goo blog サービス終了のお知らせ 

ニュースサイト 宮崎信行の国会傍聴記

元日本経済新聞記者の政治ジャーナリスト宮崎信行が3党協議を現地で取材したり国会中継を見たりして雑報を書いています。

岡田克也さん、衆院定数を平成6年改正公職選挙法の「3対2」に戻す公明党・市川案への回帰を提案

2013年10月03日 23時59分59秒 | 岡田克也、旅の途中

(このエントリーの初投稿日時は、2013年10月5日土曜日の午後11時半で、バックデート)

 岡田克也さんは2013年10月3日(木)、国会内で、自公民3党の衆議院選挙制度改革実務者協議にのぞみました。朝日新聞によると、「定数80削減という従来の案を撤回し、代わりに小選挙区と比例代表をともに減らして3対2の比率を維持する案を提案」しました。

 これは第128通常国会の1994年平成6年の1月29日(土)の両院協議会で、衆議院小選挙区を導入する改正公職選挙法(案)ほか3件(平成6年政治改革4法(案))の協議案として、公明党(Clean Government Party)の市川雄一書記長が提案した「小選挙区300、比例区200」とするとの「市川提案」の原点に戻ろうという考え方です。1996年の第41回衆院選は、自民党と新進党がこの選挙制度でのぞみました。しかし、次の2000年の衆院選から「小選挙区300、比例区180」となっています。これは自自公連立政権で、自由党の小沢一郎代表が、公明党(New Komeito)の冬柴鉄三幹事長に飲ませた提案で、これにより、公明党は、第42、43、44、45回衆院選で連続して議席を減らし続けました。

 岡田さんの提案は、平成6年改正公職選挙法の原点に返るとともに、公明党に対して、経世会、連合(旧同盟)、創価学会による「新進党再結集」のメッセージを送ったものです。

 なお、今回の協議でも、定数削減は実現しても、抜本改革(中選挙区復活)は見送られる見通しです。

[国会会議録から全文引用はじめ]

