おはようございます。
今日は、相方の空をお届けしたいと思います。
それは、突然の母からの電話でした。
僕はその時に伊勢にいました。
突然の電話って、いつもいい電話ではないような気がします。
内容は、
空が危ないかもしれない・・・。
今年の夏、僕が入院するのと同じぐらいのタイミングで、
くうも心臓を患いました。
本当にこの子は、僕と同じタイミングですごしてくれます。
初めて、くうと出会ったのは、
今から12年前の2月のことだったと思います。
2月8日が彼女の誕生日で、
何が欲しいって聞いたら、犬がほしいって言ったのが、
きっかけでした。
彼女と6回目の誕生日をともに過ごしたときのことでした。
犬が好きなのは知っていて、2人でよく、ペットショップめぐりをしながら、
かわいいねって。いいながら、でも、アパートはペット禁止だしなって、いっていました。
あの日も犬は買えないかもしれないけど、
見に行こうかと言ったあの日、
三重県の松坂市にあるとあるショッピングモールで、運命の出会いを僕はした。
自分も犬が好きで、実家には妹がもらってきたべんたろという柴犬がいました。
今から12年前は、アイフルのCMだったと思いますが、
チワワのくうちゃんのCMがよく流れていて、
すごくかわいいつぶらな瞳で飼い主を見つめるのです。
この日、くうちゃんに運命を感じたの彼女じゃなくて、
僕でした。
くうは男の子なのに、僕はくうに一目ぼれしました。
あのうるうるした瞳。僕だけを見つめているような気がしました。
そして、彼女にこの子を飼いたいと告げると、
彼女がすごくうれしそうな。そして、ビックリするような顔をしていたのを思い出します。
でも、自分はこうくうと約束しました。
今すぐ君を飼うことはできない。
1週間時間が欲しいと伝えました。
1週間考えて、それでも今の気持ちのままなら、
この出会いが運命なら、必ず3人で暮らすことになるから、
だから、あなたにお願いがあります。
他にどんな人が来ても、
その笑顔をふりまくことはやめてほしい。
2月14日のバレンタインにあなたを迎えに来るから、
だから、あなたは僕らをまってほしい。
どうしてだろうか、今、僕は大粒涙をながしながら、
あなたのことを思い、ボードをたたいている。
あなたが今、入院中で、
酸素室の中にいないと、瞳を閉じてしまうかもしれないのに。
どうして、これほどまで鮮明に、
そして、昨日のことのように思い出せるのに、
あなたの呼吸は辛そうなんですか?
心臓が踊るように鼓動するのですか?
どうして、ご飯を食べてくれないのですか?
君のくうという名は、
お腹が減ると、クゥークゥーいってたから、
僕と愛が空が好きだったから。
生後3か月のあなたが、あまりにも小さくてかわいかったから。
もう、昨日いっぱい泣いたはずなのに、
辛すぎる。
あなたは、今も病院の一室に入院して頑張っているのに。
くうの誕生日は、2005.11.3です。
もうすぐ13歳です。
くうの12歳は、人の64歳だそうです。
くうは、右心不全からの肺水腫です。
レントゲンも見せていただきましたが、
あの子の肺には、水がたまっていて、
普通なら黒く映らないといけない肺が、
白くもやがかかっている。
昨日、母からの電話のあと、
僕は、涙を抑えることができなかった。
本当に辛かった。
僕は、一目散にくうのもとへ向かいました。
途中、自宅により、聴診器だけ手に取りました。
家に着くと、
呼吸が苦しそうなくうがいました。
どれぐらいの時間、くうの鼓動を僕は聞いていただろうか。
鼓動、それは生きている証。
不整はないけど、くうの鼓動は、
早く、心踊るような苦しそうな拍動でした。
それでも、僕はうれしかった。
あなたのこころの音を聞くことができて。
こんな日がきて、人は後悔するのです。
前回のブログで、くうとドライブに出かけると宣言した日。
僕は、くうとドライブに出かけられませんでした。
というか、家でコンクリートをこねる作業をしていました。
人生って、本当にすべきことをしたいとおもったときにするべきだと、
つくづく思いました。
くうは、また歩き出すことができるのだろうか?
退院できるのだろうか?
僕と一緒にドライブに行けるのだろうか?
