オレは今、この出来事を語りたいような語りたくないような微妙な心境に立たされている。
語ったところでどうなるものでもないが、いっそ笑い話にしてやったほうが、この出来事も成仏してくれるに違いない。
オレは高専という意外とレベルの高い学校に通っている。よく人に「お前バカだな」と言われるから、受験に受かったのはマグレだったに違いない。1年のとき、前期末と後期中間のクラス順位が9番だったのも、きっとマグレだったのだ。
今思えば、その頃に使った幸運が不運となって引き起こされたのが、この出来事だったのかもしれない。
はじまりはあの日。……その忌まわしい日だった。
オレは、学生寮で平日を、自宅で休日を過ごす、という腰を落ちつけない生活をしている。いつもなら自転車で行き来するのだが、あいにくと今日は雨だ。このまま夕方まで止まなければ、不本意ながら親の車で寮に帰ることになりそうだ。
そんな心配は、嘲笑うかのように輝きはじめた太陽によって、杞憂となった。
今日はヒマだ、いつもと違うルートで帰るか。
いつもは田舎道を通って帰るが、その日は大きな国道を通ることにした。
寮の晩の食事を欠食にしていたから、祖母に晩メシ代わりの弁当を作らせる。寮まではざっと25キロ、時間にして約90分のキョリだから、荷物は少ないほうがいい。
オレはリュックを軽くするために、相当な厚着をした。夏であれば蒸し焼きだったろうが今は冬なので大丈夫だ。途中で店に寄っていろいろと物色したかったので、早めに家を出る。昼メシの直後だったが、腹は痛くならなかった。
昨日、親に金を貸したから、サイフには0円が入っている。キャッシュカードで金を引き落とせば買い物はできる。問題ナシ。
意気揚々と出発したオレだったが、やっぱりちょっとアツイ。厚着作戦、ビミョーに失敗。
しかしそれにしても、街中の道路を走るのはハズかしい。道で出会うみんな――歩行者も車に乗ってるやつも、はたまた偶然オレを視た人全部――が、オレを見てクスクス笑っているような気がしてならない。考えてみれば、今のオレはものすごく着膨れしているうえに、全身真っ黒で自転車も黒、そのくせ白い軍手をはめているという変質的なカッコウだった。失笑なら腐るほど買える。
そんなことを思っていると、目の前にポストが。郵便局、発見。
日曜日に開いているか疑問だったが、自動ドアはオレを受け入れてくれた。キャッシュコーナーを見つけて安堵する。これで金が手に入る。
オレは早速、いつもサイフを入れてあるコートの内ポケットに手をつっこんだ。
……な、ない。
オレはしばらく、何も入っていないポケットに手をつっこんだまま、何度も空気をつかんだ。
正直、焦っていた。
ひょっとして、リュックに……。
ちょっとテンパりながら、着替えのパンツやら、変なネタばかり書かれたメモ帳やらをリュックから取り出す。郵便局内には人がいたが、そんなことにかまっていられる余裕は、そのときのオレにはなかった。
よ~く探した結果、サイフはどこにも見当たらなかった。ガックシ。
すごすごと郵便局をあとにするオレ。たぶん、黒いオーラが出ていたと思う。
自分を自分で「この馬鹿」と卑下して再び出発。寮への道は、まだ長い。
サイフを忘れるなんて、『陽気なサザエさん』じゃあるまいし……、と胸中で呟くものの、あっちはアニメ、こっちは現実、大違いである。
すれ違ったこどもが笑い声を上げる。
あぁ、好きなだけ笑えよ、とオレ。
なかばやけになりながら、
こいでこいでこぎまくる。
ブンブンブンブン加速する。
どんどんどんどん疲れてく。
ぜえぜえはあはあ息切れる。
びゅんびゅんピューピュー風を切る。
ガタゴトガタゴト揺れながら。
そわそわおどおど挙動不審。
それはこのオレ、オレのこと。
やっぱりみんなが笑ってる。
オマエのカッコがダメなんだ。
なぜか冷静、つっこむオレ。
さてさてそろそろやめましょか。
オレのテンションは冷静なんかじゃなかった。おかしなポエムをつむぎだすほど狂っていた。
深い心の闇のなかで、そのポエムだけが白く浮かび上がっていた。
しかしオレは、自転車をこぎながら首をキョロキョロさせていた。金がないのを忘れたのか、オレは店を探していたのだ。
事故になりそうになってもキョロキョロをやめなかった。オレはひょいっと車をかわして、颯爽と走っていった。
そんなことをしながらも、オレは小さなリサイクルショップを見つけた。
小さいわりに、本・CD・ゲーム・カードなどを取り扱っており、なるほど広く浅くの精神か、と納得した。
オレはその店に入って数秒後に、パァ~っと心が晴れることになった。
8cmCD、発見!!
