学校の先生の中には、「指導する」=「教える」という役割を意識しすぎて、「こうしなさい」、「ああしなさい」と、児童生徒にひたすら話す人がいます。
子どもは、未熟でまだものごとがわからないことが多いので、とにかく、「教え込み」で教え諭そうとするのです。
つまり、インプットすることを重視して、本人はコミュニケーションを交わしているつもりになっています。
しかし、そもそもコミュニケーションとはインプットではありません。
コミュニケーションは「聴くこと」が大部分を占め、聴いたうえで言葉を交わすことです。
聴くことの比重が、話すことよりも、はるかに多いのです。
学級担任をしているクラスに30人の児童生徒がいたとします。
今日一日で、というのは短すぎるので、今週一週間で、30人の子どもに対して、子ども一人ひとりと、マンツーマンで話をどれだけ聞きましたかと問われたとします。
すると、児童生徒30人を前にして、全体に話をしている場面がいかに多いかに気がつきます。
こうなると、子どもの思いや気持ちをきかせてもらっていないことは意外と多いのに気がつきます。
かくも乏しいコミュニケーションでは、教師は児童生徒のことを理解しているとは言えないと思います。
クラスでこうしたいとか、気持ちよく学習したいというモチベーションなしに、子どもがいきいきと学校生活を送り、活動することはありません。
このことを、学級担任をする教師には、あらためて考え、実践してほしいと思います。
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