青い花

読書感想とか日々思う事、飼っている柴犬と猫について。

ビフォア・ザ・レイン

2015-06-16 06:36:23 | 日記
『ビフォア・ザ・レイン』(1994年)は、マケドニア、フランス、イギリスの共同で製作された映画である。監督はミルチョ・マンチェフスキ。民族紛争の絶えないバルカン半島。マンチェフスキ監督自身の故郷であるマケドニアを舞台に綴られた物語は、時間軸が複雑に交錯し、歪な円環を描いている。94年ヴェネチア映画祭金獅子賞以下10部門受賞作。

《『第1部 言葉』(Part 1. Words)
マケドニアの修道院。遠くで雷鳴が轟いている。雨になりそうだ。
若い修道士キリル(グレゴワール・コラン)が畑でトマトを収穫している。キリルは二年前から「沈黙の誓い」を立てている。雨の気配を感じた老修道士が、キリルを迎えに来た。
その夜、キリルの部屋にマケドニア人を殺したアルバニアの少女ザミラが逃げ込んで来る。キリルはザミラを匿った。
翌日、マケドニア人の民兵集団が来て強引に修道院を捜索する。ザミラを発見出来なかった民兵たちは、猫を殺し、居座った。
翌朝、老修道士がザミラを発見した。老修道士はキリルを破門し、密かに二人を逃がす。丘陵地帯まで逃れた時、キリルは「ロンドンにいる写真家の叔父を頼ろう」と提案した。その時、ザミラの祖父達ムスリム民兵が現れ、キリルに暴行を加え、殺そうとした。ザミラは彼を守るために、とっさに「彼は私を愛しているの」と口走る。キリルは釈放されるが、彼の後を追おうとしたザミラは、兄に射殺された。

『第2部 顔』(Part 2. Faces)
ロンドンの雑誌社に勤めるアンは、キリルの叔父で写真家のアレックスと不倫関係にあった。アレックスは、サラエボで捕虜虐殺の瞬間を撮影し、そのことで苦しんでいた。アレックスは、アンにマケドニアで一緒に暮らそうと提案するが、アンは「すぐには行けない」と答える。アレックスは、一人マケドニアへ旅立った。
オフィスでアンがチェックしている写真の中に、ザミラの遺体の傍らで項垂れるキリルの写真があった。その時、アレックス宛に若い男から電話が入る。アンが「彼はもうここにはいない。どこからかけているの?」と尋ねると、若い男は「マケドニア」と答えた。
アンは、レストランで夫のニックに別れを告げようとする。が、ニックは、アンの言葉を遮るように喋り続ける。彼は、アンの不倫に気づいていた。レストランでは、酔客が給仕に絡んでいた。乱闘の末、酔客は追い出される。
アンとニックが話を続けようとした時、酔客が戻ってきて銃を乱射した。アンが床に倒れたニックを抱き起すと、彼の顔は銃弾で損壊していた。
「ニック…顔が…あなたの顔が…」

『第3部 写真』(Part 3. Pictures)
16年ぶりに故郷マケドニアに戻ったアレックス。彼は数々の戦場をカメラに収め、ピュリッツァー賞を受賞した平和主義者だ。そんな彼が仕事を放棄した。
「戦場で興奮しなくなった」と口にしたアレックスに見せつけるため、兵士が捕虜を射殺した現場を撮影したことが、彼の心を苛んでいた。「カメラで人を殺した」
故郷の村は、マケドニア人とアルバニア人が一触即発の状態だった。帰郷を祝う食卓で、アレックスが幼馴染のハナの消息を尋ねると、和やかだった一同は顔を強張らせた。
「あの女はアルバニア人だ。アルバニア人は村を乗っ取ろうとしている」
そんな中、従兄弟のボヤンがアルバニアの少女に殺される。村では報復が叫ばれる。捕えられた少女ザミラは、ハナの娘だった。ザミラを救おうとするアレックスの背中に、従兄弟のズドラベが引金を引いた。銃弾を受け、地面に倒れこむアレックス。
「逃げろ、走れ!」
ザミラは、何度も振り返りながら、走り去った。
畑でキリルがトマトを収穫している。雨の気配を感じた老修道士が、キリルを迎えに来た。その向こうに修道院に向かって走るザミラの姿が見える。本降りになった雨は、アレックスの遺体を濡らし続けた。
物語は第1部へと還って行く――。》

‘ヨーロッパの火薬庫’といわれるバルカン半島では、1995年のNATO空爆による停戦まで、強制移住・組織的強姦・大量虐殺などの民族浄化が各地で繰り広げられた。
長い歴史の中で、次々と時の大国に支配され続けた多民族国家にあって、民族間の確執は根深い。友人同士、隣人同士、親族同士でさえ、ひとたび火が付けば、殺し合いにまで発展する。

「部外者は引っ込んでろ」「見ているだけね」「戦争に乾杯、写真に撮れ」「500年の恨みを晴らす時だ」

故郷の人々にとって、アレックスはもはや同朋ではなく、異国の写真家だ。彼我の溝が埋まることはついになかった。復讐の連鎖の前で、アレックスの平和主義は無力だった。ザミラとアレックス、二人を殺したのは、異民族ではなく親族の銃だった。
時間軸の歪んだ円環の中で、人々はどこにも行けない。マケドニアの空を雨雲が覆う。銃声のような雷鳴が轟く。憎悪の連鎖を断ち切る手段は、未だ見つからない。
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