「はっせんちしーでぃー」というのは、今や「お宝.発見館」ですら見かけなくなった、幻のCDである。
オレには、「のちにハマることになったアーティストの8cmCDを見つけたのに、そのときは興味がなくて買わなかった」というニガイ経験があった。よって、
ナニがナンでも買ってやるぜぃ! と躍起になった。
値段を見てまたビックリ。なんと1枚10円だ。
幻のCDが10円……。
バイト1時間で70枚も買えてしまう。オレの心臓が早鐘を打つ。オレは自分の目と脳を疑った。
本当にそれは10という数字なのか? というか、これって夢なんじゃ……?
本当に夢であればどんなに良かったことか。
オレは早々と物色を開始した。そしてすぐに悪態をつきたくなる。
50音順に並べとかんかい、ワレ!? と。
なんとなく順番に並んでいるようであり、しかしバラバラに並んでいるのだ。その中途半端加減がよけいに憎い。
しかしそんなことはこの際どうでもいい。問題はオレの気に入るようなCDがあるか、ということだけだ。
さすがに、『氷川きよし』とかは無いな……。
オレは安堵した。演歌は今でも8cmCDでリリースされていたりする。並んでいるのはほとんど演歌でした、なんていうオチが待っているんじゃないかと危惧していたのだ。
しかしあれだな、タイトルを見てもどんな曲かさっぱり分からん……。
オレが音楽鑑賞を始めたのは2001年だった。そのころはもうすでに、8cmから今の12cmCDに切り替わっていたのだから、分からないのも当然である。
安室奈美恵とか河村隆一とかSPEEDとか、自分の好きなアーティストの曲でさえあまり分からない。
しかしあるとき、オレの目の動きがふっと止まった。
森高千里だ!
「もりたかちさと」というのは一昔前のアイドルで江口洋介の妻である。今活躍中のあややとかいうアイドルの事務所の先輩にあたる。
そんなことはどうでもいいが、そのあややは森高千里の持ち歌をカバーしてヒットさせてしまっているのだ。オリコンでトップ10にランクインしたし、オレの「これいいんでないの? ランキング」にもランクイン中である。
実を言うと、原曲はどんな感じなのだろうかと気になっていた。まさかこんな小さな店で巡り合うことになろうとは。しかもだ。
……あ、あった!!
