マリヤンカ mariyanka

日常のつれづれ、身の回りの自然や風景写真。音楽や映画や読書日記。手づくり作品の展示など。

町誌を読んで、その2

2024-07-21 | book

『村を出た人々』

江戸時代、農民らが、村を出たり入ったりしたその人数や事情が克明に記録されている帳面があったそうです。

どこの藩でもそのように克明に記帳されていたのかどうか分かりませんが、

鳥羽藩領の例によれば、嫁とり、養子とりの他、

都会へ奉公に行った者や神社参詣の記録の他、無断で飛び出して行ったものは欠落として記録されています。

その中に、源六一家が4人で欠落し、なんと24年振りに帰郷したという記録があるそうです。

諸国の神社仏閣を回っていたそうで、源六は82歳になっていたそうです。

家や田畑はどうなっていたでしょう?

浦島太郎みたいです。家族4人で、という所がすごいです。

いったいどんな旅だったのか、想像もできません。

伊勢地方に住む人たちの参詣の先は「秋葉山」「富士山」「津島神社」などが多かったようです。

江戸時代、御師の誘いに応じて、あるいは参詣を口実?に旅に出た人たちが結構いるらしいのです。

特に伊勢地方は、日本の各地からやってきた人たちが街道を行ったり来たりしているのですから、

話好きの人をつかまえて、お茶を飲んだりしながらいろいろな情報を集めたり、

或いは流行りの戯作を読んだり、浮世絵をどこかで目にしていたかもしれません。

広重らの浮世絵には旅人の姿がとてもたくさん描かれています。

大いに参考になったに違いありません。

遠い見知らぬ国への憧れを、胸の奥で密かに膨らませ、

ついにある日、着の身着のまま、笠をかぶり、草鞋を履いて未知の世界へ一歩踏み出す・・・!

 

もっとも、信仰も今の私にはおよびもつかないほど深かった、のかもしれません。

写真は「江戸時代図誌・筑摩書房」より

 

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町誌を読む その1

2024-07-20 | book

25年位前に町が発行した「ふるさとの年輪」という本を読んでいます。

当時、現在の町名になって40年を記念して発刊、町民に配布された本です。

自然、歴史、文化財について、102項目。

2ページずつの読み切りでモノクロの写真や図が入り、

読みやすく工夫されています。

私は今までこのような本を読んだことが無かったので新鮮です。

でも、きっと、何処の町にも似たような冊子があって、

色々なことがたくさん書いてあるのだろうなと思いました。

 

その本の中から「へ~」と驚いたことなど幾つか記します。

いつも利用する松阪と伊勢を結ぶ道路(県道)は、とても真っ直ぐで便利な道路です。

電車(関西急行伊勢線)が走っていた跡地を道路にしたそうです、

が!なんと「ただ」の道路ではなくて、日本で最初の「有料道路」だったのです。

櫛田橋(櫛田川)から渡会橋(宮川)まで10,6キロ、道幅は7,5メートルで、

当時としては広い道幅だったそうです。

昭和28年のことです。

通行料金はバス250円、普通自動車180円、小型自動車130円、

原付自転車40円、リヤカー、自転車40円!だったそうです。

観光バスが増え始め、やがて年間関係費を差し引いても1500万円の利益を上げるようになったそうです。

しかし近隣住民からが不満があり、無料化を要望、昭和42年に、建設費の償還を終え無料になったそうです。

かつては集落と集落を繋ぐ道がたくさんあっただろうとはいえ、自転車やリヤカーからも徴収するとは驚きましたが、

多分抜け道もいろいろあったんだろうな、なんて思います。

上の写真は当時の「絵葉書」だそうです。ネットからコピーしました。

バスが延々連なっているのが謎

 

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ブラックベリー

2024-07-18 | 手づくり

心配したブラックベリーでしたが、

日よけの傘を括りつけたおかげ?で(すでに白く縮んでしまった実はどうしようもありませんが)

