歴史だより

東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

≪漢文の文章~菊地隆雄『漢文必携』より≫

2023-12-03 18:00:07 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪漢文の文章~菊地隆雄『漢文必携』より≫
(2023年12月3日投稿)

【はじめに】


 今回のブログでは、次の副教材から、漢文の文章をみてゆきたい。
〇菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]
 目次を参照してもらえばわかるように、「【読解編】2 読解へのステップ、①故事・寓話 ②漢詩 ③史伝 ④思想 ⑤文章」に収められた文章である。

具体的な作品としては、次のものである。
①故事・寓話~五雑組・事部四
②漢詩~杜甫の「曲江」
③史伝~史記・刺客列伝 
④思想~孟子・梁恵王上 
⑤文章~王安石「読孟嘗君伝」

数多くの漢文の文章に接して、漢文の句形や内容を知ってほしい。
(返り点は入力の都合上、省略した。白文および書き下し文から、返り点は推測してほしい。)



【菊地隆雄ほか『漢文必携』(桐原書店)はこちらから】
菊地隆雄ほか『漢文必携』(桐原書店)







〇菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]
【目次】
本書の特色・凡例
【基礎編】
1 漢文とは何か
2 漢語の構造
3 訓読のしかた
4 書き下し文
5 再読文字
6 返読文字
7 漢文特有の構造
8 漢文の読み方

【句形編】
1 単純な否定形・禁止形
2 部分否定形
3 二重否定形
4 疑問形
5 反語形
6 詠嘆形
7 使役形
8 受身形
9 仮定形
10 限定形
11 累加形
12 比較形
13 選択形
14 比況形
15 抑揚形
16 願望形
17 倒置形

【語彙編】
・<あ>悪・安~<わ>或
・「いフ」と読む字
・「つひニ」と読む字
・「すなはチ」と読む字
・「また」「まタ」と読む字
・繰り返し読む副詞
・所謂(いはゆる)など
・以是(これをもつて)など

【読解編】
1 構文から読解へ
2 読解へのステップ
 ①故事・寓話 ②漢詩 ③史伝 ④思想 ⑤文章

【資料編】
1 漢詩の修辞
2 史伝のエピソード
3 思想
4 文学
5 故事成語
6 漢文常識語





さて、今回の執筆項目は次のようになる。


①故事・寓話~五雑組・事部四
②漢詩~杜甫の「曲江」
③史伝~史記・刺客列伝 
④思想~孟子・梁恵王上 
⑤文章~王安石「読孟嘗君伝」







①故事・寓話~五雑組・事部四


2 読解へのステップ(162頁~170頁)
〇さまざまなジャンルの漢文を、句形や語彙、さらに主な構文に注意して、実際に読み解いてみよう。

①故事・寓話
〇「故事」とは、後世の言葉の起源になっている昔の事柄や物語をいい、「寓話」は教訓を含んだ「たとえ話」をいう。
 寓話には、当時の社会や生活の実態が生き生きと描かれている。そうした意味では、寓話は第一級品の資料である。

〇次の話は、実は、仕官したいと願いながら、その野心を隠そうとする人々を風刺した寓話なのである。

 有窮書生。欲食饅頭。計無従得。
一日見市肆有列而鬻者。輒大叫
仆地。主人驚問。曰、「吾畏饅頭。」主人
曰、「安有是。」乃設饅頭百枚置空室
中、閉之伺於外、寂不聞声。穴壁窺
之、則食過半矣。亟開門詰其故。曰、
「吾今日見此、忽自不畏。」主人知其
詐、怒叱曰、「若尚有畏乎。」曰、「更畏臘
茶両椀爾。」
<五雑組(ござっそ)・事部四>


【語句】
・窮書生―貧しい学生。科挙の試験勉強中の若者。
・市肆(しし)―店。
・鬻(ひさ)グ―売る。
・亟(すみ)ヤカニ―さっと。
・臘茶(らふちゃ)―福建省の銘茶。

