言語空間+備忘録

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仙谷由人は何を考えているのか

2010-09-30 | 日記
産経ニュース」の「なぜか中国に敬語連発 仙谷長官」( 2010.9.29 18:07 )

 中国はお変わりになっていなかった-。仙谷由人官房長官は29日の記者会見で、沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、日本政府の予想に反して中国側が強硬姿勢を強めてきたことについて「中国は司法権の独立、政治・行政と司法の関係が近代化され、随分変わってきていると認識していたが、あまりお変わりになっていなかった」と述べ、なぜか敬語を交えて自身の甘い中国認識に反省の弁を述べた。

 仙谷氏は13日に船長以外の船員14人と漁船を中国に戻す際、「14人と船がお帰りになれば、違った状況が開けてくるのではないか」と述べ、中国の姿勢軟化を予想していた。

 29日の記者会見では、この発言について「中国側も理解してくれるだろうと判断していた。『20年前ならいざ知らず』という気分が私にあった」と釈明。その上で「(日中両国で)司法過程についての理解がまったく異なることを、もう少しわれわれが習熟すべきだった」と語った。

 仙谷氏は28日には、東シナ海・白(しら)樺(かば)ガス田付近を航行中の中国の海洋調査船について「周辺にいらっしゃることは確認している」と述べていた。


 仙谷由人 (せんごくよしと) 内閣官房長官が、中国に敬語連発である、と報じられています。



 何を考えているんだ? と思ってしまいます。

   「中国はお変わりになっていなかった」
   「14人と船がお帰りになれば」
   「(中国の海洋調査船がガス田の) 周辺にいらっしゃる」

 丁寧に言っている「つもり」かもしれませんが、過剰な敬語はかえって「おかしい」でしょう。



Wikipedia」の「仙谷由人

★生い立ち

徳島県立城南高等学校卒業後、1964年東京大学法学部に入学。東大時代は全共闘の新左翼系学生運動家であり、社青同構造改革派(フロント)というセクトに所属していたとされている。構造改革派はあまり過激なセクトではなく、ベ平連にも近かった。在学中の1968年に司法試験に合格し、東大を中退。

(中略)

★公務員政策

民主党政権のなかでも極度の官僚(キャリア)嫌いであり、政権内にはその行動・言動を疑問視する向きも少なくない[8]。

(中略)

★中韓外交

外交は「アジア重視」を掲げ、過去の戦争の反省にたって中華人民共和国、韓国、北朝鮮と友好・協力関係を築くべきだと主張している。

2006年8月7日に韓国を訪問し、韓国の与野党党首と面談。小泉首相の「日韓関係悪化は、小泉という特異な人物のせい」であると釈明し、民主党のアジア重視政策を説明。北朝鮮問題などの解決に日韓の連携を訴えた。

北京オリンピックを支援する議員の会所属。

2008年1月、在日韓国人等に参政権を付与することを目的とする「在日韓国人をはじめとする永住外国人住民の法的地位向上を推進する議員連盟」に参加。

2010年9月7日、海上保安庁の巡視艇は尖閣諸島近くの日本領海で操業していた中国漁船を拿捕し船長と船員を逮捕した。丹羽宇一郎駐中国大使を深夜0時に緊急に呼び出し日本側の対応へ抗議するなど嫌がらせとも取れる行為もあり、逮捕した船長を除く14人の船員全員を任意の事情聴取を終えたとしてチャーター機で帰国させ、漁船も帰還させた対応を批判されている。

2010年9月24日、上記の中国漁船の船長を釈放したことを「了」とする旨の発言をした。今回の釈放を主導したとされており、民主党内を含む一部議員などから「悪しき前例を作った」などと批判を受けた。

(中略)