なんとなんと、あややがカバーしてヒットさせた名曲「渡良瀬橋」が目の前にあったのである。まさかこんなみすぼらしくって汚ならしくってちっちゃなお店にあるなんて。アンビリーバボーですな。
オレは浮かれ気分でそれを手に取り、レジカウンターに行こうとして――やめる。
オレはバカか……。
忘れていた。金がない。その事実は相当に痛い。「10円ぽっち」という言葉を使うのがためらわれるほど、むなしかった。
そして、このときほど十円玉に感心したことはなかった。想像上の十円玉に、後光が見える。
オレには無理だが、十円玉なら「渡良瀬橋」をゲットできる。
オレは十円玉よりも値打ちがなかった。悲しいが、それが現実だった。
ともかくオレは、そのまま手の中のそれをポケットにつっこみ、退散したい気持ちにかられつつ、棚に戻して店を出た。
あれだけ、さんざんけなした店は、よく見ると素晴らしいお店だった。
自分で自分を「この悪魔め!」と罵って、自転車は出発した。
そこから寮までのキョリは10キロもないはずなのに、ひどく長くて憂鬱な道のりだった。
外気は寒かっただろうが、オレの心のほうが2分の3倍ほど寒かった。
寮に帰り着いて真っ先におこなったのは、ストレス発散ではなく、着替えだった。
汗がビッショリで心もビッショリだった。ストレスが溜まったというより、ただただ心は沈んでいた。コートを脱ぐと湯気が立ちそうな勢いだった。
しかしヘンだな、コートの下の下に着ていたフリースがなんがか固い。
………………。
オレは新しい自分を発見した。
今までちょっとおっちょこちょいだとは認識していたし、天然ボケなのも認めていた。甘かった。
オレはインターネットで掲示板デビューした時、「大ボケ新人」と名乗っていたが、「新人」は余計だった。本当の大ボケなのだ。
サイフありました~!$△※◎♪!………………
もう終わっていいですか。……ダメですか、はい分かりました。
とにかくオレは狂った。テンションは底を抜けて異次元へ突入した。
そこでは十円玉がしゃべって動いてジョークを言っていた。なんか知らんけど、その十円玉は寮の同室者と仕草が似ていた。
いや、よく見たら同室者本人だった。十円玉よりはるかに高い価値を有した高等動物だった。
正気に戻ったオレは、その日のことをネタにしようと思いついた。偶然にも、オレはホームページの管理人だったから、日記のネタにでもしようと考えたのだ。
というか、ネタにしないとミジメすぎて遣る瀬無い。
そんな思いから、端的に、出来事を箇条書きにしてまとめてみた。しかし、結局めんどくさくなってやめた。
数日後。
オレはとっくに立ち直っていた。しかし。
近くのキャッシングマシーンで試してみた結果、キャッシュカードが使えなくなっていることが判明した。カードを挿入口に入れた直後、「暗証番号が違います」と言われてつき返されてしまうのだ。
どうやらオレは、どうあがいたところでゲットできない運命にあったらしい。運命って残酷ですね。
また数日後。
オレはまだ「渡良瀬橋」ゲットを諦めていなかった。
今度こそ、という思いで雪辱戦スタートである。
オレは以前よりもかなり速いスピードで例の店へ向かった。向かい風がほとんどなく、自転車はスイスイ進んだ。良い兆候である。
しかし心は情熱の炎を弱めていった。前回と同じ状況になったせいで、心があの時のショックを思い出してしまったのだろう。
大丈夫。今日はちゃんと金を持って来た。50円。
8cmCDが5枚も買えてしまうスグレモノである。大金だ。落とさないように気をつけなければ。
例のお店は、相変わらず立派なたたずまいだった。ひとまず、閉店した、というオチはなくなった。
緊張の面持ちで店内に入るオレ。棚に8cmCDがあるのを見つけて、8cmCDを売るのはやめた、というオチもなくなった。オーケー、いい調子だ。
森高千里、もりたかちさと……。
呪詛のごとく胸中で呟くオレ。……。
結果的に、「渡良瀬橋」は見つからなかった。
どこかのあややファンが買っていったに違いなかった。
オレはソイツを見つけ出してぶん殴ってやりたかったが、良心がその思いを凌駕していてできなかった。というかそんなことをしたってなんの意味もないことを悟った。
後悔したってしょうがない。オレは前向きに考えた。縁が無かったのさ、と。
いい夢見させてもらいました。
という意味で、CDを3枚ほど買った。
もちろん、30円(税込み)だった。
語ったところでどうなるものでもないが、いっそ笑い話にしてやったほうが、この出来事も成仏してくれるに違いない。
オレは高専という意外とレベルの高い学校に通っている。よく人に「お前バカだな」と言われるから、受験に受かったのはマグレだったに違いない。1年のとき、前期末と後期中間のクラス順位が9番だったのも、きっとマグレだったのだ。
