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グミの実のお味

私はグミの実を食べたことはありません。こちらは双極性障害の主婦、グミの実のブログです。

南の空に

2011-12-11 17:41:35 | Weblog
11年ぶりの好条件下の皆既月食だった昨日。
南の空のオリオン座の上辺りで、時間は21:45~23:05までだと聞いていた。
忘れないように、冷蔵庫のホワイトボードにでかでかとメモ。
ベランダに風よけのコタツカバーまで干して準備万端。(あまり風はなかったけど)

さあ、始まる!と21:45にベランダに出ると、もう欠け始めているでいはないか!
隣の夫は、見上げて一言「お~、欠けてきたね」とそそくさと部屋に戻った。
公園に一家族月食を見に来ているようだが、意外と関心薄い地域なのかな。
私も部屋に入った。
夫と追っかけ再生でベムをみていたが、気になって仕方がない。
夫には、10分ごとにみたい(から再生止めて)と言っていたが、やっぱり一人でみることにした。

薄曇りなのか、低い位置にもやがある。月はみえているのだから、排気ガスなのか。
1度、ガラッと窓があく音がして、「わー、ほんとだぁ!」と声が聞こえたが、すぐにガラッと帰っていった。
南向きの真上方向を見上げると欠けて行く満月がある。オリオン座の星は2つだけ。
真上を見ながら、乱視で彩光が邪魔するので、夜だけどコンタクトにしてきた。
静まりかえる住宅街と公園にたった一人のように感じた。
あと少しだけと見ていた、もうすぐ半分になる。
たしか、満月の南中高度は90度だった。
それには少し早いけど、ベランダに身体を預けて、上の階のベランダすれすれから月を見上げる。
そろそろ首が痛い。オリオン座に目線をおろしてしばし休憩。あ、3つ見える。

休憩に部屋に戻って、コタツで暖を取る。
そして、またベランダに戻った。
もう半分以上欠けている。今度は脚立に座って、ダウンコートの襟を引きよせ、少し楽な姿勢に。
相も変わらず、顔は真上なのであるが、固定するとふらふらするより楽だった。
三日月くらいになったら夫を呼ぼうと思っていたが、自分から来てくれた。
が、またすぐ戻ってしまった。でも、いい。こういうのはうっとり見たいから。
ああ、なんだか、指にはめた指輪が光っているようだ。

少しすると、まだ月食が欠け切っていないのに、赤い月が見え始めた。
赤というより卓球のボールのオレンジ色に近いのだが。
月が赤くなるとは聞いていたが、月食が終わるより前に起こるなんて知らなかった。
さっきの指輪、みておいてよかったと思った。あれが一番キレイだったから。
月食の終盤、空は見事に晴れて、オリオン座もその他の知らない星もたくさんみえた。
ああ、やっぱりいいなと言葉にならない気持ちになった。
今日という日に、こうして皆既月食に立ち会えてよかった。
10年ほど前のしし座流星群を思い出す。あの時は真夜中で毛布を頭からかぶっていたっけ。

天体観測は、寝転んで感じるように見るのがいいらしい。
望遠鏡を覗きこむのは知らないが、母の実家でみた星は圧倒されたなぁ。
ここは、きれいな空気とはいえない土地だけど、さすがに11年に1度の好条件だった。
お風呂に入り直して、入念にストレッチをして、ゆっくり寝た。

まだ用心、慎重に

2011-12-07 12:50:02 | Weblog
昨日は、精神科クリニックの通院だった。
前日に、少し高めなような気がして、社会リズムの記録など見直したり、何か特別なイベントなどあったかなど
振り返って、ワードで文章化してみることにした。

しかし、余計にこんがらがってしまい、途中まで書いて止めた。 

久しぶりに家族以外の人に会えば嬉しくなるのは、私にとって普通だ。
ボランティアの会で勉強抜きで会食する話になって、自分が調べると立候補したが、これも自然の成り行き。
優先順位で4つの要望を聞いたが、すべて適うお店が見つからず、ネットでしらみつぶしに探したら、近いもので
10件以上の候補が見つかった。

