
1月28日(日) 晴のち曇
いつになく、午前7時に起床、名張駅から特急に飛び乗って一路鳥羽駅へ。
昨年末、家族恒例の墓参に参加できず、ご先祖様にご挨拶もしないまま越年したことが氣になっていたものの、なかなか時間が作れず、今日、やっとその思いが叶うこととなったのだ。
鳥羽駅から、菩提寺の西念寺までタクシーで行こうかと思ったけれど、穏やかな好天に誘われ【歩くの大好き人間】・さくらは、徒歩30分ほどの道のりを、海風を受けつつ歩き出した。
歩けば、いろいろな発見がある。
伊良子清白記念館が赤福支店の隣に出来ており、医師にして詩人でもあった清白の旧宅を移築してある。
時間が無くて、前を素通りしたっけれど、次の機会には中も拝見したいと思う。
さくらの高校時代の学友で同じ新聞部で部活を共にした平井肇氏は、永く同社の経営にかかわって来られ、新春早々には「このたびの株主総会でまた再任され、あと2年…」と少し困惑しておられた。
平井くん、経営者としてはおかげ横丁の推進者として名を馳せたひとだけれど、文化にも造詣が深くて赤福餅の箱に1枚ずつ日替わりで封入されている「伊勢だより」の版画を、第一人者の徳力富吉郎に依頼、おかげ横丁(赤福主導による伊勢・お祓町のテーマパーク)には、立派な記念館をつくっておられる。
それも、展示はぎっしり外観は小ぢんまりと言うのが、謙虚なお人柄の平井くんらしくて、まことに心憎い。
…平井くん、久しぶりにお会いしたいなぁ。
◆
ところで。
まことに私的なお話なのだけれど、写真の女性(向かって右)は、廣野克子さん♪
鳥羽の大庄屋・かどやの直系の方である。
下に紹介させていただく清水氏のおかげで、思いがけずご縁が繋がった。

中之郷から藤乃郷に入るところに、今までは氣づかなかった鳥羽市による標識が立っている。、
大庄屋として近郷の束根をしておられたころの藤右衛門翁は積善の志高く、市内の日和山(ひよりやま)に石造の羅針盤を寄贈するなど、城下にあまねく知られておられたと。

廣野家住宅(かどや)の全景。
先代が飛ばしに家屋敷を寄贈なされて以後、手が入って現在のように整備され、喜ばしいことである。

かどやの裏手に回って横道を突き当たれば、そこが西念寺である。
屋敷を眺めながら歩いていくと、前から来られた初老の紳士がわざわざ自転車を降りて、さくらに声をかけてくださった。
「大庄屋のかどやです。 入ってみられませんか?」
突然のことで、すこし戸惑うさくらに重ねて誘ってくださった。
「あ、私は名張市の廣野と申します。 義祖父の代にこちらのかどやさんから分家して松阪に出たと聞いています」、「おぉ、それはそれは。 どうぞ中に入って…。 道夫さん(当代、故人)の娘の克子さんが中におられますよ」
私たちは、
いつになく、午前7時に起床、名張駅から特急に飛び乗って一路鳥羽駅へ。
昨年末、家族恒例の墓参に参加できず、ご先祖様にご挨拶もしないまま越年したことが氣になっていたものの、なかなか時間が作れず、今日、やっとその思いが叶うこととなったのだ。
鳥羽駅から、菩提寺の西念寺までタクシーで行こうかと思ったけれど、穏やかな好天に誘われ【歩くの大好き人間】・さくらは、徒歩30分ほどの道のりを、海風を受けつつ歩き出した。
歩けば、いろいろな発見がある。
伊良子清白記念館が赤福支店の隣に出来ており、医師にして詩人でもあった清白の旧宅を移築してある。
時間が無くて、前を素通りしたっけれど、次の機会には中も拝見したいと思う。
さくらの高校時代の学友で同じ新聞部で部活を共にした平井肇氏は、永く同社の経営にかかわって来られ、新春早々には「このたびの株主総会でまた再任され、あと2年…」と少し困惑しておられた。
平井くん、経営者としてはおかげ横丁の推進者として名を馳せたひとだけれど、文化にも造詣が深くて赤福餅の箱に1枚ずつ日替わりで封入されている「伊勢だより」の版画を、第一人者の徳力富吉郎に依頼、おかげ横丁(赤福主導による伊勢・お祓町のテーマパーク)には、立派な記念館をつくっておられる。
それも、展示はぎっしり外観は小ぢんまりと言うのが、謙虚なお人柄の平井くんらしくて、まことに心憎い。
…平井くん、久しぶりにお会いしたいなぁ。
◆
ところで。
まことに私的なお話なのだけれど、写真の女性(向かって右)は、廣野克子さん♪
鳥羽の大庄屋・かどやの直系の方である。
下に紹介させていただく清水氏のおかげで、思いがけずご縁が繋がった。

中之郷から藤乃郷に入るところに、今までは氣づかなかった鳥羽市による標識が立っている。、
大庄屋として近郷の束根をしておられたころの藤右衛門翁は積善の志高く、市内の日和山(ひよりやま)に石造の羅針盤を寄贈するなど、城下にあまねく知られておられたと。

廣野家住宅(かどや)の全景。
先代が飛ばしに家屋敷を寄贈なされて以後、手が入って現在のように整備され、喜ばしいことである。

かどやの裏手に回って横道を突き当たれば、そこが西念寺である。
屋敷を眺めながら歩いていくと、前から来られた初老の紳士がわざわざ自転車を降りて、さくらに声をかけてくださった。
「大庄屋のかどやです。 入ってみられませんか?」
突然のことで、すこし戸惑うさくらに重ねて誘ってくださった。
「あ、私は名張市の廣野と申します。 義祖父の代にこちらのかどやさんから分家して松阪に出たと聞いています」、「おぉ、それはそれは。 どうぞ中に入って…。 道夫さん(当代、故人)の娘の克子さんが中におられますよ」
私たちは、