キース・ジャレット「カーネギーホール・コンサート」を聴いて。 . . . 本文を読む
扉が開かない
そのむこうがわの
がらんどうの部屋に
食い散らかした小骨を
片付けにいきたいのに
どうにも開かないのです
いま ぼくは湿気た土埃を
壁から吸い込むので
胸が重くてつかえて
びっしりとかびているようで
とても苦しいのです
この部屋の向こうの
緑色の空気だって
錆付いた銅の粉なのですから
大した違いはないのです
けれど
あちらに水盤を残してきたのです
きらきらしている . . . 本文を読む
ゲーテ「ウェルテル」を読みかえして
ヘンレ版のパルティータの楽譜を開き
第6番のトッカータを指に映したとき
終わった、と口にしたまま
がくり、とうなだれて動けなくなった
やがて 自分が自分でなくなり
離脱していくような感覚に
全身がこわばり
どうしていいかわからなくなり
虚脱したまま 奇行への衝動に苛まれたまま
嵐が過ぎ去るのを待った
3時間がたっていた
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Ivan Lins、Keith Jarrett、Ravel、を聴き
張り裂けるようにして
すがるようにして
弾き始めた音の
そのあまりの醜さ
技巧を置き去りにする音の流砂が
頭蓋の奥底の漏斗の中心へと沈み込むとき
感傷との紙一重の差で
紙で手を切るようにして
痛みを残す
取り残されるものの音
見送るものの音
孤独のなか だれひとり 聞き手のない音
狂い 獰猛に鍵盤を掻き毟り . . . 本文を読む
三木清「人生論ノート」を、10年の年月を経て
再読していて、
ふと、当時交際していた彼女の、純朴でありながらも
どこか愁いを帯びていた二重の眼の光が
唐突に消された灯りが目蓋に淡く残照するようにして
ふ、と蘇った。
文字を読み取る僕の視線のカートリッジにひっかかり、
ぷつりと流れを寸断する、レコード盤の埃のように。
こころの縫い目が、むず痒い。
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死せる珊瑚を手にとって
掌のなかで掻き混ぜると
生命の破片の音は 針となって
切ない切ない糸を使って
鼓膜に瑠璃の海を刺繍した
風は竹林をおおきく靡かせる
ぼくは部屋の窓から頭を出して
じっともぎ取られるのを待った
竪琴を弾けぬオルフェウスのように
波動に揉まれ 反復される生成を
貝殻のなかのぼくの死のなかで
蜂蜜のように味わうために
ふと視線を落とすと
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ラヴェル、リストを4時間ほど弾いて過ごし、
あとは、何もしていない。
旅する知らせのみが、届く。
ぼくも、音楽に疲れているのだろうか。
鍵盤に触れたのが、東京で弾いたスタインウェイ以来、
10日ぶりのこと。
「溜息」をなぞるうち、せつなさだけが募る。
「パヴァーヌ」を辿るうち、会いたくもなる。
叶うか、否か。 . . . 本文を読む