浜松つづき。
バスに揺られること約35分。
宮口駅へと戻りました。
電車から降りた時にも気になってたんですが、
このホーム、とっても大きなベンチが設置してあるんです。
どうやら、自然の音を楽しんでもらおうというコンセプトのようです。
大きな背もたれ部分が集音器の役割を果たしているんでしょうね。
座って耳をすませると、風の音が心地よく耳に届きました。
・・で、この時ベンチの写真を撮っていてふと気付いたんだけど、
ファインダーを覗くと画面の右上・右下に黒いカーブが・・。
レンズをはずしてシャッター幕をトントンしてみたら直りましたが、
何やら嫌ーな予感。
実はシャッター幕には劣化というものがあって、
撮影枚数が10万枚前後になると不具合が起きてくるらしいんです。
E-M10を使い始めたのが、ちょうど4年前の1月。
一神社につき少なくとも300枚は撮るんで、
そろそろ撮影枚数が限界超えてる気がするんですよねー。
ヤバイかなー。
でもまだ浜松旅は始まったばかり。
お願い、もう少し頑張ってくれ。
そう願いつつも、やはりガンガン撮りまくるのであった。(笑)
一瞬、さるぼぼに見えましたが、
この子たちは庚申信仰にまつわるもので、「くくり猿」というらしい。
昔から、
庚申の日の夜に寝てしまうと、人の体から三戸の虫が出てきて、
当人の罪科を帝釈天に告げ口してしまうと言われていた。
帝釈天は人の寿命を決める力があるので、
虫が苦手な猿を各家の軒先にくくり付けて、
人々は寝ずに夜通し語り合ったそうな。
それがこのくくり猿。
延命と厄除けの象徴なのですね。
続いて、常葉大学前駅へと移動します。
・・と、やって来たのはなんと
先ほど降りたマリメッコ号ではありませんか。
さっきの列車が、終点の掛川まで行って再び戻って来たのか・・。
二度も乗れるなんてラッキー
およそ10分間の乗車でしたが、楽しくて幸せなひととときでした。
またね、マリメッコ号。
目指す神社はここから徒歩で5分弱。
通りから一歩中へ入り、民家の合間を縫って北上するこの感じ・・。
ふと島根の出雲井神社を思い出しました。(御祭神も同じだしね。)
駅方向を振り返ったところ。
スマホのグーグルマップ頼りにどんどん進む。
あったあった。
住宅地や田んぼの一角に、わさっと木々が小山状にかたまってたら、
大抵そこが神社です。
社宮神社(しゃぐうじんじゃ)
幟立て(旗杭)があるので、ここが正面ですね。
ちょっとした小さな森みたい。わくわく。
社殿がチラリ。
拝殿かな。
真っ先にこの手前の木に釘付けになりましたが、
まずはご挨拶。
御祭神:船戸神(岐神/クナト神)
別名を、
来名戸祖神(くなとのさえのかみ)、衝立船戸神(つきたつふなとのかみ)。
「来るな」&「さえぎる」ということで、
入って来ることを拒否し、さらに越境を遮って人々の身体・命の安全を護る神さん。
集落の災い除けとして、塞の神・道祖神・辻の神などとされるほか、
道開きの猿田彦神や、塩土老翁神とも同一視されます。
水神、龍神に続き、個人的にとても好きな神さんです。
日神のクナト神と、水神のアラハバキ神。
水神・龍神祭祀の神社の社家だったご先祖さんや、
龍蛇伝承(蛇婿入り伝説)が残ってたご先祖さんの事もあるので、
きっとクナト神を信仰していたケースもあったんだろうと想像する。
そんな意味もあって、遠路遥々ここへやって来ました。
あ、中に入れるのね。
扉をあけると、外観からは想像もつかない光景が。
右端には、「奉鎮祭 拝殿・奥殿 新築」と書かれています。
案内には、平成25年に遷宮としてありましたので、
再建からまだ5年ほどの、新しい社殿のようです。
さらに、
彦狭知神、舩句々能知神、舩豊受姫神、阿須波神 の名もありますが、
この四柱は合祀神という訳ではないでしょう。
彦狭知神は工匠の守護神として、
舩句々能知神(久久能智神)&舩豊受姫神(豊受大神)は家屋の守護神として、
