木っ葉の微塵日記

流れ者が日々のあれこれをつぶやきます。当たって砕けるかも~
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夜会

2006-01-31 07:33:17 | Weblog
中島みゆきの“夜会”「24時着00時発」を観た。

ちょうど2年前の「24時着0時発」の再演で大筋が変わっていないということもあり、今回はゆったりと観ることができた。2年前の初日などは、歌詞を聴き取るのに必死で、それでも聴き取れない部分が多く、それで全体のストーリーさえつかめないという状態だったものだ。もちろん感じるものはあったが…。

今回は、説明的台詞が追加されていたり、いくつかの歌を先行アルバムに入れてあるので、初めての人でも前回よりは「解り易い」のかもしれない。でも、敢えて言いたい。難しい漢語などの出てくるアップテンポの歌などは、やはり初めて耳から聴いただけでは聴き取れない可能性が高いのではないか、と。

たぶん、そういうことが嫌いなのだろうが、ポイントあるいはキーになる歌詞をどこかに文字で表示するということを考えた方がよいのではないか、と思った。

ストーリー等は、ネタバレになるといけないので詳しくは書かないが、銀河鉄道と鮭の遡上の話であり、輪廻の話である(と言ってもホラーではない)。2時間を超えるパワフルな舞台と毎度のことながら綺麗な照明に圧倒された。

違法性の認識 その2

2006-01-25 21:07:05 | Weblog
そう言えば大学の講義で、もま・むささび事件とたぬき・むじな事件というのを教わったような気がする。いずれも、どちらかが禁猟になっているところ、違うものと錯誤して撃ってしまったという事件なのだが、判例としては全く逆で、どちらかが無罪、どちらかが有罪、という話だったと思う。

たぬきをむじなだと勘違いした、という話だが、禁止されていることをしたと思っていない、という意味に於いては“違法性の認識がない”という例であろう。

もっとも誰もが全ての法律を理解しているということはあり得ないので、知らず知らずの内に法を犯してしまうという危険性は誰にでもあるだろう。例えば気前のいい人がいて、ポンと200万円くれたとしよう。それをただ喜んでいると、贈与税の脱税になりかねない。こんな例でも“違法性の認識がなかった”で許してもらえるだろうか(「違法性の認識がない」ことと「許してもらえること」は必ずしも繋がっていないが…)。

そう言えば“善意”“悪意”という言葉も「法学」の時間に教わったものだ。買い物をした時に、釣り銭が多いことを知っていて受け取れば“悪意”であり、詐欺となる、という話だったと思う。

昨日と同じ結論になってしまうが、できる限り正しい道を歩いていきたいものだと思う。

違法性の認識

2006-01-24 21:20:21 | Weblog
「やったことは認める、が、違法性の認識がなかった」という話がある。そりゃあそうだろう。違法だと思ってやっていたとすれば大莫迦だ

ただ、人間には法に触れるかどうか、その判断が狂ってしまうことが、よくあるようだ。「欲に目が眩む」という言葉もある。目が眩めば、ものごとが正しく見えなくなるだろう。

似たような話で、税務調査を受けた会社等が、追徴課税を受けるケースで、「当局とは見解の相違があるが、当局に従って修正申告した」といった弁明がある。

確かに法律にせよ制度にせよ、どう解釈するのか、判断が難しい場合もある。だからこそ裁判所が必要なのかもしれない。

いずれにしても、倫理をなくさないようにしたいものだ

ブランドと無印

2006-01-23 23:59:58 | Weblog
近所のスーパーでトップバリュのカップに入った「ヌードル」を見かけた。「えびなど4種の具材入り」の写真を見れば、誰にだって日清のカップヌードルに見える。プラのカップが紙コップになったような感じだ。

内容量77g(めん65g)というのもカップヌードルと同じだし、外のフィルムのつなぎ目の位置まで同じとなれば、まずは日清が作っているに違いないと思う(ってゆ~か、これで他社製だとしたら、日清が黙っちゃいないだろう)。

が、なぜにブランド品(日清カップヌードル)と無印(ただの「ヌードル」;今やトップバリュというブランドだが)があるのだろう? 無印の方が、広告費をかけない分だけ安くできるということなのかもしれないが、逆にブランド品に悪い影響を与えるのではないか。