第128回国会 公職選挙法の一部を改正する法律案外3件両院協議会 第3号
 平成六年一月二十九日(土曜日)
     午後二時三十九分開会
     ―――――――――――――
 出席協議委員
   衆議院
    議 長 市川 雄一君
    副議長 大出  俊君
      野坂 浩賢君     左近 正男君
      渡部 恒三君     石井  一君
      園田 博之君     荒井  聰君
      森本 晃司君     米沢  隆君
   参議院
    議 長 平井 卓志君
    副議長 橋本  敦君
      坂野 重信君     下稲葉耕吉君
      下条進一郎君     関根 則之君
      松浦  功君     村上 正邦君
      山本 富雄君     青島 幸男君
  協議委員外の出席者
   衆議院事務局
         委 員 部 長 川上  均君
         特別委員会第二
         調査室長    田中 宗孝君
   衆議院法制局
         第 一 部 長 内田 正文君
   参議院事務局
         委 員 部 長 貝田 泰雄君
         地方行政委員会
         調査室長    佐藤  勝君
   参議院法制局
         第 四 部 長 天野英太郎君
     ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○公職選挙法の一部を改正する法律案
○衆議院議員選挙区画定審議会設置法案
○政治資金規正法の一部を改正する法律案
○政党助成法案
      ――――◇―――――
    〔平井卓志君議長席に着く〕
○議長(平井卓志君) これより公職選挙法の一部を改正する法律案外三件両院協議会を開会いたします。
  国会法第九十条によりまして、本日は、私が両院協議会の議長を務めることになりました。どうぞよろしくお願いいたします。
  両院協議会は、国会法第九十七条の規定により、傍聴を許さないことになっておりますので、協議委員並びに協議会の事務をとる職員以外の方は御退席を願います。
  この際、申し上げます。
  昨日、土井衆議院議長並びに原参議院議長から、両院の協議委員議長及び副議長に対し、両院協議会においてさらに協議を行い、成案を得るよう御要請がございました。
  これを受けまして、本日、開会する運びとなりました。
  この際、市川衆議院協議委員議長から発言を求められておりますので、これを許します。市川雄一君。
○市川雄一君 一昨日の両院協議会の運営におきまして、参議院側の皆様から、協議会をまだ続行すべきであるとの要望がございましたが、私の判断で協議を打ち切りましたことはいささか配慮が足らなかったと存じ、ここに遺憾の意を表します。
  本協議会の重要性にかんがみ、今後の運営につきましては、よき先例となるよう努力いたします。
○議長(平井卓志君) 他に御発言があれば、順次御発言を願います。村上正邦君。
○村上正邦君 協議会の審議を顧みれば、与党側が示した修正案について我々自由民主党は誠意を持って検討し、疑問点についてただしてきました。これに対して与党側の皆さんは、自民党が示した対案についてほとんど門前払いのごとく退け協議会を打ち切ったことは、成案をまとめようという誠意さえ与党側になかったと言わざるを得ない。このことをしっかりひとつ皆さん反省をしていただきたい。
  そもそも当協議会は、二院制のもとに、憲法に基づいて、衆参両院の代表が国民に開かれた場で協議を行い、成案を目指すことが目的であるが、いわゆるトップ会談という密室において実質的な修正案の詰めが行われ、当協議会の協議が形だけのものとなったことについて、私は重ねて遺憾の意を表したい。これは、協議会のメンバー、皆さん方もそういうお考えにお立ちになっている、私はこう理解をいたします。
  次に、市川議長、あなたに申し上げたい。
  あなたは、かねてより参議院軽視や参議院の運営に介入するなどの発言があったと伝えられており、当協議会冒頭において、運営については公正円満に行うよう要望いたしました。にもかかわらず、去る二十七日の両院協議会における運営、特に、双方より修正案の提示を受けて、議論が多く残っているのに一方的、独断的にこれを打ち切ったことは、当協議会の議長としてその適格性に欠けるものである。