地鎮祭や上棟式において、産土神と合わせて祀られる神さんたちなのです。
さらに阿須波神は足盤、足場の神さんでもあるので、
上記の四柱は単純に、社屋の新築に伴って祀られた神さんという事ですね。
由緒によれば、
明治維新後の国家神道政策によって御祭神を岐神としたが、
本来の祭神は御社宮司(みしゃくじ)神であったとのこと。
御社宮司神は白蛇の姿をしており、
諏訪大社近くのミシャクジ社が本宮なのだそう。
たぶん、神長官の守矢氏邸内にある、
御頭御射宮司総社のことですよね。
(今度また諏訪へ行く機会があったら、絶対参拝する。)
御社宮司神といえば、縄文からつづく信濃古来の土着神(諏訪神)で、
主に長野・中部・関東地方に祀られている神さん。
諏訪大社上社前宮の御祭神でもあります。
建御名方神が諏訪を制する前の先住の神、洩矢神も、
御社宮司神と同一視される神さんです。
(※国譲りで出雲を追われた建御名方神も、
諏訪の先住民にとっては出雲から侵入してきた“外来神”。
今も地元の人が崇敬するのは『諏訪神(御社宮司神/洩矢神)』で、
建御名方神は、「よそから来たやんちゃな明神さん」なのだそう。)
御社宮司神は岐神とも同一視されますが、
多様な神性と呼称を持ち、信仰の形態も様々。
その実態を掴むのは容易ではありません。
ただ、縄文時代から信仰されてきた、
『記紀の神々よりも古い神』なのは間違いない。
さて、この社宮神社ですが、
「社宮司」「産宮神」とも称され、子宝安産の霊験あらたかな神社なんだそうです。
拝殿内には杓文字が供えてありました。
(御社宮司神は、「おしゃもじ様」とも呼ばれます)
杓文字のお供えで思い出すのが、地元名古屋の石神社。
あちらは、歯痛や神経痛に霊験があるとされ、
お礼に杓文字をお供えしたことから「おしゃもじ様」と呼ばれたとの事でした。
(もしかしたら御祭神は岐神/御社宮司神なのかも?)
ひっそりと目立たない場所に鎮座する神社。
神社というより、木々に守られた聖地といった感じで、
知らずに前を通り過ぎたら、
きっとここに社があるなんて気付かない。
ただ、子宝や安産祈願に訪れる人は多いようです。
この樹齢約四百年の鹿子木(カノコ)という古木。
よく見れば、まさに女性の木。
そして拝殿右にある、杓文字の形をした鎮め石。
こっちは男性ですね。
まるで生きているかのようなその姿に、
しばし魅入ってしまいました。
生命力を感じる樹は数多くあれど、
「生」を感じる樹ってのはなかなかありません。
境内には二つの祠がこれまたひっそり佇んでいます。
津島牛頭天王社
牛頭天王社といえば御祭神はスサノオ尊かと思いきや、
中にあった説明書きの御祭神名は、菅原道真公でした。
牛つながり?御霊つながり?
その奥には、阿弥陀如来を祀る祠も。
神仏習合の跡を今なお残す神社です。
毎度、神社の片隅でこんなん見つけると嬉しすぎてテンション上がる。
現役を退いた社殿の一部が、
私には宝の山に見えるのですよ。
拝殿前に腰かけて、のんびり外を眺める。
あー、いいわこの神社。
アラハバキ神社に続いて、ここもパワスポってやつだわね。
小さな小さな鎮守の森には、
これまた小さくて丸い、金色の光がいくつも浮かんでいる。
球体というより、光の輪か。
水や力を感じる神社は沢山あったけど、
無数の光の輪がふわふわ浮かびまくってる神社ってのは、初めてかも。
浄化され癒される上に、
とてもあったかいから居心地いいし。
なんなん。ここ。
もう、めっちゃ好き。
ホントはすぐ近くの別の神社へ行こうと思ってたのに、
おかげで結局ここから離れられなかった。
近所の方いいなあ。
こんな素敵な神社がそばにあって。
もし近くに住んでいたら毎日通っちゃうわよ。
いっそここでお昼寝してしまいたかった(笑)けど、
次の予定もあるので、後ろ髪をひかれつつ移動します。
ミシャグジさん、素晴らしい時間をありがとう。
その3へつづく。