昨日、大阪の会社には、舌が痛いことを理由に出勤しなかった。
なのに今日は、別に舌の痛みがひいたわけでもないのに、大阪行けの電車に乗っている。
無論、会社に行くわけではなく、学生時代の友人に会いにゆくのだけれど。
彼に貸したままになっている本を回収しなければならない。そのついでに会うというだけの話だ。
彼はいまだ学生生活を続けている。いわく、まだ仕事をしたくない、らしい。
ボクは彼がどんな学校に通っているのかさえ知らないけれど、本の貸し借りをするていどには仲が良かった。
自分の住んでいる寮の最寄り駅から電車に乗った。途中までは会社に行くのと同じ電車だった。
駅のホームに女子高生がいた。後ろ姿を見る限りは美人のように見える。たいていの女性は後ろ姿が美人なものだが、ボクはその娘の後方、少し距離を置いて電車を待った。
青いブラウスにヒラヒラのないチェック柄の、少々短いスカート。紺のソックスには小さく赤い刺繍があった。テニスラケットのバッグだろうか、プリンス(もちろん実際はアルファベット表記だ)というロゴがプリントされたものだった。バッグは分厚く、ラケット以外にもなにかを入れておける余裕があった。
電車が来て、車体にその娘の姿が薄く映る。
ハッとした。
はっきりと見たわけではなく、ただちらっと盗み見ただけだけれど。
すごく、綺麗だった。
だからボクは、慌てて顔を逸らした。恥ずかしかったのだ。
扉が開き、その娘が乗る様子を目で追いながら自分も電車に乗る。
上下階に席が別れている車両の、彼女は下に入っていく。ボクはいくばくかの罪悪感にかられつつ、それを追わずにいられなかった。
都合よく、その娘が座った席の、通路をはさんだ隣りの席があいていたので、そこに乗る。彼女の席はボクの左側に位置していた。
ボクは今、ストーカー行為をしているのだ。
その罪の意識が頭の周囲をまわっているようだった。
それなのにボクは、通路を隔てた向こうにいる彼女をちらちらと見てしまうのだった。
といっても小心者であるボクは、彼女にさとられないように、顔は前に向けたまま、視界の隅に映るスカートと脚を見ていた。しかしプリンスのラケットバッグ邪魔でほとんど見えない。だからボクは、ときどき、窓の外の景色を見るふりをして、彼女の顔を瞬間だけ視界に入れた。
最初のうち、その娘は左斜めを向いており、ボクの方からは顔が見えなかった。しかし彼女がケータイをつつき始めると、横顔が見えるようになった。
横顔だけで美人かどうか判断するのは、ボクの経験上、無駄だとは知っていた。だけどそのときのボクには、それしか判断材料がなかったのだ。彼女の横顔は、かわいかった。あまり機嫌の良さそうにない、拗ねたような顔ではあったけれど、すごく良い感じがした。
さすがに怖くなってきて(ボクは女のコと視線が合うのがヒドく怖い)、左側の窓を見るのはやめた。
左の肘掛けに肘をついて、頬杖をついてただ前方に視線を向けておく。ただし心の目だけは彼女のほうに向けていた。ボクはずっと、その娘を意識していた。
これはボクの都合のいい妄想かもしれないけれど、彼女もボクの方を少し意識しているような気がした。
ボクの方をちらっと伺う彼女……
いや、妄想かな……
そうやって彼女を意識しなが見ないでいる状態がしばらく続いた。
そして駅に着くというアナウンスが鳴る。
視界の隅に、彼女が立ち上がるのが見えた。
駅に到着。
もしも、彼女の顔を見られるとしたら、目の前を通り過ぎるその一瞬しかないだろう……
ボクは立ち上がり歩き始める彼女の顔を視界に捕らえようとした。
が、ふいに彼女がこちらを向き、反射的にボクは固まる。
メガネがずれて彼女と目が合わなかった。顔もぼけた視界の中にあり、見えなかった。
一瞬、そのまま時が止まったような気がした。
なぜ彼女はこっちを向いたのだろうか……
彼女が顔の向きを変えたので、今度こそと思い彼女の顔のほうに視線を向け──ようとした時。
再び彼女がこっちを見た。
また反射的に、合いそうだった視線をずらし焦点をぼかすボク。
そして彼女は、そのまま去って行った。
彼女の後ろ姿が壁に遮られて見えなくなる。
それが、ボクと彼女の、永遠の別れだった。
