とも子が注文したのは、巨大なイチゴのパフェだった。とも子はスプーンでパフェの先をすくい口の中に運ぶと、とたんに御満悦なほほ笑みを浮かべた。しかし、思いっきり身体に悪そうな食べ物だ。ちょっとこれはやめて欲しいなあ…
とも子はテーブルの上に筆談用のノートを出し書き始めた。が、ふと何かを思い、立ってオレの横に来た。相対して座ってると文字が上下逆になるから、こっちに来たようだ。とも子はオレの顔を見て、いつものようににこっと笑った。そして、筆談用のノートに書いた。
「今日のヒット、お見事でしたね」
意外にも、野球の話だった。
「低めのストレートばかり投げていれば、いつかは撃たれるよ。たまには高めにホップするタマも投げないと。ピッチングはコンビネーションが大切なんだよ」
「でも、私には2種類のストレートしかありません」
「ふふ、じゃ、今度はカーブを教えてあげるよ。キミには150キロを超すストレートがあるんだ。緩いカーブとコンビネーションすれば、絶対撃たれないよ」
「カーブを覚えれば、強くなれるんでか?」
「もちろん」
その答えを聞くと、とも子はいつものようにほほ笑んでくれた。
※
ファミレスを出ると、とも子はマンションのエントランスにオレを誘った。
「部屋には入らないよ」
とも子はにこっとした顔を見せることで、「かまわないですよ」と答えた。
オレととも子はエントランスの奥に入ると、人目のつかないところに行き、キスをした。もしまた舌を入れてこようとしたら今度は許すつもりだったが、舌は入ってこなかった。とも子はオレの気持ちがわかってくれてるようだ。
※
次の日、いつものようにバスで登校してると、歩道を走る少女の後ろ姿をふと見かけた。体操着姿でリュックサックを背負ってる少女。その後ろ姿は、なんとなくとも子っぽかった。バスがその少女を追い越し、その直後少女の顔を確認すると、やはりとも子だった。オレは学園前のバス停で降りると、走ってくるとも子を待った。とも子はオレの目の前で立ち止まると、いつものようににこっと笑った。長距離を走って来たとゆーのに、よく笑えるものだ。
「オーバーワークになるなよ」
オレの忠告に、とも子はほほ笑みで「はい」と答えた。とも子はまた走り出し、校舎の中に消えた。オレはふと自分の定期券を見た。期限は今日まで。オレも明日からマラソンで通学するかな。
※
放課後。約束通り、今日はとも子にカーブを教える日。一口にカーブと言っても、いろんなカーブがある。とりあえず、一番初歩的なカーブを教えることにした。オレはとも子にカーブの握りと腕の振り方を教えると、いつもとは逆の右バッターボックスに入った。
「キャプテン、いきなり立つんですか?」
と、キャッチャーの北村からの質問。
「カーブは目標を置いて投げさせた方が覚えやすいんだ」
「へぇ~」
さあ、練習開始だ。オレは右手で自分の左肩を指し示した。
「とも子、ここ目がけて投げろ・」
右ピッチャーの場合、右バッターの左肩目がけ投げると、カーブを覚えやすいのだ。
とも子はこくりとうなずくと、セットポジションのような体勢から投げた。タマはオレが指定した通り、オレの左肩に飛んで来た。しかし、最初から曲がるわけがなく、明らかにデッドボールのコース。オレは間一髪でそれを避けた。とも子が心配になったらしく、慌ててマウンドを降りて来た。
「大丈夫だ、気にすんな」
オレはとっさに声でとも子を押し返した。しかし、とも子は心配顔だ。
「カーブは当たっても、そんなに痛くないんだ。気にせず、投げろ」
ふっ、カーブだって、当たりゃ痛いさ。けど、手っ取り早くカーブを覚えさすとなると、この方法が一番なんだ。ここはオレのためにも、とも子のためにも、頑張らないと!!
