とと姉ちゃん、なんだかんだと言いながら、毎日、結構、楽しみに見ています。
私は、常子三姉妹のお母さんが、とても好きです。
「あら、そうだったのお、ほほ」、などという、おっとりと弱そうでも強いなあと。(笑)
たんじふみひこさん という方のブログに、暮らしの手帳創刊号の「あとがき」の記事が載っておりました。
長いのですが、紹介します。
興味のある方どうぞ、読んでみたください。
戦後直後の、命もなにもかも大事にされず、混乱した時代を生きてくことに必死で、生きたいと渇望している、そんな、人々の心に灯をともしたいという、とと姉ちゃん(大橋鎮子さん)の思いが伝わってきます。
たんじさん、ご紹介、ありがとうございます。
「暮しの手帖」創刊号の最後のページ。
初々しくて、願いがこめられた大橋鎮子さんの「あとがき」です。 「ひとが、どんなに生きたかを知ることは、どれほど力づけられ、はげまされるか知れないと思うからです。」
の部分に、深く共感します。(たんじふみひこさんのメッセージ)
あとがき
ふりかえってみると、こんなに、たのしい思いで本を作ったことは、これまで一どもありませんでした。いく晩も、みんなで夜明かしをしましたし、そうでない日も、新橋の駅に、十時から早くつくことは、一日もないくらい、忙しい日が続きましたけれど一頁ずつ一頁ずつ出来上がってゆく、うれしさに、すこしも、つらいなどとは、思ったこともありませんでした。
この本は、けれども、きっとそんなに売れないだろうと思います。私たちは貧乏ですから、売れないと困りますけれど、それどころか、何十万も、何百万も売れたら、どんなにうれしいだろうと思いますけれどいまの世の中に、何十万も売れるれるためには私たちの、したくないこと、いやなことをしなければならないのです。
この雑誌を、はじめるについては、どうすれば売れるかということについて、いろいろのひとにいろいろのことを教えていただきました。私たちには出来ないこと、どうしても、したくないことばかりでした。いいじゃないの、数はすくないかも知れないけれど、きっと私たちの、この気もちをわかってもらえるひとはある。決して、まけおしみではなく、みんな、こころから、そう思って作りはじめました。でも、ほんとは、売れなくて、どの号も、どの号も損ばかりしていては、つぶれてしまうでしょう。おねがいします、どうか一冊でも、よけいに、お友だちにも、すすめて下さいませ。
はじめて出す本で、どんなものが出来るともわからないのに、私たちの気もちを買って下さって、先生がたの、とてもいい原稿がいただけたことは、涙の出るほど、うれしうございました。出来ることなら、何でもして上げよう、とおっしゃって下さる方もございました。気に入らなければ、いくどでも書き直して上げるよ、とおっしゃって下さるかたもございました。ありがたくてみんなで、私たち、ずいぶん幸せね、と何ども何ども言ったことでした。こころからお礼を申上げさせていただきます。
この雑誌には、むつかしい議論や、もったいぶったエッセイは、のせないつもりです。それが決して、いけないと言うのではなくて、そうしたものは、それぞれのものが、もう、いく種類も出ているからなのです。この紙のすくない、だから頁数も少なくしなければならないときに、どの雑誌も、同じような記事をのせることはつまらないことだと考えたからなのです。
毎月出したい気もちで、いっぱいでいながら、年四回の季刊にしたのも、その方が、いくらかでも頁数を多くすることが出来るからでした。だから、紙の制限や、頁数の制限がなくなったら、そのあくる月からでも、毎月出してゆくつもりでいます。それまで、年四回では、きっと物足らないとお考えでしょうけれど、どうぞ、がまんして下さいませ。第二号は十二月初めにだします。
はげしい風のふく日に、その風のふく方へ、一心に息をつめて歩いてゆくような、お互いに、生きていくのが命がけの明け暮れがつずいています。せめて、その日日にちいさな、かすかな灯をともすことが出来たら……この本を作っていて、考えるのはそのことでございました。どうぞ、あなたの、具体的な、ご感想を、きかせて下さいませ。
原稿を送って下さい。この雑誌に向くものなら、何でも結構ですけれど、とりわけてあなたの具体的な暮しの記録が、いただきとうございます。ひとが、どんなに生きたかを知ることは、どれほど力づけられ、はげまされるか知れないと思うからです。四百字で十枚くらい。お待ちしています。(S)