goo blog サービス終了のお知らせ 

競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第4話

2007年08月12日 | エースに恋してる
 バッターボックスに柴田が入った。妙にへらへらとした顔だ。中学時代のやつは、こんなふざけたやつじゃなかったのに…
 とも子が1球目を投じると、柴田は初球から撃ってきた。が、ポップフライ。しかし、タマはサードとレフトの間にぽとりと落ちた。そんな… どう見ても今のフライは、ショートが補りに行くフライだろ? オレは即座にマウンドに内野手を集め、ショートの箕島をにらんだ。
「箕島、なんで捕りに行かなかったんだ? おまえの守備範囲だろ」
「す、すみません…」
「おまえ、何年野球やってんだ?」
「に、2年とちょっとです…」
 2年とちょっとって…
「お、おまえ、高校に入るまで、野球やったことなかったのか?」
「は、はい…」
 な、なんだ、こいつ、野球をバカにしてんのか? 前々から守備がヘタクソなやつだと思ってたが…
 オレの脳の中で何かがプチンと切れた。
「箕島、野球やめろ!! おまえなんか、野球やる資格、ねぇーよ!!」
 箕島は愕然としたようだ。と同時に、他のナインの冷たくしらけた視線を感じた。なんだよ、本当のこと、言ったまでだろ!?
「キャプテン、言い過ぎだ!!」
 中井がかみついて来た。
「どこが言い過ぎだ!? 野球ってーのはなあ、小さいときから切磋琢磨して身体にたたき込んでいくものなんだぞ・ それなのに、こいつときたら… こいつは野球をバカにし過ぎだ!!」
 ちょっと間を空け、中井がゆっくりと口を開けた。
「オ、オレも…、オレも高校に入ってから野球を始めました!!」
 今度はオレが唖然としてしまった。正直うちでもっとも使えるプレイヤーは中井なのだ。中井が野球の初心者であるはずが絶対なかった。
「中井、うそをゆーな!!」
「うそじゃありません!!」
 オレは中井の目をにらんだ。中井もオレの目をにらんだ。2人は、いや、我が学園ナイン全員が緊迫して動けなくなってしまった。
 が、
「おいおい、何にらみ合ってんだよーっ!!」
「男同士、気持ちわりーんだよ!!」
 とゆー城島高校のヤジで、オレは我に返った。
「と、ともかく、箕島、おまえ、帰れ!!」
「は、はい…」
 箕島がとぼとぼと歩き出した。が、1つの小さな人影が、箕島の前に立ちふさがった。両手を大きく広げたとも子だった。とも子は首を横に振った。
「とも子、何やってんだよ」
 オレがとも子を怒鳴ると、すかさずとも子がオレの顔をにらみ返してきた。初めて見る、とも子の怖い目だった…
「う…」
 オレはびびってしまった。オレがこんな小娘にびびるなんて… で、でも、こんなことでとも子に嫌われたくないのも心情…
「わ、わかったよ…。
 箕島、帰らなくっていいぞ」
 箕島はきょとんとした顔を見せた。オレはそんな箕島から視線をはずし、こう吐いた。
「ショート守ってろって、言ってんだよ!!」
 オレが1塁ベースに帰ると、ランナーの柴田のへらへらとした顔が待っていた。
「いや~、なかなか見ごたえのある演技でしたよ」
 オレはやつを無視し、マウンド上のとも子を見た。とも子はいつもの笑顔でオレを見返してきた。どうやらとも子には嫌われてないようだ。
 しかし、オレがこんなにも女に弱かったなんて… 女にほれてしまうと、男はみんな、こーも骨抜きになってしまうものなのか?…
     ※
「ヘイヘ~イ、ピッチャー隙だらけ~!! 隙だらけ~!!」
 オレの横で柴田がとも子に盛んにヤジを飛ばしてた。品のないヤジだ。しかし、やつのゆーとーり、初めて見るとも子のセットポジションは、どこかぎこちなかった。
 今度は福永が代打で出て来た。とも子がモーションを起こすと、柴田はさっとダッシュした。盗塁だ。キャッチャーの北村は、2塁に送球することさえできなかった。完璧にモーションを盗まれたとも子は、ちょっとショックを受けたようだ。オレは慌ててマウンドに駆け寄り、とも子に声をかけた。
「澤田さん、慌てんな。これはただの揺さぶりだ。どーしても気になるようだったら、構わずけん制球を投げろ」
 とも子はうなずいた。
 ふとバッターボックスの方を見ると、福永の野郎がオレをへらへらとした顔で見てやがった。どうやらオレをバカにしてるらしい。けっ!!
