記憶探偵〜益田啓一郎のブログ(旧博多湾つれづれ紀行)

古写真古地図から街の歴史逸話を発掘する日々。ブラタモリ案内人等、地域の魅力発掘!まち巡りを綴ります。

吉田初三郎の高弟・前田虹映の「讃岐志度寺」原画

2007年01月03日 20時55分09秒 | 吉田初三郎
2006年11月18日、善通寺や丸亀での映画ロケ地巡りの後に
向かったのは、今回の旅の目的のひとつである鳥瞰図絵師・
前田虹映の「讃岐志度寺図絵」の肉筆絹本原画の確認である。
前田画伯の長男・稀(まれし)氏に情報をいただき、さぬき
市の担当者へ連絡後にさぬき市志度音楽ホールに求める原画
がある事が判って、現地へ向かった。

普段ホールが未使用の折は見学ができないとの事だったが、
この日はイベントがあっていたため、運良く中へ入ることが
できた。原画は瀬戸内海を一望できる展望ロビーの一角にあ
った。持参した印刷折本(昭和11年)と比較する。まさに求
める原画であった。しかも目立つ退色も剥落も少なく、状態
も思っていたより良好である。

虹映は昭和11年に初三郎から独立後、まず高松市に本拠を置
いた景勝宣伝社(のち福山市へ移転)の専属画家として活動
を始める。そのため、この時期は香川県の図が多く「観音寺
図絵」「善通寺図絵」「南国土佐博覧会」など四国関係の作
品が集中している。

志度寺を中心に当時の志度町の様子が詳細に描かれており、
やはり目をひくのか、ロビーに座った人が原画に近づいて見
入る方も多い。しかし残念なことに、この図絵の解説は無く
地元の方もどういう絵なのか知る術が無いのが実情である。

願わくば、前田虹映の作品であることや、彼が初三郎代理と
して実際に描いた「神奈川県観光図」が時価5~600万と
いう値がついている事などを伝えたい。本来は時価がどうと
かは不毛な事であるが、虹映という人物にスポットが当たれ
ばと思うばかりである。歴史史料としての価値、日本画の手
法を基礎から学んだ虹映ならではの濃淡やぼかし技法が存分
に活かされたこの図は必見である。

12月初旬、所用で名古屋を訪れ、虹映の長男・稀さんのお宅
を尋ねた。約3年ぶりの訪問で、今回は念願の墓参りもさせ
ていただいた。稀氏は熱海市教育委員会が最近発行した本の
表紙に虹映「熱海市鳥瞰図」が使われている事を教えてくれ
た。児童が見ても一目瞭然の郷土の絵地図は、70年近くが
経ってもその輝きを失っていない。

初三郎や虹映が描いた各地の都市は、その多くが戦災に合い
当時の面影を失っている。福岡市博物館にある虹映の「福岡
市」2種の原画は、保存状態も良く度々近代史や博多湾の企
画展に活用されている。もちろん博物館の名品図録にも師匠
である初三郎の作品「博多観光鳥瞰図」「博多湾鉄道」と一
緒に掲載されている。

その虹映の「尾道市鳥瞰図(昭和13年)」原画の所在が判り
そうである。2007年も作品や原画の掘り起こしの楽しみは
続く。
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