昨日のブログで
「自由を求めてきた思春期の中学生は、大人になってから、自由のたいへんさを知ることが多い」
と書きました。
このことは、じつはたいへん重要なことです。
自由とは何かを理解している人々の中に民主主義が育つからです。
私たちの社会は、人びとが互いの権利を認め合い、成り立っているのです。
相手を理解して、主張するときは主張して、譲るところは譲って生活しています。
その点において、自由なのです。
しかし、自由の意味を理解しない人びとが集まった社会では、人は自分だけの権利を主張しあうようになります。
いまのクレーマーは、こんな事情で生まれているとも言えます。
自分だけの権利を主張する人が多くなると、法律ができたり、裁判にかけてシロクロをつけようとするのです。
そして、法律に触れないとか、裁判にならないことなら何をしても「自由」と考えがちです。
あちらこちらで、争いやいさかいが起き、民主主義が働かなくなります。
いま、時代の流れはそのような潮流にあるように、私は感じています。
自分にとって有利であったり、自分の思い通りにできることが「自由」だと、いまの中学生がはきちがえているふしもあります。
その流れをとめるためにも、まず大人が自由の本来の意味を理解すべきです。
そして、子どもたちも、自由のたいへんさを知ってほしいと思います。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます