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日々思うこと

日常と、
日常につながるもの。

マスク

2020-12-11 | 独り言

久しぶりに闘病以外のことを書いてみる。

私はマスクが嫌いだ。

息苦しいとか、眼鏡が曇るとか、
そういった実用上の不便もさることながら、
マスクがスタンダードになった世の姿が、私には涙ぐみたくなるくらいに悲しいものに映るから。
そんな世の中で長生きして何になる?という考えさえよぎる。

イギリスのある保健局が
「コロナ時代の安全なセックス」についての指針を発表しているのだが、それによると
究極の安全なセックスは、自分自身!(分かるよね笑)だとか。
他にも、
「キスは感染のリスクを高めるので避け、できればマスクをしましょう」
とか
「体位を工夫して、極力顔と顔が向き合わないようにしましょう」
などとあることを知り、唖然とした。
(最初は虚構新聞かと思った😅)
一部の方々は、こんなマニアックなセックスを好むのかもしれないが(笑)
そうまでして感染を避けることを考えなければならないのか...

何より、
これから恋人になろうという男女は、どうやって距離を近づければいいのだろう。
顔を近づけたくなったら、そうしてもいいかいちいち確認をとるのだろうか。
キスをする前には、両者
マスクを外すとか下ろすとか(笑)の一手間が加わるようになるのだろうか。
私のロマンチックな時代(ささやかな笑)には、そんな無粋な儀式がなかったことを、ただ幸運に思っている。

いずれ、家族(親子)であってさえ、
マスクをしている顔を見ている時間のほうが多くなる...そんな時代が来てしまうのだろうか。

生物は、すべて「運命共同体」の宿命を負わされている、と私は思っている。
しかし知識を蓄えた人類は
その宿命から逃れようとしているのだろうか。


葛藤

2020-01-14 | 独り言

Aさんは、音楽をこよなく愛するギター弾き。

地域カフェオープン当初から、ほとんど皆勤で通ってきてくださっています。

コーヒーを飲みながら、ギターを弾きながら、

1人で歌ったり、誰かと歌ったり。

マイペースで二時間弱過ごして帰って行かれるのが常でした。

好きなタイプの曲が似ていたこともあり、親子ほど年の離れた私とも意気投合して、よく音楽談義で盛り上がりました。

 

あるときから、他のスタッフと組んで

半年に一度ほど、施設への慰問ライブに伺うようになりました。

私もお仲間に入れていただいたのですが、曲目を決めたり練習したりといった時間はとても楽しいものでした。

実はその施設は、かつてAさん自身もリハビリに通われていたところ。

腕も満足に動かせない状態から、ギターが弾けるまでに回復した姿を見られることは、

施設のスタッフにとっても感無量だったのではと想像します。

 

3年ほどたったある日、

たまたま他のスタッフが所用で出払っている時間がありました。(30分ほど)

今度のライブの予定や、昔流行った音楽などの話をしていて

Aさんが楽譜を取りに行くために立ち上がりました。

そのとき、いきなり後ろから強く抱きすくめられたのです。

頭の中は真っ白。何が起きたのかが分かりませんでした。

次に湧いたのは恐怖に近い感情でした。

胸のすぐそばにあったAさんの手が、どうか、どうか、これ以上動きませんように...!とひたすら祈っていました。

時間にしたら10秒にも満たなかったと思いますが、とてつもなく長く感じました。

無言のまま腕を離すと、Aさんは何もなかったように戻ってきて「タイタニックごっこ、かな?」と。

私は「びっくりするじゃないですかー」と返すのが精一杯でした。

数分後、他のスタッフたちが戻ってきましたが、私は心中動揺しながらも何事もなかったように装ってしまいました。

 

3年も心地よい付き合いをしていた相手から、まさかこんなことをされるとは夢にも思っていなかったので、私は大変戸惑い、悩みました。

私が受けたのはセクハラなのだろうか?と、まずはそこからでした。

ちょっとしたスキンシップと言えなくはないかもしれない。

私が大袈裟に捉えすぎなのかもしれない。

何度もそう思おうとしました。

しかし、あの時の恐怖に近い感覚を思うと、それで片付けることは到底できないとも思いました。

現にその後しばらくの間は、後ろに人が立ったり、男性と(ほんの一瞬でも)二人きりになるシチュエーションが恐くなってしまったので...