     ※
 2球目。福永はその投球前から送りバントの構えを見せた。オレは浅めに守り、とも子の投球と同時にダッシュした。福永、バント。なんと、その打球はファーストのオレの目の前に転がって来た。バントミスか? 通常2塁にランナーがいるときは、盗塁が怖いので、サードはバント処理のためのダッシュができない。ゆえにこーゆー場合は、3塁方向にバントするのが定石。逆に1塁方向にバントすると、ファーストはランナーを気にすることなくダッシュできるので、よほどへたなファーストでない限り、3塁手前でランナーは刺すことができる。
 オレは打球を素手で掴むと、3塁に送球した。完全にアウトのタイミング… が、しかし、オレの送球は山なりだった。楽々セーフ… 次の瞬間、オレの身体にたくさんの鋭い視線が一斉に刺さった。仲間のナインの視線だ。
「キャプテン、あんた、よくその送球で箕島にやめろと言えましたね!!」
 城島高校ナインの情け容赦ない罵声と嘲笑も、オレを痛めつけた。竹ノ内監督の視線もきつかった。オレは情けなかった。どうしようもなく情けなかった。なんでもいいから、ともかくこの場から逃げ出したくなった。
     ※
 中学時代のオレは、いつも順風満帆だった。ダイヤモンドの中では、何をやってもうまく行った。そのせいか、オレはミスするやつは、絶対許さなかった。試合中でもミスしたチームメイトを平気でののしった。それでも気が済まないときは、ベンチ裏に連れてって、何発もビンタを食らわした。特にビンタを食らったのが、今3塁にいる柴田だ。そーいや、今1塁に立っている福永は、ビンタを食らわそうとしたら、失禁したことがあったっけな。もちろん、竹ノ内監督から何度も注意された。でも、オレはまったく聞かなかった。
 そう、今オレは、やつらからしっぺ返しを食らってるのだ。やつらはオレの左腕の自由がきかないことを知ってて、わざとオレの目の前にバントしたのだ。
     ※
 カキーン!! 乾いた金属音が鳴り響いた。次のバッターの金属バットがとも子のタマをジャストミートしたのだ。打球は軽くフェンスを越えた。ついに0対0の均衡が崩れた。
 セカンドの鈴木とサードの中井とショートの箕島とキャッチャーの北村がマウンドに集まって、とも子をはげました。オレも内野手なんだから… いや、キャプテンなんだからはげましに行かなくっちゃいけないのに、なぜか行く気になれなかった。
 北村たちがそれぞれのポジションに散った。その直後、とも子はオレと視線を合わせた。なんとも情けない目だ。「キャプテン、助けて」と言ってるようだ。しかし、オレは視線をはずしてしまった。
 次の城島高校のバッターが、とも子の初球を完璧に捉えた。カキーン!! 連続ホームラン… マウンド上のとも子は、ただ呆然と立ってるだけになってしまった。限界だ。なんとかしないと…
 オレはタイムをかけると、振り返り、ライトを守る唐沢を見た。
「唐沢、替われ!!」
 しかし、唐沢は微動だにしなかった。あんにゃろ~、シカトしてるな。オレは怒鳴った。
「唐沢、替われと言ってんだよ!!」
「おいおい、キャプテンさんよう、ピッチャー交替ってゆーのは、監督の権限だろ?」
 減らず口を叩きやがって… オレは今度は監督の方を見た。
「監督、ピッチャーを唐沢に替えてくれ!!」
「唐沢、替われ!!」
 監督は間髪入れずに大きな声を出してくれた。
「はいはい、わかりました、わかりました」
 唐沢はしぶしぶとした態度で、マウンドに向かった。
     ※
 唐沢は後続3人をいともかんたんに斬って取って見せた。その間、オレはベンチに座ったとも子を何度も見た。とも子はずーっとうつむいていた。
 攻守交替。うちの最終回のトップバッターはオレ。オレはあえてベンチを見ずにバットを握り、バッターボックスに立った。何としても一矢報いたかった。しかし、凡ゴロだった。
 ベンチに帰ると、たくさんのしらけた目がオレを出迎えた。オレはそれを無視して、ベンチの一番端に座った。ふととも子のことが気になった。でも、他のナインと視線を合わすのが怖くって、顔を上げることができなかった。
     ※
 この回3人目のバッターも、三振に倒れた。ゲームセット。結局パーフェクト負け…
 両校のナインがホームベースを挟んで並び、型通りのあいさつをした。もちろん、オレも並んだ。でも、両校のナインの視線が怖くって、ずーっと下を見ていた。
 なんて最低なんだ、オレって… 実は以前にも似たようなことがあった。
 オレはここに入部したとき、生ぬるい雰囲気に愕然としてしまった。オレは途中入部にもかかわらず、実績を買われて即キャプテンに抜擢されたが、さすがに新参者だったので、何もゆーことができず、悶々とした日々を過ごした。そんな反動でか、去年春新入生が入ってきたとき、オレはそいつらを過剰にしごいてしまった。結果、10日もしないうち、全員辞めてしまった… 
 オレは猛烈に反省した。もう2度と独りよがりはしまいと誓った。なのに、今日またやってしまった…
 はたしてオレは、野球を続ける資格があるのだろうか? わからない、ぜんぜんわからない… ただ、ここにいづらくなったのはたしかなようだ。
     ※