一応、その中の3件をメインに考えていたが、他の条件にシフトしても探しやすいように、エクセルで一覧表を作成した。
エクセルは、私にとって、ただの表でも一発で作れるようなものではなく、何度も修正して3時間もかかった。
でも、完成したら、自画自賛でとても見やすい表に出来た。もちろん、達成感あり。
帰ってきたSE勇者の夫に見せると、これはキレイで見やすいねと褒められ、また嬉しくなった。
次のボランティアの会で、候補店のリストですと、みんなに配ったら「うわー、すごい!」と言われ、またまた嬉しかった。

人から褒められるのって、こんなに嬉しいんだなとホクホクして、私の機嫌はよくなった。
近所の眼科へ通院した帰り、ネットの情報で不明点の多かった近くの候補店へ下見がてらランチを食べに行った。
ここは、まさしく条件に見合って、他にもかなりメリットの大きい、一押しの店だと判断し、予約をいれた。
前日までなら、キャンセル出来るし、押さえていても悪いことは何もないはずだと。
次の定例会で話したら、きっとみんな気に入るだろうし、その先でも集まりやすいんじゃないかと、また嬉ししかった。

だけど、そんなことをしていたら、夕方から疲れて仕方がない。
夫は、胃炎が悪くなるし、胃に悪いような食べ物が食べたいと文句をいうし、風邪を引いて早退してくるし。
胃カメラの結果を一緒に聞いたが、夫は先生の話を聞くだけで、私がいくつか確認したら、やはりFDだった。
そして、夫にも分かるように、胃カメラでは異常は確認出来ない神経性の胃炎ですと話してくれた。
たばこやアルコールが一番悪いこと、薬を続ければ日常生活に支障はないので、まだピロリ菌除去の段階でないこと。
あと、人間の身体で、一番神経が多いのが脳で、次が腸、三番目が胃なのだとも説明してくれた。

帰ってから、一緒に禁煙治療してみるか聞いても、そんなの分からないと言われた。
続いて、治るならさっさとピロリ菌の治療をしてくれればいいのにと不平をもらしてきた。
あんなに丁寧に先生が説明してくれたのに、ほとんど理解できてないようでショックだった。
私が、先生の話してくれたことやピロリ菌のことを詳しく平たい表現気を遣いながら説明すると、
ピシャリと「もう聞きたくない!放っといてくれ」と嫌がられ、またショックを受けた。

それでも、消化のよい食事を中心に、少しずつ普段の食事へと献立を苦労しながら作った。
それなのに、「あ~あ、牛肉食いたいな。脂っぽいもの食べたいんだよ、俺は。」なんて言ってくる。
早く帰って来た日は、「今日、夕食何時?」攻撃。 休みの日なんて、お昼から聞いてくるのだ。
そして、献立内容を伝えると、返ってくる言葉が大抵は「なぁんだ、魚か」みたいな期待はずれの声。
自分が責められているようで、それでもその人のために作るのにと、悲観的に作業するのが疲れてもう嫌になった。

その日を境に、朝起きられなくなった。正確には、眠気が昼までとれない状態。
ようやく頭が起きて、慌てて用事をこなし、夕方には疲れ果ててしまう。
疲れたなぁ、でも、あと少しだから頑張らなきゃ…。 必死で心を奮い立たせる。
あれ、これって前の躁転のときも、その前のときも、いつもこんなこと考えていたなと気づいた。
私は疲れているんだと夫に言っても、俺は今病人なんだ早くしてくれと気づいてくれない。
でも、ここで踏みとどまらないと、危ないのだと自分の身体が教えてくれている。

「あのね、病病介護は出来ないの。私、すごく疲れているの。もう休みたいんだよ。」
と言って、夫の寝ている布団にズサッと滑り込んだ。心底疲れていた。
「じゃあ、一緒にテレビみようよ。ほら、美味しそうだよ」と笑顔で言われた。
噛みあってないけど、テレビをみてみた。自分が馬鹿馬鹿しくなり、目をつぶった。
「もっと、がんばれ」と夫が優しく言う。「もう、がんばれない。動けない」と私。
でも、台所と寝室を行ったり来たりしながら、何とか夕食ができた。
美味しいと言われると、よかったと思う。 でも、それだけ。 パワーはみなぎらない。

でも、お昼過ぎの自分は元気で、ちょっとやり過ぎかなと思うと予定を修正してやめている。
急に予定を入れ過ぎてハイペースになり、身体が追いつかないのかもしれない。
疲れると感じることは幸いであるし、朝起きられないのも恵まれた状態なのかもしれない。