 

しかし一方で、誰かに訴えることを躊躇させる要素がいくつもありました。

一つは、Aさん自身の人間性です。

Aさんは自由気ままなように見えて、実はさりげなく人への気遣いができる方でしたし、慰問ライブのときも共演者が気持ちよく演奏できるように配慮してくださっていました。

まるで少女マンガのようなロマンチックな性格でもあり、決してセクシャルなことだけを求めてあのような行動に出たわけではないと思っています。いや、信じています。

(もちろん断言はできません。しかしある程度の年数つきあっている私は、他の人よりはAさんのことを知っているはずだと思います。)

 

もう一つは、カフェの活動に関わる問題だからです。

地域カフェというからには、

どんな人の居場所にもなりうる、

どんな人でも排除されない場所でなければならないはず。

まして認知症についての理解を深めることを目的としているなら尚更です。

なのに、私が「被害」を訴えてしまうことで

Aさんが来づらくなる、もしくはAさんを遠ざけるということがもしも起こってしまったら?

それは地域カフェの主旨に反していないだろうか。

 

結論から言うと

私はかなり悩んだ末、他のスタッフに打ち明けて今後どうすべきか相談しました。

私の出した結論は、「当面の間、多忙を理由にカフェ活動を休む」でした。

Aさんを傷つけたくない、

地域カフェ活動も続けてほしい、

でも私はAさんとは距離を起きたい。

いろいろ考えた末の、苦渋の選択でした。

 

結局、私がカフェ活動に復帰するまでには一年を要しました。

Aさんは「どうしてたんだよー久しぶりじゃない♪」と、以前と変わりなくフレンドリーでした。

私もこれまで通りに接しましたが、この一年私がどんなに悩んだかなんて、きっと分かっていないんだろうな...

 

このことを書くかどうかについても悩みました。

しかし、介護職の女性が黙って職を去るときには、背後に利用者からのセクハラが多々あるということを耳にしたので

一参考事例として書き留めておいてもいいかもしれないと思ってアップしました。

ひとたび「事件」になってしまったら、

世間的には「セクハラ」の一語で片付けられてしまうのでしょう。

しかし現実には

個々に悩ましく深い葛藤があるということが、少しでも伝われば幸いです。


「セクハラ」という言葉で思い出す昔話

2018-01-16 | 独り言
# Metoo? ←なんちゃってハッシュタグ(笑)

センシティブな話です。(長文)
リアルの場ではこの話は一切しません。
また、話を振られても「何のこと?」と、とぼけます。
ご了承ください。


1.まだ大学に通っていた頃(笑)
小さな不動産会社の事務のバイトをしていたことがあった。

バブル期だったこともあり、会社は飛ぶ鳥を落とす勢い
若手と呼べるほどではないけれど中年というほどでもない(笑)社長は、腰が低く優しい人で、社会経験の少ない私に丁寧に仕事を教えてくれた。
来客はそれなりにあったが、小さな事務所に二人きりでいることも少なくなかった。

何か月か経って、
事務所で一緒にお弁当を食べているときに、社長はためらいながらこんなことを言った。
「あなたにもしその気があるなら、月に何日かでいいので私と付き合ってくれませんか。お礼はしますよ。」
そう言って結構な額の金額を提示してきた。
社長は既婚者。
要はこれは「愛人にならないか」という誘い(笑)だった。

私は動揺し、そして落胆した。
時給〇百円の仕事でもやりがいを感じており、それなりに役に立っている実感もあったのに、
「女だ」というだけでこれほどの値がつけられるのか、
これが世の中というものなのか、と…
(これがもしも、
「あなたを好きになってしまった。妻と別れて一緒になりたい」
のような真剣な告白だったら、まだしも(動揺はしても)自尊心は保たれたような気がする。笑)