 試合後のロッカールーム。みんなが着替え、身体の汚れを拭いてる最中、オレは端っこの方に立ってた。みんなの視線を避けるため、壁をむいて着替えようと考えたが、それではあまりにも惨めだし、だからと言って、みんなの視線を真っ正面から受けることもできず、横を向いて着替えをしてた。オレはこの部屋から最後に出たかった。だから、わざとゆっくりと着替えた。
 だれ一人、口を開けなかった。ただ、だれかがわざとらしく、何度か咳払いをした。そのうち、みんなロッカールームから出て行った。が、北村だけが残っていたようだ。
「キャプテン、いっしょに帰りましょ」
 オレは横を向いたまま、こう返答した。
「す、すまん… 今日は1人で帰りたいんだ」
 それに対する北村の反応は、いっさいなかった。ほんのちょっと間を置いて、ドアを開け出て行く音がした。
 これでようやく帰れる… オレは自分のスポーツバッグを手にした。が、その瞬間、再び部室のドアが開いた。北村が戻って来た? いや、とも子だった。とも子は女ってことで普段は女子テニス部の部室を借りて着替えをしてるのだが、なぜかユニホーム姿のままだった。
 とも子は唖然としてるオレに、筆談用のノートに何かを書き、見せた。
「私を強いピッチャーにしてください」
 そのとも子の目はとても哀しく、なおかつ真剣だった。オレは今日、キャプテン失格になった。だから、他人に野球を教える立場にはないと思う。でも、女の頼みにそむくなんて、オレにはできそうもなかった。
 オレもとも子の瞳を真剣に見た。
「強くなりたいのか?」
 とも子はうなずいた。
「オレの練習は、めちゃくちゃきついぞ」
 その問いかけに、とも子はいつもの笑顔でうなずいた。
「わかった。じゃ、善は急げだ。今すぐ始めるぞ」
 オレは再び着替えようと、制服を脱ぎ出した。と、ふととも子の姿が目に入った。いけねぇ、とも子は女だった。
「澤田さん、ちょっと着替えるから、外で待っててくれないか?」
 とも子はにこっとすると、ドアを開け、部室の外に出て行った。相変わらずかわいい笑顔だ。オレはとも子の笑顔に弱いんだよなあ…

エースに恋してる第3話

2007年08月11日 | エースに恋してる
 バスの中、北村と彼女は並んで腰掛けた。で、オレはとゆーと、2人の後ろの席に座った。北村はいろいろと彼女に質問し、とも子は筆談でそれに答えていた。2人は今日初めて会ったはずなのに、とても仲良く見えた。まるで古い友人のようだ。キャッチャーはよく「女房」と言われるが、これじゃどっちが女房なんだか…
     ※
 北村が降りるバス停が近づいてきた。北村が名残惜しそうにバスを降りた。彼女は北村にお別れの手を振ったが、やつの姿が完全に消えると途端、突然振り向き、オレの顔を見た。その目はいつものにこっとした目ではなく、かなり真剣な目だった。オレは一瞬あせった。しかし、筆談用のノートを見せられ、ちょっと拍子抜けした。それにはこう書いてあった。「隣りに座っていいですか」
「あ… ああ、いいよ」
 そうオレが返事をすると、とも子はいつものにこっとした顔を見せ、オレの右隣りに座ってきた。オレにぴたっと密着して… オレはまじでびびった。女の子にここまで接触されたのは、いったい何年ぶりだ?
 彼女はそんなオレを見て、またにこっとした。そして今度は、オレの右の二の腕に左手を巻き付け、頬をすり寄せてきた。
「な、なんなんだよ、いったい…」
 オレの顔は、すぐさま真っ赤になってしまった。心臓の音が異常に速く、なおかつ強く打ち始めた。
 ふいに次のバス停をコールする車内放送が流れた。
「次は皆川一丁目、皆川一丁目」
「オ、オレ、ここで降りなくっちゃ…」
 と言うと、彼女はふと悲しい目をオレに見せた。しかし、すぐにまた普段のにこっとした顔に戻った。
 オレは定期券を運転士に見せ、バスを降り、歩き出した。と、ふと後ろからの視線を感じた。きっとあの子の視線だ。オレはピッチャーをやってたせいか視線を浴びるのは慣れっこだったが、こーゆー視線を浴びるのは初めてだ。振り返りたい。振り返りたいが、あえてここは振り返らず、オレは真っすぐ歩き続けた。
     ※
 しかし、なんでとも子はバスの中であんなことをしたんだ? オレにほれたのか? 初めて会ったのは昨日だから、一目ぼれ? それとも、中学時代からのファン? もしかしたら、聖カトリーヌ紫苑学園に転入して来たのは、オレが目当てだったのかも…
 オレは布団の中でいろいろ考えを巡らせた。とも子の頬の温もり、お風呂に入ったとゆーのに、オレの右手には、なぜかそれがまだ残っていた。
 いつもはこの時間になると、あの恐怖に顔を引きつらせた女の子の顔が浮かんでくるのだが、今夜はとも子のことで頭が一杯だった。
     ※
 翌日の授業中、オレはずーっととも子を見ていた。彼女の席はオレのより前だから、オレは彼女の後頭部しか見ることができないのだが、それでもオレは、なんとも言えない幸せを感じていた。授業なんか、もうどうでもよかった。
 しかし、とも子の人気は相変わらずだった。休み時間になると、彼女の回りには必ず人垣ができた。野球部に入ったことが、それに拍車をかけたようだ。
「ともちゃんが投げるタマは、めちゃくちゃ速くって、ボクでも捕るのがやってなんだよ」
「へぇ~、すご~い」
 北村のやつ、とも子の豪速球のことしゃべりまくってる… おいおい、北村、頼むからそんなにチームの秘密をばらすなよ。
 そして、放課後が来た。
     ※