次回、通院は1週間後。
頓服で、セロクエル100mg。
トリ先生は、もうセロクエルが十分効いているはずなんだけど、う~んと不思議がっていた。
私も、まだ軽躁が続いているとしたら、あまりにも長すぎだと思う。
でも、「これはヤバい」という感覚は無視できないので、そして年末年始も近いので慎重に構えたい。
私の脳みそは、一体全体、どうしちまったんだか。
何が普通で、何が異常なんだろ。 片足セーフとかってあるんだろうか。

他人の解釈を楽しむ

2011-12-05 13:41:54 | Weblog
図書館でいらなくなった本をくれる(リユースと言うらしい)。
この間も小さな段ボール1箱分くらいの本が並んでいて、私としては珍しく持ち帰ってきた。

「灰谷健次郎を軸として現代児童文学の課題」 竹長吉正著 右文書院 (1990年)

灰谷健次郎といえば、兎の眼、太陽の子、せんせいけらいになれ、とか読んだことがある。
ぐわっと感動したけど、もう読みたくないくらい重くもあった。
偏見や差別、純粋な心、弱い立場と思われている子が教えてくれる大切なこと。
そういったテーマの本を軸とした、児童文学の解説と考察なのだなと解釈し、私の物にしたのだ。

軽い好奇心で読み始めたら、戸惑いながらも新鮮で納得のいく説明が続き、それが曖昧な表現でなく、
具体的な分かりやすい例えでくどいくらい表現されていて、食いつくように読んでいる。
他のある児童文学と比べて、それが芋焼酎だとしたら、灰谷文学はウォッカのようだという例えも面白い。
じわじわと時間をかけて酔える芋焼酎とアルコール度数の高いひと口でカッと体が熱くなるウォッカという対比は、
なんかすごく説得力があるのだが、私はウォッカに酔いしれて癖になっていたのかぁと思うとちょっと恥ずかしい。
それでもって、同時に嬉しいのだ。
どちらにも良さがあって、私の好みはウォッカ的なんだなと安堵して着地できるから。

他には、印象深いシーンを解析して、たったの1センテンスやセリフについて書かれている内容が、

「こういう観点から読み解くとこうだと解釈できるがそれだとこの部分がああだから、誰それさんのあの本で使われていた
この表現に近いのだと結論したが、その言葉自体の持つ厳密な意味とは少し違うので、あくまでもこういう意味合いで、
つまりこういったことなのだといえる。だけど、それは僕が考えた結論で、人によってはもちろん違うと感じるのかもしれない」

というような、まどろっこしい長い長い文が続くのだが、くそ真面目に丁寧に丁寧にそれでいて謙虚に考えているので、
なんだか可愛らしいような気がして、この作者の使う難しい単語も気に入ってしまうのだ。
前後が分からないと面白みが十分に伝わらないと思うが、少しだけ抜粋。

p.59 「つまり、文章が饒舌的拡散的(偶然的)にならず抑制的収束的(構造的)になっているのである。」

こういう表現って、伝える情報があまりにも詳し過ぎて、でも上手くまとめてくれたから納得して進んでいくが、
結局は迷子になる道案内みたいでしょ?一生懸命で丁寧に頑張って伝えてくれているから、受け取っちゃったみたいな。
もう、こういった回りくどいのが癖になりそう(現在は、癖になってしまっている)。
端的な言葉を選んでいるから、おいおい勘弁してくれよとまいりながらも、仕方ないから私が合わせましょって思わせる。
この本は、たぶん論文なので、正しい方法できちんと責任ある表現ばかりなのに、故意に著者の人間性を臭わせているのかしら。

あと、灰谷文学の特徴として、自分の思いのたけを盛んに吐露するエロカンス(雄弁)の現象について、2度目に読むと
(1度目にぎょっとしたのに)それほど驚かなくなる理由は、自分に酔いしれていているからだと書かれている。
話者が自己陶酔していなければエロカンスが完成するのにってケチつけているのだが、読者側からするとどっちでもいい。
でも、それを分かっていてあえて書いているんだろうと思うと吹き出しそうになり、配慮してくれているニュアンスが
何重にも感じられ、まあそういう意見を知っておくのは悪くないかと受け入れやすい。
これが徹底的に非難しているなら、反発から絶対受け入れないと思うのだけど。
この本において著者の取った作戦が、どのくらいの人に読まれ、どのような経緯で図書館の外に出されたのか。
結果的に、読者の一人である私が完全に引っかかってしまい、なんだか人に話したくなってしまったのだ。
あのお酒の例えを借りるならば、この本は、焼酎とウォッカの混ぜ売りなのかもしれない。
しかし、普通そんなこと望まれないだろうことを承知で、時期が過ぎれば廃れる「変わった酒」としても売りだしたくはないのだ。
この酒は、一体誰に読んでもらいたかったのだろうかと素人の私でも思うのだけど、ねらいは学者先生ではなくて、
灰谷文学を熱狂的に支持したり人に押し付けるような輩に警告し、よく考えていなかった読者にはトリックをバラす作用のある
揮発性物質になることが目的であったように思う。
親切なような詐欺で、詐欺に見せかけた親切であるけど、ガラス越しに傷はつけない。