なのに今日は、別に舌の痛みがひいたわけでもないのに、大阪行けの電車に乗っている。
無論、会社に行くわけではなく、学生時代の友人に会いにゆくのだけれど。
彼に貸したままになっている本を回収しなければならない。そのついでに会うというだけの話だ。
彼はいまだ学生生活を続けている。いわく、まだ仕事をしたくない、らしい。
ボクは彼がどんな学校に通っているのかさえ知らないけれど、本の貸し借りをするていどには仲が良かった。
自分の住んでいる寮の最寄り駅から電車に乗った。途中までは会社に行くのと同じ電車だった。
駅のホームに女子高生がいた。後ろ姿を見る限りは美人のように見える。たいていの女性は後ろ姿が美人なものだが、ボクはその娘の後方、少し距離を置いて電車を待った。
青いブラウスにヒラヒラのないチェック柄の、少々短いスカート。紺のソックスには小さく赤い刺繍があった。テニスラケットのバッグだろうか、プリンス(もちろん実際はアルファベット表記だ)というロゴがプリントされたものだった。バッグは分厚く、ラケット以外にもなにかを入れておける余裕があった。
電車が来て、車体にその娘の姿が薄く映る。
ハッとした。
はっきりと見たわけではなく、ただちらっと盗み見ただけだけれど。
すごく、綺麗だった。
だからボクは、慌てて顔を逸らした。恥ずかしかったのだ。
扉が開き、その娘が乗る様子を目で追いながら自分も電車に乗る。
上下階に席が別れている車両の、彼女は下に入っていく。ボクはいくばくかの罪悪感にかられつつ、それを追わずにいられなかった。
都合よく、その娘が座った席の、通路をはさんだ隣りの席があいていたので、そこに乗る。彼女の席はボクの左側に位置していた。
ボクは今、ストーカー行為をしているのだ。
その罪の意識が頭の周囲をまわっているようだった。
それなのにボクは、通路を隔てた向こうにいる彼女をちらちらと見てしまうのだった。
といっても小心者であるボクは、彼女にさとられないように、顔は前に向けたまま、視界の隅に映るスカートと脚を見ていた。しかしプリンスのラケットバッグ邪魔でほとんど見えない。だからボクは、ときどき、窓の外の景色を見るふりをして、彼女の顔を瞬間だけ視界に入れた。
最初のうち、その娘は左斜めを向いており、ボクの方からは顔が見えなかった。しかし彼女がケータイをつつき始めると、横顔が見えるようになった。
横顔だけで美人かどうか判断するのは、ボクの経験上、無駄だとは知っていた。だけどそのときのボクには、それしか判断材料がなかったのだ。彼女の横顔は、かわいかった。あまり機嫌の良さそうにない、拗ねたような顔ではあったけれど、すごく良い感じがした。
さすがに怖くなってきて(ボクは女のコと視線が合うのがヒドく怖い)、左側の窓を見るのはやめた。
左の肘掛けに肘をついて、頬杖をついてただ前方に視線を向けておく。ただし心の目だけは彼女のほうに向けていた。ボクはずっと、その娘を意識していた。
これはボクの都合のいい妄想かもしれないけれど、彼女もボクの方を少し意識しているような気がした。
ボクの方をちらっと伺う彼女……
いや、妄想かな……
そうやって彼女を意識しなが見ないでいる状態がしばらく続いた。
そして駅に着くというアナウンスが鳴る。
視界の隅に、彼女が立ち上がるのが見えた。
駅に到着。
もしも、彼女の顔を見られるとしたら、目の前を通り過ぎるその一瞬しかないだろう……
ボクは立ち上がり歩き始める彼女の顔を視界に捕らえようとした。
が、ふいに彼女がこちらを向き、反射的にボクは固まる。
メガネがずれて彼女と目が合わなかった。顔もぼけた視界の中にあり、見えなかった。
一瞬、そのまま時が止まったような気がした。
なぜ彼女はこっちを向いたのだろうか……
彼女が顔の向きを変えたので、今度こそと思い彼女の顔のほうに視線を向け──ようとした時。
再び彼女がこっちを見た。
また反射的に、合いそうだった視線をずらし焦点をぼかすボク。
そして彼女は、そのまま去って行った。
彼女の後ろ姿が壁に遮られて見えなくなる。
それが、ボクと彼女の、永遠の別れだった。
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