今思えば、その頃に使った幸運が不運となって引き起こされたのが、この出来事だったのかもしれない。
はじまりはあの日。……その忌まわしい日だった。
オレは、学生寮で平日を、自宅で休日を過ごす、という腰を落ちつけない生活をしている。いつもなら自転車で行き来するのだが、あいにくと今日は雨だ。このまま夕方まで止まなければ、不本意ながら親の車で寮に帰ることになりそうだ。
そんな心配は、嘲笑うかのように輝きはじめた太陽によって、杞憂となった。
今日はヒマだ、いつもと違うルートで帰るか。
いつもは田舎道を通って帰るが、その日は大きな国道を通ることにした。
寮の晩の食事を欠食にしていたから、祖母に晩メシ代わりの弁当を作らせる。寮まではざっと25キロ、時間にして約90分のキョリだから、荷物は少ないほうがいい。
オレはリュックを軽くするために、相当な厚着をした。夏であれば蒸し焼きだったろうが今は冬なので大丈夫だ。途中で店に寄っていろいろと物色したかったので、早めに家を出る。昼メシの直後だったが、腹は痛くならなかった。
昨日、親に金を貸したから、サイフには0円が入っている。キャッシュカードで金を引き落とせば買い物はできる。問題ナシ。
意気揚々と出発したオレだったが、やっぱりちょっとアツイ。厚着作戦、ビミョーに失敗。
しかしそれにしても、街中の道路を走るのはハズかしい。道で出会うみんな――歩行者も車に乗ってるやつも、はたまた偶然オレを視た人全部――が、オレを見てクスクス笑っているような気がしてならない。考えてみれば、今のオレはものすごく着膨れしているうえに、全身真っ黒で自転車も黒、そのくせ白い軍手をはめているという変質的なカッコウだった。失笑なら腐るほど買える。
そんなことを思っていると、目の前にポストが。郵便局、発見。
日曜日に開いているか疑問だったが、自動ドアはオレを受け入れてくれた。キャッシュコーナーを見つけて安堵する。これで金が手に入る。
オレは早速、いつもサイフを入れてあるコートの内ポケットに手をつっこんだ。
……な、ない。
オレはしばらく、何も入っていないポケットに手をつっこんだまま、何度も空気をつかんだ。
正直、焦っていた。
ひょっとして、リュックに……。
ちょっとテンパりながら、着替えのパンツやら、変なネタばかり書かれたメモ帳やらをリュックから取り出す。郵便局内には人がいたが、そんなことにかまっていられる余裕は、そのときのオレにはなかった。
よ~く探した結果、サイフはどこにも見当たらなかった。ガックシ。
すごすごと郵便局をあとにするオレ。たぶん、黒いオーラが出ていたと思う。
自分を自分で「この馬鹿」と卑下して再び出発。寮への道は、まだ長い。
サイフを忘れるなんて、『陽気なサザエさん』じゃあるまいし……、と胸中で呟くものの、あっちはアニメ、こっちは現実、大違いである。
すれ違ったこどもが笑い声を上げる。
あぁ、好きなだけ笑えよ、とオレ。
なかばやけになりながら、
こいでこいでこぎまくる。
ブンブンブンブン加速する。
どんどんどんどん疲れてく。
ぜえぜえはあはあ息切れる。
びゅんびゅんピューピュー風を切る。
ガタゴトガタゴト揺れながら。
そわそわおどおど挙動不審。
それはこのオレ、オレのこと。
やっぱりみんなが笑ってる。
オマエのカッコがダメなんだ。
なぜか冷静、つっこむオレ。
さてさてそろそろやめましょか。
オレのテンションは冷静なんかじゃなかった。おかしなポエムをつむぎだすほど狂っていた。
深い心の闇のなかで、そのポエムだけが白く浮かび上がっていた。
しかしオレは、自転車をこぎながら首をキョロキョロさせていた。金がないのを忘れたのか、オレは店を探していたのだ。
事故になりそうになってもキョロキョロをやめなかった。オレはひょいっと車をかわして、颯爽と走っていった。
そんなことをしながらも、オレは小さなリサイクルショップを見つけた。
小さいわりに、本・CD・ゲーム・カードなどを取り扱っており、なるほど広く浅くの精神か、と納得した。
オレはその店に入って数秒後に、パァ~っと心が晴れることになった。
8cmCD、発見!!
「はっせんちしーでぃー」というのは、今や「お宝.発見館」ですら見かけなくなった、幻のCDである。
オレには、「のちにハマることになったアーティストの8cmCDを見つけたのに、そのときは興味がなくて買わなかった」というニガイ経験があった。よって、
ナニがナンでも買ってやるぜぃ! と躍起になった。
値段を見てまたビックリ。なんと1枚10円だ。
幻のCDが10円……。
バイト1時間で70枚も買えてしまう。オレの心臓が早鐘を打つ。オレは自分の目と脳を疑った。
本当にそれは10という数字なのか? というか、これって夢なんじゃ……?
