青い花

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とっぴんぱらりの風太郎

2017-03-09 07:16:52 | 日記
万城目学著『とっぴんぱらりの風太郎』

時は、大坂冬の陣・夏の陣の頃。忍者が主人公となれば、血生臭い殺戮劇になるのは予想できる。
物語は史実に忠実に進んでいく。大御所家康に、高台院ねね、藤堂高虎、豊臣秀頼、本阿弥光悦など史実の人物が多く出てくる。しかし、司馬遼太郎ほどは詳しく触れてはいない。時代小説というよりは、若者たちの精神的成長を追った青春小説といった趣だろう。

宣伝文句では、〈ニート忍者〉とされている風太郎であるが、怠け者ではなく不器用で真面目な男だ。
同胞・蝉左右衛門の姦計により伊賀上野城での任務に失敗して、相棒の黒弓と共に放逐されてからも、帰還の命が下されることを夢見て、忍び道具を大切に隠し持つ。因心居士にコテンパンにのされてからは、修練も怠らない。無職だが無気力ではないのだ。

風太郎は伊賀者だ。孤児だった。
伊賀は四方を山に囲まれ、平野が少なく、作物の生育が悪い。交通の便も悪いので、商いにも適さない。ゆえに、忍びが育った。己の身一つを商いの道具にしたのだ。
その伊賀の里も天正伊賀の乱の折、織田信長によって一度滅びた。
生き残った忍びは、残った屋敷で新たな忍びを育て始めた。その屋敷は柘植屋敷と呼ばれた。風太郎・蝉左右衛門・常世・百市は、この柘植屋敷で育った。のちに柘植屋敷は謎の火災で焼失し、そこで寝起きしていた者の多くが死んだ。

黒弓のみ毛色が異なる。
南蛮帰りの変わり種の忍びがいる。火薬を使う腕が抜群だ――采女様の命で、その人物・黒弓と組むことになった時、風太郎は運が向いてきたと思った。伊賀の外を知らぬ風太郎は、父の国を見たかったという一念で、遠く海を隔てた南蛮・天川から、単身この小さな盆地を目指した黒弓に好感さえ抱いたのだ。
今となっては、黒弓と組むと碌なことにならない、と思っているのだが。型に嵌らない性分の黒弓は、風太郎の眼には、いい加減で余計なことばかりする男、と映っていた。

だけど、風太郎を新しい世界に連れ出すのも黒弓なのだ。
城に傷をつけたことで藤堂家の御殿に殺されかかったところを、黒弓の火薬術によって命拾いし、伊賀の外に出ることが出来た。鴨川の畔に引きこもっていた風太郎の時間が一年半ぶりに動き出すのも、商人になった黒弓との再会によってである。

黒弓は、“たまたま”出会った萬屋の者から渡されたひょうたんの袋を、義左衛門の伝言とともに風太郎に託した。
そのひょうたんは、ただのひょうたんではなかった。
因心居士と名乗るそれの正体は、もののけなのか精霊なのかはわからない。元はあの果心居士と二つで一対だったものを、ひょうたんの霊験を知らない信長によって、引き離れてしまったのだ。
因心居士は様々な人物に化けて風太郎の前に現れる度に、元ある形に戻りたいだの大坂に連れて行けだのと、頼み事(と見せかけた強要)をするのだった。

義左衛門の伝言に従い訪れた産寧坂で、風太郎はひょうたん屋の主・瓢六や下女の芥下と知り会い、ひょうたん屋を手伝うことになる。更には女装して高台院ねね様の元で働く常世と再会する。その常世からねね様に顔を繋がれ、物忌みの君と呼ばれる貴人を祇園会に案内することを命じられる。
この物忌みの君は、ひさご様とも呼ばれている。ひさごとは言うまでもなく、ひょうたんのこと。そしてひょうたんは豊臣家の馬印である。
風太郎は、黒弓・常世と一緒にひさご様のお供として祇園会に繰り出したところを、かぶき者・残菊と彼の配下・月次組から襲撃を受ける。その場は、ねね様配下の左門の犠牲によって逃走に成功するが、風太郎には疑問が残った。何故、ねね様の家来が命を賭してまで、ひさご様を守らなければならなかったのか。因心居士までもが、ひさご様を死なせるな、と告げるのは何故か。

風太郎がひょうたん作りに精を出している間に、祇園会から二か月経っていた。洛中では、戦の気配が日に日に濃厚になっていた。
そんな折、風太郎の元に采女様の使いとして百市がやってきた。伊賀の忍びに戻らないかと言うのだ。風太郎が伊賀を追い出されて、二年の時が経っていた。
その後、ひょうたん屋で待ち構えていた義左衛門の口から、瓢六と芥下も忍びであること、風太郎が自発的に始めたと思っていたひょうたん屋の手伝いが、実は義左衛門の引いた線を辿っていただけだと聞かされる。
「せっかく生き残ったのに、われはまた、いくさに行くのか」と芥下に責められながらも、風太郎は戦のど真ん中に入っていくことになる。

慶長十九年・大坂冬の陣。
采女様の命により、風太郎は天王寺の焼き討ちに参加し、童まで手にかけた。そうして、商用で堺に行く途中だという黒弓に、「忍びに戻れて良かったじゃないか」と無邪気に喜ばれた風太郎は、俺はすっかり変わってしまったのだ、と気が付いたのだった。

