晴己様を見る事が出来るのは、むつみちゃんだけです。」
和枝の言いたい事は分かる気がするが、むつみは首を横に振った。
「杏依さんは?杏依さんだって。」
「そうですね。」
和枝が微笑んだ。
「でも、杏依様は新堂晴己の妻ですよ。そして新堂晴己の息子の母親です。」
ドクンと、むつみの心が跳ね上がる。
「晴己様は以前から自分の会社を持っていますが、SINDOの本体で勤務するのは今までと状況が違います。改めて御自分の置かれている立場を思い知ったのではないかと。」
SINDOの事になると、むつみには分からない事が多い。それはむつみには関係のない事だ。だが、晴己が特別な立場にいる人間だという事は、充分に理解している。
「私に何が出来るの?」
「普段のままで。いつも通りで。晴己様は以前と変わらず、むつみちゃんの幸せを願っていますよ。」

◇◇◇

「はる兄、こんなにたくさん?」
テーブルに並べられている料理を見て、思わず晴己に問いかけた。キッチンを見れば、オーブンには何か料理が入っているようだし、コンロの鍋も蒸気を出している。
「つい…久しぶりだったから作りすぎたみたいで。」
困った顔をする晴己も珍しくて、むつみは瞬きをした。
晴己と目が合い、彼が小さく溜息を出す。
「…先生と碧さんは?」
「今日は帰ってこれるみたいだけれど。」
晴己がホッとした顔を向けるが、それでも量が多い。
「優輝を呼ぼうかと思ったけど、この状況だと…機嫌を損ねそうだね。」
以前、優輝が晴己に斉藤家に来る事をやめて欲しいと言った事がある。しかし、久保と優輝が来てくれれば、随分と料理は減りそうだ。
「…素直に言って謝って…許してもらおうか?」
弱気な晴己も珍しい。
「機嫌悪くなると思うけど、後で知る方が怒りそう。」
「…確かに。」
晴己と目が合い、むつみは思わず笑った。
「幸せ一杯って感じだね。」
晴己が少し呆れている。
「こんな些細な事で揉める事もない、とか?」
些細な事ではないと思いながらも、晴己の問いにむつみは頷いた。
晴己が来ている事や、晴己が作った料理が並ぶ事には、優輝は不機嫌になるかもしれない。
「だって。少しでも優輝君と一緒にいたいもの。」
今夜も一緒に過ごす事をむつみは選びたかった。

そして、きっと、優輝も同じように思ってくれるはずだと、むつみは思った。