万城目学著『偉大なるしゅららぼん』
琵琶湖を舞台に繰り広げられる “湖の民”の少年たちのボーイ・ミーツ・ガールならぬボーイ・ミーツ・ボーイな青春小説。最低な出会いを果たした二人の少年が共通の辛苦に立ち向かうことによって最高の相棒になるというシンプルな筋立てが、琵琶湖の持つ神秘性を引き立てている。
そして、万城目ヒロインは相変わらず魅力的。グレート清子はモエ要素は皆無だが、威風堂々としていて最高に格好いい女の子だ。
通常、湖の寿命は数千年から数万年と言われている。それに対し、日本最大の湖である琵琶湖は、その形成から四十万年もの歴史を持つ世界有数の古代湖だ。
その琵琶湖に寄り添うようにして生きてきた二つの家があった。日出家と棗家である。千年に渡り敵対関係にあった両家だが、近年は商才に秀でた日出家が優勢で、武道に秀でた棗家は衰退しつつあった。棗一族で力を使える者は、当主・永海と、息子の広海、娘の潮音の三人のみとなっていた。
湖西に住んでいた日出涼介は、“湖の民”の力を与えられた者として修行をするため、石走にある日出本家から高校に通うことになった。
“湖の民”の力は、日出家の人間すべてに与えられるものではない。
力を与えられる者は生後三日目に竹生島にて、ご神水と「さんずい」の名前を与えられる。「さんずい」の漢字は一人の名前に一つまでで、「二度付け」は禁忌とされている。涼介も彼の兄・浩介もこうして力を与えられた。
二度目に連れて来られたのは十歳の誕生日。その時に与えられたご神水によって、それまで内側で燻っていた力が正しく解放されたのだ。しかし、涼介はこの力を疎んじていた。
琵琶湖に臨む石走城が日出本家の居城である。
涼介はまず現実離れした城と庭園、水路に驚き、次に暴れん坊将軍の如き迫力で白馬に跨る清子に度肝を抜かれる。清子と共に修業した兄・浩介の「グレート清子には気を付けろ」という警告通り、一目見ただけでそのポテンシャルが十分に感じ取れる異彩ぶりだった。
更に、当主の淡九郎、ナチュラルボーン殿様な淡十郎、涼介の師匠となるパタ子こと濤子など押し出しの強い本家の人々に引き合わされた涼介は、自分のペースを取り戻せないまま、淡十郎とお揃いの真っ赤な詰襟を着せられて石走高校の入学式に出席することになった。
涼介の高校生活は、最初から躓いていた。
まず、赤詰襟を着ている生徒など、涼介と淡十郎しかいなかった。淡十郎とセットで変人認定された涼介は、ガールフレンドどころか同性の友達も出来ず浮いてしまう。おまけに不良に絡まれているところで、どういう訳か謎の爆発音が生じ、初対面の棗広海に「うるせえッ」と殴られてしまうのだった。涼介は、美男で女子生徒にモテモテの棗広海に、殴られたこと以上の反感を抱く。
涼介は師匠の濤子と不念堂で修行を始める。
琵琶湖の力が衰えつつあるためか、不念堂で修業をする資格を持つ子供の数は年々減少していた。当代では、涼介と淡十郎の二人のみである。しかし、淡十郎は入堂を拒否していた。
GWの最終日、濤子はご神水を授けるために涼介と淡十郎を連れて竹生島へ行く。
淡十郎は、校長・速瀬義治の娘に片思いをしていた。
しかし、彼女が好きなのがあの棗広海であることを知ると、失恋の逆恨みで広海を家族ごと石走から追い出すことを心に決め、棗道場に乗り込むと言い出すのだった。
淡十郎に付き添い棗道場に乗り込んだ涼介は、そこで広海の妹・潮音に一目ぼれをするが、広海の父・永海は日出の子供たちの突然の訪問に怒髪天であった。しかし、激高した門弟が涼介たちに襲い掛かってきたところで再びあの爆発音が起き、庭池を渡っていた石橋が水柱もろとも飛ばされ、縁側に突き刺さった。
