青い花

読書感想とか日々思う事、飼っている柴犬と猫について。

居心地の悪い部屋

2016-07-01 07:18:41 | 日記
岸本佐知子編訳『居心地の悪い部屋』は、「昔から、うっすら不安な気持ちになる小説が好きだった」という岸本氏が自分の好みの赴くままに選び、訳した仄暗いテイストの小説集。

収録作
ブライアン・エヴンソン『へべはジャリを殺す』
ルイス・アルベルト・ウレア『チャメトラ』
アンナ・カヴァン『あざ』
ジュディ・バドニッツ『来訪者』
ポール・グレノン『どう眠った?』
ブライアン・エヴンソン『父、まばたきもせず』
リッキー・デュコーネイ『分身』
ルイス・ロビンソン『潜水夫』
ジョイス・キャロル・オーツ『やあ!やってるかい!』
レイ・ヴクサヴィッチ『ささやき』
ステイシー・レヴィーン『ケーキ』
ケン・カルファス『喜びと哀愁の野球トリビア・クイズ』

いずれも物語に起承転結を求める人には向かない、珍奇な作品ばかり。
粗筋の説明が出来ない。明確なオチもない。純文学的な含蓄もない。共通点は読後にうっすらと居心地の悪い気分になるという点だけ。好き嫌いが分かれるけれど、他ではなかなか味わえない癖になる怪作ぞろいだ。

私が気に入ったのは、ブライアン・エヴンソン『へべはジャリを殺す』、アンナ・カヴァン『あざ』、レイ・ヴクサヴィッチ『ささやき』の3作。

『ヘベはジャリを殺す』は、裸の男の瞼を着衣の男が糸で縫い合わせるという、なかなかパンチの効いた場面から始まる。
ヘベとジャリがどういう関係なのかは謎だか、親しい間柄であることだけは間違いない。それなのにヘベはジャリを殺すことだけでなく、死体の発見のされ方まで決まっているらしい。

何故、ヘベはジャリを殺すのか?

二人の間に感情のもつれや経済的な利害があるわけではなく、第三者に殺害を強要されているわけでもない。愛の交換のような奇妙にエロティックな雰囲気で、和やかに楽し気に殺害の準備が進められていく。どちらかというと、殺される側のジャリが殺す側のヘベをリードしているような印象。被害者と加害者というよりは、共通の目的を掲げた共犯者といった方が正解かもしれない。殺害が完了する前に物語が終わってしまうので、彼らがどうなったのかはわからない。その後も、瞼を縫ったり、糸を外したり、また縫ったりを延々と繰り返しているだけかもしれない。

『あざ』は、“わたし”が旅行中に古城の地下牢で謎の囚人を見つけて、同級生のHを思い出す話。
Hは美しく、教科も運動も優秀だったにも関わらず、孤独で不運な人だった。Hに常に付きまとっていた、あの奇妙な無効の感じを、どう言葉にすればよいのだろう?Hの顔を見ていると“わたし”は、自分でもよくわからない激しい憐みの念で胸がいっぱいになって、涙まで浮かんで来たものだった。
Hの二の腕には、薔薇の花のような特徴的なあざがあった。それとよく似たあざが、古城の囚人にもあったのだ。

二人は同一人物なのか?

だとしたら、なぜ地下牢に入れられているのか?Hの言動には学生時代から不可解なものがあった。まるで、逃れられぬ暗い運命に頭を垂れている殉教者のような…。不可解な状況に、何の謎解きもされぬまま、不吉な影をまとって物語は終了する。

『ささやき』は、鼾が煩いことを理由に恋人に別れを告げられた男が、自分が鼾をかいてないか確かめるために、就眠中に録音してみる話。
テープを再生してみると、鼾は録音されておらず、代わりに正体不明の男女のささやきが入っていた。男は独り暮らしで、寝室には誰も入れないはずなのに…。

この男女は何が目的で、どうやって侵入したのか?恋人はこの男女のことを知っていたのか?

思わず引き込まれる謎めいた導入部。妄想なのか?怪奇現象なのか?手探りで暗闇の中を歩くようなスリリングな展開。そして、ラストの深刻な恐怖。短篇小説のお手本のようなキッチリと纏まった作品。

馴染みの町の一つ先の角を曲がったら見たことのない風景が広がっていたような、或いはいつもの通勤電車に乗ったはずなのに全然知らない駅に着いてしまったような、日常世界の延長にある異世界、そんな不気味さ。
何が嫌なのかはっきりわからないけど、とにかく嫌。でも、その嫌な感じが好き。クライヴ・バーカーみたいなエキセントリックなグログロもそれはそれで楽しいのだけど、こういう日常から数センチだけずれた、ちょっと体に合わない服を着せられたような居心地の悪さというのは癖になる。
ルマルシャンの箱を組み替えることにはさほど心惹かれないけど、好きな人の瞼を縫うのはかなり楽しそうだと思うので。
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