  本日の会議冒頭で、ただいまあなた自身もその反省に立って陳謝の意の表明はあったが、その責任は極めて重い。あなたは、二十七日、協議会を打ち切ることを宣言するに当たり、ここが大事なことです、議長としての責任において打ち切る、こう発言したが、議長においての責任というその責任はどういうことを言うのか。私は、そのことについて、あなたに重ねてその議長においての責任ということについてお聞きしたい。私は、政治責任とはその職を賭すことが政治責任であると思います。平たく言えば、与党側の代表として議長職を辞任することが政治責任だと思います。
  お話に聞けば、両議長で、陳謝することにおいてこの協議会をお受けするというお話があった、こうお聞きいたしておりますが、しかし、それは市川議長、甘えというものである。あなたが本当に自分の言った言葉に責任を持つのなら、与党側は議長をおかえになられてこの協議会に臨むべきである。私は、あえてさらに言うならば、議長をお取りかえにならなければ退席したい、こういう気持ちでおることを申し上げ、あなたの弁明をお待ちいたします。
  以上です。
  議長、発言を求めます。
○議長(平井卓志君) 御発言ございますか。
○村上正邦君 議長、あなたの発言がなければ私は退席します。
○市川雄一君 ただいまの村上正邦さんの御発言の趣旨を重く受けとめました。
○議長(平井卓志君) 橋本敦君。
○橋本敦君 私も冒頭、議事進行の関連で発言をお許しいただきたいと思います。
  一月二十七日の協議会におきまして、先ほど市川議長じきじきにお話がありましたとおり、成案を得る見込みがないものとして、議長の責任で終局をする旨の宣言をされたと私どもは理解をいたしました。そのことによって、成案を得る見込みがないものとして、この協議会は法的に言えばその任務は終了したということが宣言をされて、したがってそこで散会をするというのが本来的な筋であろうと思うわけであります。そのことを予定して、衆参の議長からそれぞれの議長にその旨のお話があり、本会議での国会法に基づく手続を待つのみであったという状況であります。
  それが、土井議長のお話で預かりとなったか保留となったか、要するにそういう事態となったことからこの再会議ということになったわけでありますが、それは土井議長等の高度の政治的御判断であったとしても、法律的には終局をしたものとして処理をする。したがって、この協議会の再開というのは、そのことをどうクリアしても法的にはあり得ないのではないかという重大な疑念を私は持っているわけであります。
  そういう趣旨で、この発言を冒頭にさせていただいたわけでありますが、再会議が可能であるというようになるには、先ほど市川議長が議長として遺憾の意を表明されただけではこの法的問題は解消しないのではないかという重大な疑念を持っておるのであります。この点について市川議長の御見解が特にありますれば伺いたいと思いますし、私としてはそういう意味で、この協議会の再開そのものはまずその点で賛成することができないという意見であります。
○議長(平井卓志君) 御発言ありますか。
○市川雄一君 橋本敦さんの御発言、重く受けとめます。
  この二十七日の協議会が終わりまして、私と大出副議長で、土井議長、鯨岡副議長のところへ報告に参りました。午後一時から始まり十一時半に至る協議会の経過を克明に御報告を申し上げました。
  土井議長の方から、あるいは鯨岡副議長の方から、両院協議会の枠組みは残っている、したがって、二十八日――二十七日の夜の話ですから、二十八日、翌日になればまた何かいい案が生まれて、両院協議会がうまくいくかもわからない、したがってその点を十分念頭に置いてください、こういう御趣旨の御発言がございました。手続的には、私と平井議長が衆参の本会議でその旨報告をするまでの間は両院協議会の枠組みが残っておるという、私はそのときの理解でございました。したがって、土井議長、鯨岡副議長の事態の深刻性をかんがみての私たちに対する御助言に対しては、よくその趣旨は理解いたしました、こう申し上げまして帰ってまいったところでございます。
  もし仮に、大変恐縮ですが、議長、副議長がおっしゃるようなよき案なるものが生まれるとしたら、それは総理あるいは自民党の河野総裁のトップ会談という、そういうトップのレベルでのかなり高度のお話し合いがあり、そこで何らかの合意が得られるというようなことがあれば、議長、副議長のおっしゃるような可能性もあるかもしれません、私たちも引き続き努力いたしますが、大変恐れ多いことですが、議長、副議長におかれましてもぜひ御努力を願えればありがたい、重ねて議長、副議長の御助言は念頭に置いてただいまから帰ります、ありがとうございましたと、こういうごあいさつを申し上げまして私どもは帰ってきた次第でございます。