【書き下し文】
窮書生(きゅうしょせい)有り。饅頭を食(く)らはんと欲す。計るに従りて得る無し。一日(いちじつ)市肆に列(なら)べて鬻ぐ者有るを見る。輒ち大いに叫びて地に仆(たふ)る。主人驚いて問ふ。曰はく、「吾饅頭を畏る。」と。主人曰はく、「安くんぞ是れ有らん。」と。乃ち饅頭百枚を設けて空室の中に置き、之を閉ぢて外より伺へば、寂(せき)として声を聞かず。壁に穴して之を窺(うかが)へば、則ち食らふこと半ばを過ぐ。亟やかに門を開きて其の故を詰ふ。曰はく、「吾今日此を見るに、忽(たちま)ち自づから畏れず。」と。主人其の詐(いつは)りを知りて、怒り叱(しつ)して曰はく、「若(なんぢ)尚ほ畏るるもの有りや。」と。曰はく、「更に臘
茶(らふちゃ)両椀を畏るるのみ。」と。




②漢詩~杜甫の「曲江」


②漢詩
〇「漢詩」には、厳格な規則に従って作られる「近代詩」と、それ以外の「古体詩」がある。
 この二つの形式に共通しているのは、韻を踏むこと。
・七言の詩は、大きく四・三に切って読み、前半の四はさらに二・二に分けて読まれることが多い。そして、律詩は二句(聯)ワンセットで意味をとっている。この点に注意して読んでみよう。

 曲江  杜甫
一片花飛減却春
風飄万点正愁人
且看欲尽花経眼
莫厭傷多酒入脣
江上小堂巣翡翠
苑辺高塚臥麒麟
細推物理須行楽
何用浮名絆此身
 
【語句】
・減却―減らす。「却」は動詞の後に付けて、動作の完成を表す。
・万点―無数の花びら。
・且―まあまあとりあえず。
・傷多―多すぎる。「傷」は「過」の唐代口語的表現。
・苑辺―曲江の西南にあった離宮芙蓉(ふよう)苑の辺り。
・臥麒麟―麒麟の石像が倒れていること。石像は墓道の両側に立っていた。麒麟は想像上の動物。
・何用―反語。どうして必要があろう。
・浮名―はかない名声
・絆―つなぎとめる

【書き下し文】
一片花飛びて春を減却し
風は万点(ばんてん)を飄(ひるがへ)して正に人を愁(うれ)へしむ
且(しばら)く看ん尽きんと欲する花の眼を経るを
厭(いと)ふ莫かれ多きに傷(いた)む酒の脣(くちびる)に入るを
江上の小堂に翡翠巣くひ
苑辺の高塚(かうちょう)に麒麟臥(ぐわ)す
細かに物理を推すに須(すべか)らく行楽すべし
何ぞ用ひん浮名もて此の身を絆(ほだ)すを



③史伝~史記・刺客列伝


③史伝
〇「史伝」とは、歴史書や個人の伝記をいう。代表的なものは、各王朝の『正史』。
 中でも「本紀」と「列伝」が、その柱となる。
・史伝には小説に勝るとも劣らないドラマチックな場面が数多く見られる。
 この文章は、秦の宮殿における謁見の場面である。荊軻(けいか)と秦舞陽が、土産物を持って参上する。二人は燕の太子丹に遣わされた剣客だった。
 手に汗を握る「史記」の名場面の一つである。

秦王謂軻曰、「取舞陽所持地図。」
軻既取図奏之。秦王発図。図窮而
匕首見。因左手把秦王之袖、而右
手持匕首揕之。未至身。秦王驚自
引而起。袖絶。抜剣。剣長。操其室。時
惶急剣堅。故不可立抜。荊軻逐秦
王。秦王環柱而走。群臣皆愕。卒起
不意尽失其度。
<史記・刺客列伝>

【語句】
・秦王―のちの始皇帝。
・匕首(ひしゅ)―短剣。太子丹がやっと求めた名剣で、毒薬をしこんであり、少しでも切られれば立ちどころに死ぬというもの。
・揕(さ)ス―刺す。
・惶急(くわうきふ)―恐れあわてる。

