どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

誕生日にしたことといえば

2013年08月25日 | 日記
今日は 私の誕生日である

昨日まではもちろんはっきり覚えていた

その前日の朝 いつものように出勤途中にコンビニに寄ると店員の交代時間なのだろうか お疲れと言葉をかけあった三人のうちの一人が 今日俺の誕生日なんだと

もう一人が 俺はいついつと近い日を言ったら 後輩らしいもう一人が自分は数日後なんですと

えぇ~ ほんとかよ~ と三人の若者が満面の笑顔 

あれは何だろうか 誕生日が近いというだけで 同じ月だというだけで妙に親近感あふれる空気が流れるのは

私も明後日なんです~ と 思わず会話に入りそうになった


そして昨日は 一日早く 白い三角の布を額につけた両親と一緒に祝った

この三角の布は「天冠」というらしいのだが 最近は付けないことが多いそうだ

はて 親の時はどうだったか・・・

生前 身延山の久遠寺で真っ白の絹の羽二重に経を書いてもらい 死装束として両親が用意しておいたものをかけたのは覚えている

その際に 先に亡くなった母に父は間違って自分用のものをかけたために 父の時は少しツンツルテンだったのも いかにも父らしくて笑えたものだったが


そして今朝 すぐには誕生日のことを思い出さなかった

この日記にコメントを頂いたことを知って それを見てそうだったと思い出した

今日は 小雨が時折降る曇りがちの日

子供の頃 夏休みの終わりごろということもあって それに加えてこんな天気だと なんだかなぁ~という気持ちになったこともあった

その頃でも 誕生日会に友達を呼ぶということが全く無かったわけではないし 私も呼ばれて行ったこともあったが 私自身は夏休み中のことでもあり そんな会をしてもらったことは無かった

家でも派手に誕生日会をしたり プレゼントを必ずもらうといった習慣は無かったが 時折はささやかにそんなことが起きることもあった


それよりも 私はその日になると決まって 母が私を出産した時の話を笑ってするのが好きだった

あの日は暑かったので スイカでも切りましょうかと祖母と話していたら陣痛が来たこととか

気を失いそうになった母に その祖母が しっかりしなさい 生まれてくる子供はもっと苦しいんだから と言って励ましたこと

次は男子と期待する父は 別室でそわそわと待っていたこと(そのあとのギャフンも待っていたのだが)

家の(当時は会社の寮だったが)隣が産婦人科の医院で 二人目ということもあって 何時でも来てあげるから自宅で出産したほうが楽だろうと言われ 姉の時は大学病院で出産したのにと 少しひがんだりもした


今日 少しだけ書類や部屋の整理をした

姉からはお祝いメールが届いていた

老後を生き抜けるか 貯金を見直したりもした

数年後には60歳になる

悠々自適の老後が待っているわけでは決してないのだが とりあえず60歳まで無事に生きたら 残りの人生はおまけだと思っている

一番新しい誕生日は こうして過ぎていく
  
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悪くない時間

2013年08月20日 | 日記
今日は母の誕生日 85歳

そして 明日は父の誕生日 なんと90歳

生きていればだけど~~~
 

でも それがどうだというのだ

私にはどうでもいいこと

数日後には 私の誕生日も来る

何も変わらない

この年齢の差は寸分違わず 私は 二人の子供であり続け 二人の娘であり続ける


私に良いところがあるとすれば それは 全て 親と 私と関わったすべての人のお蔭だと思っている

私の悪いところは 全て 我が身の不徳のいたすところ


週末には 昔と同じように お祝いをしよう

反省会?

懺悔の時間?

少しだけ 自慢大会にも?

