我が家の子供たちはさすがにもうサンタさんは(たぶん)信じていません。(思えばン年前、プレゼントについていた「小手指西友の保証書」がマズかった…(^_^;)
でも親の都合で!?無理やりクリスマスプレゼントは続けています(^.^)
子「今年のクリスマスプレゼント、〇〇がいい!…ってサンタさんに言っといて」
私「でもそれ売り切れてたから無理だよ…ってサンタさんが言ってたよ」
子「でもアマゾンには在庫あるかもよ…ってサンタさんに言っといて」
私「はいはい了解!言っとくけど信じてない子のところにはサンタさん来ないんだからね☆」
子「わかったわかった(苦笑)」
…クリスマス前には、こんな感じの若干無理のある会話が繰り広げられることになります…(^o^;
ちなみに我が家のクリスマスプレゼントの隠し場所はクルマのトランクの中。ココなら絶対安心♪
今年も準備完了です(^-^)v
(2年以上ほったらかしていたブログを、こんな経緯で復活させることになるとは…)
テレビを見ても出かけても、気分はしずみがちで、不安はつきないし…
でも不安といったって、被災地真っ只中の人々を考えれば…
今はまだ「前向き」は無理にしても、せめて足元はきちんと見て、日々やるべきことをやろうと思います。


佐渡氏の指導は、微妙に混じる関西なまりのせいもあって、わかりやすく親しみやすい感じです。それでいて、時にふと音楽の深遠さや厳しさをも感じました。
でも、今日の演奏会は基本ビート感あふれる「元気になる」第九でしたよ!
佐渡さんやっぱりいいですね


…で、突然ですが、
なんだか今はいろんな方にお礼を言いたい気分です。
今、いろいろなところにいる、あなたやあなたやあなた。いつも本当にありがとう。
…ちょっと酔ってる(音楽に?)ものでお許しを(^o^;)
音楽ネタが続きそうなのであえて違う話題にしてみました♪
私は幼稚園の時もPTA(保護者会と呼ばれていました)の役員をしていたのですが、(物好きといわれそうですね^^;)その頃の私は明らかに今とは違う感じだったと思います。
「肩に力が入っていた」というのでしょうか。
我が子にもっとよい教育環境を…教育をより良いものに…
他の保護者や幼稚園にいろいろ意見もしました。 今思えばつくづく怖いもの知らずです…
ある先輩役員が、ある時こんなことを言いました。
「保護者会っていうのは、保護者と幼稚園の橋渡しをするというよりも、どちらかというと幼稚園の意向を保護者に伝えるためにあるのよ」
私は「逆じゃないの?!どちらかというと保護者の意向を幼稚園に反映させるものでしょう!」と思いっきり反発しましたね。(もちろんそんなふうに言いはしませんでしたが。何しろそうは言っても波風は立てたくないタイプなもので^^;)
でも今は、その先輩役員の言葉がわかります。
いろいろな先生や親に出会い、子どもが成長するにつれて、ものの見方が少しずつ変わってきた(平たく言えば「大人になった」?)のだと思います。
間もなく新一年生が入学してきます。
よく言われることですが、親も「一年生」です。
きっと最初のうちは、
我が子しか目に入っていない、
学校や地域の支えの大切さがわかっていない、
当然役員も尻込みする、
そのくせ教育に対する不満だけは山ほど…
といった、「・・・」な親たちも、たくさんいると思います。
でも、親も「進化する」もの。
かたくなだった心も、いろいろな人に接し、いろいろな経験をするうちに、徐々に「自分目線」「我が子目線」だけでない見方ができるようになっていくと思います。
大切なのは、
最初がダメだからといって、ずっとダメだと決めつけないことではないでしょうか。
気楽なつきあいからスタートしても、やがて「人と人との支え合い」を実感できるようになるでしょう。
私自身がいろいろな人から親として育ててもらったように、今度は私もその手助けができればと、おこがましくも考えたりしています。
最近の私は、まさに絶好調!!です。
これも「第九初体験」によるところが大きいかな?