本当に夢であればどんなに良かったことか。
オレは早々と物色を開始した。そしてすぐに悪態をつきたくなる。
50音順に並べとかんかい、ワレ!? と。
なんとなく順番に並んでいるようであり、しかしバラバラに並んでいるのだ。その中途半端加減がよけいに憎い。
しかしそんなことはこの際どうでもいい。問題はオレの気に入るようなCDがあるか、ということだけだ。
さすがに、『氷川きよし』とかは無いな……。
オレは安堵した。演歌は今でも8cmCDでリリースされていたりする。並んでいるのはほとんど演歌でした、なんていうオチが待っているんじゃないかと危惧していたのだ。
しかしあれだな、タイトルを見てもどんな曲かさっぱり分からん……。
オレが音楽鑑賞を始めたのは2001年だった。そのころはもうすでに、8cmから今の12cmCDに切り替わっていたのだから、分からないのも当然である。
安室奈美恵とか河村隆一とかSPEEDとか、自分の好きなアーティストの曲でさえあまり分からない。
しかしあるとき、オレの目の動きがふっと止まった。
森高千里だ!
「もりたかちさと」というのは一昔前のアイドルで江口洋介の妻である。今活躍中のあややとかいうアイドルの事務所の先輩にあたる。
そんなことはどうでもいいが、そのあややは森高千里の持ち歌をカバーしてヒットさせてしまっているのだ。オリコンでトップ10にランクインしたし、オレの「これいいんでないの? ランキング」にもランクイン中である。
実を言うと、原曲はどんな感じなのだろうかと気になっていた。まさかこんな小さな店で巡り合うことになろうとは。しかもだ。
……あ、あった!!
なんとなんと、あややがカバーしてヒットさせた名曲「渡良瀬橋」が目の前にあったのである。まさかこんなみすぼらしくって汚ならしくってちっちゃなお店にあるなんて。アンビリーバボーですな。
オレは浮かれ気分でそれを手に取り、レジカウンターに行こうとして――やめる。
オレはバカか……。
忘れていた。金がない。その事実は相当に痛い。「10円ぽっち」という言葉を使うのがためらわれるほど、むなしかった。
そして、このときほど十円玉に感心したことはなかった。想像上の十円玉に、後光が見える。
オレには無理だが、十円玉なら「渡良瀬橋」をゲットできる。
オレは十円玉よりも値打ちがなかった。悲しいが、それが現実だった。
ともかくオレは、そのまま手の中のそれをポケットにつっこみ、退散したい気持ちにかられつつ、棚に戻して店を出た。
あれだけ、さんざんけなした店は、よく見ると素晴らしいお店だった。
自分で自分を「この悪魔め!」と罵って、自転車は出発した。
そこから寮までのキョリは10キロもないはずなのに、ひどく長くて憂鬱な道のりだった。
外気は寒かっただろうが、オレの心のほうが2分の3倍ほど寒かった。
寮に帰り着いて真っ先におこなったのは、ストレス発散ではなく、着替えだった。
汗がビッショリで心もビッショリだった。ストレスが溜まったというより、ただただ心は沈んでいた。コートを脱ぐと湯気が立ちそうな勢いだった。
しかしヘンだな、コートの下の下に着ていたフリースがなんがか固い。
………………。
オレは新しい自分を発見した。
今までちょっとおっちょこちょいだとは認識していたし、天然ボケなのも認めていた。甘かった。
オレはインターネットで掲示板デビューした時、「大ボケ新人」と名乗っていたが、「新人」は余計だった。本当の大ボケなのだ。
サイフありました~!$△※◎♪!………………
もう終わっていいですか。……ダメですか、はい分かりました。
とにかくオレは狂った。テンションは底を抜けて異次元へ突入した。
そこでは十円玉がしゃべって動いてジョークを言っていた。なんか知らんけど、その十円玉は寮の同室者と仕草が似ていた。
いや、よく見たら同室者本人だった。十円玉よりはるかに高い価値を有した高等動物だった。
正気に戻ったオレは、その日のことをネタにしようと思いついた。偶然にも、オレはホームページの管理人だったから、日記のネタにでもしようと考えたのだ。
