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習近平の上海市党委書記時代・その2

2011-12-08 | 日記
茅沢勤 『習近平の正体』 ( p.23 )

 07年10月1日。中華人民共和国建国58周年の国慶節に、胡錦濤・国家主席は上海を訪問した。習近平・上海市党委書記と韓正・市長が胡を迎えた。胡は習らを随行させ市内の障害者施設や化工品メーカー、無線電子研究所などを視察し、報告を聴取した。
 通常、国慶節前後には中央での祝賀行事が集中し、国家主席が地方を視察することは極めて異例。2週間後の15日には中国共産党の第17回党大会が迫っており、時間がいくらあっても足りない時期の上海視察には重大な意味が含まれていた。
 第一は、巨額汚職事件で更迭された陳良宇・前党委書記らが進めた、経済成長一本槍で中央政府のマクロ経済調整政策に従わないやり方から、中央の方針を遵守するよう新指導部に誓わせることだ。
 上海市は江沢民・前主席ら上海閥の牙城であり、胡が02年秋の党総書記就任以来、上海を訪問したのは、これを含めて3回しかない。市党委が視察日程などを調整するのは初めてのこと。温家宝・首相にいたっては、陳ら旧指導部が温首相のマクロ経済調整政策に公然と反対していたことから、陳書記時代に上海を訪問したことは皆無だった。
 もう一つは、上海市が胡ら中央指導部の方針に従うことを条件に、2週間後の党大会で、習を胡の後継者含みの政治局常務委員に選出すると伝えることだった。
 習は胡が上海を離れるとすぐ市党委拡大会議を招集し、
①陳良宇事件を深刻に受け止め中央と軌を一にしていく。
②全局的な観点からマクロ経済調整政策との統一性を確保し、その有効性と中央の権威を認め、政策を実行する。
 の2点を強調した。上海市の中央政府に対する "全面降伏宣言" とも言えよう。同時に、習が胡の後継者となった決定的瞬間でもある。


 上海市党委書記に就任した習近平は、自分の出世(政治局常務委員への昇格)と引き換えに、(前任者の)経済成長路線を変更することを決定した、と書かれています。



 「出世したい」と強く望んでいる習近平にしてみれば、上海を「犠牲」にして中央の意向に従うことは、「当然の判断」でしょう。もともと、習近平は上海に縁もゆかりもありません。

 胡錦濤もそのあたりのことは承知しているからこそ、習と取引しようとしたのだと思います。



 しかし、これを上海閥の人々から見れば、「習近平は許せない」となるのではないでしょうか。もともと上海閥の人々からすれば、習近平は「よそ者」であり、胡錦濤や習近平に「(上海が)やり込められている」と思ったとしても不思議ではありません。

 おそらくこれが、(後の)習近平の次期中国最高指導者含みの人事(=政治局常務委員会入り)について、江沢民がなかなか承諾しなかった背景事情なのでしょう。



 なお、前回、「習近平の上海市党委書記時代」において、私は、
著者がなぜ、習の上海市党委書記就任「人事は、江が近平に白羽の矢を立てたことを意味した」と書いているのかわからない。
と書きましたが、

 著者がなぜ、江沢民が習近平に白羽の矢を立てたことを意味すると書いたのか、わかりました。



 上海市党委書記、すなわち陳良宇の後任を誰にするかを決定する際に、
  1. 最初、胡錦濤が上海市党委書記に李源潮・江蘇省党委書記(共青団閥のエース・胡の腹心)を推したところ、江らが反対したので、
  2. 次に、胡錦濤は劉延東・党中央統一戦線部長(共青団閥)を推したものの、江らが反対し、
  3. 次に、胡錦濤は李克強を推薦したが、江らが反対し、
  4. 江沢民らは胡錦濤に対抗して習近平を推したところ、習に決定した。
といった経緯をもとに、

 著者は「江沢民が習近平に白羽の矢を立てた」と考えたようです。



 しかし、胡錦濤が推薦したのは全員、共青団閥のメンバー、すなわち胡錦濤派の人々です。

 したがって、いかに「江沢民らが」習近平を上海市党委書記に推したとはいえ、それは江沢民ら上海閥が「しぶしぶ」ましな選択をしようとしたにすぎず、「積極的に」習近平を推したわけではありません。

 以上により、江沢民は習近平に「白羽の矢を立てた」といえないことはないものの、これを「白羽の矢を立てた」と捉えることは実態に即していないと考えられます。つまり、江沢民は習近平に「白羽の矢を立てた」りはしていない、と考えるべきだと思います。



 なお、陳良宇事件については、「「汚職追放」の裏の意味」に詳細な記載があります。よろしければご覧ください。



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