例年は二百名に届くことはなかったらしいのですが、今年は定員をはるかに超える参加希望者があり、急遽定員を250名に増やしたそうです(舞台スペースの関係上、それが限界だったらしい)。それでも歌えなかった方もいたようです…
※この舞台スペースですが、ホントに一杯いっぱいでした…座る余裕もないので、第三楽章で出たら「立ちっぱなし」です。これが一番キツかった…(T T)

同じ音楽でも、歌はピアノより生身の人間に近いのですね。「本能的」とでも言うのでしょうか。
自分の体の状態・心の状態が、ダイレクトに表れてしまうので、小手先のごまかしが効かないのです。これは新鮮な発見でした。
その上、本気で歌うと、ほんの2、3フレーズ歌っただけで汗ばむほどなんですよ!まさに「体が楽器」という感じです。
当然カロリー消費量も多いと思うので、ダイエットになるか…?と思いきや、歌うとその後やたらお腹が空くんですよね~



発声や楽典の知識の豊富さはもちろんですが、私が感動したのはそれを伝える言葉の豊かさです。
「ドからレに移動する時は、下から持ち上げて『うんしょ!』とやるのではなく、ひしゃくに汲んだ水を上から注ぐように…」
「喜びいさんで街を駆け抜けてきたものが、教会の扉をバーンと開き、厳かな静寂の中で立ちすくんでいる」
「地上からの人間の声に対して、空のかなたから帰ってくる『人ならぬ声』のように…」
…このような先生の言葉一つで、その後の演奏がガラッと変わるのです。
これが、単に「もっと気持ちを込めて」だけだったら?
あるいは「もっとのどの奥をたてに開けて」などの技術的な指導だけだったら?
果たしてこんな豊かな響きを作り出せただろうか…と思ってしまうのです。
…うわ~、書きたいことがどんどん出て来た…
続きは次回に…(いつになるかわかりませんが


生活の中のいろいろなモノの優先順位が、少~しずつ変わってきている最中なので、何というか落ち着かない感じです・・・
とりあえず近況。

実は10/31(ハロウィーン)が結婚記念日なのです♪
(ウェディングドレスは仮装だったのか?!との噂も…^^;)
今更ですが、結婚してよかったとつくづく思っています。
結婚の何がいいって、「同志」の関係を築けるところじゃないかな、と。
たとえば、家族旅行などの思い出を思い出すときに、必ずと言っていいほど出てくるのは「困難にぶち当たった」思い出ではないでしょうか。
「ここで子どもが転んでケガしたよね~」
「電車に乗り遅れて大変だったよね~」
等々…
後になってみると、一緒に困難を乗り越えたという事実こそが、「絆」を深めているのではないかと思うのです。
愛情だけでも利害関係だけでもなくて、一緒に困難を乗り越える「同志」というつながり。これって「情」と「理」と、両方を共有していないと築けないつながりなんですよね。

合唱自体はよかった…のですが、子どもたちに緊張感がないのが気になりました。
「本番であがってしまって力が出せない」という心配とは無縁なのでしょうが、ステージ上でも全く普段通りで雑談すらしているというのは、それってどうよ?!という感じです。
やっぱり「練習」と「本番」のメリハリって必要なんじゃないでしょうか。せっかくの演奏も価値半減です。…