【書き下し文】
秦王軻に謂ひて曰はく、「舞陽の持つ所の地図を取れ。」と。軻既に図を取りて之を奏す。秦王図を発(ひら)く。図窮(きは)まりて匕首(ひしゅ)見(あらは)る。因りて左手もて秦王の袖を把(と)り、右手もて匕首を持ちて之を揕(さ)す。未だ身に至らず。秦王驚き自ら引きて起つ。袖絶つ。剣を抜かんとす。剣長し。其の室を操(と)る。時に惶急して剣堅し。故に立ちどころに抜くべからず。荊軻秦王を逐(お)ふ。秦王柱を環(めぐ)りて走(に)ぐ。群臣皆愕(おどろ)く。卒(にはか)に意(おも)はざること起これば尽く其の度を失ふ。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、166頁~167頁)



④思想~孟子・梁恵王上


④思想
〇「思想」の主なものは、春秋・戦国時代に出そろっている。「諸子百家」といわれる思想家がその担い手で、中でも儒家がその代表格。
・人を説得するのは難しいものである。ただひたすら正論を吐いていれば、それでうまくいくというものではない。では儒家の代表である孟子は、どのようにして王を説得したのだろうか。

(孟子)曰、「有復於王者。曰、『吾力足
以挙百鈞、而不足以挙一羽。明足
以察秋毫之末、而不見輿薪。』則王
許之乎。」曰、「否。」「今、恩足以及禽獣、而
功不至於百姓者、独何与。然則一
羽之不挙、為不用力焉。輿薪之不
見、為不用明焉。百姓之不見保、為
不用恩焉。故王之不王、不為也。非
不能也。」
<孟子・梁恵王上>

【語句】
・復―申し上げる。
・百鈞―周代の1鈞(30斤)は、7.68キログラム。
・明―視力。
・秋毫之末―秋になって先の細くなった獣の毛の先端。一説に毛が抜け落ち秋になって生えかわった細い毛の先端ともいう。ここではきわめて細いものやわずかなもののたとえとして用いられている。
・輿薪―車にたくさん積みあげられた薪。
・百姓―庶民。人民。官についていない人々のこと。


【書き下し文】
(孟子)曰はく、「王に復す者有り。曰はく、『吾が力は以て百鈞(ひゃくきん)を挙ぐるに足るも、以て一羽を挙ぐるに足らず。明は以て秋毫の末を察するに足るも、輿薪(よしん)を見ず。』と。則ち王之を許すか。」と。曰はく、「否。」と。「今、恩は以て禽獣に及ぶに足るも、功は百姓(ひゃくせい)に至らざるは、独り何ぞや。然らば則ち一羽の挙がらざるは、力を用ひざるが為(ため)なり。輿薪の見えざるは、明を用ひざるが為なり。百姓の保んぜられざるは、恩を用ひざるが為なり。故に王の王たらざるは、為さざるなり。能はざるに非ざるなり。」と。

【注目すべき点】
※孟子をはじめとして、各地の王を説いて回る遊説家といわれる人々は、巧みな比喩を用いる。
 百鈞の重さのもの(きわめて重いもの)を持ち上げられるのに、1枚の羽を持ち上げられない、先の細い毛を見分けることができるのに、薪が見えない、こんなことを王はお認めになりますか?
 孟子の言葉は、具体的でわかりやすく、しかも反論の余地がない。
「Aができるのに(それより簡単な)Bができない(のは変だ)」=「Aができるなら、当然Bができるはず」という論理である。

・次にこの論理を応用して、本題に入る。
 王の恩愛が鳥や獣にまで及んでいるのに、人民に及ばないのは、いったいどうしてでしょうか。
 孟子の言葉は鋭く王に迫る。
 1枚の羽が挙がらないのは「力」を、薪が見えないのは「視力」を、人民が安心して生活できないのは「王の恩愛」を用いないからです。
※このたたみかける文章の文末「焉」は、「断定」の強い語気を表し、孟子の自信に満ちた様子がうかがえる。