その後、日出家は突然来訪した校長に淡九郎を仮死状態にされる。
その直前には、棗家でも校長によって永海と潮音が仮死状態にされていた。その上で、校長は彼らを元に戻すことと引き換えに両家とも石走から出ていくことを要求してきた。
速瀬家の先祖は石走藩の藩主だった。
それが明治に入り零落して、城を日出本家に売り渡した。校長は「王の帰還」を目論んでいる。そして、校長の名前には「さんずい」がつく。校長が今回の騒動の元凶……と見せかけて、裏では校長を操る強大な力を持つ人物の意思が働いていたのだ。
大人たちが表立って動くことが出来ない中、日出家最強の力を持つ清子の苦悩や自然に反するとして一族の力を忌む淡十郎の秘密を絡めつつ、涼介と広海の奔走が続く。
涼介と広海が力を合わせると「しゅららぼん」が起き、“龍と話せる女”清子だけが声を聴くことが出来る“あれ”を呼び出せる。
“あれ”は、ご神水を通さなければ人間の世界に干渉することが出来ない。だが、涼介と広海が二度も「しゅららぼん」を起こし、交渉の扉を開いた。だから、清子を誘導して、涼介と広海に竹生島までご神水を取りに行かせたのだ。
“あれ”の望み――それは、自らのお膝元で力を行使する他の“湖の民”の排除をすることにあった。
「さんずい」の二度付けについて何度も言及されているので、終盤までほぼモブ状態でも、源治郎が特別な人物なのはわかる。表向きは一使用人であるが、実は日出家の血を引いていて(淡八郎の庶子とか)、何か特殊な役割を背負わされた隠し玉的存在なのかなぁと思っていたのだが、そういう背景を持つ人だったとは…。
かつて、この国の多くの湖には“湖の民”がいた。
しかし、近年に入り殆どの湖から力が失われ、“湖の民”は次々に姿を消した。日本第二の湖・八郎潟も例外ではなかった。そして、源治郎は八郎潟の“湖の民”だったのだ。
当時の当主・淡八郎は源治郎を引き取り、記憶を封じた。以後五十年もの間、源治郎は過去を失ったまま日出本家に仕えていたのだ。彼がよその“湖の民”であることを知らずに、淡十郎が自分のご神水を飲ませてしまうまで。
母なる湖と言われる琵琶湖だが、本作では人間の意志や命など一切考慮しない非常な存在である。よその“湖の民”である源治郎を排除するためには、涼介たち琵琶湖の“湖の民”も平然と大波の中に飲み込もうとするのだ。
しかし、すべてが飲み込まれようとする直前、広海が棗家の秘術を解放した。
それは知識として伝えられていたが、使えるかどうかは個人の力次第だった。永海と潮音は使えなかった。広海だけが使えた。それを使うとすべてが戻っても、“湖の民”棗家という存在は消える。
時間は入学式の日に戻った。ただ、棗家の存在だけが人々の記憶から消えた。涼介、清子、淡十郎の記憶を除いて……。
源治郎の記憶は、清子が操作した。
彼は“湖の民”の秘密に関する記憶は封じられたまま、故郷の記憶を取り戻した。八郎潟の思い出を懐かしげに語りながら、何よりも嬉しかったのが好きだった子のことを思い出したことだと語る源治郎には胸が痛くなる。彼は日出家から受けた仕打ちを心から恨んでいたけれど、淡十郎の初恋は本気で応援していたから。
いつかは彼女と結婚する。三年で戻ると約束していた。それなのに、その約束ごと記憶を封じられてしまったのだ。源治郎の人生はいったい何だったのだろう。
それから、涼介は淡十郎に訊きたいことがあった。
それは、広海の去り際に聞いた「しゅららぼん」のことだ。広海が力を放った瞬間、誰かが同時に力を発したのだ。涼介ではない。では、淡十郎か?もしそうなら、広海の純粋な計画に別の力が加わったことになる。
来るはずがないのに来た転校生――エピローグの奇跡には、ちゃんと理由があったのだ。