 ナインが守備練習している傍ら、ブルペン用に設けられたスペースでとも子が北村相手にピッチング練習を始めた。彼女の豪速球を受けるたび、北村のミットはビシッ、ビシッと鳴った。いい音だ。監督はそのとも子のピッチングに魅入っていた。監督もこれなら勝てるとゆー自信がわいて来たんだと思う。
 が、しかし、正直なところ、彼女のピッチングには大きな欠点がある。でも、その欠点は高校野球程度じゃ、めったに表面化しないと思う。ま、甲子園を狙ってるとしたら、矯正しなくっちゃいけないと思うが…
     ※
 ふと1台のバスがオレの視界に飛び込んできた。グランドの向こう側にある道路を低速で走ってるバスだ。そのバスが角を曲がり、こちらに向かって来た。そのバスの横っ腹にはこう書いてあった。
 城島高校。
 城島高校とは、野球で有望な中学生を高額な奨学金で次々と釣っている、言わば本気で甲子園を狙ってる高校である。オレの中学時代のチームメイトも何人か釣られてた記憶がある。なんか、すごくいやな予感がしてきた…
     ※
 城島高校のバスがグランドの通用門の脇に停まり、1人の男が降りて来た。
 竹ノ内監督、中学時代の恩師…
 竹ノ内監督は城島高校野球部のウインドブレーカーを着ていた。どうやら竹ノ内監督まで城島高校に釣られてたらしい…
「いや~、久しぶりだなあ」
 竹ノ内監督はへらへらとした顔でオレに声をかけてきた。こんな顔をする監督じゃなかったのに… オレはわざとけげんな顔を見せ、返答してやった。
「なんの用ですか?」
「いやな、キミがここにいると聞いてね。なんか、急にキミに会いたくなってね… ユニフォームを着てるところを見ると、どうやらリハビリはうまく行ったみたいだな。
 どうだ、ついでと言っちゃなんだが、今ここで我が校と練習試合をしてみないか?」
「な、何言ってんですか? とてもじゃないですが、うちはあなたたちの練習相手にはなりませんよ!!」
 心配になったうちの監督が、くちばしを挟んできた。監督のゆーとーりだ。聖カトリーヌ紫苑学園と城島高校じゃ、レベルが違い過ぎる。練習試合なんて、どう考えたってむりだ。
 しかし、竹ノ内監督はどうしてもうちとやりたいみたいだ。
「いや~、心配することないですよ。うちは二軍しか出しませんから。
 実はね、今春の公式戦をやってきたところで。だから今は、二軍しか使えないんすよ」
「し、しかし…」
 うちの監督は、それでもためらった。当たり前だ。城島高校は二軍でも、それでも我が学園よりはるかに上。監督が考えてる通り、ここはていねいにお断りした方が得策だと思う。でも、うちには今とも子がいる。とも子がどこまで通用するのか、試してもみたい…
「どうです、監督、5回までやってみては?」
「そ、そうだな、5回くらいなら…」
 監督はオレの提案を受け入れてくれた。
「じゃ、5回までとゆーことで」
 とゆーと、竹ノ内監督は振り向き、バスに声をかけた。
「おーい、みんな、降りてこーい!!」
 バスから城島高校ナインが降りて来た。みんなふてぶてしい顔だ。特に見覚えのある2人が、オレを見てにやっと笑った。柴田と福永。中学時代、同じ釜の飯を食った仲だ。こんなところで、この2人に会うとは…
「いや~、キャプテン、久しぶりですねぇ~」
 柴田がへらへらとした顔でしゃべりかけてきた。ちっ、カンに触るやつだ。
     ※
 うちはホームとゆーことで、後攻めとなった。とも子がマウンドに立ち、北村相手にピッチング練習を始めた。
「お~い、女の子が投げてんぞ!!」
「かわいい~」
「パンツ見せて~」
 城島高校ナインが野球人にあるまじきヤジと嘲笑をとも子に浴びせた。竹ノ内監督、あんた、変わっちまったな。オレの知ってる竹ノ内監督は、教え子がこんな下品なヤジを飛ばしたら、即行ぶん殴ってるはず。
「気にすんな」
 オレはとも子のそばまで行って、そう声をかけた。とも子はうなずいてくれた。
「いつも通り投げれば、絶対大丈夫!!」
 とも子は今度はオレの目を見て、瞳で「はい」と答えた。
     ※
 いよいよとも子の1球目。推定時速140キロのスピードボールが、北村のミットを鳴らした。バッターは呆然と見逃すしかなかった。下品なヤジを飛ばしまくっていた城島高校ナインが、とたんに沈黙した。ふふ、どうだ、とも子の実力は!!
 城島高校の1・2・3番バッターは、とも子の豪速球に空振りを繰り返し、3者三振に倒れた。オレが想像してた以上の出来だった。しかし、これでやつらも本気モードに入った。2回以降、短めにバットを持ち、こつこつと当ててきた。それでもやつらは、とも子の豪速球に負け、次々とポップフライを撃ち上げた。ときどきファールで逃げるやつもいたが、そのときは例の150キロを超える豪速球で空振りさせた。「行ける!!」と言いたいところだが、実は我が学園の打線も、城島高校の二軍のピッチャーに、完全に沈黙していた。
     ※
 両軍とも1人もランナーを出せないまま、いよいよ試合は5回表に突入した。とも子がこの回を押さえ切れば、一応我が学園の負けはなくなる。
 と、竹ノ内監督が突如立ち上がり、声を挙げた。
「ピンチヒッター、柴田!!」
 柴田って… あいつ、レギュラーだろ!?
「監督、約束が違うぞ!!」
 オレは竹ノ内監督を怒鳴った。それに対し、竹ノ内監督は余裕で答えた。
「うちの二軍がぜんぜん撃てないんだ。このへんで一軍を出してもいいんじゃないのか?