さぁ でも なかなか悪くない時間


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草取りしたけど 引き分けか休戦か

2013年08月17日 | 日記
夏休みも最終に近づいた

今日と明日はいつもと同じ週末の気分で過ごそうと決める

リハビリと言うべきか

食料の買い出し行く前に あの殺人庭をちらと覗いてみた

すでに旅の前にも見ているから それよりも状況が良くなっているわけはない

大きな変化が無かったことは まぁ 良かったと言うべきか

というか あそこまでになると少々の変化は気が付かない

でも 見るに堪えない風体だ


今日は暑いとはいえ この夏にしては幾分マシ

よし 急いで買い物を済ませて1時間だけ 45リットルのごみ袋一つ分だけ草取りをしよう と決めた

モスキート軍の攻勢を避けつつ進軍を続け 決めた分だけはこなした

ぎゃお~~~という程度の草むらクラスの庭は ひゃ~~という程度の遊べる広っぱクラス程度にはなった

今日はこれで勘弁するけど 秋には・・・


午後 ラジコで久米宏の番組を流しながら部屋を片付けていたら 彼が冒頭に「永続敗戦」の話をし始めた

そして「僕は終戦記念日ではなく 敗戦記念日だと思っている」と言った

同感である

それから何となく気になりだして ネットで幾つか芋づる式に検索したりなんかした

「桜プロジェクト」っていう存在も初めて知った

お気に入りに入れている「ラジオ深夜便」(過去の放送の一部が聴ける)に米倉斉加年がゲストの日があり そこでも戦争の話が出てきた


私は友人とはこういう事も話すが 自分のブログに書きたいとは思わない

どちらかというと 東海林さだおみたいなのが好きなのだ

「漬物石」について あれこれとその存在を分析したりするような話が好きな性質だ


それでも 世の中には本当に色々な考えの人がいるのだなぁ~ と心底知った

知っていたけれど なんか もう接点なんか無いんじゃないかっていうほど 向かい合っているその間には深い 深い 底なしのクレパスがあるんじゃないかって思うほどに

いや 本当はそのことを知っているからこそ 書きたくないのかもしれないなぁ

ともあれ この白井聡って人の本は読んでみたい

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旅の記憶を辿る―最終章

2013年08月16日 | 日記
旅から帰って 駆け足で自分の旅を振り返ってみた

暑かった 歩き回った 汗を沢山かいた そして汗疹もできた

書き忘れていたが 大阪は アーケードのある商店街が大好きだということに気が付いた

当たり前のことだが 人はみんな生きているということも 多くの人が働いていることも

こうして遊んでいる時だからこそ 心の余裕がひとへと向いたのかもしれない


もっと頑張れば良かったとか もう少しだけ足を延ばせば良かったとか 思わないこともない

でも 今出来なかったことは 未来への課題と考えればそれで良いとも思う

紹介を省かれた多くの建物たちには ごめんねと言うほかない


とにかくお米が切れたので これから買い出しせねばならない

休日も残すところ あと二日

明日からはいつもの週末気分で過ごさないと 月曜が辛くなる

来年の夏はどうするか 今はまだそんな先のことは考えられない

もう暑い夏の旅はしない などと言っていたが 過去になってしまえば それはそれ


ともあれ またしばらくは労働者に戻ることになる

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旅の記憶を辿る―11.再び京都

2013年08月16日 | 日記
旅の始まりと同じように コインロッカーに荷物を入れる

そのあと 5時台の新幹線を2時間早めて3時過ぎに変更してもらったことは序章に書いた通りである

始まりは まず忠太へ挨拶

あいつら 相変わらず可愛い顔しとるわい


西本願寺から東本願寺裏を通って五条の橋まで出る

そこから先は高瀬川に沿って北上する

川沿いの木々たちが流れに影を作り それがいかにも涼しげである




「鮒鶴」なんぞという有名な料亭のことなどつゆ知らず しかしそこを通った時 何者かではあるなという気配を感じた

木屋町というところは バーも含めて飲食店の多い場所である

センスの良い店はどうしても写真に収めたくなる

そうこうしているうちに四条に着く

まだ菊水は開店前の時間

見るつもりの無い花見小路などを歩き 祇園の一力亭ってのはこれなのかぁ~ 妙に怪しい通りだなぁ~ なんて完全に観光客気分で歩いてみる


この付近で白い近代建築を見る

イタリアンレストランになっている

知っている人は思い出すかもしれないが この通りは狭い歩道の上に雪よけなのか日差し避けなのか 庇が作ってある

これが最悪

ビルの景観を台無しにしてしまう

しかも 電線もすごく込み入っている

おそらく千年以上の歴史を誇る町では わずか100年足らずの建物などは なんの若造 小賢しいわ ってなものなんだろうなぁ


高瀬川沿いをさらに北上して三条まで出る

この川には石碑があり 角倉了以のことが書かれていた

思い出した 日本史でひたすら覚えたこの名前を

7万5千両という私財を投げ打って この高瀬川を運搬用の水路としたのだ

角倉了以別邸跡には 山縣有朋なども住んだことがあるらしいが 現在は「がんこ高瀬川二条苑」というお食事処になっている

どうやら関西方面では有名な 和食やお寿司のチェーン店のようだ


二条で島津製作所創業記念資料館とその旧本社ビルを見る

後者は武田五一が関わっているようだ 

設計なのか監修程度なのかは不明だが 現在は結婚式場などに使われているらしい

なかなか綺麗な建物である


「京都御幸町教会」可愛い煙突のついたヴォーリズ作品である

定礎の年代を刻んだ石 この文字を彼が書いたのだと思いたいのだが




この先も町を歩きっぱなし 

ラストは丸太町の大丸ヴィラを前回と同じように 貧乏な子供がショーウィンドウを覗き込むように眺め 聖アグネス教会はすごいと思いつつ 京都府庁を見て京都駅に戻った

午前中 「進々堂」という京都では有名かつ老舗らしいパン屋さんでモーニングを食べた

それっきりだったのでお弁当でも買おうかと思ったのだが どうも気に入ったものが無い

結局 ビールとつまみを買って京都を後にした

名古屋までは 写真を見たりしていたのだが そのあとは記憶の無いほど眠り込んでしまった

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