まつなが畑のはたけ日記

農ある生活をするため奈良御所市金剛山の麓に農地を借りスタート
素人農業の何気もない日々の日記

2010年04月08日 20時21分39秒 | Weblog
昨日は 畑のようちえん の作業日。
活動日が月2日そして2日が自由参加で農作業や何か作業をする。
母親達の話し合いによって形が出来ている。私達が決めた枠組みにはまった形ではなく出来るだけ自由に物事は決めて行きたい。もちろん制限はあるのだけど自主保育と言う形なので出来るだけ自由な幅は持たせたい。

その後実家へ行き藁をもらってくる。

行き来でこの稲藁の使い方を考える。
以前から疑問に思っていた事があった。それが以前参加した木嶋利男先生の講習会で何となく解決した。
土作りって何だろう?果して牛糞を大量に入れるのが土作りなのか?

効率化を進めて行くと畑の草って減ってくる。これはその土で有機物(炭素)生産が減るという事になる。また様々な草などの植物に寄生する菌が単純化するという事もいえる。
そこで土作りが必要になってくるのだが今の土作りって体外が「牛糞(堆肥)を入れなさい」と普及所は指導する。また家畜のワクチンや粗悪飼料の糞はどうなのか?有機農家としてそこら辺を容認するのは何だかおかしい。自然放牧なされている牛糞なら喜んで使うのだが・・学生の時地域の資源を活用する事、家畜糞の環境汚染などを指摘していたが飼料100%外国産であればそれは地域資源でもなんでもなくその飼い方に問題がある。

そして昔の土作りとは今とは少し違う。
山に入って落ち葉を拾ったり、稲藁を人糞とで堆肥化したが今みたいに囲いをしてどれくらい温度を保ってこれだけ切り返しをしてということはしていない。野積みで今みたいに炭素率を低く調節しない。

稲藁を雨ざらしすれば窒素分がなくても分解される。それは何もしなくても一定の水分があれば自然界は自然と炭素率を下げる作用がある。それは無肥料栽培の原理でもある窒素固定菌が無肥料状態で働くからだろうか。落ち葉でも時間が経てば分解、土化して山の表土となる。

そこで堆肥化するときに炭素率を低く調節すると分解は早いが働く菌は炭素率が高い時と違う。
これは土壌環境にも影響を及ぼすということ。

完熟堆肥は灰だと木嶋先生は言っていたが分解されてしまうと微生物の働く余地は確かに無いのかなと思う。

そこで中熟堆肥もしくは未熟堆肥(分解前の有機物も含めて)の施用技術と言うものがある。でもこれ昔と同じ方法。

スイカ農家が栽培後藁を埋めて分解させる。少し知識がある人は窒素飢餓の原因にと思うのだが、スイカを作った後は土が肥えているから蜜柑を植えると良いと言う。これは稲藁を生で鋤き込むのとは少し話が違う。

面倒な堆肥作り、昔の人は今みたいな面倒なことはしない。それは農作業という中で限られた労働の中で必要なことだけをしてきた。今みたいに機械が無いのだから本当に必要な部分だけを行なう省力栽培になる。


今の日本人の悪い癖は物事を総合的に見ないで短編的に見るということ。土を研究する人、堆肥を研究する人。こういう人は堆肥がどういう役目かと言うよりもどれだけ早く大量に分解をさせるかを研究するから本当に大切な事を知ろうともせずに研究に没頭する。

持続可能な農業とは外国産の飼料で育った牛の糞を使って大きな機械で作る堆肥を使う農業を言わない。

なんて運転しながらこんなことを考る。

誰がこのブログ読むのだろう??