 だいたいキミんとこのピッチャーだって、これじゃ、なんの練習にもならんだろ?」
 一理ある。それにとも子の限界を試してみたい気もある。とも子のスタミナもまだ十分あるようだし、オレは竹ノ内監督の提案を受け入れることにした。

エースに恋してる第2話

2007年08月10日 | エースに恋してる
 次の朝、いつものように学園に行くと、我がクラスの朝のホームルームは、いつもと違う雰囲気が漂っていた。なんでも、今からこのクラスに転校生が来るのだが、どうも言葉が不自由な人らしい。正直このクラスにはイジメなんてものはないと思う。先生、あんた、担任なら、少しはオレたちを信用しろよ。
「澤田さん」
 先生が呼ぶと、いよいよそいつが教室に入って来た。高校生にしては小さな影、標準より大きな目… な、なんとそいつは、昨日オレを三振に斬って取ったあの女の子だった。こんなに小さいのに、オレと同学年だったなんて…
 彼女の名前は澤田とも子。昨日は学園を下見に来てたのか? 言葉が不自由… そーいや、昨日は一言もしゃべってなかったな。
 彼女… 澤田とも子は、昨日オレに見せた笑顔をみんなに振り撒いた。
「きゃー、かわい~」
 複数の女生徒たちの黄色い声が聞こえてきた。彼女のすてきな笑顔に、クラスのみんながあっとゆー間に懐柔されてしまったようだ。でも、オレだけは彼女に熱い視線を送っていた。
「昨日あいさつ代わりにオレを三振に斬って得ったんだ。野球部に入る気、あるよね?」
     ※
 1時間目が終わると、彼女のほほ笑みのとりこになってしまったクラスの連中が、さっそく彼女を取り囲んだ。ほとんどが女子だったが、中には男子もいた。男子で一番積極的だったのが、オレと同じ野球部でキャッチャーをやってる北村だった。北村は女子の問いかけに筆談で返事してるあの子に、手話で話しかけた。北村の両親は聾唖者だ。だから彼女には、人一倍親しみを感じたんだと思う。しかし、彼女はそんな北村にほほ笑みながら筆談で返事をした。
「私は耳の方は健常ですよ」
 おいおい、北村、それくらい気づけよ。
 しかし、すごい人気だなあ… これじゃ近づけやしないや。昨日のことを話しつつ、野球部に誘うつもりだったのだが、これじゃ、とてもじゃないがむりだ。次の休み時間も、その次の休み時間も、彼女はモテモテで、とても近づける状況になかった。
 そして、放課後。しかし、彼女は授業が終わると、そそくさとどこかに消えてしまった。初日ってことで、早く帰ってしまったらしい。しょうがない、また明日誘うことにしよう。
 オレはしかたなく、いつものように野球部の部室に行った。しかし、部室では思いもよらない人が待っていた。
     ※
「キャプテン、澤田さんが!! 澤田さんが!!」
 オレが部室のドアを開けると、明るさ半分、驚き半分の北村が出迎えた。
「ど、どうしたんだよ?」
 と、北村の背後にあの子の姿が… な、なんでここに?
 彼女は例のにこっとした笑顔で、オレに筆談用のノートを見せた。それにはすでにこーゆー書き込みがあった。
「私、野球部に入りたいのですが、よろしいですか?」
 ま、まじかよ… 思った以上の展開に、オレはフリーズしてしまった。が、すぐに我に返り彼女の顔を見ると、彼女はまだにこっとしてた。しかし、何かを求めてるようだ。そ、そうだ、返答だ。
「も、もちろんいいよ。か、歓迎するよ!!」
 オレはうわずった声でなんとか返答した。すると彼女は、ほほ笑みながらオレに右手を差し出してきた。どうやら握手を求めてるようだ。オレは慌ててその手を握った。が、慌てて握ったせいか、力を入れ過ぎていた。オレははっとそれに気づくと、慌てて手を離した。
「ご、ごめん…」
 しかし、彼女の笑顔はぜんぜん曇ってなかった。
「あは、あはははは…」
 照れ笑いなのか、苦笑いなのか、はたまた嬉しさのあまり出た笑いなのか、オレも思わず笑ってしまった。
「あ、キャプテンだけずる~い」
 と北村が一言。すると彼女は、北村にも握手を求めた。
「あはは…」
 北村は彼女の右手に両手で握手した。その北村の顔も笑ってた。それは明らかに照れ笑いだった。
 ともかく、あの子のピッチングが手に入った。これで最低1勝はできる!!
     ※
 さて、オレと北村は澤田とも子の入部に大歓迎だが、それ以外の部員は、はたしてどーゆー態度を示すだろうか?
 30分後、全員揃った野球部員の前で、監督から彼女の入部が発表された。しかし、どこか不評のようだ。オレはその雰囲気にムカついた。
 部員のだれかが口を開いた。
「あの~、監督、マネージャーですか?」
「いや、ピッチャーだよ」
 監督が返答する前に、思わずオレが答えてしまった。
「キャ、キャプテン?…」
 けげんな目がオレに集中した。
「キャプテン、ご冗談でしょ」
 それは一応のエースの唐沢の発言だった。こんなちっちゃな女にオレが負けるはずがないだろ、とでも言いたいようだ。正直、彼女は唐沢の一万倍は使える。何も知らないとは恐ろしいものだ。
 オレはにやっとしながら、唐沢にこう言ってやった。
「冗談じゃないよ。なんなら、唐沢、ちょっと勝負してみるか?