大坂城のお堀の埋め立てが進む中、風太郎は采女様に呼び出される。
大御所が本丸の絵図を用意せよと所望しているのだ。埋め立てが終わるまでに新たな本丸の絵図を完成させるよう常世に伝えよ、と命じられた風太郎は、城内の廊下でひさご様を見かけた。ひさご様の正体は秀頼公なのだった。

風太郎は常世から、采女様が風太郎を呼び戻した理由を聞かされる。
萬屋の人間に“たまたま”遭遇した黒弓が、風太郎のあばらやを尋ねたところから、すべて采女様が用意した筋書きだったのである。忍びの腕を持っているが、もはや伊賀とは関りがない。何処でどう死のうが藤堂家にも伊賀にも迷惑がかかることはない。そんな男を利用しない手はない、ということだ。
常世が絵図の作成を了承したことを伝えたその場で、風太郎は再度放逐された。風太郎にはもう、自分が伊賀に戻りたいと願っていたのか、それともどこかで諦めていたのか分からなくなっていた。

因心居士が「本阿弥光悦に頼んで儂を装わせろ」と言う。支払いは高台院がしてくれるのだそうだ。光悦の元を訪れた風太郎は、“見える”目を持つ光悦に己が身に絡みつく暗い死の影を見抜かれてしまうのだった。

伊賀に帰った筈の蝉があばらやを訪ねてきた。蝉の目的は、都に大阪の浪人たちが攻め寄せて火を放つらしい、という噂を広めることだった。
祇園坊舎に潜入中の百市と別れた直後、風太郎たちは、残菊から二度目の襲撃を受けた。残菊は、常世と風太郎の名を知っていた。そして、常世の居場所を知りたがっていた。
その十日後、義左衛門に会った風太郎は、藤堂家とねね様の因縁、そして、大御所の目論見を聞かされる。所司代をせっつき残菊たち月次組を使って、祇園会でひさご様を亡き者にしようとした人物も分かった。

百市に売られ、三度目に残菊の襲撃を受けた際、風太郎は尋問に屈したふりをして常世の居場所を話した。
風太郎には、残菊は常世に辿り着けないという確信があった。何故なら、残菊は男としての常世しか知らない。女中姿の常世を見ても気が付かないはずだ。
重傷を負った風太郎は、自分たちを売ったはずの百市に介抱される。
看病の最後の日、風太郎は百市から衝撃の事実を聞かされる。柘植屋敷に放火したのは百市だったのだ。これからの時代に忍は不要、と判断した采女様の命だった。
風太郎は、二度と顔を見せるなと百市を追い出した。

引きこもっている風太郎の元に、黒弓が顔を出した。
堺が焼き討ちにあった。また、戦が始まるのだ。黒弓は、金を大坂に持ち出してから逃げて来たのだという。

風太郎は、ねね様から直々に呼び出された。
ねね様の元に、光悦から「風太郎がいつまでもひょうたんを取りに来ない」と使いがあったのだ。ねね様には、風太郎の雇い主がそのひょうたんであることを見抜かれていた。そして、ねね様と果心居士との浅からぬ縁――果心居士を閉じ込めて、豊臣家の馬印として祀ったのがねね様であることを聞かされる。ねね様からの依頼で、風太郎は因心居士を果心居士の祀られている本丸の座敷に連れて行き、元の形に戻すと共に、ひさご様に刀を渡すことになった。それは、本当の意味で豊臣家の滅亡を受け入れたということだった。

義左衛門は、采女様に見捨てられた忍び達を萬屋で引き受けるという。江戸に移り、死ぬ気でやるのだそうだ。芥下は残留し、産寧坂のひょうたん屋を継ぐことになった。一緒にやろうと風太郎を誘ってくれた。

慶長二十年・大坂夏の陣。
風太郎と黒弓は、千畳座敷に因心居士を連れて行き、果心居士を解放した。
常世は、本丸に入り込んでいた伊賀者を皆殺しにした。蝉は、采女様から常世の粛清を命じられて来たが寝返った。どれだけ命を張ろうとも、誰にも目を向けられない――忍びの勤めにやりきれなさを感じていたのは、風太郎だけではなかった。常世と蝉もそれぞれの虚しさを抱えていたのだ。
四人は、ひさご様のご落胤を連れ出すために炎上する城内を走る……。

一対のひょうたんは去った。豊臣の滅亡とともに、忍びの存在も無用となった。
そういう結末か…、とため息が出たが、ひょうたん屋をやる約束が守れなくても、海を一度も見ることがなくても、最期に呼びかけられる名前がある人生というのは、悪いものはではないのだろう。
黒弓は…爆発の直前に残菊が投げた脇差しは、彼の咽喉を貫いてしまったのだろうか?そうかもしれないけど、助かったかもしれない。彼はとても足が速いから。それに、彼には南蛮で奴隷になっている母親を買い戻すという宿願もあるのだから。
敵味方共に捨て石として死んでいく運命を受け入れている忍び達の中で、黒弓だけが外の世界に目を向けていた。黒弓視点のスピンオフを読んでみたいと思った。
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