goo blog サービス終了のお知らせ 

日々思うこと

日常と、
日常につながるもの。

op. 80 これから

2021-09-26 | 闘病記に名を借りた自分語り

治りにくい皮膚炎や口内炎、
頭痛、
リンパ節の腫れと区別のつきにくい筋肉痛…

ガン罹患以来、ありふれたこれらの不調は
今までとは違う意味を持つようになってしまい、私の不安をかきたてようとしているかのようです。

一方で、
妙に落ち着いた(「達観した」とも言える)心境にも達しつつあります。
まるで、この命の最後のときまでのカウントダウン期間に入ったことを許容しているような…

特別悲観的になっているわけではないのですが、
一抹の寂しさのようなものがつきまとうようになってしまったのは確かです。
せめてあと少しの間、
自分の死のことなんてこれっぽっちも考えずに
ドタバタな日常を賑やかに楽しんでいたかったな…

でもこれは、メンタルの弱い私に対して
神様が用意してくださった「準備期間」なのかもしれない、とも思うのです。
どちらが幸せなのか、私にはもはや分かりません。
ただ与えられた人生を、できるだけ幸せに生きていくことを考えるのみです。

今後…もしもガンが再発したり転移したりということがあっても
ネットでそれを報告するつもりは(今のところ)ありません。
つまり、このブログでの「闘病記に名を借りた自分語り」は、一旦これで終わりにしようと思います。

最後に…
自分自身を、これ以上ないくらいに愛して
幸せにすることを考えてくださいね。
私の心からのお願いです。😊❤


op.79 180°ワンエイティー&360°スリーシックスティ

2021-09-07 | 闘病記に名を借りた自分語り

スケボーの技風タイトルにしてみました(笑)

🏸バドミントン…

いつも一番最初に行って受付をすませ
ネット張りをして待ち構えていた私。
みんなもっと時間通りに来ようよ!
基礎練とばすなんてあり得ないよ!
嫌味な優等生ばりに「男子真面目にやってー!」などと言いかねないタイプでした😆↑なぜ男子限定笑
(そのわりには実力が伴っていないのはスルーしていただくとして笑)

それが、ガン治療で10ヶ月休んで復帰したときには…

時間通りには行かないことのほうが多い😆
逆に、みんなの遅刻も全く気にならない😆
(特に3人しかいないところに現れてくれる4人目には
有難くて涙がちょちょ切れます🤣これでダブルスができる〜💕笑)

準備や後片付けにも気が回らない😆
それを周りにどう思われても全く気にしない😆

これからもコート予約など
できるところで貢献したい気持ちは変わりませんが
とにかく「一緒にバドミントンできる仲間がいてくれる」
それだけで心からの感謝の思いがわきます。
スタンスが180°近く変わりました。😊

🍷ワイン…

あれほど大好き😍だったワイン…
闘病中は全く飲む気になれませんでした。
回復できたら、以後はワインに限らず
体に悪そうなものは一切遠ざけよう!と
ひそかに決意していたほどです。
ですが…

ほぼ元の体に
ひとまず戻ることができて、しみじみと
「限りある人生、
楽しめるものを
楽しめるときに
味わえるのは幸福なことなんだ」
という気持ちがわくのを感じました。

というわけで、360°まわって(笑)
今は再びワインを楽しんでいます。
人生の目的が
「できるだけ長く生きる」から
「楽しんで生きる日をできるだけたくさん持つ」へと変わったことを感じながら…


op.78 私を救ってくれたもの⑥

2021-08-16 | 闘病記に名を借りた自分語り

ムチャをする人たち
(ただし自己責任で笑)

リアルの私を知る方はすでにご存じだと思いますが、
こちらでは初公開!?
実は私、
4年ほど前から「バドミントン」にハマっておりまして😆
しかもなんと、観戦ではなく自分がプレーする側で!!😆

手術後…
ガン細胞なし!の所見を得て、
バドミントンをまた始められる❣️と喜んでいた私に渡された注意書き…
「手術跡は、一見綺麗に治ったように見えても
半年ほどは弱い運動でも傷が拡大してしまいます。」

バドミントン再開は半年後にすべき…?
治療終了の喜びに浮き立っていただけに、
半年は永遠に近いほど先のことに感じられて、ひどく落胆しました。

友人(お医者さん)にそのことを話したら
「全摘した2ヶ月後にはバレーボールの試合に出てた人がいたよ!」
とか
「手術の4日後に、よさこいのセンターで踊ってた人もいたよ!」
とか、ビックリな例が次々に!?