まだ、半分も読んでいないが、悪酔いしない程度に楽しみたい。楽しみ♪
「あべこべの世界」のさとしくんの発想みたいな考えが私にも出来そうな気がしてくる。
空想や本の中は自由で、しかも現実の見え方が変わるという経験を久しぶりに味わっている。

激痛じゃなくても反省せい

2011-11-29 14:56:00 | Weblog
ボランティアには2ヶ月近く休んでいたが、結構歓迎されて復帰できてよかった。
私に元気がないとか体力がないとか想像できなくて、一体何事かと心配してくれたらしい。
何人かとメアド交換し、出来ることがあったら言ってねなど、皆さんとても優しい。
私は一番年下だし生意気にも意見することが多かったのに、こんなに大事にしてくれる場だったのかと
拍子抜けの感もあったが、これからも生意気に頑張ろうと思った。

ところで、夫だが、先日腹痛にでタクシーで夜間外来へ行くことになった。
メールで「腹が激痛だから、コンビニで買うね」という怪文書を受信した私。
げげげ、激痛??、なのにコンビニで買い物をする??、判断力を欠いたか朦朧としているのではないか。
腹膜炎や虫垂炎を疑った私は、すぐに病院へ行くようにメールした。
このとき、電話していればよかったと後になって思ったが、夫がトイレでうずくまって悶絶している絵が浮かんで、
時差があっても伝わるメールを選んでしまったのだ。

ところが、メールというのは緊急時に埒が明かない。
まず、どこにいるかが分からない(夫の出勤場所は日によって変わる)。
激痛がいつから始まったのか、どう痛いのか、原因に思い当たることはあるのか、全然分からない。
どこの病院へ行けば受け入れてくれるのか、タウンページで探し、とりあえず市内のある緊急病院は写メで記録。
もし、入院してもいいように10万円用意して、痛みに耐えられるように握るためのタオル、吐いてもいいように袋、背広が窮屈ならダウンジャケットを着せよう、私が寒くて下痢にならないようあたたかいハーブティーを水筒に、ああそうだ私が倒れて迷惑かけないように自分のお薬手帳、などと焦って余計なくらいの用意して、かばんがずっしりするほど重くなった。

やっと、途絶えていたメールが来たら、会社を出て帰るという。
なぜ激痛なのに帰って来れるんだ?と思ったがもしかしたら波があるのかもしれない、一人では不都合があるのかもと
駅で合流しタクシーで病院へ向かうことになった。
しかし、改札から出てきた夫は、周りのサラリーマンに溶け込むくらい普通の表情で普通の顔色。
大丈夫そうに見えたけど、「大丈夫?」と聞いてみた。

夫:「今はそんなに痛くないんだけど、今まで経験したことないくらい痛くなったんだ」。
私:「いつから痛いの?」
夫:「昼食べてから。たぶんクラムチャウダーじゃないかと思う」。
私:「下痢は?」
夫:「ちょっと出た。そんなにひどくない」。

うーん、どうやら私の考えていたような「激痛」ではないぞと思った。
でも、夫も弱っているし、血液検査やレントゲンくらいで帰れるだろうと考え、病院へ向かった。
今回は、夫にとっての緊急外来の掛りかたの予習の機会になって、次回につながる勉強になるでしょうと。
病院に着くと、夫はまるで私がいないかのように自分で各種手続き。
看護師が「タクシーでもう3回吐いているそうです!」と走っているのが救急外来っぽかっただけで静かだった。
夫が呼ばれたので付いて行こうとしたら、看護師に断られ、夫も一人でいくよ恥ずかしいなと。
いまの病院ってこうなのか、夫は駅から待合室までに私を必要としてただけなのかとショックだった。