※
5球10球と投げてるうち、タマがカーブし出した。
「よーし、その調子だ!!」
しかし、ついにオレは、あごにタマを受けてしまった。正直、これは痛い。一瞬あごがはずれた感覚があった。
「キャプテン!!」
オレがあごを押さえ痛みをこらえてると、北村の心配する声が聞こえてきた。ふと見ると、とも子も心配そうにオレの顔をのぞいていた。オレは慌ててあごを押さえてる手を離した。
「だ、大丈夫だよ」
「で、でも、血が出てますよ」
あごを押さえていた手のひらを見ると、本当に血が付いていた。
「心配すんな。これくらいのケガ、野球じゃ日常茶飯事だろ?
ほら、とも子、マウンドに戻れよ」
とも子は表情を変え、こくりとうなずいた。とも子はこれで投げる手が縮こまったかと言えば、そうでもなく、引き続きオレの左肩目がけ投げた。オレもびびることなく、右バッターボックスでとも子の目標になり続けた。20球30球と投げてるうち、タマもはっきり曲がるようになり、50球目になると、ど真ん中にカーブが来るようになった。しかし、オレはここでカーブの練習を打ち切った。そして、いつものように50球ストレートを投げさせた。ピッチングの基本は、あくまでストレート。カーブの練習中はカーブに集中させたいが、半分は基本を優先させた。
※
その後はみんなといっしょに守備練習。そして6キロのランニング。練習後が終わると、いつものようにとも子と北村とバス下校。とも子は登校はマラソンだったが、帰りはバスにしたいらしい。
いつものようにバスの中で北村と別れると、オレととも子は昨日と同じファミレスに入った。
※
オーダー。とも子は昨日と同じように、メニューの巨大なイチゴのパフェを指し示した。とも子の横に座ってたオレは、慌ててその手を押さえた。
「だめ!! そんなの食べてたら、強いピッチャーになれないよ」
とも子は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で「はい」と答えてくれた。そんなわけで、今日のオーダーは、アイスコーヒー2つとなった。
とも子がさっと筆談用のノートに書いた。
「あご痛くないですか?」
「大丈夫だよ」
「でも、赤くなってますよ」
「ふっ、言ったろ。野球じゃ、デッドボールは日常茶飯事なんだよ。これくらいで痛がってたら、野球なんかやってられないよ」
とも子は安心したのか、ちょっとほほ笑んだ。が、すぐに真面目な顔になり、ちょっと間を空け、そしてノートに書いた。
「私、甲子園で優勝できますか?」
い、いきなり何書くんだ?… オレは一瞬絶句したが、すぐに我に返り、答えた。
「しょ、正直言って、ちょっとむりじゃないかな」
「私の力が足りないからですか?」
とも子の恐ろしいほどの真剣な目が、オレの目を捉えた。いいかげんな返答じゃ、納得してくれそうになかった。
「とも子のピッチングはすごいよ。カーブを身につければ、かなり行けると思うよ。
でもね、野球は9人でやるもんなんだよ。とも子のピッチングがすごくっても、残り8人のレベルが低いと、どうしようもないんだよ。うちらの力じゃ、甲子園で優勝どころか、甲子園に行くレベルにもないんだよ」
とも子はとても残念そうな顔をした。ふととも子の手が伸び、オレの左腕の醜い手術あとに触れた。そう、あの事故がなきゃ、オレは甲子園の優勝旗を握ってたはず。とも子もそれを知ってるらしい。
ふととも子の目に哀しいものを感じた。とも子はまじで甲子園で優勝する気だったのか? 夢を見るにしても、限度ってものがある。かと言って、とも子の夢を簡単に否定したくはないし…
「ともかく夏の地区大会は、行けるところまで行こう。とも子のピッチングがあれば、きっとベスト8まで行けるよ」
オレはとりあえず、ぎりぎり実現できそうな夢を提示した。しかし、とも子は笑顔でうなずいてくれた。
その後、2人は例のマンションのエントランスでまたキスをし、別れた。
※
5分、10分… とも子はいつまで経っても来なかった。皆川一丁目、オレが毎朝使ってるバス停。今朝のオレは、学園の制服姿ではなく、体操着姿だった。制服は背中のリュックの中である。