他にも、
「しばらくごちそう食べれないだろうから」と
胃癌手術の入院前にたらふく食べてきたツワモノ患者もいたとか…
(果たして術前血液検査の数値はトンデモナイことになっていて、手術は延期せざるを得なくなったそうですが😂😂)

いやもう、スゴイ例が出るわ出るわ…(笑)

どれも事後に知らされたそうですが、
世の中には常識を超えた「ぶっ飛んだ」人が
こんなにいるんだー!とあらためて
人間のたくましさを知りました。

私にこういうことをコッソリ耳打ちしてくれた友人も、
ある意味常識にとらわれていない!?(例示は、細部を少し改変しています。)

世の中、案外みんな自分勝手に、
自分のやりたいように生きているんだな、と知ることは
不安にとらわれがちな時期には大いに勇気をくれるようです。

※ただし無茶をやるにしてもご自身の責任でね〜😆


op.77 私を救ってくれなかったもの②

2021-06-30 | 闘病記に名を借りた自分語り

楽観的な声かけ

…これは意外でした。

闘病中の人に向かって
不安になるようなことは言わないほうがいい、ということに
異論を差し挟む人は少ないのではないかと思います。
しかし、楽観的な声かけがガン患者を楽にするかというと
そうではないこともある、というのは意外な発見でした。

特に、それほど親しくない人から簡単に
「ガンなんて今は大したことない病気だって、大丈夫大丈夫〜」
のようなことを言われると
「そうですよね〜」と笑顔を作ってはいましたが
孤独感のようなものは増すばかりでした。

「元気そうじゃない、安心した〜🎵」
という言葉も同様です。

抗がん剤投与中は、吐き気止めのステロイドも処方されていたのですが、
そうすると顔がむくみ気味になり、
皮肉なことに肌の張りや色艶がよくなることがあります。
場合によっては「逆に太った?(笑)」というようなことを言う人も…
元気そうな様子に安心した、ということを言いたいのかもしれませんが、
吐き気や食欲減退と戦っているさなかには返答に困るものがありました。😂

親しい人だったら事情も説明できますが
そうでない場合は…
悪気はないのは分かっているだけに、曖昧に笑って「おかげさまで〜」と言うしかありません。

かといって、
「心配だね〜」とか「やつれたね〜」などと言ってほしいわけでもないんですよね。
「じゃあ何て声をかければいいの!?」と思われるかもしれません。

一番有難いのは、特に親しい間柄でないなら
ことさらに病気のことや外見のことに触れないでいてくれること、かもしれません。

でも親しい間柄だったら別です。

闘病中、一番苦しかったときに
ある友人が
「あなたみたいないい人に、神様がひどいことするはずがないよ〜!
だから絶対、大丈夫だよ…!」
と言ってくれたとき、私はこらえきれず
「そうだよね、そう信じるよ…!」と一緒に泣くことができました。

その友人も少し前に、九死に一生を得る経験をしていたのですが
やはり私もそういうことを言ったような気がします。

結局は、
どのくらい信頼関係が築けているか?ということに尽きるのかもしれません。


op.76 私を救ってくれたもの⑤

2021-03-31 | 闘病記に名を借りた自分語り

「目的達成のための痛みを想定できる」
そして「それに耐えることができる」力

こちらでは逐一書いていませんでしたが、
実は抗がん剤使用中には様々な症状が
入れ代わり立ち代わり現れていました。

あるときは
皮膚に突然湿疹ができ、
それが破れて出血したり、
脱毛中には、頭皮全体が痛くて
枕に頭を乗せるのも苦痛だったり、

(美しくない話ですみませんが)トイレ🚻では
その辺り😆全体が腫れたように過敏になり、痛くて毎回苦労したり...