そして、えらいこと、待たされた。
なぜ、こんなに長いのだ、あんなに症状軽そうだったのに。
隣の診察室は、どうもおばあさんを診察しているらしく、大きな声が聞こえてくる。
さっきのタクシーで3回吐いたらしい患者も着いたらしい。
そして、また沈黙の待合室の廊下。
点滴するのかなと考えながら、持ってきたハーブティーを一口飲んで本を読み始めたら、夫が出てきた。
浮かない顔なのだが、顔も黒くないし、苦悶の表情もない。

夫:「パリエット(胃薬)の飲み忘れが原因だろうって。あんなに時間かけて質問されたのに詐欺みたいだ」。
(私の心:ええ、本当にそれだけ?!激痛だったんじゃないの?こっちこそ詐欺みたいだよ!!)
私:「他の検査はしたの?問診だけ?」
夫:「質問に答えただけだよ。だから詐欺みたいなんだ。」
私:「まあ、大事に至らなくてよかったじゃない・・・」

会計までしばらく掛りそうだったので、近くにコンビニなどないか探しに行ったが、民家の先は国道でなさそう。
夫から電話があって、会計は終わった、タクシーはどこに頼もうかと。
病院の出入り口近くには必ず公衆電話があって、そこにタクシーの番号が大抵は書いてあるはずだと伝えた。
私にとっては常識なのだけど、そういうことも初めて知ったのだという。健康万歳だこりゃ。
帰りのタクシーは、俺が道案内するから口をはさまないでと。元気じゃないか、のお。

帰宅して、風呂に入ったら痛くないとか、蒸しパン食べて痛いとか。
翌日、朝の用意でたまたま洗面所の鏡の前に二人で並んでいた時のこと。

夫:「よーし!今日も気合い入れてくぞっ!!」
私:「・・・・・・、ばかじゃないの。」
夫:「えぇ、なんで??」
私:「昨日の今日でよく言うよ、ばからし。」
夫:「なんだよぉ、よくなったんだからいいじゃないか、ばーーか!」
私:(無視)

さて、それから約1週間が経ちました。
この間、言いつけをよく守って消化のよいものを採ってくれましたが、そろそろ普通食(油控えめ)でいいでしょう。
最近、私は起きる度に口が酸っぱいので逆流性食道炎かなと調べていたら、どうもこれにもパリエットが処方されそう。
夫とおそろいの薬になると、余ったらちょうだいとか言われそうで、しばらく秘密にしようかと思います。
夫は、早ければ今度の土曜に胃カメラなのですが、たぶんFD(機能性胃腸症)なので、異常はないだろうと予測します。
ただ、ポテトチップスにコーラとか、寝る直前に食事とか、チェーンスモークとか生活改善してくれなきゃ元も子もないので、
来年はアラフォーだとか、もう若くないことを洗脳して行かなくっちゃなのです。
タバコ吸ってる人が言っても説得力ないのですが、ついに私もタバコやめようかなとか考えはじめまして。
でも、保険適応にならないのよね、パンフレットやHPでみる限りは。自力じゃ自信ないし。
前向きに検討したいけど、面倒くさいのと精神面の悪化が待っていそうで、ずるずるしています。

夫のおにいさん

2011-11-23 16:34:56 | Weblog
今日は、勤労感謝の日ですが、だんなさまは今日もお仕事。
いつもありがとう!と感謝するべきですが、そんな気分じゃありません。
私の勤労は軽んじられているし、我がままが酷いのです。
この前、あまりにも自分のやりたい放題で、約束まで反故されたので、大暴れしてやりました。

あいつは、普通の喧嘩が出来ないのです。だからこその演出ですが、すごく怒っているくらいにしか映らないようです。
崩壊家庭というには大げさかもしれませんが、自分の育った家が家族の絆が希薄な家庭だと気づいていません。
おにいさんは、自殺していますが、生前のエピソードを聞くとあまりにもかわいそうです。
小学生のとき漫画雑誌を万引きしましたが、母親は弟に買わせることで解決したと思っていました。
弟は障害があり、弟が母親に怒られているのを見て、「お母さん、××(弟)のこと嫌いになっちゃった?」。
それを聞いた母親は不思議に思いながら、おにいさんの気持ちは聞かず否定だけしました。