  したがって、ただいま平井議長から、衆参両院の議長、副議長の要請により本日の両院協議会が開催された旨お話がございましたので、私はその旨を了として、きょう実は出席をさせていただいた次第でございます。
  ただ、重ねて申し上げますが、一昨日の運営につきましては、心から遺憾の意を表したいと思います。
  以上でございます。
○議長(平井卓志君) 青島幸男君。
○青島幸男君 冒頭、衆議院側の議長、市川さんから、陳謝と申しますか遺憾の意が表されました。ここでくだくだと振り返ったことを申し上げるつもりはありませんが、あの際、私もかなり疑問に思ったのですが、市川議長が、私の責任においてこれ以上話を進めてももう進展がないから打ち切りたい、こうおっしゃられた、あの言葉はかなり重いものであったと思います。
  あの際、私が考えましたのは、あそこでああいうふうなおっしゃり方をせずに、我が方の参議院の議長であります平井議長とお話し合いの上で、ここまで来て話が煮詰まらないからどうしようかということで、双方ともこのメンバーは議長によって本会議で指名されてきたメンバーでございますから、ですからお話し合いの上で一回双方の議長のもとへその旨をお届けし、御意向をお伺いして、またこちらへ持ってきて再開というのがしかるべき手続ではなかったか、このように思います。
  ですから、今のような格好で再開になりましたことに多少の疑念はありますけれども、これが好むと好まざるとによらず、初めてのことでございまして、前例となるということだそうでございますので、今後はそのようなことのないように、両議長におかれまして慎重にお話し合いの上でこの会議を進めていただくことを切にお願いいたします。
  それだけです。
○議長(平井卓志君) それでは、前回に引き続き協議を行います。
  順次御発言を願います。市川雄一君。
○市川雄一君 この際、私から協議案を提案させていただきたいと存じます。
  その案を配付させていただいてよろしいでしょうか。
○議長(平井卓志君) 結構です。
市川雄一君 じゃ、配付してください。
  この際、私から協議案を提案させていただきたいと存じます
  その提案理由並びに提案をさせていただきます。
  昨日来報道されておりますので、既に御承知かと存じますが、昨日、土井衆議院議長からの御提案をきっかけとして、細川内閣総理大臣と自由民主党の河野総裁との間で政治改革関連法案の成立に向けて協議が行われ、両者の合意が得られるに至りました。この合意には、日本共産党及び二院クラブは参加されていないことを付言いたしておきます。
  私といたしましては、この合意に沿って、本両院協議会としての成案を得ることができますよう、ここに提案させていただく次第であります。
  合意された事項は、政党間の合意でありますので、直ちに本両院協議会の協議の対象となるものではありませんが、後ほど提案させていただく協議案の前提となるものでありますので、そのまま紹介させていただきたいと存じます。
  次のとおりであります。
  一 比例代表選挙は、ブロック名簿、ブロック集計とする。ブロックは、第八次選挙制度審議会の答申の十一ブロックを基本とする。
  二 企業等の団体の寄附は、地方議員及び首長を含めて政治家の資金管理団体(一に限る。)に対して、五年に限り、年間五十万円を限度に認める。
  三 戸別訪問は、現行どおり禁止とする。
  四 小選挙区選出議員の数は三百人、比例代表選出議員の数は二百人とする。
  五 小選挙区の候補者届け出政党、比例代表選挙の名簿届け出政党並びに政治資金規正法及び政党助成法の政党要件の「三%」は、「二%」とする。
  六 各政党に対する政党助成の上限枠は、前年収支実績の四〇%とする。ただし、合理的な仕組みが可能な場合に限る。
  七 投票方法は、記号式の二票制とする。
  八 寄附禁止のための慶弔電報等の扱いは、現行どおりとする。
  九 衆議院選挙区画定のための第三者機関は、総理府に設置する。
  十 以上の合意の法制化のため、衆参両院からなる連立与党及び自由民主党各六名(計十二名)の委員により、協議を行うものとする。
  合意された事項は以上のとおりでありますが、現実問題として、本日は今国会の会期最終日でありますので、これらの合意事項を内容とする協議案を御用意することは時間的に不可能であります。そこで、これらの合意事項は、第百二十九回国会において、連立与党と自由民主党とが共同して、平成六年度当初予算審議に先立って実現させるこ