 最後にとどめを刺す。
 王が真の王でないのは、やらないからです、できないからではありません。
※この孟子の言葉には、「対句的な表現」が何度も使われている。
 たたみかける切れ味鋭い孟子の舌鋒は、「対句」の働きによって生まれている。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、168頁~169頁)



⑤文章~王安石「読孟嘗君伝」


⑤文章
〇「文章」は単に「文」といい、修飾に重きをおいたもの(「駢文(べんぶん)」など)と、実(中身)に重きをおいたもの(「古文」など)がある。
 世に伝わる有名な話に独自の見解を示し、人々の目を開かせる、これも文章家の大切な役割である。いったん広まって定着した話に異を唱えることは、容易なことではないからである。
 秦につかまって殺されそうになった孟嘗君を救うために、狗盗(くとう)が貴重な皮衣を盗み出して孟嘗君出獄の賄賂とし、鶏鳴が未明に逃げる孟嘗君一行の関所通過に力を発揮する。誰もが知っている「鶏鳴狗盗」の話であるが、古文復興運動の雄、王安石はこれを真っ向から批判を加える。

 世皆称、「孟嘗君能得士。士以故
帰之。而卒頼其力、以脱於虎豹之
秦。」
 嗟乎、孟嘗君特鶏鳴狗盗之雄
耳。豈足以言得士。不然、擅斉之強、
得一士焉、宜可以南面而制秦。尚
何取鶏鳴狗盗之力哉。
 夫鶏鳴狗盗之出其門、此士之
所以不至也。
<王安石「読孟嘗君伝」>

【語句】
・孟嘗君―戦国時代の斉の公子(王族)。三千人もの食客を抱えていたといわれる。
・士―ここでは、単に大夫の次に位する階級上の士としてではなく、事柄を処理する能力のある優れた人物の意。
・鶏鳴狗盗―鶏の鳴きまねのうまい男と、犬のように巧みにしのび込み物を盗む男。二人とも孟嘗君の食客。
・南面―南を向いて座る支配者をいう。ここでは、「秦」を制圧するということなので、諸侯の長、つまり「覇者」を指す。

【書き下し文】
世皆称す、「孟嘗君は能く士を得たり。士故を以て之に帰す。而(しかう)して卒(つひ)に其の力に頼(よ)りて、以て虎豹(こへう)の秦より脱す。」と。
 嗟乎(ああ)、孟嘗君は特(た)だ鶏鳴狗盗の雄のみ。豈に以て士を得たりと言ふに足らんや。然(しか)らずんば、斉の強を擅(ほしいまま)にして、一士を得ば、宜(よろしく)以て南面して秦を制すべし。尚(な)ほ何ぞ鶏鳴狗盗の力を取らんや。
 夫れ鶏鳴狗盗の其の門に出づるは、此れ士の至らざりし所以なり。

※世の人々は、孟嘗君が優秀な人材を集めていたからこそ、その力を利用し、虎や豹のような恐ろしい秦から脱出することができたといいます。
 本当でしょうか?
 いいえ、孟嘗君は、「鶏鳴」や「狗盗」という取るに足らない食客のボスであるだけです。
※「嗟乎」という語から、「違う、違う、まるっきり見当はずれだ」という王安石の気持ちがうかがえるという。
 どうして優れた人物を得たなどといえましょう。もし本当に優れた人物を集めていたのであれば、斉の強大な力を使い、諸侯の覇者として秦を制圧できたことでしょう。正攻法で十分、「鶏鳴」や「狗盗」などの力は必要なかったというのである。
 そもそも、変な食客の活躍こそ、まともな人物が集まらなかった証(あかし)、と断じる。痛烈な批判である。

※本来「宜」は「よろシク―ベシ」と再読するが、「可シ」が「宜」の直後にあるので、「宜」の「ベシ」は省略して読まないという。
 また、ここでは、「宜」は、通常の「―するのがよい」の意ではなく、「―するだろう、―でしょう」という推量の意で用いられている。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、170頁~171頁)
 



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