おにいさんは、ほとんど友達がいませんでした。いじめにも合いました。
進学した高校のレベルではかなり頑張った人が入れる大学に進学しました。
一方、弟は県内でトップレベルの高校へ推薦入学、入学金不要の特別待遇です。
それでも、おにいさんはたった一人の友達と好きな車の話で仲良くなり、某有名カーショップに就職しました。
翌年、弟は第一志望には落ちましたが、とある理数系大学に進学しました。当時、その学科は日本では2番目のレベルでした。

おにいさんは、仕事場で殴られたのをきっかけに失踪しました。
銀行の引き出し記録を手掛かりに警察と家族で探しました。
富士吉田に長いこと滞在したようですが、そのまま南下し九州で発見されました。
そのとき、おにいさんは死んだような顔をしていたそうです。

家に帰り、父親と母親はなんでも好きなものを買っていいから一緒に暮らそうと言いました。
アパートの一人暮らしはやめて、好きなスポーツカーを買うことにしました。
それから、いままでしたことのない外食をその車で行ったりしたそうですが、食事中会話はなし。
とうとう、「何が家族団欒だ!もうこんなのまっぴらだ!」と怒ったそうです。
きっと、腫れものに触るような扱いだったのでしょう、強く反論する家族はいませんでした。

しばらくして、小さな会社に就職しました。
それでも、家では自室で「死にたい!死にたい!」と何度も叫んでいたそうです。
そして、まるで子どものように、自分のにおいのしみ込んだタオルケットいつもまとっていたそうです。
弟は、無視を決め込み、3年以上口をきかないで、伝えたいことは両者母親を介してだったそうです。
その頃、私は弟である夫と出会い、おにいさんのエピソードを聞く度に心配で何か心が重くなっていきました。

おにいさんとの初対面は、棺の窓越しでした。
何度も職場近くのカプセルホテルに泊まっていたこと。
死亡が発見されたホテルには、翌日仕事場に持って行く用意があったこと。
保険金など犯罪に巻き込まれた様子もなく、解剖で不審な点もなかったこと。
そして失踪した過去や日常的に「死にたい」と言っていたこと。
死因は、突発的な自殺であろうと警察が話したそうです。
家族は、それで納得したのでしょうか、気が楽になったのでしょうか。
全然、「突発的」じゃないと私は思います。
なるべくしてなった、適切な対処を欠いたことによる、悩み苦しみ抜いた自殺だったのではないかと。
既遂率の高い方法でしたし、医療機関にはまるでかかっていなかったそうです。

とにかく、おにいさんは死んでしまいました。
本人たちの前では言えませんが、あの家庭がおにいさんを追い詰めたことは間違いないと思います。
だから、私と夫のこの家庭では、あの家のルールは一切適応したくありません。
夫は、育った家庭を常識と考えていますが、非常識過ぎます。
子どもだったら「うちはうち、よそはよそ!」と言えますが、自分は人並み以上に頑張ってきたという自負のある大人はだと、
何を教えるにも訂正するにもその理由を伝えるのもなかなか厄介なものです。

夫は、夫婦団欒について、まるで仕事のように12月3日に予定を設けました。
そういうことじゃないけど、少し前進したかとあえて否定しませんでした。
友達の親友という立場の人が逮捕されても、「借金があったらしいから」程度の報告でした。
私も何回か会ったことがあり、話したこともあったのでショックだったのに、受け止めてくれません。
当たり前のことにするには、すごく時間と労力がかかるのだと痛感しました。

勤労を感謝せず、一番コアの家族である私との絆が優先だということを知らしめたいと思います。
まだ、手段が思いつかないので、今日はたぶん決行できないでしょうが、とりあえずもう仕事の話しは受け流します。
本当に、これだけは譲れないのです。
なんせ、家訓が「人に迷惑をかけない」という家庭で育ったのですから・・・。家訓ってほどじゃないし、皆さん子どもですか?

