闇日記「ふろむだーく」 ２月６日

　オレはときどき、付き合いでカラオケに呼ばれる。なぜ呼ばれるのかは分からないが、断わるのは悪い気がしてとりあえずついて行く。
　しかしながら、オレという人間は貧乏であり、サイフには銅やアルミの硬貨が数枚あるのみである。だから毎回「金は無いぞ」と言うのだが、まるで義務であるかのように半分強引に連れて行かれる。
　先週の土曜日もそうだった。オレは数日前から機嫌の悪そうな素振りを見せており、カラオケにも行かないと言っていたが、少しのトラブルが起き、その罰ゲームをするためにカラオケに狩り出された。
　罰ゲームというのはつまりこうである。
　店員が部屋に案内する際に「お冷や、いっぱい下さい」と注文する。そして、ピッチャーで人数分のコップが来れば何もないが、もしもコップ１杯だけが来た場合、
「（沢山という意味で）いっぱーーい！　なんですけどぉ！？」
　と、レイザーラモンＨＧばりのジェスチャーで叫ばねばならない、というものだ。
　人間嫌い、人間不信、対人恐怖症であるオレにはつらすぎる刑だったが、責任を感じていたので甘んじて受けることにした。
　実際にはもちろんコップ１杯で来るはずもなく、オレは助かった。
「お冷やいっぱい」と言うときになぜか、左手の人差し指が立ちかけたのには、自分でも驚いた。死にたいのか？
　ここでカラオケの感想などを正直に書くとそのときのメンバーに怒られそうなので書かない。
　帰り道。三人でマクドナルドに寄った。
　オレに買えるのはゼロ円スマイルだけだったがもちろん買わなかった。てきとうに空いている席に座って、二人が注文を終えるのを待つ。
　厳密にいえば何も買わないオレは客ではなかった。だから空いているからといって席に座るのはずうずうしい行為である。そのことを周りの客たちが心の中で非難しているような気がして、息苦しくなった。
　オレはそもそも人気(ひとけ)のある場所が苦手なので初めから下を向いてじっと耐えていた。が、ふと視界のすみに動くものを見つけて意識を戻す。
　手だった。自分の左手が、震えていたのだ。
　そのことにますます動揺して、オレはいたたまれない気持ちに支配されそうになった。手の震えは力づくで抑え、滅入る心も気合いでなんとかした。こういう事態には慣れている。
　やがて二人が戻ってきて、少しばかり安堵する。これでオレは一応、客だ。そして二人のおかげで死角が増え、オレへの視線がいくらか遮られた。

　こんな調子なのでオレはひとりで人のいる場所には滅多にいかない。しかし群れるのも嫌いなので、誰かと街へ繰り出すことも滅多になく、結局ひきこもっているばかりだ。
　しかしながら、オレはまだ学生であり、学校に行かなければならない。
　無数の視線（多くはオレの思い込みである）にさらされてまで学校に行かなければならないのはつらすぎる。集団行動は地獄だ。
　学校だけじゃない。オレは金銭的理由から学生寮で暮らしている。これも集団行動。しかも、一人部屋ではないので終始誰かと一緒だ。
　平日はそのようにして、心がどんどんと擦り減っていく……。
　オレが毎週のように自宅に帰省するのは、そういった見えない重圧から逃げるためだ。週に一度、家に帰って、心の充電をして、また戻ってくる。
　しかし充電できずに戻ってきてしまうこともある。そのことについては割愛する。もうすでにこのブログのどこかで書いたからだ。
　しかし……考えてみると、オレの生活は苦しみの連続だ。よくも今まで平気な顔をしていられたと思う。
　いや。
　オレはすでに一度壊れかけたことがある。つい最近だ。あのときは酷かった。おかしな行動をしていた。狂っていた。いつもつけて離さない仮面がひび割れていた。周りの人間がかなり心配していた。しかしオレ自身は大丈夫だと言い張っていた。オレ自身に悟られぬよう、狂気が侵食しはじめていたのだろう。
　しかしオレは助かった。救ったのはメル友だった。だから彼女はオレにとって女神に等しい。感謝している。
（つづき……はない）