 とを前提として、今国会では施行日を改めた上で衆議院議決案を成立させることといたしたいと存じます。
  お手元にお配りした協議案は、以上申し上げた趣旨のものでありますので、御理解を賜りたいと存じます。
  それでは、案文を朗読いたします。
     公職選挙法の一部を改正する法律案両院
     協議会協議案
   衆議院議決のとおりとする。
     衆議院議員選挙区画定審議会設置法案両
     院協議会協議案
   衆議院議決案附則第一条中「公布の日」を「別
  に法律で定める日」に改める。
   その他は、衆議院議決のとおりとする。
     政治資金規正法の一部を改正する法律案
     両院協議会協議案
   衆議院議決のとおりとする。
     政党助成法案両院協議会協議案
   衆議院議決のとおりとする。
  協議案の案文は、以上であります。
  なお、ただいま申し上げました案文のうち、衆議院議員選挙区画定審議会設置法案に係る施行期日を定める法律は、先ほど申し上げた合意事項を内容とする改正法と同時に成立させることが必要であると存じます。
  何とぞ、御協議の上、これらの協議案を本両院協議会の成案としていただきますよう、協議委員各位の御賛同をお願い申し上げる次第であります。
○議長(平井卓志君) ただいま市川君から御提案のありました四案を協議会の協議案として議事を進めます。
  ただいまの各協議案について御意見のある方は、順次御発言を願います。坂野重信君。
○坂野重信君 自民党としての意見を申し上げます。
  前回の市川議長の一方的打ち切り発言によって協議が中断されてしまった後で、また今回の再度の協議会の開会には釈然としないものがあります。これは村上委員一人のみならず、我々自民党委員の全員が全く同じ気持ちであります。それをはっきり申し上げておきます。
  そこで、しかし、そうはいっても衆参両院議長の御意見もございましたし、そしてまた今説明がありましたように、細川総理と河野自民党総裁との合意もありました。したがって、これを踏まえて、我々はこの協議案に対しましては、積極的賛成とは言えませんが、まことにやむを得ないものだと思います。
  以上、簡単ですが、所見を申し上げます。
○議長(平井卓志君) 橋本敦君。
○橋本敦君 私は、日本共産党の立場から、ただいま市川議長から御提案いただきました協議案に対しまして、順次意見を述べさせていただきたいと思います。
  まず第一点は、この協議案は、参議院で否決された重みを深く受けとめるどころか、全面的にこれを無視する結果となり、しかも手続的には、選挙区画定審議会法案は別として、一事不再議の原則に明白に反するものだと考えております。
  衆議院において可決された法案、参議院において審議の結果否決をいたしました法案、附則の部分、なるほど変わっていると言えばその部分だけが変わっているかもしれませんが、法案としては審議された姿そのままが重ねて協議案の内容として出てくるわけでありますが、これを両院協議会の成案としても、まさに一事不再議の原則に反する結果を明白に引き起こしている問題だと思うからであります。したがって、その点で協議案としては、これは法的に正当なものとして成り立ち得ないのではないかという重大な疑問を持っております。
  第二の点は、小選挙区並立制法案等この四法案の参議院で否決した趣旨、それは直ちに憲法上の原則に従って廃案とするのが当然だということを申し上げましたが、今度は協議案という形でその内容が一層改悪されることを保証するものになっている点であります。
  私どもは、小選挙区並立制法案等、政党助成法も含めまして、既に憲法の原則に反し、民主主義の根本理念に背理するものであることを従来から述べてまいりましたが、今回、この協議案の内容としてではありませんが、背景的事情として市川議長から御説明があった合意の内容を見ましても、小選挙区部分が三百に拡大される、比例部分は十一ブロックになった上、それぞれの集計が全国単位でなくなる、また、企業・団体献金が五年とはいえ基本的に容認されるという方向に、一層憲法と民主主義の根本理念に反する方向に行っている内容であります。
