昨日。
ぼくは雨の中、カサも差さずに、あっちこっちを駆け回った。
いや、カサは無いから差さずに、ではなく差せずに、か。
雨は別に嫌いじゃない。
雨ごときに、このぼくが汚せるわけ、ないだろう。ヨゴレ役は、伊達じゃない。
雨は、ぼくよりはきれいだ。きれいなモノが汚いモノを汚せるわけないだろう。
雨はむしろシャワーだよ。汚れを、洗い流してくれる。
誰だい、雨はカミナリ様のおしっこだとか言ったのは。ぼくはおしっこより汚いって言うのかい。
……戯言だよ。しかも不潔だ。ごめんなさい。
それにしても、ぼくの精神年齢もたかが知れている。よく人に大人だねとか言われるけれど、違うよ。
おしっこおしっこ、って。
うんこうんこって連呼している小学生と、なんら変わりないじゃないか。同類だよ。
うんこだよ。
……あ、いま笑った人。あんたも子供だね。
真面目な話をしよう。
昨日は学校の授業が終わってすぐ、空港へと向かった。
無数の水滴がメガネについて、視界最悪。
駐輪場にママチャリを停めて、空港の建物に入る。
飛行機のチケットを買いに来たのだが、いかんせん初めてなので、値段の感覚がわからない。
4万円くらいあれば高知-東京を往復できるだろうか。
そうアタリをつけて、ぼくは闇ルートから福沢さんを4人引き取った。
財布に収容されていく福沢さん。なんだか悲しそうだ。
貧乏人のみっともない財布に入るのが、そんなに嫌ですか。
ぼくはそう問いただしたが、福沢さんは「…………」無言で答えた。
福沢さんって、無口だな。ぼくはそう思った。
JALもあったが、ANAのカウンターのほうが近かったのでそちらへ歩を進める。
……ところでANAって何ですか。穴ですか。アナウンサーですか。アナコンダですか。アナログですか。アンテナですか。え? ゼンニックウ? へぇ、ぜい肉ですか。なんか嫌な名前ですね。
途中ですれ違った誰かが、そんな感じの独りゴトを唱えていた。怖かったので知らないフリをした。
チケット売り場には化粧をした女の人がいた。ぼくが数メートル手前で戸惑っていると、「どうぞ」と声をかけてくれた。
しかし顔面には「私はフライトアテンダントじゃないのよ」と、なんだか悔しそうな文字で書いてあった。
見なかったことにした。
往復チケットを頼むと、帰りの便が満席だと言われた。
JALさんのほうに空席があるかもしれませんので、帰りのチケットはあちらでご購入なさってはどうでしょうか。
ぼくは考える余裕もなく、はい……と答えた。
それにしても、この女の人はなんだか怖かった。
フライトアテンダントになれなかったことを根に持っているのか、顔が悲壮感に満ちていた。
まるで仇を見るような目でぼくを見た。ぼくはさとられないよう、自然なふうを装って視線をそらした。
そんな心理戦を繰り広げていたので、チケット代が2万円を超えていて驚愕するまで、自分が飛行機のチケットを買いに来たということを、すっかり忘れていた。
3人の福沢さんがお会計の皿に乗って、女の人に連れて行かれた。
女の人は福沢さんを指でなじるようにしてから、「3万円ですね」と言った。
福沢さんたちはまんざらでもない顔をしていた。
思いのほか福沢さんの出兵が多かったので、ぼくは再び闇ルートで福沢さんと樋口さんを一人ずつさらった。
少し遠くにあるJALのカウンターへと歩を進める。
……ところでJALって何ですか。ジャロじゃないんですか。ザルじゃないんですか。もしやギャルのオヤジ版ですか。え? ニホンコウクウ? へぇ、日本国ですか。それならジャペンでしょう。
途中ですれ違った誰かが、そんな感じの独りゴトを唱えていた。怖かったので知らないフリをした。
チケット売り場には化粧をした女の人がいた。ぼくが数メートル手前でためらっていると、「どうぞ」と声をかけてくれた。
なんかデジャヴを感じたが、さいわい顔には何も書かれていなかった。つまらないので見なかったことにした。
東京から高知までの当日の最終便を頼んだ。幸運にも空席があった。
窓側がよろしいですか、通路側がよろしいですか。