15分後、ようやくとも子の姿が見えてきた。オレがちょっと早過ぎたようだ。やはり体育着姿のとも子は、オレの前にくると、いつものにこっとした顔を見せてくれた。そして2人は、聖カトリーヌ紫苑学園へと並んで走り出した。
※
放課後。今日もカーブの練習。とも子はもうど真ん中にカーブを投げられるようになっていた。しかし、今とも子が投げているカーブは、右バッターの肩口からど真ん中に曲がって来るもの。これはもっともホームランになりやすいカーブ、いわゆるハンガーカーブである。しかし、ちょっとずらす… 例えば、最初っからど真ん中に投げた場合、右バッターの撃ちごろゾーンからボールゾーンに逃げて行くカーブになる。超ハイスピードボールのあとにこのカーブを投げると、たいていのバッターは空振りするか、凡打に終わる。逆も同じ、このカーブのあとに超ハイスピードボールを投げれば、バッターはまったく手を出せないはず。このカーブはとも子の切り札の1つとなるはずだ。
※
練習が終わり、いつもの6キロランニング。そのあともオレは、とも子とマラソンで帰るつもりだったが、とも子はどうしてもバスで帰りたいらしい。そんなわけで、この日はいつものように、北村とともに、とも子とバスで帰路についた。北村が途中下車したあと、また例のファミレスに行き、またとも子とおしゃべりを楽しんだ。とも子はこのおしゃべりを大切にしたいようだ。だから下校はバスにしたいらしい。でも、とも子の話すことは、野球のことばかりだった。とも子はまじで甲子園に行き、優勝したいらしい。筆談でも熱い思いがひしひしと伝わってきた。しかし、なんでそこまで甲子園優勝にこだわってるんだろう?…
※
いつしかオレととも子は切っても切れない仲になっていた。2人は野球部の練習が終わると、必ずどこかのファミレスに行き、おしゃべりを楽しんだ。でも、相変わらずとも子は、甲子園で優勝することばかり話してた。
一度なんでそんなに甲子園で優勝したいのか、訊いてみたことがあった。どうやら昔ほれてた男がものすごいピッチャーだったらしく、甲子園に出たものの、決勝戦で負けてしまったらしい。その男に代わって、深紅の優勝旗を手にしたいとか。いったいどんな男だったんだろう、そいつは?…
しかし、甲子園の準優勝投手にほれてたなんて… 実はオレのおじいちゃんも、甲子園の準優勝投手だったのだ。縁とは不思議なものである。
とも子はテーブルの上に筆談用のノートを出し書き始めた。が、ふと何かを思い、立ってオレの横に来た。相対して座ってると文字が上下逆になるから、こっちに来たようだ。とも子はオレの顔を見て、いつものようににこっと笑った。そして、筆談用のノートに書いた。
「今日のヒット、お見事でしたね」
意外にも、野球の話だった。
「低めのストレートばかり投げていれば、いつかは撃たれるよ。たまには高めにホップするタマも投げないと。ピッチングはコンビネーションが大切なんだよ」
「でも、私には2種類のストレートしかありません」
「ふふ、じゃ、今度はカーブを教えてあげるよ。キミには150キロを超すストレートがあるんだ。緩いカーブとコンビネーションすれば、絶対撃たれないよ」
「カーブを覚えれば、強くなれるんでか?」
「もちろん」
その答えを聞くと、とも子はいつものようにほほ笑んでくれた。
※
ファミレスを出ると、とも子はマンションのエントランスにオレを誘った。
「部屋には入らないよ」
とも子はにこっとした顔を見せることで、「かまわないですよ」と答えた。
オレととも子はエントランスの奥に入ると、人目のつかないところに行き、キスをした。もしまた舌を入れてこようとしたら今度は許すつもりだったが、舌は入ってこなかった。とも子はオレの気持ちがわかってくれてるようだ。
※
次の日、いつものようにバスで登校してると、歩道を走る少女の後ろ姿をふと見かけた。体操着姿でリュックサックを背負ってる少女。その後ろ姿は、なんとなくとも子っぽかった。バスがその少女を追い越し、その直後少女の顔を確認すると、やはりとも子だった。オレは学園前のバス停で降りると、走ってくるとも子を待った。とも子はオレの目の前で立ち止まると、いつものようににこっと笑った。長距離を走って来たとゆーのに、よく笑えるものだ。
