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習近平の上海市党委書記時代

2011-12-07 | 日記
茅沢勤 『習近平の正体』 ( p.116 )

 浙江省トップとして5年も経たない07年3月、近平は突然、上海市トップに昇格した。党委書記の陳良宇が06年9月、腐敗に関係したとして更迭されたからだ。上海は首都北京に次ぐ中国ナンバー2の大都市であり、経済ではナンバー1。そして、江沢民率いる上海閥の本拠地だ。この人事は、江が近平に白羽の矢を立てたことを意味した。この経緯についてはプロローグでも触れた。
 いくら江沢民の後ろ楯があっても、近平の上海市党委書記就任も落下傘幹部の典型だ。味方はほとんどおらず、周りは敵ばかり。まさに四面楚歌状態の抜擢だけに失敗は許されない。だが、上海人は中国で最も陰謀好きと言われる "特殊な人種" だけに、近平の身辺には5つもの「罠」が仕掛けられていた。
 1つは市党委書記の公邸。上海市の高級住宅街に位置する3階建ての洋館で、広さは800㎡以上あった。規定では省級幹部の官舎は250㎡以内で、党政治局員でも300㎡以内なので、この洋館は完全に規定違反だ。近平はこの洋館を断わり、マンションの一室に住んだ。
 次はベンツ400型の専用車だった。国家・党幹部は国産車を使うとの規定に違反する。3つ目は専属のコックと医師で、規定では省級幹部にはコックはつかない。近平につけられた医師は軍系の医大教授の地位にあり、これも規定に違反する。
 次に専用列車で、近平が公務で隣接する浙江省に出張しようとした際、専用列車が用意された。規定では専用列車を使えるのは国家主席、副主席、首相、全人代委員長、政協主席及び政治局常務委員、中央軍委副主席のみ。近平は用意された専用列車ではなく、ワゴン車で出張した。最後に、近平を歓迎するためとして、上海市党学校で市幹部を集めた講義の要請があった。当時は汚職事件捜査のため、中央から派遣された捜査陣や幹部が多数市内に残っており、新任の近平が講義をすれば耳目を集めるのは確実。そうした場での失言は将来に禍根を残す。近平は要請を断わった。
 上海市トップ時代はわずか7か月と4日だったが、行動は慎重の上にも慎重を極めた。地元幹部に揚げ足をとられないよう言動にも注意した。この時期の近平は会議で発言しても、事前に用意された原稿を正確に読むだけで、アドリブは一切なし。
「彼の言動には生采がなく、特徴もなく、剛直さもなかったが、誤りもなかった」
 とは当時の近平を評した中国問題専門家の言葉だが、このような堅実さが江沢民らに評価され、07年秋の第17回党大会で政治局常務委員会入りするとともに、序列で李克強を上回り、次期中国最高指導者の座をほぼ掌中にしたのである。


 習近平が上海市トップになったとき、上海閥の人々によって「罠」が仕掛けられた、と書かれています。



 引用文中には、習の上海市党委書記就任「人事は、江が近平に白羽の矢を立てたことを意味した」と書かれていますが、本当にそうであれば、上海閥の人々による「罠」は仕掛けられなかったでしょう。

 そもそも江沢民は、(この後に続く)習近平の次期中国最高指導者含みの人事(=政治局常務委員会入り)についても、「李克強よりはマシ」と考えて認めています。もし、江沢民が習近平に「白羽の矢を立てた」のであれば、「李克強よりはマシ」などと考えて「しぶしぶ」習近平の政治局常務委員会入りを承認したりはしないはずです。

 したがって、江沢民は習近平に「白羽の矢を立てた」りはしていない、と考えられます。

 著者がなぜ、「この人事は、江が近平に白羽の矢を立てたことを意味した」と書いたのか、それはわかりませんが、著者がそう書く根拠が不明である以上、ここでは「著者の勘違い」として話を進めます。



 著者によれば、上海閥の人々によって、習近平に仕掛けられた罠は次の5つです。
  1. 規定では省級幹部の官舎は広さ250㎡以内、党政治局員でも300㎡以内であるにもかかわらず、800㎡以上の広さをもつ3階建ての洋館(場所は上海市の高級住宅街)を公邸として提供しようとした。
  2. 規定では国家・党幹部は国産車を使うことになっているにもかかわらず、ベンツ400型を公用車として提供しようとした。
  3. 規定では省級幹部にコックはつかないにもかかわらず、専属のコックを提供しようとした。また、規定に反し、軍系の医大教授を専属医師として提供しようとした。
  4. 規定では専用列車を使えるのは国家主席、副主席、首相、全人代委員長、政協主席及び政治局常務委員、中央軍委副主席のみであるにもかかわらず、習近平が出張しようとした際に専用列車が用意された。
  5. 近平を歓迎するためとして、上海市党学校で市幹部を集めた講義の要請をした。


 上記のうち、5番目の罠「講義の要請」について著者は、
新任の近平が講義をすれば耳目を集めるのは確実。そうした場での失言は将来に禍根を残す。近平は要請を断わった。
と書いており、これは習近平の「失言」を狙った罠だといわんばかりですが、これは習近平の「失言」を狙ったものではなく、
共産党中央の幹部らに、「習近平は上海市トップになって得意になっている。いい気になっている」という印象を与え、「習近平はとんでもない奴だ」と思わせるのが狙い
でしょう。

 「講義の要請」を除く、他の4つの罠すべてが、「習近平は得意になっている。いい気になっている」という印象を与えようとするものである以上、このように解釈するのが自然だと思います。そもそも「失言」をしなければすむなら、「罠」とはいえません。



 なお、引用部分には
 上海市トップ時代はわずか7か月と4日だったが、行動は慎重の上にも慎重を極めた。地元幹部に揚げ足をとられないよう言動にも注意した。この時期の近平は会議で発言しても、事前に用意された原稿を正確に読むだけで、アドリブは一切なし。
「彼の言動には生采がなく、特徴もなく、剛直さもなかったが、誤りもなかった」
 とは当時の近平を評した中国問題専門家の言葉だが、このような堅実さが江沢民らに評価され、07年秋の第17回党大会で政治局常務委員会入りするとともに、序列で李克強を上回り、次期中国最高指導者の座をほぼ掌中にしたのである。
とあります。

 日本の場合、閣僚(政治家)が「事前に用意された原稿を正確に読むだけで、アドリブは一切な」いことを、問題であると捉え、「自分の言葉で話すべきだ」といった批判がなされていますが、

 江沢民「ら」は、これを習近平の「堅実さ」として評価したようです。

 日本でも、「事前に用意された原稿を正確に読むだけで、アドリブは一切なし」の閣僚を、すこしは評価してもよいのではないかと思います。誤解のないように書き添えますが、私は「アドリブ一切なし」に徹すべきだとは言っていません。「アドリブ一切なし」のよい面も認めてよいのではないか、ということです。



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■追記
 著者がなぜ、江沢民が習近平に白羽の矢を立てたことを意味すると書いたのか、わかりました。「習近平の上海市党委書記時代・その2」をご覧ください。