先週だったか、あきらさんに借りていたひひひ(日日日のこと。今後そう呼ぶことにした)の『アンダカの怪造学』1巻を読了した。
キャラとネーミングの個性にひたすら打ちのめされ、あれよあれよという間に、終わってしまった。
あまりいい意味ではない。
感想を一言で言い表すなら、「闇鍋」といったところか。いや、それよりも「ごった煮」のほうが近いかもしれない。
要するにゴチャゴチャしすぎているのである。ひひひのそのあまりある個性があんまり強いもんだから、私は読者として満足に読めなかった。暴れ馬に乗った気分。
ひひひはやはり、もっと真面目に「ぶんがく」をやっていればいいのではないか、と私は思う。
ひひひの個性はあれで文章が並みであれば、自爆してしまっていたのではないか、とさえ思う。非常に危うい、ひひひほどの器だからこそ許される暴挙のような気がした。
個性的といえば私はまず乙一氏を思い浮かべる。
しかし氏の場合、なんともヘンな設定のわりになぜかしっくりきてしまうという、不思議な現象が起こる。それがさも当然のような気がする。
同じ「個性的」でも、これは明らかな違いである。
ひひひの才能はおおかた認めよう。『ちーちゃん』は良かった! しかし……。
まだ私はひひひの作品を3作しか読んでいない。正当な評価をするには、まだ早いだろう。
話は小説から音楽の話に変ずる。
最近、私がハマっているアーティストは、岸本早未(きしもとはやみ)である。
今年に入ってからというもの、ずーっと(ほとんど)酒井ミキオだけを聴いて生活していたが、ようやくほかの素晴らしい才能を見つけた。
とはいっても、私は2003年、彼女がデビューした年から彼女のファンである。
しかし近年、金欠によりほとんどオアズケ状態になっていた。シングル5枚分の楽曲しか聴いていなかった。デビューの年、早々にファーストアルバムがリリースされたが、それも聴いていなかった。
とにかく貧乏のために1年以上新曲を聴いていなかった。ファンとしては手痛いブランクである。
そんな状態だった私は、先日の東京旅行である中古CD店に行った。いや、たまたま見つけて立ち寄っただけなのだが。
そこで11枚のCDを買った。
そのなかで最も私の心に響いたのが、岸本早未のファーストシングル「迷宮」だった。
酒井ミキオ大先生の作曲した楽曲が入っているということで島谷ひとみのアルバムも買ったのだが、ミキオ先生の曲以外は取るに足らなかった。
そもそも、岸本早未の歌う曲にはハズレがない。カップリング曲も素晴らしい出来のものが多い。
だから私は非常に期待してそのアルバムを聴いた。
正直な話、期待通りとは言いがたかった。
私の浅いJ-POPの知識では計り知れない珍曲が多かったからである。
しかしそれも、聴き込んでいくうちに印象を大きく変え、翌日には大変素晴らしい楽曲に聴こえるようになった。
やばい、岸本早未、最高! と思った。
(なんだか、ひひひの感想がただの前座になってしまっている感があるが、まぁ気にしないでほしい。悪気はない)
岸本早未という人の歌声は、天然セクシーと言える。
私の勝手な妄想だが、彼女はあまり自分の歌声がセクシーだと思っていないのではないか。ホントに勝手だが、そう思う。
ほとんど意識せずにそうなってしまっている、というナチュラル感があるのである。
もしくはこれは歌唱指導の先生の陰謀なのかもしれない。
「セクシーに歌って」
と、あからさまに注文せずに、
「あそこはこうこうこうでこうこうこうだからこうこうこうして歌ってみて」
と、さりげなく指導。当然、それがセクシーさを表現する歌唱法だとは悟られないように言葉を選んで伝える。
すると岸本早未自身は無自覚に、セクシーが表現できるというわけである。
いやでも違うな。それじゃ、「天然」とは言えない。
やはりスタッフも本人も知らずのうちにそうなってました、というのが正しいと思う。
と、勝手な妄想に勝手な結論をつけてみる私。
ともかく、岸本早未はいい。断然いい。たまらない。
……なんか変態の文章みたいになってしまった。鬱である。
これははやく帰って、このやるせない気分を早未ちゃんの歌声で癒してもらおう。うん。そうしよう……