「オーバーワークになるなよ」
オレの忠告に、とも子はほほ笑みで「はい」と答えた。とも子はまた走り出し、校舎の中に消えた。オレはふと自分の定期券を見た。期限は今日まで。オレも明日からマラソンで通学するかな。
※
放課後。約束通り、今日はとも子にカーブを教える日。一口にカーブと言っても、いろんなカーブがある。とりあえず、一番初歩的なカーブを教えることにした。オレはとも子にカーブの握りと腕の振り方を教えると、いつもとは逆の右バッターボックスに入った。
「キャプテン、いきなり立つんですか?」
と、キャッチャーの北村からの質問。
「カーブは目標を置いて投げさせた方が覚えやすいんだ」
「へぇ~」
さあ、練習開始だ。オレは右手で自分の左肩を指し示した。
「とも子、ここ目がけて投げろ・」
右ピッチャーの場合、右バッターの左肩目がけ投げると、カーブを覚えやすいのだ。
とも子はこくりとうなずくと、セットポジションのような体勢から投げた。タマはオレが指定した通り、オレの左肩に飛んで来た。しかし、最初から曲がるわけがなく、明らかにデッドボールのコース。オレは間一髪でそれを避けた。とも子が心配になったらしく、慌ててマウンドを降りて来た。
「大丈夫だ、気にすんな」
オレはとっさに声でとも子を押し返した。しかし、とも子は心配顔だ。
「カーブは当たっても、そんなに痛くないんだ。気にせず、投げろ」
ふっ、カーブだって、当たりゃ痛いさ。けど、手っ取り早くカーブを覚えさすとなると、この方法が一番なんだ。ここはオレのためにも、とも子のためにも、頑張らないと!!
※
5球10球と投げてるうち、タマがカーブし出した。
「よーし、その調子だ!!」
しかし、ついにオレは、あごにタマを受けてしまった。正直、これは痛い。一瞬あごがはずれた感覚があった。
「キャプテン!!」
オレがあごを押さえ痛みをこらえてると、北村の心配する声が聞こえてきた。ふと見ると、とも子も心配そうにオレの顔をのぞいていた。オレは慌ててあごを押さえてる手を離した。
「だ、大丈夫だよ」
「で、でも、血が出てますよ」
あごを押さえていた手のひらを見ると、本当に血が付いていた。
「心配すんな。これくらいのケガ、野球じゃ日常茶飯事だろ?
ほら、とも子、マウンドに戻れよ」
とも子は表情を変え、こくりとうなずいた。とも子はこれで投げる手が縮こまったかと言えば、そうでもなく、引き続きオレの左肩目がけ投げた。オレもびびることなく、右バッターボックスでとも子の目標になり続けた。20球30球と投げてるうち、タマもはっきり曲がるようになり、50球目になると、ど真ん中にカーブが来るようになった。しかし、オレはここでカーブの練習を打ち切った。そして、いつものように50球ストレートを投げさせた。ピッチングの基本は、あくまでストレート。カーブの練習中はカーブに集中させたいが、半分は基本を優先させた。
※
その後はみんなといっしょに守備練習。そして6キロのランニング。練習後が終わると、いつものようにとも子と北村とバス下校。とも子は登校はマラソンだったが、帰りはバスにしたいらしい。
いつものようにバスの中で北村と別れると、オレととも子は昨日と同じファミレスに入った。
※
オーダー。とも子は昨日と同じように、メニューの巨大なイチゴのパフェを指し示した。とも子の横に座ってたオレは、慌ててその手を押さえた。
「だめ!! そんなの食べてたら、強いピッチャーになれないよ」
とも子は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で「はい」と答えてくれた。そんなわけで、今日のオーダーは、アイスコーヒー2つとなった。
とも子がさっと筆談用のノートに書いた。
「あご痛くないですか?」
「大丈夫だよ」
「でも、赤くなってますよ」
「ふっ、言ったろ。野球じゃ、デッドボールは日常茶飯事なんだよ。これくらいで痛がってたら、野球なんかやってられないよ」