しかし、不思議なことに私には
「この症状は『異常な』副作用ではない」という、確信めいたものがありました。
なので私は、いちいち医者に訴えることはせずに
まずは出来るだけ、自分で自分をケアすることを考えました。

皮膚の湿疹には
暗示をかけるようにクリームをすりこみ、
頭皮の痛みには...ただ耐え(笑)、
トイレの悩みには、
オーガニックのおりものシートを用足しのたびに取り替えて、
必死で自分をいたわり、甘やかしました。(笑)
その結果、どの症状もだんだん収まり、何とか日常生活には支障を来すことなく、治療を終えることができました。

今、抗がん剤の副作用の一つ「爪の変質」が終わろうとしています。
もろくなった部分があと2、3mmくらいで健康な爪に入れ代わるのですが、
健康な部分との境目で折れたり剥がれたりするので、地味に大変です。😂
缶のプルトップを開けることなどはもちろん、
シールを剥がすくらいの負担でも「イタッ💥」という目に合います。

しかも全部の指が同時にそういう状態なので、
人差し指の爪を折ってしまい、中指を使っていたらそれも折れて...の繰り返し。
そして一度爪を剥がしてしまうと、しばらくは指先を使うたびに痛みます。

必要な痛みには耐えることができる、という
自分の能力に感謝する日々が、あと少し続きそうです。


op.75 私を救ってくれなかったもの①

2021-03-24 | 闘病記に名を借りた自分語り

音楽

私は自他ともに認める音楽愛好家...
だと思っていました。
ジャンルにとらわれず音楽を愛し、
演奏する人を愛する(自分自身含め😆)
まさに NO MUSIC, NO LIFE❤️を地で行っていると思っていたのですが、

全く予想外なことに
この困難な期間に、音楽は何の救いにもなってくれませんでした。

さんざん馴染んできたはずのクラシック音楽は、思いが深すぎるが故に全く聞きたくなくなりました。

明るい音楽は
何か別の世界のもののようで聞く気になれない。
暗い音楽には尚更、耳をふさぎたい...

折悪しくコロナ渦で
一部のアーティストたちの恨み節?が耳に入るようになり、
私はますます音楽が嫌いになりました。

経済的困窮は理解できます。
しかし、「とにかく金よこせ」とわめく姿は
喜びとしての音楽を貶めるものでしかありませんでした。

まして、アートを大事にしない国は滅びるとか、
文化度が低いだとか...
この切迫した状況で、
無力感や医療現場への感謝を表すより先に
身勝手で傲慢な態度を見せる人々に、私は心底呆れ、「アーティスト」の思い上がりに怒りさえ感じました。

その点、スポーツに関わる人々は対照的でした。

彼らも経済的に苦しく、先が見えない状況にあったのは同じはず。
なのにそんな中でも、
「自分たちは、いかにファンに支えられていたのか」
「スポーツができるというだけで自分はなんと恵まれていたのか」などと、口々に感謝の思いを表していました。

今こそ少しでも役に立ちたい!と
自宅でできるトレーニング法などを
YouTubeなどを駆使して楽しく伝えている人もいました。
(誰一人として
「スポーツを大事にしない国(国民)は程度が低い!」のようなことは言っていませんでした。笑)

幸い、音楽家の中にも
そういうタイプの人がいたことは救いでした。
この人をずっと応援したい!
心からそう思える素晴らしい音楽家も、密かに見つけました。

苦しかった時期を抜けた今、
応援したい人/応援したくない人が
とてもクリアになった気がしています。

限りある時間、これからは
「自分の幸せを支えてくれる人」の幸せを願おう。
そう決めました。


op.74 私を救ってくれたもの④

2021-03-10 | 闘病記に名を借りた自分語り

女子力❤️

ガンが判明する前~治療中を通して
私の支えとなってくれたものの一つが「女子力」でした。(笑)

普段はどちらかというとガサツに近い私の中に、
これほどの女子力が眠っていたとは...と自分で驚いていました。

凝った料理を作ってみたり
花やグリーンを
欠かすことなく飾ったり
ぬいぐるみに愛を注いでみたり...(笑)

また、美容関係への興味関心も
大いに私を支え、慰めてくれました。(これについてはまたあらためてお話しようと思います😆)

...さて、今はと言いますと
気がつけば料理はマンネリ化して元の木阿弥、
グリーンは一つまた一つとしおれていき
ぬいぐるみはいつの間にか
部屋の隅で存在を忘れられ...😂
せっかく目覚めた女子力もどこへやら😅
これではいけない!とは思っているのですが😂😂

画像は、職場を去るときに皆さんからいただいたお菓子です。ありがとうございます❤️


op.73 私を救ってくれたもの③

2021-03-06 | 闘病記に名を借りた自分語り

自分を自分の味方にすること

たとえ治療そのものは順調に進んでいても、
痛いとか、辛いとか、怖いとか、
次々にやってくる試練に対応していると、
だんだん楽観的でいることが難しくなってきます。

気がつけば、
「これからまだまだ、大変な思いをしなくてはならないんだろうな...」などと、
悲観的な予想ばかりするようになっていました。
そんなとき、ふと思ったのです。

なぜ、
そんなに「自罰的」な考えにとらわれているんだろう、私?