押してダメなので、どん引きしてみます。

お手紙でやや安心

2011-11-19 10:35:22 | Weblog
昨日の今日だが、私有地の管理会社からのお手紙がポストに入っていた。
約20箇所を1mと10cmで測定し、国のガイドライン(1m)に基づくとセーフだったそうだ。
でも、自治体のガイドラインだと、年間量に換算するとアウトな箇所があって、そこが立ち入り禁止になっていたらしい。
該当する5箇所は、高圧洗浄や天地返し(土の入れ替え)の対処を予定されている。
その内の一つが、うちの真下だったのだが、土を取り替えるってbushはどうするんだろう。
ひっこ抜くのか?そのままにされたら、お茶みたいに吸ってるんじゃないかと思うのだが、よく考えたら食べないや。

一応、お手紙には「該当箇所の土には触らない」ようにとも書かれていた。
自治体の回答は、学校や公園じゃないんなら、自己判断してくれよといった方針。
なんだか、管理会社に比べて冷たいじゃない。まあ、規模が違うからそんなもんか。
どういう経緯で測定する運びとなったのかは、大体想像がつく。
それでも実施してくれて、結果まで報告し、対処までしてくれるなんて、管理会社よありがとう。
でも、3月に地震があって、あの頃ホットスポットだと言われ、今頃測定ってと結構時間がかかったもんだ。
う~む、よかったのか運が悪かったのか、よく分からん。風のきまぐれのせいにもできないし。

近日、実施予定なので、それまで外に洗濯物を干すのは控えるつもり。
近づかなくちゃ被害はないと言われても、土は舞うじゃない。
今更だけど、そうすることで、精神衛生的にも区切りをつけたいから。
いや~、何だかんだ、私も気にするようになっちゃたな。

教訓になったのは、対岸の火事とか他人事と思うことだけが、必ずしも心を安定させるわけではないこと。
なんとも言い訳がましいが、一線を越えたくなかったし、そうしなければ冷静でいられないと思っていた節がある。
正しい知識は、いかなる時も必要で、関心は持ってもそこまで邪魔にはならない。
大変だなぁと思ったり国の対応の遅れに不快になったけど、自分の位置する処と被災地とははっきりとした線で分かれていた。
たとえ他人だとしても、仲間意識を持ったり隣人のように思う気持ちは、今まで抑えてきたけど、持っていてもいいんだ。
かといって、いますぐ何かしようと思わない自分に安心したりもする。
極端には、ならないでおきたいから。

伝えたり行動しなくても、自分で分かって考えているだけでもいじゃない。
そんな風に思えるのだ。冷たいと思われたとしても、浮かれたりいい気になるよりよっぽどまし。
自分の基準がある人なら、分かると思うけど。
別に否定とかじゃないし、押し付けたいものでもないけど、変に空回りする歯車に巻き込まれるのは痛々しい。
問題の核心を一人で解決できないのは明白で、同じ目的の集団も集められないし、そんな気力と体力と信念はない。
だけど、考えることはできる、だからその位でとどまるのが自分で選んだ方法なのだ。
怒りにまかせて侮辱したり、説得するような物言いでの押し付けは、ゴメンだ。
私は、自然に話したい。考えたい。そして聴きたい。

立ち入り禁止

2011-11-18 09:01:43 | Weblog
小学生の頃、チェルノブイリについて書かれている本に「死の灰は世界を一周した」と明記されていたのを記憶している。
先生が驚いて、「どの本に書いてあったの?」と聞いてきたが、窓側の本棚にあったことしか覚えてない。
窓側の本は、ざっと200冊くらいあったので、タイトルも忘れてしまった私にはもう探し出せなかった。
そういえば、幼稚園生の頃だったか、母が「放射能があるから外で遊んじゃだめ」と言った日、空を見上げると暗い曇り空だった。
でも、それは死の灰の色ではない。ただの空だ。でも、とても怖かった。

関東地方では、いくつもホットスポットが見つかっている。
私の実家もしかりで、母は原因についてあれこれ話すが、仕方ないじゃないとなだめるのが私の役割。
夫の実家は、家庭菜園どころか、畑を借りて野菜を育てていたが、最近じゃ食べるし送ってくる。
私も気にしてないからと拒まないし、皮を厚くむいて湯がけば結構大丈夫らしいからと伝えた。
小さな子どももいないし、たぶん今後もいないので、本当にあまり気にしていなった。

ところが、私の住む土地もホットスポットだったのだ。
詳しく書くとアレなので、細かいことは省くことにする。
今朝、ゴミを出しに行ったら、いきなり「立ち入り禁止エリア」が出来ていた。
しかも複数箇所で、私の住む部屋の真下にもあって、思いだすと何日か前2人の作業員がそこで何かしていた。
うちの物置は、そのすぐそばにあって、道具を置かれていたので、自転車を入れたいからどかしてもらう様に頼んだのだ。
2人は場所を移し、ごにょごにょ話してしたが、テレビでよく見る計器を持っていたので、ああと気づいた。