何といって返答したのか覚えていないが、
その会社はやはり居づらくなって間もなく辞めた。


2.地域活動で
PTA活動は、大変なこともあったが楽しいことのほうが多かった。

活動を通じて、意識の高い地域の方々と知り合うこともできた。
そういう方々との親睦会が楽しくないはずがない。
自然と杯も進んで酔いも回る。🍺

とある飲み会で、ある方の隣席になった。
お子さんが卒業された後も長年学校を見守ってくださっている方で、陽気でノリがよく、それでいて権力欲のようなものも感じない、とてもいい方だった。
…が、
そろそろ会がお開きになろうかというときに、ご機嫌で飲んでいたその方が、一瞬の虚を突いて私の胸を触った。
それも「何かの拍子にうっかり」という感じではない、不快な触り方で…
私はとても驚いたが、とっさのことで何も言えなかった。

かなり酔っていらしたので、覚えていらっしゃらない可能性もある。
それでも、以来その方を見る目は決定的に変わってしまった。

そうこうするうちにその方は地域活動とも疎遠になり、
今では全く音沙汰もない。


(思い出話終わり)

何が言いたいかというと…

女性にとっては、
 (その人に対して特別な好意を抱いている場合は別として)
男性から性的対象として見られることは、自尊心が傷つくばかりで嬉しくもなんともない、ということ。

性的魅力を「感じる」だけなら自由。
しかし、
「あなたには性的魅力がある」ということを表明することには、よほど慎重になってほしい。
相手との距離感を誤ると、関係を致命的・不可逆的に壊すことになる。

一方で、
私は、今一大ムーブメントとなっているセクハラ告発の流れに乗る気はない。
これらはあくまで私の個人的問題だから。
私との距離を測り誤った相手、
相手との距離を測り誤った自分自身に対する怒りや後悔はある。
しかし、それを普遍的な男性(人間)の瑕疵として糾弾したくはない。

元々、ビジネスの場を除けば
人と人との関係における意思確認なんて曖昧なものだ。
男女間では特に。

たとえばキスをするときだって、
「はいっ、私はあなたにキスする気100%です!あなたはどうですか!?」
「はいっ、私もキスする気100%ですっ」
「ではっ!」
なんて相手の意思を確認してからキスをする人はいないだろう。(笑)
最初は50%くらいでも、お互いの顔が近づくうちに、少々のためらいとともに…
という要素がなければ、ロマンチックでも何でもない。

もちろん、
犯罪的に相手の意思を確認しないのは「無し」だ。
相手に対して何かしらのアクションを起こしたいときは、
とにかく慎重に。

距離感を気にすることなく安心してハグしていいのは、
相手が笑って両腕を広げているときだけ。(笑)
あなたにとっては「ごめーん」で済むようなことも、
相手にとってはそれでは済まないこともある。

「大前提」

2017-06-09 | 独り言

ルポライター等ならわかるが、たとえば

学校の先生が、

教育委員が(笑)

はたまた総理大臣が(笑)

「女性の貧困問題の調査のため」と称して出会い系バーに足繫く通ったとしても

「現場から学ぼうとする姿勢は大切だ」との大前提は適用されるのか??

 

言うまでもないことだが、

「現場から学ぶ」とは、単なる一消費者になることではない。

ふさわしい立場で、慎重を期して行われなければならないものだ。

それが満たされないとき、「大前提」はただの醜い言い訳に成り下がる。

 

大前提というのは「すべてに通じる真理」などではない。

ときに都合よく使われる口実になりうる、危うい「一理」でしかない。

 

まあ、

前川氏が崇高な目的のもとに出会い系バーに通っていたのか、そうでないかは

文科省関連の事実の認定には何の関係もない。これは確かだ。(笑)

 

きちんと分けて考えられる人は、無理くりな理屈を持ち出してまで擁護しようとしたりはしないだろう。

ただ、ある種の興味を持って、黙って眺めているのみ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/yuasamakoto/20170531-00071542/


教育という分野

2014-07-04 | 独り言

政治の世界に片足踏み入れて見る教育界は、一保護者だった頃よりさらに混沌として見える。

私の立場の難しさをわかってくれるある方は、ご自身の経験を元にこんなことを言われた。

大いに納得したので少々改変の上、ご紹介させていただこうと思う。

 

「教育という分野は、誰もが口を出しやすい。

なぜなら、誰もが昔、子供だった。誰もが昔、親だった。だから『わかったつもり』になりやすいのです。

つまり、誰もが教育においては一言居士。

しかも教育の場合、自分の意見を否定されると、自分の子育て方法や自分自身を否定されたように受け取られてしまう。」

 