★尖閣諸島中国漁船衝突事件について

2010年9月7日に発生した尖閣諸島中国漁船衝突事件にて逮捕された中国人船長の釈放を菅直人首相、前原誠司外務大臣が外遊にて不在のなか、あくまでも検察独自の判断であったとした上で承認、政権内部に反対の声があることについては「承知していない」と述べた[15]。この中国人船長の釈放について、多くの海外メディアは「中国の圧力に屈した」などと報じており[16]、中国からは釈放後に謝罪と賠償を求める声明が出された[17]。検察は船長を起訴の方向で動いていたが、仙谷の指示で急に釈放になることが決まったという[18]。

(中略)

★「文化大革命」

たびたび、公の場で毛沢東主義への礼賛を隠すことなく文化大革命を肯定的な喩えとして用い、自らの手による官僚の更迭も文革になぞらえた。2009年11月12日、『毎日新聞』の政策情報誌「毎日フォーラム-日本の選択」のシンポジウム「政治は変わったか?民主政権の課題と自民再生への展望」において、行政刷新担当相として、事業仕分けについて、「予算編成プロセスのかなりの部分が見えることで、政治の文化大革命が始まった」と発言した[20]。また、12月9日に、テレビ朝日『スーパーモーニング』内で、「事業仕分けで文化大革命が起こってますよ」と発言した[21]。さらに、12月17日に国家公務員制度改革推進本部[22]の立花宏事務局長ら10名の幹部職員を更迭した際にも、政治主導の文化大革命だと述べた。

(中略)

★のんきな構想で作った

2010年6月18日夜、BS朝日の番組収録で、2009年の民主党マニフェストについて「のんきな構想で作ったが、税収が当初予算よりも減った」と指摘した。

(中略)

★「貧乏人は麦を食え」

自らの著書「金融・経済危機、そして日本」で、「かつて『貧乏人は麦飯を食え』といった政治家がおりますけれど、今はそんな度胸のある政治家はありません。私はここまで(注・のどもとを指す)でかかっておりますが、次の選挙でもう一回落ちたらもう立ち上がれないと思っていますので、ちょっというのを控えています」と記述している[24]。




 もともと左・共産主義への憧れがあり、今なお、その理想を捨てていない、ということでしょうか? 主義主張は人それぞれ、でよいとは思いますが、だからといって、中国に対する敬語連発はいかがなものか、と思わざるを得ません。

   仙谷さん、あなたは、「誰のために」政治をしているのですか?

   とりあえず、中国に対して敬語連発はやめてくれ

というのが、おそらく日本国民の、大多数の意見ではないかと思います。



 「14人と船がお帰りになれば、違った状況が開けてくるのではないか」などと述べられていますが、

 過剰な敬語連発は、中国に「仙谷 (=日本) 与し易し」との印象を与え、中国の態度は変わらないどころか、逆に強硬な態度を招くばかりでしょう。



 Wikipedia の記述を、どこまで信用してよいか、という問題はありますが、
検察は船長を起訴の方向で動いていたが、仙谷の指示で急に釈放になることが決まったという[18]。
とすれば、平然と、

   「那覇地検の判断なので、それを了としたい」

などと述べることに、ためらいはなかったのでしょうか? (「この際、内閣総辞職されてはいかがでしょうか」参照 ) 。



 そもそも、
自らの著書「金融・経済危機、そして日本」で、「かつて『貧乏人は麦飯を食え』といった政治家がおりますけれど、今はそんな度胸のある政治家はありません。私はここまで(注・のどもとを指す)でかかっておりますが、次の選挙でもう一回落ちたらもう立ち上がれないと思っていますので、ちょっというのを控えています」と記述している[24]。
とすれば、
仙谷さん、あなたは本音では「貧乏人は麦を食え」と思っている、ということですか?
 左翼らしからぬ発想だと思いますが…。もし転向したのなら、
あなたはどうして、「公の場で毛沢東主義への礼賛を隠すことなく文化大革命を肯定的な喩えとして用い、自らの手による官僚の更迭も文革になぞらえ」るのですか?
 わけがわかりません。まさかあなた、中共の部下…ではないとは思いますが、



 仙谷さん、このままでは民主党、次の選挙で負けますよ?

 とりあえず、中国に対する敬語連発だけでも、やめてくれませんか?

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