立ち入り禁止になったからには、高濃度なのだろう。
他所では、堆肥とか枯れ葉に蓄積されるように報道されているけど、私のとこはそういうのはない。
どうも、bushの方の木が濃厚らしい。
掲示板には、所せましとソレ関係の張り紙があり、なんかさすがにビビってしまう。
昨日まで何も考えず通っていたところが、突然危険を臭わせる「立ち入り禁止エリア」に指定されたのだ。
洗濯物も布団も外に干すのはよくないかとか、物置には近づかない方がいいかとか、考えている自分。
おいおい、あんまり気にしないんじゃなかったんじゃないのか。
でも、1メートル離れれば影響ないというのは信じていい情報なのか。
というか、それよりなぜこんなに離れた場所にと疑問に思うようになる。

でも、やっぱり仕方ないのだ。
それほど受け入れ難いことじゃない。
今まで通りの生活をしていくだろう。
立ち入り禁止エリアに入らない分には安全だと思ってみよう。
ある意味、事件現場のように。

だんだんだん、だんなさま!

2011-11-14 14:26:44 | Weblog
どうでもいいが、私は夫から「先生」と呼ばれている。
もちろん、私は「先生」と呼ばれる職業や立場になったことはない。
ニックネームの様なものだが、あまりにも上下の関係性を示してしている気がする。
なぜなら、それに加えて、夫を名前の最初2文字で呼び捨てるか、「てめぇ」とか「このヤロー」と言うから。
中立的なのが「あんた」。「ねえ」や「ちょっと」、「おーい」もなのか。
いつの間にか、一昔前のおっさんが女房を呼ぶようなボキャブラリーを身につけてしまった私。
かといって、名前に「ちゃん」や「さん」も今更恥ずかしい。

そこで、「だんなさま」と呼んでみた。
この呼びかけは、その続きの内容をまろやかにするようだ(?)。

「だんなさま、夕食の用意が整いましたが、召し上がりますか」
 (ねえ、ごはん出来たけど、すぐ食べんのー?)

「だんなさま、夕食をテーブルに運ぶので、支度をしていただけますか」
 (ちょっとー、コタツの上、早く片付けてよ!運べないじゃん!)

「だんなさま、いいかげんにしてくれないと、わたくし、怒ります」
 (おい、さっきから何度言わせてんだよ、早く片付けろっ!)

「だんなさま、ドレッシングを忘れてしまったので、取ってきていただけますか」
 (あ~、ドレッシング忘れた。動けない、取ってきてー。)

「だんなさま、もうお皿を洗いますので、なるべく早くご自分でお下げくださいまし」
 (ねえ、早くしてー。CMになってからでもいいから、自分でやってよ。もう洗い始めるんだからね)

「だんなさま、いいかげんにしてくれます?先ほどから同じことを繰り返しお伝えしておりますが」
 (おい、さっき自分で下げるっつったろー?早くしないと汚れが落ちにくいんだよぉ!)

「だんなさま、一区切りしたら、お風呂のセットをお願いします」
 (あ、お風呂セットしといてー)

まろやかになっているな、うん。
比較してみると、己の日常の表現、又は夫への扱いかはひどいかなぁ。違う態度の時の方が多いはず。
だんなさまは、私のべらんめえ口調をやめて欲しがっているが、特に不快な時やイラつくと出てしまう。
でも、いらつきながらも「だんなさま」から始めると自分で可笑しくなってくる。
命令するような内容でも、余計なまどろっこしい丁寧さが加わると、ぼよよんと跳ねて相手も受け取れるからだろうか。

ところで、最近の私は、「とんがってない」そうだ。
だんなさまが仰るに、攻撃的な表現をすることが減ったという意味だそうだ。
「だんなさま」効果テキメン?

ふと、死にたいとおもった

2011-11-07 22:28:22 | Weblog
眠れないと、わることばかり。
過食と死にたい気分。
なんで、よくなっているのに。

こんな自分、いつ以来だろう。
ひとりぽっちの就寝時間。

デパスを飲んだ。
早くねれますように。

どうしたんだろう。
こんな急に。

寝よう、寝ちゃえば、朝には治ってるはず。