この日は2週間ぶりに直売所のお手伝いがありませんでした。
父のお見舞いに出かけると、父はプラマスクを装着。
ネブライザーかな?と思い、繋がった機械に目をやっても私にはよくわからず。
父に繋がった点滴を見るとメロペネムの文字。
小さな手術とはいえCVポートを埋め込んだのですから、抗生剤投与です。
というか、アイスノンが頭の下にあったので、また発熱しています。
そうこうしているうちに病室でレントゲン撮影だそうです。
もしかしてまた肺炎?
それとも何らかの感染症にかかったか?
父の発語はプラマスクに遮られた状態なのでちょっと聞き取りづらいです。
ですが「こんなになっちゃった」と何度も言っていました。
ホントに申し訳無い状態です。
父に「前より少しは楽になったかなぁ?声はよく聞こえるようにはなったよ」とは伝えているものの、ホントにこれが正解かどうかは分かりません。
父自身、今、輸液で生かされている状態とは自覚してないと思いますから。
次に気になるのは、いつまでこの状態を維持できるのか?ということ。
CVポートは最終的に外すことも可能ですが、父のように暫定的なパーキンソン病の場合、おそらく一生輸液頼りの生命維持になりそうです。
そしてできれば兄にはこの状態をよく見ておいて欲しいです。
兄も近い将来、CVポートを埋め込む可能性があるからです。
CVポートは放射線治療の際、放射線科の医師が手術することが多いそうです。
すでに痩せてきてしまっている兄は、自分のためにもどういう経過をたどるのか、知っておいた方が…あ、いけない、それは私の意見ですね。
兄に強要できる話ではないですからね。
心配性の兄が、将来自身もCVポートを埋め込む日が来るがしれない、と気がついたら、不安で一層やせ細ってしまう可能性大です。
母は兄の体力温存のため、父のお見舞いにはなるべく行かせたくないそうです。
だから兄の前で私が父の様子を語るのを快くおもっていません。
私が毎日父のお見舞いに行くことも母には不快らしく、事あるごとに嫌味を言われるのがつらいです。
この度、CVポートを埋め込むことで父は少し持ち直していますが、いずれ少しずつ弱っていく見込みです。
それを冷静に受け止めるしかないのですから、私は自身で納得できる方法を探して行きたいです。
どうしても私には父が不自然な状態、本人の意思に反した生命維持をしているように感じられます。
でもそれも、私の諦念によって実現し、今、父は少しだけ顔色が良くなって命を繋げています。
言い換えれば、CVポートの埋め込みで、餓死、脱水による死、誤嚥性肺炎が避けられている状態だけであって、タンによる窒息、心不全、脳死などが今後起きる可能性があります。
父がたまに「俺、昼飯をまだ食べてない」と言います。
食事の楽しみを今後一切味わえない状態であることを、父はまだ知らないンですよねぇ。
唯一唇に口腔ジェルのりんご風味を感じるだけです。
父が話していた祖父(父の父)の胃ろうの話を噛み締めています。
胃ろうの祖父にアイスクリームの喉越しだけを味あわせたという父の経験談が、なにも活かされていない状態です。
この忸怩たる思いを、私は一生背負うのかと思うと残念でなりません。
私は父にアイスクリームを食べさせることもできず、昼飯を食べていないと訴える父に「あらそうなの?看護師さんに言っておくね」ととぼけてやり過ごすしかないのですから。