琵琶湖を舞台に繰り広げられる “湖の民”の少年たちのボーイ・ミーツ・ガールならぬボーイ・ミーツ・ボーイな青春小説。最低な出会いを果たした二人の少年が共通の辛苦に立ち向かうことによって最高の相棒になるというシンプルな筋立てが、琵琶湖の持つ神秘性を引き立てている。
そして、万城目ヒロインは相変わらず魅力的。グレート清子はモエ要素は皆無だが、威風堂々としていて最高に格好いい女の子だ。
通常、湖の寿命は数千年から数万年と言われている。それに対し、日本最大の湖である琵琶湖は、その形成から四十万年もの歴史を持つ世界有数の古代湖だ。
その琵琶湖に寄り添うようにして生きてきた二つの家があった。日出家と棗家である。千年に渡り敵対関係にあった両家だが、近年は商才に秀でた日出家が優勢で、武道に秀でた棗家は衰退しつつあった。棗一族で力を使える者は、当主・永海と、息子の広海、娘の潮音の三人のみとなっていた。
湖西に住んでいた日出涼介は、“湖の民”の力を与えられた者として修行をするため、石走にある日出本家から高校に通うことになった。
“湖の民”の力は、日出家の人間すべてに与えられるものではない。
力を与えられる者は生後三日目に竹生島にて、ご神水と「さんずい」の名前を与えられる。「さんずい」の漢字は一人の名前に一つまでで、「二度付け」は禁忌とされている。涼介も彼の兄・浩介もこうして力を与えられた。
二度目に連れて来られたのは十歳の誕生日。その時に与えられたご神水によって、それまで内側で燻っていた力が正しく解放されたのだ。しかし、涼介はこの力を疎んじていた。
琵琶湖に臨む石走城が日出本家の居城である。
涼介はまず現実離れした城と庭園、水路に驚き、次に暴れん坊将軍の如き迫力で白馬に跨る清子に度肝を抜かれる。清子と共に修業した兄・浩介の「グレート清子には気を付けろ」という警告通り、一目見ただけでそのポテンシャルが十分に感じ取れる異彩ぶりだった。
更に、当主の淡九郎、ナチュラルボーン殿様な淡十郎、涼介の師匠となるパタ子こと濤子など押し出しの強い本家の人々に引き合わされた涼介は、自分のペースを取り戻せないまま、淡十郎とお揃いの真っ赤な詰襟を着せられて石走高校の入学式に出席することになった。
涼介の高校生活は、最初から躓いていた。
まず、赤詰襟を着ている生徒など、涼介と淡十郎しかいなかった。淡十郎とセットで変人認定された涼介は、ガールフレンドどころか同性の友達も出来ず浮いてしまう。おまけに不良に絡まれているところで、どういう訳か謎の爆発音が生じ、初対面の棗広海に「うるせえッ」と殴られてしまうのだった。涼介は、美男で女子生徒にモテモテの棗広海に、殴られたこと以上の反感を抱く。
涼介は師匠の濤子と不念堂で修行を始める。
琵琶湖の力が衰えつつあるためか、不念堂で修業をする資格を持つ子供の数は年々減少していた。当代では、涼介と淡十郎の二人のみである。しかし、淡十郎は入堂を拒否していた。
GWの最終日、濤子はご神水を授けるために涼介と淡十郎を連れて竹生島へ行く。
淡十郎は、校長・速瀬義治の娘に片思いをしていた。
しかし、彼女が好きなのがあの棗広海であることを知ると、失恋の逆恨みで広海を家族ごと石走から追い出すことを心に決め、棗道場に乗り込むと言い出すのだった。
淡十郎に付き添い棗道場に乗り込んだ涼介は、そこで広海の妹・潮音に一目ぼれをするが、広海の父・永海は日出の子供たちの突然の訪問に怒髪天であった。しかし、激高した門弟が涼介たちに襲い掛かってきたところで再びあの爆発音が起き、庭池を渡っていた石橋が水柱もろとも飛ばされ、縁側に突き刺さった。
その後、日出家は突然来訪した校長に淡九郎を仮死状態にされる。
