新しいカレンダーを掛ける時期になった
カレンダーは戴くもので 買うものでは無かった頃の話
父はまず カットできるならばだが 会社名を切り取る
そして 気に入った画があると切り取って飾っていた
ルノアールがあったり 河合玉堂があったりした
昨年 カレンダーを買った話は日記に書いた
その一枚目が切り取られる前に 母は亡くなった
出身の大学からカレンダーを送ってくる
寄付の申し込み書と一緒に 創立百何十周年とかいって(勿論寄付などしない)
実にダサイのだが 冷蔵庫にマグネットで止めて愛用している
私のここ数年のお気に入りは CDほどの大きさの卓上のものだ(勿論 貰い物だ)
そこに友人知人の誕生日を書き込む
記念日もだ
12枚のカードの一枚目を後ろに送り 新しい月を迎える
それを繰り返す
12枚目を見るかどうかは 私にも判らない
だが そう信じてカレンダーに書き込む
カレンダーには 未だ見ぬ未来が詰まっている
幸せな日であろうと 悲しい日であろうと 12枚目を見れるって事は やっぱりそれだけでハッピー
って そんなこと考えながら 2007年のカレンダーに書き込みをしてる
カレンダーは戴くもので 買うものでは無かった頃の話
父はまず カットできるならばだが 会社名を切り取る
そして 気に入った画があると切り取って飾っていた
ルノアールがあったり 河合玉堂があったりした
昨年 カレンダーを買った話は日記に書いた
その一枚目が切り取られる前に 母は亡くなった
出身の大学からカレンダーを送ってくる
寄付の申し込み書と一緒に 創立百何十周年とかいって(勿論寄付などしない)
実にダサイのだが 冷蔵庫にマグネットで止めて愛用している
私のここ数年のお気に入りは CDほどの大きさの卓上のものだ(勿論 貰い物だ)
そこに友人知人の誕生日を書き込む
記念日もだ
12枚のカードの一枚目を後ろに送り 新しい月を迎える
それを繰り返す
12枚目を見るかどうかは 私にも判らない
だが そう信じてカレンダーに書き込む
カレンダーには 未だ見ぬ未来が詰まっている
幸せな日であろうと 悲しい日であろうと 12枚目を見れるって事は やっぱりそれだけでハッピー
って そんなこと考えながら 2007年のカレンダーに書き込みをしてる