 監督、OKっすよね?」
「あ…、ああ」
 監督はちょっと戸惑いながらも、了解をくれた。
「キミもいいよね」
 彼女は例のほほ笑みで「了解」と答えてくれた。とゆーわけで、いきなし澤田とも子のピッチングのお披露目となった。
     ※
 マウンドに彼女、バッターボックスに唐沢が立ち、キャッチャーボックスに北沢が座った。それ以外の野球部員は、オレを筆頭にグランドの端で立ち会いである。正直唐沢はピッチャーとしてはいまいちだが、バッターとしては意外と使える。デモンストレーションにはうってつけの人材だ。
「澤田さん、遠りょしなくていいんだぞ。思いっきり投げろ!!」
 オレの呼びかけに、彼女はいつもの笑顔で返答してくれた。
 さー、見せてやれよ。あんたの豪速球を… と、北村が防具を着けずに構えてやがる…
「おい、北村、防具くらい着けろよ!!」
「え?」
 北村はけげんな顔を見せた。そーいや、あいつも彼女のピッチングを知らなかったんだっけ。このままあの子の豪速球を受けるのは危険だ。オレはキャプテン権限で北村にプロテクターなどの防具を着けさせた。その間、唐沢は… いや、部員全員は、オレと北村をしらけた目で見ていた。女ってことで、明らかに彼女を見下してる。ま、昨日のオレもそうだったから、人のことは言えないが…
     ※
 さあ、仕切り直しだ。彼女はぎこちなく振りかぶり、そして1球目を投げた。次の瞬間、唐沢と他の野球部員の目は点になり、北村はマスクに豪速球とゆー強烈なパンチを食らった。
「あはは、す、すごいや…」
 尻もちをついたままの北村が、そう言って苦笑いをした。唐沢は「そんなバカな!!」とゆー顔でとも子を見た。それ以外の部員は一瞬沈黙したが、そのうちざわざわとした声になった。しかし、あの子だけは相変わらず例のにこっとした顔だった。
 これで少しはわかったはず。バットを構え直した唐沢の顔も、本気モードに変わった。
     ※
 2球目。いつもより短めに持った唐沢のバットが、彼女の豪速球に食らいついた。が、1塁側へのファール。完全に振り遅れだ。しかし、唐沢はそのファールボールの行方を確認すると、彼女に向かって不敵な笑みを浮かべた。どうやら撃てる感触を得たようだ。ふふ、昨日のオレと同じだ。
     ※
 そして、3球目。前2球と同じ速さのストレート。唐沢がバットを振ると、そのタマはポップフライとなった。完全に澤田の勝ちだ。
「唐沢、お前の負けだ」
「ふ、今のは撃ちそこねですよ」
 往生際の悪いやつだ。
「じゃ、あともう1球。いいかい、澤田さん?」
 彼女はその呼びかけに、またにこっとした顔で答えた。
「澤田さん、遠りょしなくていいんだって。ビシッと行っちまえよ!!」
 彼女はこくりとうなずいた。今度はちょっと真面目顔だった。
     ※
 さあ、最後の1球。ついに彼女は、あのすさまじい豪速球を投げた。時速150キロ、いや、それ以上のスピードボール。唐沢は完全に振り遅れた。キャッチした北村は、かなりの衝撃を受けたのか、その姿勢のままフリーズしてしまった。
 全員フリーズした中、最初に沈黙を破ったのは監督だった。
「す、すごい… こんなすごいタマを投げられる女の子がいたなんて…」
「どうです、監督。うちのエースにしては?」
「ああ、そうだ、そうしよう」
 オレの提案に監督はそう答えてくれた。こうして、我がチームの新エースが誕生した。
     ※
 とも子の入団デモが終わり、いつものように野球の練習をし、そして練習が終わった。オレと北村は帰る方向が同じで、いつも同じバスに乗って帰ってた。今日も北村とバス停でバスを待ってると、とことことこっと駆けてくる1つの人影があった。とも子だった。
「澤田さんもこのバスで帰るの?」
 北村のその質問に、彼女は首を縦に振って答えた。どうやら彼女の帰る方向は、オレたちと同じらしい。3人は停車したバスに乗り込んだ。

エースに恋してる第1話

2007年08月09日 | エースに恋してる
 コールド負け… 我が聖紫苑カトリーヌ学園野球部の春季高校野球大会は、またしても1回戦で終わってしまった…
     ※
 野球に力を入れてる高校だったら専用のバスがあったり、バスをチャーターしてくれたりするのだが、我が聖紫苑カトリーヌ学園にそんなものがあるはずもなく、オレたちは球場の最寄りの駅までとぼとぼと歩いた。駅まではほんの10分くらいなのだが、やたら長い道のりだった。
 帰りの電車の中は、まるで葬式の帰りのようだった。なんとも言えない重苦しい空気がオレたちナインを包んでいた。みなうなだれ、だれ一人口を開こうとしなかった。
 そんな中、オレは自分の左腕を恨めしそうに見た。この腕がなんともなければ、オレの野球人生は、こんな惨めなものじゃなかったのに…
     ※
 あれは3年前、オレが中3のときのこと…
 あの日オレは早朝の試合に出るため、おじいちゃんが運転する軽トラックの助手席に乗っていた。早朝のせいか、道路はガラガラ、信号もほとんどが点滅状態だった。