たとえば
大切な友人がガンだと知ったら
私はどう思う?
あなたが、病に負けるはずない!
きっと大丈夫!
そう心から信じていたはず。
間違っても「これからまだまだ大変なことが...」なんて
そんなこと考えもしなかった。...なのに、なぜ自分には
悲観的な声かけしかできないのか?

ハッと目を開かされた思いでした。

これからは、少なくとも
人に対するのと同じくらいには
自分に優しくしよう。
自分を、
自分の味方に、応援団にしよう。
少なくとも、そう心がけようと決めました。


op.72 私を救ってくれたもの②

2021-03-03 | 闘病記に名を借りた自分語り

「今」にフォーカスすること。

もしも抗がん剤が効かなかったら...
副作用がひどかったら...
手術後、ガン細胞が残っていたら...

ネットでさまざまな情報を得られるのも良し悪しで⤵️
今後についての不安をつい漏らしてしまう私に、
主治医の先生は、いつも優しくこう答えてくださいました。
「そのときまた一緒に考えましょうか。😊」

正直、その答えに
物足りなさを感じてしまうこともありましたが
(私は何かもっと安心させてくれるような言葉を求めていたのだと思います)
この言葉は、まぎれもなく一番有難い答えだったと言えます。

過去の選択を後悔したり
未来に訪れるかもしれない不運をむやみに恐れたりしないで
ただ、今やるべきことにフォーカスすること。
それこそが大切なのですね。

現代では
「常に最悪を想定しておく」のような、ビジネス思考的なものが良しとされる風潮にありますが、
こと闘病のさなかにあっては
そのような想定が役に立つことは、ほとんどないような気がします。
ときには「出たとこ勝負」のほうが良い場合もありますね。😊


op.71 私を救ってくれたもの①

2021-02-28 | 闘病記に名を借りた自分語り

晴れて治療終了✨
もう当分病院に行かなくていいんだー!😆
と思ったら、来週には術後3ヶ月の診察があるのでした😅
通院や入院のときは
なぜか晴天の日が多かったです。
美しい陽光に、大いに慰められました。

ここからは、
闘病中に私を救ってくれたもの、そして
救ってはくれなかったものについて、少しずつ記録していきたいと思っています。

まずは、何を置いても「家族」。

妹は、いつも抗がん剤投与の前に、見計らったようにメッセをくれました。
普段はそれほど交流はないのですが、ちょっとしたことを報告しているだけで、不安を紛らすことができました。
九州在住の父母とも、これほど交流を持った時期はありませんでした。
美味しいものを送ったり送られたり、
そのたびに電話で近況報告をしたり...😊

そして、夫の存在の有難さ。

普段の私は、他人と笑い合うことが大好きなのですが
ガン治療中はそれが苦痛になってしまいました。
それでも外ではつとめていつも通りに、元気な姿でいるように心がけていました。
(そうすると、人からよく「良かった、元気そうじゃない🎵」と言われました。
私のことを気遣ってくれての言葉だとは分かっていたのですが、その言葉に虚しさを感じなかったと言えば嘘になります。)

ダンナといるときには「元気」を装わなくていいのがとても楽でした。

抗がん剤投与を受けていた病院へは、車で一時間弱の道のり。
ダンナに送り迎えしてもらっていましたが、その間ほぼ無言でした。
行きは、「これから抗がん剤だ...」という憂鬱さでおしゃべりなどする気になれず、
帰りは安堵感と疲労感でたいてい爆睡。
ダンナに悪いなと思いつつも、
自分が自分のままでいられる幸せを、いつもどこかで感じていました。

「健やかなるときも、病めるときも」
という結婚の誓いの重さをかみしめています。

笑っている人と一緒にいるのが楽しいのは当たり前でしょう。
それが愛する人なら尚更。

しかし、どんなに愛している人であっても
(または、愛しているがゆえに)
苦しんでいるときに寄り添うのが、どんなに大変なことか...
そして、そういう人と出会えて時を重ねてこられたということが、どれだけ幸運なことか...

山も谷もあったけれど
家族の歴史を繋いできたのは
このときのため、だったのかもしれない。
そう思うほどです。