とも子は安心したのか、ちょっとほほ笑んだ。が、すぐに真面目な顔になり、ちょっと間を空け、そしてノートに書いた。
「私、甲子園で優勝できますか?」
い、いきなり何書くんだ?… オレは一瞬絶句したが、すぐに我に返り、答えた。
「しょ、正直言って、ちょっとむりじゃないかな」
「私の力が足りないからですか?」
とも子の恐ろしいほどの真剣な目が、オレの目を捉えた。いいかげんな返答じゃ、納得してくれそうになかった。
「とも子のピッチングはすごいよ。カーブを身につければ、かなり行けると思うよ。
でもね、野球は9人でやるもんなんだよ。とも子のピッチングがすごくっても、残り8人のレベルが低いと、どうしようもないんだよ。うちらの力じゃ、甲子園で優勝どころか、甲子園に行くレベルにもないんだよ」
とも子はとても残念そうな顔をした。ふととも子の手が伸び、オレの左腕の醜い手術あとに触れた。そう、あの事故がなきゃ、オレは甲子園の優勝旗を握ってたはず。とも子もそれを知ってるらしい。
ふととも子の目に哀しいものを感じた。とも子はまじで甲子園で優勝する気だったのか? 夢を見るにしても、限度ってものがある。かと言って、とも子の夢を簡単に否定したくはないし…
「ともかく夏の地区大会は、行けるところまで行こう。とも子のピッチングがあれば、きっとベスト8まで行けるよ」
オレはとりあえず、ぎりぎり実現できそうな夢を提示した。しかし、とも子は笑顔でうなずいてくれた。
その後、2人は例のマンションのエントランスでまたキスをし、別れた。
※
5分、10分… とも子はいつまで経っても来なかった。皆川一丁目、オレが毎朝使ってるバス停。今朝のオレは、学園の制服姿ではなく、体操着姿だった。制服は背中のリュックの中である。
15分後、ようやくとも子の姿が見えてきた。オレがちょっと早過ぎたようだ。やはり体育着姿のとも子は、オレの前にくると、いつものにこっとした顔を見せてくれた。そして2人は、聖カトリーヌ紫苑学園へと並んで走り出した。
※
放課後。今日もカーブの練習。とも子はもうど真ん中にカーブを投げられるようになっていた。しかし、今とも子が投げているカーブは、右バッターの肩口からど真ん中に曲がって来るもの。これはもっともホームランになりやすいカーブ、いわゆるハンガーカーブである。しかし、ちょっとずらす… 例えば、最初っからど真ん中に投げた場合、右バッターの撃ちごろゾーンからボールゾーンに逃げて行くカーブになる。超ハイスピードボールのあとにこのカーブを投げると、たいていのバッターは空振りするか、凡打に終わる。逆も同じ、このカーブのあとに超ハイスピードボールを投げれば、バッターはまったく手を出せないはず。このカーブはとも子の切り札の1つとなるはずだ。
※
練習が終わり、いつもの6キロランニング。そのあともオレは、とも子とマラソンで帰るつもりだったが、とも子はどうしてもバスで帰りたいらしい。そんなわけで、この日はいつものように、北村とともに、とも子とバスで帰路についた。北村が途中下車したあと、また例のファミレスに行き、またとも子とおしゃべりを楽しんだ。とも子はこのおしゃべりを大切にしたいようだ。だから下校はバスにしたいらしい。でも、とも子の話すことは、野球のことばかりだった。とも子はまじで甲子園に行き、優勝したいらしい。筆談でも熱い思いがひしひしと伝わってきた。しかし、なんでそこまで甲子園優勝にこだわってるんだろう?…
※
いつしかオレととも子は切っても切れない仲になっていた。2人は野球部の練習が終わると、必ずどこかのファミレスに行き、おしゃべりを楽しんだ。でも、相変わらずとも子は、甲子園で優勝することばかり話してた。
一度なんでそんなに甲子園で優勝したいのか、訊いてみたことがあった。どうやら昔ほれてた男がものすごいピッチャーだったらしく、甲子園に出たものの、決勝戦で負けてしまったらしい。その男に代わって、深紅の優勝旗を手にしたいとか。いったいどんな男だったんだろう、そいつは?…
しかし、甲子園の準優勝投手にほれてたなんて… 実はオレのおじいちゃんも、甲子園の準優勝投手だったのだ。縁とは不思議なものである。