ぼくは考える必要もなく、窓側で……と答えた。
それにしてもやっぱり、この女の人も怖かった。
フライトアテンダントになれなかったことなど全く気にしていないが、キャビンアテンダントのドラマがムカつくのだと無言で主張していた。特に主演の上戸彩にご立腹なようだった。
まるでそのにっくき上戸彩を見るような目でぼくを見た。正当防衛として、ぼくは視線をそらした。
そんな格闘にも似た心理戦を繰り広げていたので、チケット代がさっきと同じで微妙に驚くまで、自分が飛行機のチケットを買いに来たまっとうな客だということを、すっかり忘れていた。
2人の福沢さんと一人の樋口さんがお皿に乗って、女の人に連れて行かれた。
女の人は福沢さんと樋口さんを隔離してから、「2万5千円ですね」と言った。
樋口さんがなぜかほっとしたような顔をしていた。
ぼくはチケットを受け取って、建物の出口へと向かった。
しかし途中で気づいた。
領収書が要るのだった。
その領収書を確認して企業が旅費を精算する予定になっているのだ。
ぼくは慌てて売り場に戻ったが、女の人は消えており、誰もいなかった。
女の人は搭乗手続きの客に対応していて忙しかったのだ。
ぼくは誰もいない売り場で、所在なげに数分間待った。
すると今度は別の女の人が出てきて、「お待たせしました」と言った。
領収書を頼むとすぐに用意してくれた。ぼくはそれを受け取って、ANAのチケット売り場に舞い戻った。
今回は誰ともすれ違わなかった。すこし寂しかった。
同じく領収書を頼んだ。
チケットはありましたか。と、女の人が言った。さっきと同じ人らしかった。
領収書を受け取るとき、自然と顔を見てしまった。
顔面には「ANAは全日空です。ぜい肉なんかじゃありません」と、怒りのこもった太い文字で書かれていた。
……ぼくに言われても困ります。
あはははは……。
財布の中で、最後に残った一人の樋口さんが、笑っていた。
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ぼくは雨の中、カサも差さずに、あっちこっちを駆け回った。
いや、カサは無いから差さずに、ではなく差せずに、か。
雨は別に嫌いじゃない。
雨ごときに、このぼくが汚せるわけ、ないだろう。ヨゴレ役は、伊達じゃない。
雨は、ぼくよりはきれいだ。きれいなモノが汚いモノを汚せるわけないだろう。
雨はむしろシャワーだよ。汚れを、洗い流してくれる。
誰だい、雨はカミナリ様のおしっこだとか言ったのは。ぼくはおしっこより汚いって言うのかい。
……戯言だよ。しかも不潔だ。ごめんなさい。
それにしても、ぼくの精神年齢もたかが知れている。よく人に大人だねとか言われるけれど、違うよ。
おしっこおしっこ、って。
うんこうんこって連呼している小学生と、なんら変わりないじゃないか。同類だよ。
うんこだよ。
……あ、いま笑った人。あんたも子供だね。
真面目な話をしよう。
昨日は学校の授業が終わってすぐ、空港へと向かった。
無数の水滴がメガネについて、視界最悪。
駐輪場にママチャリを停めて、空港の建物に入る。
飛行機のチケットを買いに来たのだが、いかんせん初めてなので、値段の感覚がわからない。
4万円くらいあれば高知-東京を往復できるだろうか。
そうアタリをつけて、ぼくは闇ルートから福沢さんを4人引き取った。
財布に収容されていく福沢さん。なんだか悲しそうだ。
貧乏人のみっともない財布に入るのが、そんなに嫌ですか。
ぼくはそう問いただしたが、福沢さんは「…………」無言で答えた。
福沢さんって、無口だな。ぼくはそう思った。
JALもあったが、ANAのカウンターのほうが近かったのでそちらへ歩を進める。
……ところでANAって何ですか。穴ですか。アナウンサーですか。アナコンダですか。アナログですか。アンテナですか。え? ゼンニックウ? へぇ、ぜい肉ですか。なんか嫌な名前ですね。
途中ですれ違った誰かが、そんな感じの独りゴトを唱えていた。怖かったので知らないフリをした。
チケット売り場には化粧をした女の人がいた。ぼくが数メートル手前で戸惑っていると、「どうぞ」と声をかけてくれた。