毎日少しづつ順調に収穫することが出来て、無事にジャムを作ることが出来ました。

まだしばらくの間収穫出来そうな雰囲気です。

ブラックベリーは一房が一度に全部黒く熟すことはなくて、

毎日あっちの房から、こっちの房から黒く熟したものを数個ずつ取ります。

良く熟したものは触れるとぽろっと落ちるものもあります。

落とすともう探すことはできないので慎重に採ります。

生のままでも、甘ずっぱくて美味しいのですが、種が・・・

(↑ 一日で穫れるのはこのくらい、冷凍庫に入れて1キロくらい溜まったら、ジャムにします)

ジャムにするには、

良く洗って、砂糖を加えて煮て、笊で濾して種を取り去って、

もう一度火にかけて少し煮れば出来上がりです。

濃厚なジャムが出来上がりました。

 

 

 

 

 

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雨が降ったり止んだり

2024-07-16 | 自然

雷がゴロゴロ・・・鳴って、また雨が降り始めました・・・

激しい雨音に思わず窓を開け、しばらく雨の降る様子を眺め、また窓を閉めて、

落ち着かない気持ちでソファーに寝転んで本を開いて文字を追って・・・

ふと気が付くともう雨は止んでいました。

木の上にいたカタツムリ

コケはこのカタツムリにとって草原のようなものかな。

1本の木は広い大地?かな?

夜、ガツン、ガシャと網戸にぶつかってくるのは、

カナブンにしてはちょっと音が派手だなと思いつつ、

そっと窓を開けてみれば大きなカブトムシ(♀)でした。

 

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村の花火大会

2024-07-14 | Weblog

昨夜は隣村の「天王祭奉納煙火大会」でした。

夜8時少し前に、蚊取り線香をぶら下げて、ぶらぶら歩いて出かけました。

そして、田んぼの真ん中から打ち上げられる花火を、

最初から最後まで見てきました。

シュルシュルと火の帯が空へと延び、次の瞬間に頭上一面に広がる花火、

ドーンと体中に響き渡る音、星屑のように散る光のかけら、

音が周りの山にこだまして長い残響がなんともいい!

約30分間、殆ど間を置かずに打ちあがっていきます。

最後の連続して打ち上げられる大きな花火は圧巻です。

隣村は、私の住む村と比べると面積も人口もずっと多い、とはいえ、

よくこんな花火大会を毎年続けているものだと感心します。

打ち上げ花火を発明した人素晴らしいなー

来年もきっと見よう!

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フウラン

2024-07-13 | 自然

3日間雨が続き、夕べは少し涼しくて、ほっとしました。

今朝も怪しい空模様ですが、今は降っていません。

ニイニイゼミをバックに、クマゼミの鳴き声が響き渡り、時折ウグイスが、ケキョ・・・

とさえずるのも聞こえて、にぎやかです。

草丈が一気に伸びて、百日草やマツバボタンやケイトウなどの鮮やかな赤や黄色の花さえも

緑に埋もれて見えなくなりそうです。

フウランが今年もたくさん咲きました。

雨降る暗い空の下で、ハッとする美しさです。

写真は椿の木に着床しているフウラン。

柿の木の方のフウランは今年は花が少ないようです。

 

 

 

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藁の祠(わらのほこら)

2024-07-11 | Weblog

新聞の地域欄に、

・・・津島神社(愛知県)の神札を祀る行事(天王祭)として

佐田西出地区では毎年藁で「祠」を作っている。今年も地域の住人28人で祠(ほこら)が作られた・・・"

という記事があったので、早速見に行ってきました。

「織殿神社」の近くの集落の中のT字路に立つ常夜灯の横にありました。

竹と藁で作られています。

頭部に藁を積み上げたユニークな姿に伝統を感じます。

美しい「形」です。

「ここだけやなく他の地区でも作っとったけど、

毎年、藁で造り替える作業が人手不足で続けられんようになって

石の祠に換えてしまったようやな

以前はこの藁の祠作りの作業を、短時間で完成出来たけど、

今は時間もかかって大変や

昔は頭部は、3つの山のような形に藁をもっと厚く積み上げてた・・・

というような事を近所の人が話してくれました。

中には「津島神社のお札」が供えられています。

ウィキペディアによれば

『・・・津島神社は東海地方を中心に全国に約3千社ある津島神社・天王社の総本社で、その信仰を津島信仰という。

津島神社が諸国に勢力を拡大した背景には、御札を配って祈祷を行う津島御師の活動が大きく、

織田信長は御師の布教活動を保護し、尾張藩もこの保護政策を継承して他領での布教活動に許可を与えた・・・』

とのことです。

津島神社の天王祭は水と火の壮大華麗な祭りです。

祇園祭りで有名な京都の八坂神社(祇園社)も、津島神社(津島牛頭天王社)同様、

祭神は牛頭天王でしたが、明治の神仏分離令以降、どちらも祭神は須佐之男命となっています。

 

