京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

あなたの物語です

2022年04月03日 | こんな本も読んでみた
人はさまざまに生きて、さまざまに終わっていく。
乙川優三朗作品2冊目として、九つの人生が描かれた短編集『NINE STORIESナインストーリーズ』を読んでみた。再読、作品によっては再々読してしまった。


自分一人の人生を謳歌して家族に苦しみを残した国枝の葬儀の場面が描かれた「蟹工船なんて知らない」。一人のまま死にたくないと結婚を考える船岡は、ずっと他人のために自分は傷つきたくないと生きてきた(「六杯目のワイン」)。

60年近い付き合いがある友人が入院を控え、その手伝いに訪れた千賀子。生活苦を知らない人間の我儘にあふれる静子への目線が鋭い「パシフィック・リゾート」。
〈他人と関わることをしない女は甘い気がする〉〈自己本位の人生の脆さを味わうべき〉〈同じ時代を生きる他人の現実を知るべき〉の思いで様々に諭す。〈自分一人の幸福を求めて終わる一生はちっぽけ過ぎて虚しい〉という千賀子の思いは、他の作品でも随所に読み取れた。


小さな業界新聞社で働く村井が、行きつけのバーでシェーカーを振る量子の転身を温かく見守りつつ、自身のこれからにも〈歩く道を変えてもいいような気〉になる「闘いは始まっている」。

人生、困難も悩みの種もさまざまに尽きないけれど、それを乗り越える道も開けてあることを、村井さんがんばれと思いながら私自身も最後まで心していたいと思わされた、とても好きな作品だった。
どんな人生にも眼差しを深くし、慰めがあり救いがあった。そして『あの春がゆき、この夏が来て』と同様、文章がやたらしっくり私に馴染む。すっかり魅せられました。
コメント
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