もっとも、栄養成分表示に微妙な違いがあるところを見ると、何か製法を違えているのかもしれない。試しに買って食べてみたが、味の違いは判らなかった。これで年中78円だったら、もうカップヌードルを買うことはないかもしれない。

2006-01-20 17:54:38 | Weblog
人は何故、嘘をつくのだろう。他人を騙すため? それで何が得られるのか。

株価をつり上げる(=金儲けのため)とか、功名を挙げる(名誉欲のため)とか、いろいろと理由があるのだろう。風説を流布して大もうけした人やデータを捏造して論文を書いてしまった人も少なくないようだ。でも、人として、そういう嘘をつくことは虚しいのではないかと思う。

もちろん、優しい嘘もあるのだろう。もう20年以上も前のことだが、病気で苦しんでいる人が救いを求めて発した言葉に対し、嘘をついて慰めることができなかった。その場しのぎかもしれないが、それで心の安寧が得られるのであれば、嘘をついてあげた方が良かったのではないか、今でもそう思うことがある。

ただ、できれば嘘はつきたくない。そういう性分なのだから、方便はできないのだ。不器用者と笑って許してほしい

夜の強制捜査

2006-01-19 22:11:29 | Weblog
いつも疑問に思っていたことがある。地検特捜部の強制捜査(家宅捜索)というのは、どうして予告付きで行われるのか、ということだ。様々な疑獄事件や、最近では耐震強度偽装事件でもそうだ。

家宅捜索の行われる前日には「明日にも強制捜査」という報道があり、当日の朝には「まもなく家宅捜索が始まります」というテレビの中継がある。これでは、まるで「証拠は隠滅して下さい」と言っているようなものではないか。

ところが今回ライブドアの事件では全く事前の情報無く、夕方から未明にかけての強制捜査(家宅捜索)が行われた。それだけで検察は本気だと感じさせられる。しかも報道によれば押収したのは段ボールの書類ではなく、電子メールの記録の残るパソコンやサーバだという。後になって振り返ると、そんな時代になったのだと感じさせる事件になるかもしれない。

ひつまぶし

2006-01-17 21:53:58 | Weblog
実は先週名古屋に出張があり、なにかうまいものでも食べたいと地元の人に聞いたら、「ひつまぶし」を食べろと言われた。

のだが、どこで食べればいいか?と訊ねると、店の名前を忘れた、との何とも頼りない答

しかたがないので、本屋でガイドブックを立ち読みし、どうやら「蓬莱軒」と「いば昇」がいいらしいと判った。その日は「いば昇」が休みらしかったので、「蓬莱軒」を訪ねて「ひつまぶし」を食べた。確かに旨かった

が、一昨日、秋葉原のヨドバシカメラの上に「うな匠」なる店が出ており、ついに「ひつまぶし」が東京初進出!と書いてあった。な~んだ!ってゆ~感じ

大型テレビ

2006-01-16 18:32:25 | Weblog
秋葉原のヨドバシカメラに初めて行った。つくばエクスプレスの駅の上に去年の9月に開店したのだから、もう4ヶ月になる。結構遊べると聞いてはいたのだが、本当に広い。

液晶やらプラズマやら、最近はやりの大型テレビ(&プロジェクタ)を見比べようと思って、あそこに行けば良いのでは…と考えた次第だ。

で、あるある。基本的にはメーカー別に分けて展示・販売しているのが、あの店の特徴なのだが、一角には違うメーカーで同じサイズのテレビを並べて見比べられるようになっていた。

家の狭い部屋の中で見るのと違って、広くて開放的な売り場で見るのだから、実際の大きさよりも少し小さめに見えるのではないか、と思ったのだが、いやはや、それでも超巨大に見えるものもある。値段も100万以上する物があるのだ。

今回は時間があまりなかったので、ゆっくり見比べたりはできなかったが、そのうち時間を作って見に行きたいものだ。

2フロアくらいをざーっと眺めただけなのに、1時間くらいかかってしまった。みんなが「1日遊べる」と言っているのも“むべなるかな”である。