私が住む小さなこの町に「疫病退散」「厄除け」として、

牛頭天王を祭神とするささやかな祭りが今も伝承されています。

今週の土曜日は隣村の天王祭(花火大会)です。

牛頭天王を祭った隣村の社は失われていますが、祭りは続いています。

信仰の不思議、「蘇民将来」の根強さが興味深いです!

 

明治の神仏分離令で祭神を無理矢理変えられた各地の神社の多くは

須佐之男命(スサノオノミコト)を祭神にしています。

祭神などずーっと変わらないものだと思っていましたが、

意外と多くの神社の祭神が明治以前は違ったのです。

 

 

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陰が必要

2024-07-09 | 自然

鈴なりのブラックベリーが赤くなり、少しづつ黒く熟して、

もうすぐ収穫という所にきて

何だか白っぽくなってきました・・・ショック

調べてみたところ「日焼け」だそうです。

直射日光が当たり過ぎると、水分が失われ白く縮んでしまうそうです。

日よけをしてやらなければ!

とりあえず、古い傘を2本立てましたが、もっとちゃんとした日よけが必要かもしれません。

今からでも間に合うでしょうか・・・?

 

広い畑や田んぼの中で、木陰はオアシスのようなものだなと思います。

↑ ↓ こちらは木陰はほとんどないけれど、心を和ませる!

 

 

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大賀ハス

2024-07-08 | 自然

めちゃくちゃ暑い日が続いています。

普段なら一日中草刈り機の音が響き、

車窓からは畑で作業している人もちらほら見えるのに、

ここ数日は、カエルの声も無く、シ~ンと静かです。

隣り町で「大賀ハス」が開花している、との新聞記事を見たので見てきました。

他にも見に来ている人がいるだろうと思っていましたが、私たちだけでした。

縄文の地層から発見された貴重な3粒のハスの種の内、一個が見事に甦って

今や、そのハスの子孫が日本だけでなく世界中で花を咲かせているそうです。

大きな緑の葉に、大きなピンクの花、

お盆のお菓子(押しもの・落雁)の様子そのまま!(逆だけど・・・)

 

田んぼの燃えるような緑が目に沁みます。

 

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トウモロコシの皮

2024-07-06 | 手づくり

トウモロコシの皮はとても綺麗

いつも捨てるのがもったいないなーと思っていました。

そこで、その皮を使って人形を作ってみました。

皮を丁寧にはいで、押し花のように新聞紙に挟んで数日置くと。

乾いて薄紙のようになり扱いやすくなります。

適当な幅で裂いたり、鋏で切ったり、あとは木綿糸とボンドなどを使って

人形を作ってみました。

〈反省点〉

*人形の髪にはトウモロコシのヒゲを使ったが、

しっかり乾いていなかったので、べたついてとても扱いにくかった。

(トウモロコシのヒゲはめしべの残部で、その数はトウモロコシの粒の数と同じ!)

*顔や胸は綿などを使って丁寧にふっくら丸くした方がいいようだ。

割りばしなどで芯を立て、下部は小さな瓶やあるいは粘土などで重くして安定させた方がいい、

(軽いので直ぐに倒れる・・・)

*手にもたせた花は、今回は庭で摘んできたが、ドライフラワーの方がいい。

 

そしてもちろん美味しいトウモロコシ

おすすめはトウモロコシ・ライス

トウモロコシは生のままで、包丁を使ってバラしておきます。

炊飯器に米とそのトウモロコシとバター少々と塩を入れて炊いたのも、

米と醤油と酒と塩とトウモロコシを入れて炊いたのも美味しい!

今の季節だけの味です。

 

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