京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

白仏

2022年04月28日 | こんな本も読んでみた
筑紫平野の端、筑後川に浮かぶ大野島に生まれた稔。家族や初恋の女性、幼馴染みの死を見つめ、徴兵でシベリアに出兵した折の、瀕死のロシア兵にとどめを刺すという体験の罪悪感を時によみがえらせて生きている。
人が生きる意味を考え続けた稔は、島の無縁仏や散乱した骨も合わせ、過去に生きた人も未来に生きる人もみんな一つになる一体の骨仏を作ろうと思い立った。
人それぞれの思惑、立場、誇り一切を飲み込んで、島民すべての骨で。墓を掘り起こし、骨を集め、それを粉々にして仏を作る。

着想に理解を示した寺の和尚は「俱会一処(ぐえいっしょ)」の言葉を引いて、志を遂げたらよいと励ます。
― 人間は貧しか者も富む者も本来みんな一緒。世の中のくだらない決まりや価値感を越えて人間の存在は一つっちゅうことを意味するたい。

昨日まで無縁だった人が同じ屋根の下に眠り、百人近くが一堂に会して一つ釜の飯をいただき、縁を結ぶ。高野山夏季大学に参加するたびに思い浮かんだことは、大きな乗り物にみんなで乗ってともに彼岸まで渡ろう…、仏教でいう〈大乗〉という言葉だった。稔が〈魂の船〉とも言い換えたのは骨仏だと思う。

夏の3日間の体験と一緒にするなというところだろうが、繰り返し稔の夢に出る白い仏、輪廻、神秘な体験など、仏教的な語りの要素を多分に含んだ作品、『白仏』(辻仁成)だった。
途中で気づいたのは、『死の島』『沖で待つ』『白仏』と続けて読んできた3作のいずれにも船・ボートが描かれている偶然だった。(左端は『死の島』に登場するスイス人画家アルノルト・ベックリーンの絵とあった)
・・・〈仏の願いの船に乗る〉

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