しかし顔面には「私はフライトアテンダントじゃないのよ」と、なんだか悔しそうな文字で書いてあった。
見なかったことにした。
往復チケットを頼むと、帰りの便が満席だと言われた。
JALさんのほうに空席があるかもしれませんので、帰りのチケットはあちらでご購入なさってはどうでしょうか。
ぼくは考える余裕もなく、はい……と答えた。
それにしても、この女の人はなんだか怖かった。
フライトアテンダントになれなかったことを根に持っているのか、顔が悲壮感に満ちていた。
まるで仇を見るような目でぼくを見た。ぼくはさとられないよう、自然なふうを装って視線をそらした。
そんな心理戦を繰り広げていたので、チケット代が2万円を超えていて驚愕するまで、自分が飛行機のチケットを買いに来たということを、すっかり忘れていた。
3人の福沢さんがお会計の皿に乗って、女の人に連れて行かれた。
女の人は福沢さんを指でなじるようにしてから、「3万円ですね」と言った。
福沢さんたちはまんざらでもない顔をしていた。
思いのほか福沢さんの出兵が多かったので、ぼくは再び闇ルートで福沢さんと樋口さんを一人ずつさらった。
少し遠くにあるJALのカウンターへと歩を進める。
……ところでJALって何ですか。ジャロじゃないんですか。ザルじゃないんですか。もしやギャルのオヤジ版ですか。え? ニホンコウクウ? へぇ、日本国ですか。それならジャペンでしょう。
途中ですれ違った誰かが、そんな感じの独りゴトを唱えていた。怖かったので知らないフリをした。
チケット売り場には化粧をした女の人がいた。ぼくが数メートル手前でためらっていると、「どうぞ」と声をかけてくれた。
なんかデジャヴを感じたが、さいわい顔には何も書かれていなかった。つまらないので見なかったことにした。
東京から高知までの当日の最終便を頼んだ。幸運にも空席があった。
窓側がよろしいですか、通路側がよろしいですか。
ぼくは考える必要もなく、窓側で……と答えた。
それにしてもやっぱり、この女の人も怖かった。
フライトアテンダントになれなかったことなど全く気にしていないが、キャビンアテンダントのドラマがムカつくのだと無言で主張していた。特に主演の上戸彩にご立腹なようだった。
まるでそのにっくき上戸彩を見るような目でぼくを見た。正当防衛として、ぼくは視線をそらした。
そんな格闘にも似た心理戦を繰り広げていたので、チケット代がさっきと同じで微妙に驚くまで、自分が飛行機のチケットを買いに来たまっとうな客だということを、すっかり忘れていた。
2人の福沢さんと一人の樋口さんがお皿に乗って、女の人に連れて行かれた。
女の人は福沢さんと樋口さんを隔離してから、「2万5千円ですね」と言った。
樋口さんがなぜかほっとしたような顔をしていた。
ぼくはチケットを受け取って、建物の出口へと向かった。
しかし途中で気づいた。
領収書が要るのだった。
その領収書を確認して企業が旅費を精算する予定になっているのだ。
ぼくは慌てて売り場に戻ったが、女の人は消えており、誰もいなかった。
女の人は搭乗手続きの客に対応していて忙しかったのだ。
ぼくは誰もいない売り場で、所在なげに数分間待った。
すると今度は別の女の人が出てきて、「お待たせしました」と言った。
領収書を頼むとすぐに用意してくれた。ぼくはそれを受け取って、ANAのチケット売り場に舞い戻った。
今回は誰ともすれ違わなかった。すこし寂しかった。
同じく領収書を頼んだ。
チケットはありましたか。と、女の人が言った。さっきと同じ人らしかった。
領収書を受け取るとき、自然と顔を見てしまった。
顔面には「ANAは全日空です。ぜい肉なんかじゃありません」と、怒りのこもった太い文字で書かれていた。
……ぼくに言われても困ります。
あはははは……。
財布の中で、最後に残った一人の樋口さんが、笑っていた。
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同類です。