というか、ネタにしないとミジメすぎて遣る瀬無い。
そんな思いから、端的に、出来事を箇条書きにしてまとめてみた。しかし、結局めんどくさくなってやめた。
数日後。
オレはとっくに立ち直っていた。しかし。
近くのキャッシングマシーンで試してみた結果、キャッシュカードが使えなくなっていることが判明した。カードを挿入口に入れた直後、「暗証番号が違います」と言われてつき返されてしまうのだ。
どうやらオレは、どうあがいたところでゲットできない運命にあったらしい。運命って残酷ですね。
また数日後。
オレはまだ「渡良瀬橋」ゲットを諦めていなかった。
今度こそ、という思いで雪辱戦スタートである。
オレは以前よりもかなり速いスピードで例の店へ向かった。向かい風がほとんどなく、自転車はスイスイ進んだ。良い兆候である。
しかし心は情熱の炎を弱めていった。前回と同じ状況になったせいで、心があの時のショックを思い出してしまったのだろう。
大丈夫。今日はちゃんと金を持って来た。50円。
8cmCDが5枚も買えてしまうスグレモノである。大金だ。落とさないように気をつけなければ。
例のお店は、相変わらず立派なたたずまいだった。ひとまず、閉店した、というオチはなくなった。
緊張の面持ちで店内に入るオレ。棚に8cmCDがあるのを見つけて、8cmCDを売るのはやめた、というオチもなくなった。オーケー、いい調子だ。
森高千里、もりたかちさと……。
呪詛のごとく胸中で呟くオレ。……。
結果的に、「渡良瀬橋」は見つからなかった。
どこかのあややファンが買っていったに違いなかった。
オレはソイツを見つけ出してぶん殴ってやりたかったが、良心がその思いを凌駕していてできなかった。というかそんなことをしたってなんの意味もないことを悟った。
後悔したってしょうがない。オレは前向きに考えた。縁が無かったのさ、と。
いい夢見させてもらいました。
という意味で、CDを3枚ほど買った。
もちろん、30円(税込み)だった。
と言ってもコレ、作り話でもなんでもなくて実際にあった出来事をそのまま書いただけのノンフィクションなんですけどね。
事実をそのまま書くという単純作業だったわけですが、それでも3時間以上かかりました。たぶん、5時間くらいかかってるんじゃないかな。
この体験をしたときは、とにかく悔しかったです。神の手の上で踊らされているような気分を味わいました。
ちなみに。
タイトルの『十円玉は仏様』というのは、あんまり深く考えないでください。思い付きです。「後光が見えた」とかなんという表現を使ったので、こういうタイトルになりました。
しかし、今の若い人って、後光という言葉、分かるんでしょうかね。ボクはいまいちよく分からなくて、辞書でしらべましたよ、つい最近。
もしわからなければ、あなたも調べてみて下さい。ボクが教えるのは簡単ですが、自分で調べるというのは大切な行為ですから。
……とかなんとか、偉そうなことを言っていますが、この小説、どうなんでしょうね。自信はないんです。そもそも、「小説」と言えるのか? って感じです。しかし、ノンフィクションという性質上、しかたないのかもしれません。って、ノンフィクション小説を読んだことはないのですが(苦笑)。
ノンフィクションというジャンルもそうなんですが、「ショートショート」という形式も初挑戦なんです。初挑戦×初挑戦というコンボです。
読みづらい・分かりづらいというのは多々あると思いますが、気にしてはいけません。素人ですから。
よろしければ、意見をお聞かせ下さい。今後の参考に致します。精進します。
しかし、テスト勉強せずにこんなもんを書いていたなんて……先生に知られたら減点されそうで怖いです(^^;;
変に凝った表現を多用しすぎだとご指摘を受けた。
それは自分でも分かっている。
でもちょっとやりすぎだな、と反省。
今フロッピーに打ち込んでいるやつは、もうちょっと読みやすいですよ、たぶん。