…今更ながらに、教育行政という立場の難しさを実感しているこの頃だ。


時期が時期だけに

2014-07-03 | 独り言

普段は政治のことなんて書かない友人たちまで、ここぞとばかりに取り上げている例の権、じゃなかった件。

中には「あ~あ、やめとけばいいのにな…」という主張も。

…フェイスブックやめてよかったかも。私も一言云わずにいられなくなりそうだから(笑)

 

権力者だろうがそうでなかろうが、戦争がしたい人なんていませんって。

戦争が割に合わないことくらいみんな百も承知。

自分が思うより周りは頭がいいと思っていたほうがいい。

周りがバカにしか見えなくなってきたら、それはアブナイ兆候です(笑)


小さな喜び

2014-06-30 | 独り言

帰宅が遅くなって、バタバタと15分くらいで作った夕食(笑)

赤魚の一夜干しとアボカドサラダ、豆腐の味噌汁。

食べ終えた息子は「ごちそうさま!!メッチャ美味かった!!」

「どれが美味しかった?」と尋ねると、「全部!!」

…こんな瞬間にこの上ない喜びを感じる。

 

疲れてる…んだろうな、きっと。

でも少しずつ癒やされていく自分を感じる。

 

…たいした料理じゃないけど、写真撮っとけばよかったな(笑)


政治と女性

2014-06-29 | 独り言

私は、そんなこんなで(...今までの私の記事を追ってくださっている方にはお分かりかと思いますが笑)薄っぺらい男女平等主義が大嫌いなので、例えば「何でもかんでも男女同数にせよ」みたいな主張を冷めた目で見ていた。

でも...

全く違う観点だが、特に政治家には、もっと女性が増えてほしいと最近切に思う。

というのは、

最近立て続けに、政治の場に身を置く男性が(恐らくは心労で...)倒れられたから。

うちお一人は、私に非常に近いところにいらっしゃる方...

回復を祈るしかないのが本当に歯がゆい。

 

知らない間に限界を超えてしまって体に変調を来してしまう男性が、周りにあまりにも多い...

これが女性なら、そうなる前に気晴らしを見つけたり、仲間とおしゃべりしたり(ときにはキレてみたり笑)しながら、うまくやり過ごせるんじゃないか...

そんなことを考えてしまう。

...なんだかんだ言って、女性のほうがストレス発散も上手いような気がする。(何しろ定期的にやって来るストレスフルな時期を、長年にわたって耐えてるしw)


意外に女性は政治家向きなのかも。

ある日突然限界を迎えてしまう男性を少しでも減らすためにも、より多くの女性の政界進出に期待したい。


思い出

2014-06-26 | 独り言

先日、娘といきなり思い立ってディズニーシーに行った。

園内で、ふと迷子のお知らせの放送に耳が止まる。唐突に私は娘に聞いてみたくなって、尋ねた。

「小さいころ、こんなふうに親とお出かけしているときに、迷子になってそのまま置き去りにされたらどうしよう?って考えたこと、ある?」

娘は即座に「何それ?ナイに決まってるじゃん♪」と笑って返した。

これを聞いて私は、自分の子供時代を思い返して感慨に耽ってしまった…

なぜなら私の子供時代には、いつも「見捨てられ不安」のようなものがあったから。

 

どこかに出かけても、なるべく親の姿が視界に入っているように気をつけていたし、

もしも迷子になったとしても、自分の親は迎えに来てくれないだろうと、なんとなく思っていた。

まだろくに字も学んでいないころから、自分の家と親戚の家の電話番号と住所を一生懸命暗記して、迷った時のために備えていた。

 

私が親に育ててもらえているのは、「いい子だから」にすぎないと思い込んでいた。

だから例えば、自分があと三ヶ月の命だと知ったら、育てるのは無駄だから親は自分を捨てるだろう、という変な確信があった。

 

そんな私も紆余曲折を経て大人になり、親との確執も乗り越えて、そんな「見捨てられ不安」は克服した…と思っていたのだけれど。

まだ時々、その不安に行動や思考を支配されている自分を感じてしまって、とまどってしまう。

しばらくは自分を心地よくしてくれる人やモノとだけ付き合おう。それが第一歩だ。