キャラとネーミングの個性にひたすら打ちのめされ、あれよあれよという間に、終わってしまった。
あまりいい意味ではない。
感想を一言で言い表すなら、「闇鍋」といったところか。いや、それよりも「ごった煮」のほうが近いかもしれない。
要するにゴチャゴチャしすぎているのである。ひひひのそのあまりある個性があんまり強いもんだから、私は読者として満足に読めなかった。暴れ馬に乗った気分。
ひひひはやはり、もっと真面目に「ぶんがく」をやっていればいいのではないか、と私は思う。
ひひひの個性はあれで文章が並みであれば、自爆してしまっていたのではないか、とさえ思う。非常に危うい、ひひひほどの器だからこそ許される暴挙のような気がした。
個性的といえば私はまず乙一氏を思い浮かべる。
しかし氏の場合、なんともヘンな設定のわりになぜかしっくりきてしまうという、不思議な現象が起こる。それがさも当然のような気がする。
同じ「個性的」でも、これは明らかな違いである。
ひひひの才能はおおかた認めよう。『ちーちゃん』は良かった! しかし……。
まだ私はひひひの作品を3作しか読んでいない。正当な評価をするには、まだ早いだろう。
話は小説から音楽の話に変ずる。
最近、私がハマっているアーティストは、岸本早未(きしもとはやみ)である。
今年に入ってからというもの、ずーっと(ほとんど)酒井ミキオだけを聴いて生活していたが、ようやくほかの素晴らしい才能を見つけた。
とはいっても、私は2003年、彼女がデビューした年から彼女のファンである。
しかし近年、金欠によりほとんどオアズケ状態になっていた。シングル5枚分の楽曲しか聴いていなかった。デビューの年、早々にファーストアルバムがリリースされたが、それも聴いていなかった。
とにかく貧乏のために1年以上新曲を聴いていなかった。ファンとしては手痛いブランクである。
そんな状態だった私は、先日の東京旅行である中古CD店に行った。いや、たまたま見つけて立ち寄っただけなのだが。
そこで11枚のCDを買った。
そのなかで最も私の心に響いたのが、岸本早未のファーストシングル「迷宮」だった。
酒井ミキオ大先生の作曲した楽曲が入っているということで島谷ひとみのアルバムも買ったのだが、ミキオ先生の曲以外は取るに足らなかった。
そもそも、岸本早未の歌う曲にはハズレがない。カップリング曲も素晴らしい出来のものが多い。
だから私は非常に期待してそのアルバムを聴いた。
正直な話、期待通りとは言いがたかった。
私の浅いJ-POPの知識では計り知れない珍曲が多かったからである。
しかしそれも、聴き込んでいくうちに印象を大きく変え、翌日には大変素晴らしい楽曲に聴こえるようになった。
やばい、岸本早未、最高! と思った。
(なんだか、ひひひの感想がただの前座になってしまっている感があるが、まぁ気にしないでほしい。悪気はない)
岸本早未という人の歌声は、天然セクシーと言える。
私の勝手な妄想だが、彼女はあまり自分の歌声がセクシーだと思っていないのではないか。ホントに勝手だが、そう思う。
ほとんど意識せずにそうなってしまっている、というナチュラル感があるのである。
もしくはこれは歌唱指導の先生の陰謀なのかもしれない。
「セクシーに歌って」
と、あからさまに注文せずに、
「あそこはこうこうこうでこうこうこうだからこうこうこうして歌ってみて」
と、さりげなく指導。当然、それがセクシーさを表現する歌唱法だとは悟られないように言葉を選んで伝える。
すると岸本早未自身は無自覚に、セクシーが表現できるというわけである。
いやでも違うな。それじゃ、「天然」とは言えない。
やはりスタッフも本人も知らずのうちにそうなってました、というのが正しいと思う。
と、勝手な妄想に勝手な結論をつけてみる私。
ともかく、岸本早未はいい。断然いい。たまらない。
……なんか変態の文章みたいになってしまった。鬱である。
これははやく帰って、このやるせない気分を早未ちゃんの歌声で癒してもらおう。うん。そうしよう……
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