そんなくうすけとの日常ができなくなるかもしれない状況になると、
急にいとおしく、したくなります。
親孝行とお金は死んでしまってはすることができませんが、
生きているときは、なかなかできないですよね。
「おぎゃーおぎゃーとあなたが生まれたとき、
あなたは泣いて、周りのみんなは笑ってましたね。
あなたがいなくなるとき、周りのみんなが泣いて、
あなたは笑っている。そんな人生を送りなさい。」
誰が言った言葉だったが忘れてしまいましたが、
今がまさにそうだと思う。
あと、もう一つの言葉が思い浮かぶ。
「昨日、むなしく過ごした一日は、
昨日あれほど生きたいと願い亡くなっていった人が過ごした1日。
どちらも同じ一日。」
くう、あなたは僕のところへ来て幸せでしたか?
運命のバレンタインまで、
あなたは僕を信じて待っていてくれたのですか?
震災地への派遣の前日、あなたと一緒に寝ていた時、
あなたは一晩中、僕の足を舐めてましたよね。
いかないでっていうように。
こんなことは初めてでした。
そして、出発の朝7時に、派遣の中止連絡が入りました。
そう、あなたはいつも僕を癒してくれていたのだと思います。
あなたを横に乗せて、一緒に走るために、
取得した2種免許は、あなたのためにとったものだよ。
あなたが、フラフラしないように。
あなたが、窓から顔を出しながら、風を感じるのが好きだったから。
もう、涙が昨日から止まりません。
姉と妹にも、くうの現状を伝えました。
今は遠くにいる彼女にも。
僕は何がしたいのかわからない。
くうが何をしてほしいのかわからない。
このブログもそもそもかわいいくうをアップするために開設したもの。
こだっちとくうすけの冒険だよ。
くう、もう少し、一緒に冒険しようぜ。
すいません。
もう、これ以上、今日は語れないかもしれない。
涙で画面がかすんで見えない…。
昨日の治療の結果が今日出ます。
今後の方向性が決まります。
入院の継続か、在宅酸素か。
僕は、辛い選択を迫られるかもしれない。
いつまで酸素を続けるか。
僕はずっとでもいいと思っている。
でも、もし、くうが苦しくて苦しくて辛そうでいたら、
その姿を見続ける自信がない。
あの呼吸音を聞き続けることができない。
帰っておいでくう。
イモ巻きジャーキーをあげるから。
今日は、相方の空をお届けしたいと思います。
それは、突然の母からの電話でした。
僕はその時に伊勢にいました。
突然の電話って、いつもいい電話ではないような気がします。
内容は、
空が危ないかもしれない・・・。
今年の夏、僕が入院するのと同じぐらいのタイミングで、
くうも心臓を患いました。
本当にこの子は、僕と同じタイミングですごしてくれます。
初めて、くうと出会ったのは、
今から12年前の2月のことだったと思います。
2月8日が彼女の誕生日で、
何が欲しいって聞いたら、犬がほしいって言ったのが、
きっかけでした。
彼女と6回目の誕生日をともに過ごしたときのことでした。
犬が好きなのは知っていて、2人でよく、ペットショップめぐりをしながら、
かわいいねって。いいながら、でも、アパートはペット禁止だしなって、いっていました。
あの日も犬は買えないかもしれないけど、
見に行こうかと言ったあの日、
三重県の松坂市にあるとあるショッピングモールで、運命の出会いを僕はした。
自分も犬が好きで、実家には妹がもらってきたべんたろという柴犬がいました。
今から12年前は、アイフルのCMだったと思いますが、
チワワのくうちゃんのCMがよく流れていて、
すごくかわいいつぶらな瞳で飼い主を見つめるのです。
この日、くうちゃんに運命を感じたの彼女じゃなくて、
僕でした。
くうは男の子なのに、僕はくうに一目ぼれしました。
あのうるうるした瞳。僕だけを見つめているような気がしました。
そして、彼女にこの子を飼いたいと告げると、
彼女がすごくうれしそうな。そして、ビックリするような顔をしていたのを思い出します。
でも、自分はこうくうと約束しました。
今すぐ君を飼うことはできない。
1週間時間が欲しいと伝えました。
1週間考えて、それでも今の気持ちのままなら、
この出会いが運命なら、必ず3人で暮らすことになるから、
だから、あなたにお願いがあります。
他にどんな人が来ても、
その笑顔をふりまくことはやめてほしい。
2月14日のバレンタインにあなたを迎えに来るから、
だから、あなたは僕らをまってほしい。
どうしてだろうか、今、僕は大粒涙をながしながら、
あなたのことを思い、ボードをたたいている。
あなたが今、入院中で、
酸素室の中にいないと、瞳を閉じてしまうかもしれないのに。
どうして、これほどまで鮮明に、
そして、昨日のことのように思い出せるのに、
あなたの呼吸は辛そうなんですか?