イヤ~、やってくれました


最終戦、子どもと手に汗握りながら観戦していました。(TVだけど)
相手が巨人というのも最高ですね~♪また渡辺監督がいい!!
…で、優勝セールにもしっかり行って参りました。
(いつものパルコだけど^^;)
なんちゃって(*^o^*)
いつもながら、バースデーカードありがとう!
“We'll always be young at heart.”
うん、その通り!
たとえ学生時代を何年過ぎてもネ…(^o^;)
子どもら(あんどダンナ)からのカードも感動モノでした♪
息子「たん生日おめでとう!いつもおこられたりしててごめんなさい…」
そんなに怒ってる?σ(^-^;)
「これからもやさしいママでいてね」
これから『も』にちょっと救われた…(^o^;)
表紙は、最近コラージュに凝ってる娘の力作。なかなかかわいくできてます☆
また一つ年をとったという事実も忘れてしまう、楽しい誕生日でした☆
(…果たしてそれが幸せなことなのかは置くとして^^;)
毎週金曜日の夜に、「第九」の練習に出かけるようになって、2ヶ月が経つ。
子どもたちも大きくなってきて、夜も留守番を任せられるようになったんだなぁ…と、数年前の幼稚園・小学校時代の「目が離せない」時期を思い返し、感慨にふけっていた。のだが……
ある金曜日の晩、いつものように子どもたちの夕食を準備してから、練習に出かけた。(時間が半端なので私自身は軽食ですませ、帰宅後に食事をしている。)
「フライパンの中の焼き魚食べてね。あと冷蔵庫にサラダがあるから。」
そう言い残して、意気揚々と練習に出かけたはいいが、帰り道に気づいた。
「…そう言えば、ご飯のこと忘れてた…」
でもまあ、チンするご飯(「レンジで2分」のヤツね♪)もあるし、大丈夫だろう…
・・・・・・・・・・
私「ただいまぁ~!ご飯なかったでしょ、ゴメンゴメン!」
子「うん。」
私「…で、ご飯どうした?」
子「食べてない。」
…目が点になる私。
私「エ?晩ご飯まだってこと?」
子「ううん、おかずは食べた。」
私「…まさか、ご飯なしでおかずだけ食べたの?」
子「うん。」
…ありえんやろ、それ!!
子「変だなぁとは思ったんだけど…」
私「なんで?!夕食にご飯がなくておかずだけなんてことないでしょーが!チンするご飯とか、冷凍庫にもご飯があったのに、なんで?!も~考えられない、常識がなさすぎるし気が回らなすぎ!!」
…自分がご飯を炊き忘れたのは棚に上げての、その後の私の怒りっぷりは、ご想像にお任せする。
しかし、話はそれだけで終わらなかった。
またある金曜日。
今度はしっかりご飯も炊いた。
おかずは「これならどうだ!」の親子丼。これならご飯を食べ忘れることもないだろう
私「いい?鍋の中に親子丼の具があるから、『ご飯の上にかけて』食べるのよ☆」
子「も~分かってるってば…」と苦笑い
・・・・・・・・・・
私「ただいまぁ~、晩ご飯ちゃんと食べた?!」
子「うん。」
子どもはテレビ画面からロクに目も離さず答えた。
やれやれ…しかしキッチンに目をやった私が最初にみたものは…
開けっ放しの炊飯器!!
私「ちょっと!炊飯器開けっ放しじゃない!!」
子「…あ!!」
「あ」じゃないでしょ、「あ」じゃ!!
案の定、炊きたてでピカピカだったご飯は、見るも無惨なカピカピ状態に…
このカナシサ、炊飯器を開けっ放しにされたことのある人にしかわかるまい…
でも、変だ。普段コドモたちがダイニングテーブルで座る位置は、炊飯器がイヤでも目に入る場所なのに…
私「食事中目の前にあるのに、何で気づかないのよ?」
子「…今日違うところに座ったから。」
…私はピーーンときた。
私「テレビ見ながらご飯食べてたんでしょ?!」
子「…うん。」
食事中はテレビを見ないのが我が家のルールなのに!!
その後の私の怒りっぷりは、ご想像にお任せする。
まったく、しっかりしてきたと思ったらこれだ。
食の基本は、生きることの基本と言ってもいいのに…
何か育て方を間違ってしまったような気がしてならない…
いろいろ事情(というか誤算^^;)がありまして…
今度は以前いたビーバー隊ではなく、我が子がお世話になっているカブ隊のデンリーダーになります。
本当は、ビーバー隊もボーイ隊もリーダーは全然足りていないのですが、カブ隊さんには我が子が二人お世話になっていながら何の恩返しもしていないことに、後ろめたさのようなものがあったもので…
本当は、今年の活動はPTA一本に絞りたかったのですが、なかなかうまくいかないものです。
久々に戻ってみて、ちょっとした変化に気づきました。
「一杯一杯」だった以前に比べて、心の持ち方に余裕ができたというか、そんな感じなのです。
場所自体は何も変わっていないはずなのに、見える景色が違う…これは、自分自身が変化したということでもあるのでしょう。
正直「楽しさ」だけなら、以前のほうが勝っていたと思います。
しかし、今回は「熱」が少し冷めてしまった分、以前には見えなかったものが見えてきました。
ただ「自分が精一杯頑張れば…」となってしまうのではなく、
手を抜けるところは素早く察知して手を抜く、とか^^;
どのリーダーさんにどのくらいの負担がかかってしまっているかに敏感になっておく、とか、
自分にはどうしようもない問題でいつまでも悩まない、とか、
いわばちょっと「老獪な」スキルを得た気がします。
これがいいことなのか悪いことなのかはわかりませんが、
それこそ「悩んでも仕方のないこと」。
私を必要としてくれて、またそこが自分に無理を強いなくても貢献できるところなら、
「やってみるのみ!」です