その直前には、棗家でも校長によって永海と潮音が仮死状態にされていた。その上で、校長は彼らを元に戻すことと引き換えに両家とも石走から出ていくことを要求してきた。
速瀬家の先祖は石走藩の藩主だった。
それが明治に入り零落して、城を日出本家に売り渡した。校長は「王の帰還」を目論んでいる。そして、校長の名前には「さんずい」がつく。校長が今回の騒動の元凶……と見せかけて、裏では校長を操る強大な力を持つ人物の意思が働いていたのだ。
大人たちが表立って動くことが出来ない中、日出家最強の力を持つ清子の苦悩や自然に反するとして一族の力を忌む淡十郎の秘密を絡めつつ、涼介と広海の奔走が続く。
涼介と広海が力を合わせると「しゅららぼん」が起き、“龍と話せる女”清子だけが声を聴くことが出来る“あれ”を呼び出せる。
“あれ”は、ご神水を通さなければ人間の世界に干渉することが出来ない。だが、涼介と広海が二度も「しゅららぼん」を起こし、交渉の扉を開いた。だから、清子を誘導して、涼介と広海に竹生島までご神水を取りに行かせたのだ。
“あれ”の望み――それは、自らのお膝元で力を行使する他の“湖の民”の排除をすることにあった。
「さんずい」の二度付けについて何度も言及されているので、終盤までほぼモブ状態でも、源治郎が特別な人物なのはわかる。表向きは一使用人であるが、実は日出家の血を引いていて(淡八郎の庶子とか)、何か特殊な役割を背負わされた隠し玉的存在なのかなぁと思っていたのだが、そういう背景を持つ人だったとは…。
かつて、この国の多くの湖には“湖の民”がいた。
しかし、近年に入り殆どの湖から力が失われ、“湖の民”は次々に姿を消した。日本第二の湖・八郎潟も例外ではなかった。そして、源治郎は八郎潟の“湖の民”だったのだ。
当時の当主・淡八郎は源治郎を引き取り、記憶を封じた。以後五十年もの間、源治郎は過去を失ったまま日出本家に仕えていたのだ。彼がよその“湖の民”であることを知らずに、淡十郎が自分のご神水を飲ませてしまうまで。
母なる湖と言われる琵琶湖だが、本作では人間の意志や命など一切考慮しない非常な存在である。よその“湖の民”である源治郎を排除するためには、涼介たち琵琶湖の“湖の民”も平然と大波の中に飲み込もうとするのだ。
しかし、すべてが飲み込まれようとする直前、広海が棗家の秘術を解放した。
それは知識として伝えられていたが、使えるかどうかは個人の力次第だった。永海と潮音は使えなかった。広海だけが使えた。それを使うとすべてが戻っても、“湖の民”棗家という存在は消える。
時間は入学式の日に戻った。ただ、棗家の存在だけが人々の記憶から消えた。涼介、清子、淡十郎の記憶を除いて……。
源治郎の記憶は、清子が操作した。
彼は“湖の民”の秘密に関する記憶は封じられたまま、故郷の記憶を取り戻した。八郎潟の思い出を懐かしげに語りながら、何よりも嬉しかったのが好きだった子のことを思い出したことだと語る源治郎には胸が痛くなる。彼は日出家から受けた仕打ちを心から恨んでいたけれど、淡十郎の初恋は本気で応援していたから。
いつかは彼女と結婚する。三年で戻ると約束していた。それなのに、その約束ごと記憶を封じられてしまったのだ。源治郎の人生はいったい何だったのだろう。
それから、涼介は淡十郎に訊きたいことがあった。
それは、広海の去り際に聞いた「しゅららぼん」のことだ。広海が力を放った瞬間、誰かが同時に力を発したのだ。涼介ではない。では、淡十郎か?もしそうなら、広海の純粋な計画に別の力が加わったことになる。
来るはずがないのに来た転校生――エピローグの奇跡には、ちゃんと理由があったのだ。