白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

糸水銀の針の雨

2006-02-22 | 純粋創作
糸水銀の針の雨 降りしきる 糸水銀の針の雨 降りしきる 大宇宙の銅盤へ 糸水銀の針の雨 降りしきる 捲れあがる天蓋の傘へ 緋色の羅針が 剥がれ落ちる 糸水銀の針の雨 降りしきる 墜落するアンドロメダへ 碧玉の十字架上から 花火するペルセウスへ あの忌まわしき 破裂した朝 結界の化粧を 破るように 落下する 大星雲 . . . 本文を読む

意識の貝殻 2

2006-02-16 | 哲学・評論的に、思うこと
まず、ことばにできるものについてみてみよう。 ヴォルテールは、人間は自分の考えていることを隠すために ことばを使うのだ、と述べた。 それは、ことばの使い手の正体が白日の下にさらされた状態、 いわば、まるはだかの自己の意識を、 ことばによって服を着せることで隠蔽し、 自分を食い破ろうとする外敵の侵入を拒むために ことばが生まれたということを意味する。 ことばこそが「個別な人格」を生むのは疑 . . . 本文を読む

意識の貝殻 3

2006-02-16 | 哲学・評論的に、思うこと
先に述べたように、ブログというメディアは 書き手を透かして見せるのにとても有用なものだが、 日本のブログの殆どは、個人の日記として書かれていて、 書き手が、自分が誰であるか知られていることを前提に 文章を書いている。 実は、日本のブログのアイデンティティはまさに、 「自分のことを読み手が知っている」ことに 委ねられている。 日本において、ブログの目的のほとんどは、 書き手と読者の両方が参 . . . 本文を読む

意識の貝殻 4

2006-02-16 | 哲学・評論的に、思うこと
まとめ。 ブログというメディアにおいては、書き手自身が 自らの意識の働き方をあらかじめ決めている。 そして、書き手自身が常に読み手の視点を保ちながら、 自分の文章の「行間」を、まるで他人のものを読むように 意識出来るようにもなっている。 スタイルシートによって書き手の意識の働き方について 一定の規制をかけると同時に、 書き手の無意識の働きをも表示することが出来るという点で、 ブログの、表 . . . 本文を読む