 その交差点の信号も点滅状態だった。こっちから見て、黄色の点滅だった。その交差点に軽トラックが差しかかったとき、右側からものすごい勢いでなにかが突っ込んできた。免許取り立ての高校生が運転する黄色いスポーツカーだった。おじいちゃんは即死、オレは利き腕の左腕をぐちゃぐちゃにされた…
     ※
 自分でゆーのもなんだが、当時オレはものすごい剛腕のピッチャーで、マウンドに立てばいくらでも三振の山を築くことができた。獲れるタイトルはすべて手に入れ、甲子園の常連高校はどこもオレに誘いの手を伸ばしていた。
 が、あの事故でオレの野球人生は一転した。来る日も来る日も苦しいリハビリにはげんだが、左腕はなかなか回復せず、一度は推薦入学を許してくれた甲子園の名門校にもいられなくなり、今の学園に転入してきた。
 しかし、どうしても野球を忘れられなかったオレは、この学園でも野球部に入った。山なりのボールしか投げられなかったオレは、思い切ってファーストに転向した。
 だが、この野球部は情けないほど弱かった。むりもない。実はこの聖カトリーヌ紫苑学園は、3年前までは女学園だったのだ。つまり、今の3年生が野球部1期生なのである。厳しい上下関係がなかったせいか、野球部とは思えないほどのぬるい世界だった。当然勝てるはずがなく、連敗に次ぐ連敗。公式戦どころか、練習試合にさえ1つも勝てなかった。中学時代連勝が当たり前だったオレには、毎日が屈辱だった。
     ※
 学園の最寄りの駅にオレたちが降り立つと、監督は解散を宣言した。オレたちの心労を配慮しての解散だと思うが、オレは納得がいかなかった。自分自身へのいらだち。それを押さえるには、ともかく練習しかなかった。
 オレは中井に声をかけ、やつといっしょにバスで学園に戻ると、すぐにグランドでキャッチボールを始めた。肩が暖まったところで中井を座らせ、全力投球… のつもりなのだが、やはり山なりだった。何度投げても何度投げても、オレの投げるボールに勢いは出てこなかった。あぁ、もう一度中学生のときに投げていたあの豪速球を投げたい…
 オレは悲しくなってしまい、マウンド上でうなだれてしまった。
「キャプテン、バッティング練習しましょうよ。オレが投げますから」
 中井が見かねたのか、そう言ってくれた。
「OK」
 オレはやつの誘いに乗って、バットを握った。カキーン!! 中井が撃ちごろのタマを投げると、オレのバットはいとも簡単にそのタマを弾き返した。タマは広いグランドの向こう側の端にある金網フェンスのさらにその上を越えていった。
「いっけねぇ…」
 ちょっと苦笑した中井が話しかけてきた。
「キャプテン、探しましょう」
「ああ」
 ボールは大事な学園の備品だ。オレと中井は薮に入り、ボールを探し始めた。
     ※
 オレは左腕をリハビリしてたとき、同時にバッティングの向上を考え、右腕の筋肉トレーニングにも力を入れていた。野球をやったことがない人には理解しにくいかもしれないが、バッティングで重要な腕は利き腕ではなく、反対側の腕だ。オレみたいな左利きは、専ら右腕の力でボールを遠くに飛ばしてるのである。しかし、だからと言って、左利きのものが右バッターボックスに立っても、ホームランどころかヒットも撃てない。微妙なバットコントロールは、右バッターの場合は右手、左バッターの場合は左手で行ってるからだ。つまり、この手が利き腕でないと微妙なバットコントロールができないのである。オレの左腕の力はほとんどなくなってしまったが、幸い微妙なバットコントロールの感覚は、ほぼ完全に残っていた。
 グランドに戻ってきたオレは、右腕の筋肉トレーニングのせいか、自分が理想とする以上のスラッガーになっていた。しかし、高校野球には指名打者制度はない。オレはこのチームではレギュラーでいられるが、矢のような送球を投げられない限り、オレの野球人生の復活はない。
     ※
「あったー!!」
 中井が薮の中からボールを探し出してくれた。
「ありがと。今日はもう帰ろ」
「はい」
 オレと中井は帰る方向が逆なので、校門で別れ、別々の方向に歩きだした。しかし、オレはまだ納得してなかった。なんでもいいから、また練習したくなった。
     ※
 オレはグランドに戻ると、バットを取り出し、素振りを始めた。ともかく一心不乱だった。が、ふとへんな視線を感じ、バットを止めた。その視線の方向に目を向けると…
 すっごくかわいい女の子がそこに立っていたのだ。推定身長150センチ、いや、もっと低いかも。中学生くらいだと思うが、ともかく、とってもかわいい女の子なのだ。
 オレは野球一筋だったせいか、女とゆーものに興味を持ったことがあまりなかった。しかし、今生まれて初めて、異性を見てドキッとした…
     ※
 彼女の両の目は異様に大きかった。その目がにこっと笑った。なんてかわいい笑顔なんだ… オレは立ちすくんでしまった。これがフリーズってやつか?
 ふと彼女が右手に持っていた野球のボールをかざし、「私が投げましょうか?」とゆージェスチャーを見せた。オレはぼーっとしてたせいか、そのジェスチャーにすぐに気づかなかったが、ふとその意味に気づくと、少々不快になった。いくらなんでも、あんたがバッティングピッチャーの代わりになるはずがないだろ?