心臓が踊るように鼓動するのですか?
どうして、ご飯を食べてくれないのですか?
君のくうという名は、
お腹が減ると、クゥークゥーいってたから、
僕と愛が空が好きだったから。
生後3か月のあなたが、あまりにも小さくてかわいかったから。
もう、昨日いっぱい泣いたはずなのに、
辛すぎる。
あなたは、今も病院の一室に入院して頑張っているのに。
くうの誕生日は、2005.11.3です。
もうすぐ13歳です。
くうの12歳は、人の64歳だそうです。
くうは、右心不全からの肺水腫です。
レントゲンも見せていただきましたが、
あの子の肺には、水がたまっていて、
普通なら黒く映らないといけない肺が、
白くもやがかかっている。
昨日、母からの電話のあと、
僕は、涙を抑えることができなかった。
本当に辛かった。
僕は、一目散にくうのもとへ向かいました。
途中、自宅により、聴診器だけ手に取りました。
家に着くと、
呼吸が苦しそうなくうがいました。
どれぐらいの時間、くうの鼓動を僕は聞いていただろうか。
鼓動、それは生きている証。
不整はないけど、くうの鼓動は、
早く、心踊るような苦しそうな拍動でした。
それでも、僕はうれしかった。
あなたのこころの音を聞くことができて。
こんな日がきて、人は後悔するのです。
前回のブログで、くうとドライブに出かけると宣言した日。
僕は、くうとドライブに出かけられませんでした。
というか、家でコンクリートをこねる作業をしていました。
人生って、本当にすべきことをしたいとおもったときにするべきだと、
つくづく思いました。
くうは、また歩き出すことができるのだろうか?
退院できるのだろうか?
僕と一緒にドライブに行けるのだろうか?
そんなくうすけとの日常ができなくなるかもしれない状況になると、
急にいとおしく、したくなります。
親孝行とお金は死んでしまってはすることができませんが、
生きているときは、なかなかできないですよね。
「おぎゃーおぎゃーとあなたが生まれたとき、
あなたは泣いて、周りのみんなは笑ってましたね。
あなたがいなくなるとき、周りのみんなが泣いて、
あなたは笑っている。そんな人生を送りなさい。」
誰が言った言葉だったが忘れてしまいましたが、
今がまさにそうだと思う。
あと、もう一つの言葉が思い浮かぶ。
「昨日、むなしく過ごした一日は、
昨日あれほど生きたいと願い亡くなっていった人が過ごした1日。
どちらも同じ一日。」
くう、あなたは僕のところへ来て幸せでしたか?
運命のバレンタインまで、
あなたは僕を信じて待っていてくれたのですか?
震災地への派遣の前日、あなたと一緒に寝ていた時、
あなたは一晩中、僕の足を舐めてましたよね。
いかないでっていうように。
こんなことは初めてでした。
そして、出発の朝7時に、派遣の中止連絡が入りました。
そう、あなたはいつも僕を癒してくれていたのだと思います。
あなたを横に乗せて、一緒に走るために、
取得した2種免許は、あなたのためにとったものだよ。
あなたが、フラフラしないように。
あなたが、窓から顔を出しながら、風を感じるのが好きだったから。
もう、涙が昨日から止まりません。
姉と妹にも、くうの現状を伝えました。
今は遠くにいる彼女にも。
僕は何がしたいのかわからない。
くうが何をしてほしいのかわからない。
このブログもそもそもかわいいくうをアップするために開設したもの。
こだっちとくうすけの冒険だよ。
くう、もう少し、一緒に冒険しようぜ。
すいません。
もう、これ以上、今日は語れないかもしれない。
涙で画面がかすんで見えない…。
昨日の治療の結果が今日出ます。
今後の方向性が決まります。
入院の継続か、在宅酸素か。
僕は、辛い選択を迫られるかもしれない。
いつまで酸素を続けるか。
僕はずっとでもいいと思っている。
でも、もし、くうが苦しくて苦しくて辛そうでいたら、
その姿を見続ける自信がない。
あの呼吸音を聞き続けることができない。
帰っておいでくう。
イモ巻きジャーキーをあげるから。
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