健康食品№1 「小田原名産 精選白梅干」

「医者を殺すにゃ刃物は要らぬ。一日一粒の梅干があればいい」との諺があります。梅干で健康を得たい方の為のページ。

古稀庵 (小田原市)

2017-12-05 16:55:07 | Weblog
 古稀庵 は、1907(明治40年)年山縣有朋が数え70歳(古稀)の時
小田原に設けた別邸です。以来1922年(大正11年)亡くなるまで在
住しました。現在はあいおい保険小田原研修所になっています。

 山縣は、伊藤博文に次いで二代目内閣総理大臣でしたが、日清・
日露戦争を勝利した軍人であり、大日本帝国陸軍設立の立役者でも
あった。

 伊藤が性格が明るい人気者であったのに対して、山縣は暗いイメ
ージで評価がよろしくない。勲章をいっぱい着けた軍服姿がそうさ
せるのでしょうか?「栄華を極めたソロモン王でも野に咲く花程に
は着飾ってはいない」と、聖書にあります。

 現在、三代目・四代目の政治家が多く見られる中で、一代の師表
であった山縣を、NHK ラジオ深夜便では評価していた。 「山縣が
生きていたら太平洋戦争は起こらなかったであろう」と昭和天皇も
評価されていた。

 県立小田原高校の体育館に「至誠無息」と書かれた山縣の額が掲
げてあります。私もそう思います。    小田原梅干し

 山縣有朋自筆の「古稀庵」の額が掲げられている古稀庵の門(写
真)はウィキペディアより借用している。
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