 が、彼女はマウンドに立った。本気で投げる気だ。しかたがないから、オレはバッターボックスに立ってやった。
     ※
 1球目。彼女はぎこちなく振りかぶり、そして投げた。次の瞬間、オレの目は点になった。ものすごいスピードのボールが、ストライクゾーンのど真ん中を通り過ぎて行ったのだ。
 オレは唖然として彼女を見た。彼女はそんなオレを見て、にこっとした。
「ど、どうなってんだ、いったい?…」
 オレはぼーっとしたまま、バックネット下の壁に当たって跳ね返って来たボールを握り、ぽいっと彼女に投げ返した。が、次の瞬間、オレはある重要なミスに気づいた。
「いっけねぇ、あの子、グローブしてなかった…」
 が、彼女はそのボールをふつうに素手で取った。オレはそれを見て直感した。この子、こう見えても、かなり野球をやってるな。なら、本気で勝負する価値があるかも? まぁ、それでも相手は女の子だ。さっきのスピードボールは、いい加減な態度でバッターボックスに立ってたから、きっと見間違えたんだと思う。
     ※
 が、それは見当違いだった。2球目もやはり速く、オレはバットを振ることさえできなかった。バッティングセンターで何度か140キロのスピードボールに挑戦したことがあるが、それくらいのスピードがあるようだ。いったいこの女の子のこの小さな身体のどこに、こんなにすごいタマを投げられる筋力があるんだ?…
 でも、140キロのスピードボールを投げられるピッチャーは、甲子園ではざらにいる。これくらいは撃ち返さないと。
     ※
 彼女が3球目を投げた。1球目2球目と同じ、ど真ん中のストライク。今度は捉えた!! が、ボールはバットの芯の上っ面をかすめ、バックネットに突き刺さった。どうやら、タイミングは合ってるようだ。あとは芯で捉えるだけ!!
 今度はオレがほほ笑んだ、いや、不敵な笑みを浮かべた。もちろん、撃てるとゆー自信から来る笑いだ。しかし、ピッチャーマウンド上の彼女も、相変わらずにこっとしてた。なんで笑ってばかりいるんだ?
 彼女の笑顔はとってもかわいいけど、ここまでにこっとされてると、なんか気持ちが悪い。ま、一発でっかいのを撃てば、彼女もしゅんとすると思う。
     ※
 彼女が振りかぶった。今まで以上の大きなモーションだ。さあ、4球目…
 …ものすごい豪速球が、オレの目の前の空気をビューンと切り裂いた。
「い、いったい、何キロ出てるんだ?…」
 150キロ? いや、それ以上かも?… ともかく、初めて体感するスピードなのだ。オレは呆然となって、マウンド上の彼女を見た。
「い、いったいなんなんだよ、この子…」
 彼女はまた愛くるしい笑顔を見せながら、軽く手を振った。「さよなら」のジェスチャーをしたらしい。彼女はそのまま行ってしまった。オレはただ呆然と彼女を見送るしかなかった。
     ※
 その夜、オレはなかなか寝付けなかった。その原因は今日のコールド負けではなく、あの女の子… いや、彼女に負けたことなんかどうでもよかった。正直、彼女のピッチングが欲しくなってしまったのだ。彼女が我が野球部に入ってくれたら、1つくらいは勝てるかもしれない。
 オレの高校野球人生は、この夏の大会で終わる。この間、1勝もできなかった。だからどうしても1勝が欲しい。彼女が野球部に入ってくれたら、その夢がかなうかもしれない。
 彼女はいったいどこの子なんだろう? 中学生っぽいけど、中学生の女の子じゃ、あんなすごいタマは投げられないと思う。じゃ、高校生? もしかしたら、聖カトリーヌ紫苑学園の生徒かも? でも、あんな笑顔がすてきな女の子、うちにはいなかったよなあ…
     ※
 あの女の子の顔を思い浮かべてると、ふと恐怖に顔を引きつらせた別の少女の顔が浮かんできた。3年前の交通事故のとき、相手方のクルマの助手席に乗ってた女の子の顔だ。その女の子を見たのはほんの0.1秒くらいだったが、あの恐怖に引きつった顔は、今でもオレの脳裏に焼き付いたままになっている。
 お兄さんの方はあの事故で死んでしまったが、彼女はどうなったのか、オレにはまったく知らされてなかった。年も名前もわからない… だれかに訊いてはみたいが、あの事故のあと、双方の家族が訴えを起こし、今もその裁判は継続中だ。とても訊ける状況ではないのだ…
 図書室で当時の新聞を見たことがあるが、死んだお兄さんの名前は載ってたのに、肝心な妹の方の名前はなく、ただ「意識不明の重体」としか書いてなかった。重体ってことは、生命にかかわりのある大ケガってこと…
 あの子はいったいどうなってしまったんだろう? あのまま死んでしまったのか、今でも寝たきりなのか、それとも全快して元気に暮らしてるのか…
 あれから何度も何度もあの恐怖に引きつった顔が夢の中に出てくる。いや、食事中でも授業中でも野球の練習中でも、突然彼女の顔が脳裏に浮かぶことがある。これが寝ても覚めてもってやつか? オレは心底彼女にほれてしまったらしい。もちろん、彼女はあのクルマを運転していた高校生の妹。そう、オレの左腕を壊し、おじいちゃんを殺したやつの妹… 絶対恋しちゃいけない相手だ。そんなことくらい、オレでも十分わかってる。で、でも…
 この想い、いったいどうすりゃいいんだ?…

ネタがないので、野球小説をあげます

2007年08月08日 | エースに恋してる
ここは競馬ブログなのですが、最近競馬のネタがないので、なかなか更新できません。これではいけないので、以前書いた小説を明日からあげることとします。
内容は高校野球児の一種のスポコンもの。おりしも、今日夏の高校野球大会が開幕しました。

以前別ハンドルのブログで一度あげたことがある小説ですが、ぜひ読んでやってください。