  さきのこの協議会でも、自民党から提案された案に対して、それは民意をゆがめるとかあるいは小政党排除が一層進むとか、また金権腐敗政治一掃のための企業・団体献金の禁止はせめて地方議員にまでと言ったが、自民党案には歩み寄れないなどと与党の各党の皆さんから一様に反対の意見が表明されたのであります。今回は、協議案の背景となった合意は、それ以上にまさに民意のゆがみ、その他憲法原理に反する方向が強くなるわけでありますが、与党の各党の皆さんの態度がこのように一夜にしてなぜ変わったのであろうか、選挙制度あるいは法案の重要な中身について、それは哲学も理念もない政治的談合と言われかねないものではないのか、そういう疑念をぬぐい切れないのであります。
  第三は、手続上も、また議会制民主主義の立場から見ても、この協議案に賛成することができないという問題であります。
  まず第一は、両院協議会という正式の院の協議機関の成案をつくる協議、それ自体が一たん成案を得る見込みがないとして議長から宣言されたわけでありますが、その後、この協議機関で成案が特別に新たな事情で審議をされ、協議をされたという経過を一切抜きにして、総理と自民党との間のいわゆる政党間交渉と協議、私どもからいえば、まさに正規の機関外の政治的なそういった合意によって、それがこの協議会の成案の中身として持ち込まれてくるという事態は、私は、これは議会制民主主義の立場、また両院協議機関の権威の点からいっても、重大な越権とじゅうりんではないかということを強く指摘したいのであります。その点については、私は議長の責任も軽からざるものがあると考えております。
  本来、両院協議会の任務と目的、それは、前回も申し上げましたが、憲法上もそれなりに限定された例外的規定としての機能を持っている範囲で認められるべきだと思うのでありますが、その点から見ても今度の協議案の内容は、否決とそれからもともとの政府案との間の関係における調整ということをはるかに超えて、もともとの否決された政府案、衆議院が可決された政府案以上のものを協議案として持ち込むわけでありますから、両院協議会の規定とその目的、範囲をはるかに超えることを政治的にやろうとしていると言わざるを得ないのであります。
  その点では、私は、まさに協議会の権威もあるいは院の権威も政治的に踏みにじられたという点で極めて心外だと言わざるを得ないのであります。逆に言えば、政治的に合意を得たその内容を、成案を得るものとして協議会を利用した、その手続それ自体が政治的に利用された、乱用と言うほかはないということであります。
  しかも、先ほど市川議長から御説明がありましたように、その合意なるものを今度はさらに予算審議前に次の国会で可決をさせるという、そういう状況でありますから、まさに国会外の党間の合意で出口まで決めて、そしてそれを国会に出すということはまことにこれは国会軽視、審議権の無視と言わざるを得ないのであります。憲法や国民の参政権にかかわる重要法案がこのような扱いとされてよいのであろうか。国会は何のために、だれのために審議を尽くすものとして存在するのかといった点から、重大な疑問を呈さざるを得ないのであります。
  結論として、この小選挙区並立制法案を含む政
 府案は、細川首相も審議の中で述べられたように、まさに政治のダイナミック、あるいは国民の反対を抑えても進めたい政策の実現のための強力な政治を目指すという、そういう方向に向けて、手続においても民主主義に反する手法で進めていくという、そのことをあらわに今回の場合もあらわしたと言わざるを得ません。その点で私は、内容的にも手続的にも重大な疑問があり、賛成できないことを強く申し添えたいと思うわけであります。
  以上です。
○議長(平井卓志君) 青島幸男君。
○青島幸男君 ただいま共産党の橋本さんがおっしゃられたことは、私は一々同感でございまして、おっしゃられるとおりの疑問はこれからもずっと残るでありましょうし、また、終わりを決めてしまったという、その日取りの決定につきましても、大変な疑念と不満を私は隠し切れずにおります。
  振り返って考えてみますと、皆様方、それぞれここで顔を合わされて、衆議院側は衆議院側で許されるぎりぎりの範囲というところで法案をお示しになり、自民党側は自民党側でまたぎりぎりと思われるところをお示しになって、双方で、時には声を荒げることさえあるような熱心な論議が交わされておりました。
  にもかかわらず、そのことをまるでほうり出して、勝手に、しかも密室で細川さんと河野さんが決められてしまったということに対しては、ここにいる皆さんもかなりそのむなしさと憤りを感じておられるはずでございますが、私も、全く許しがたい、これは民主主義に対する暴挙だというふうに認識をしておりまして、日がまだ決まっていないということもありまして、これは徹底的に反対をしていかなければならぬと決意を新たにしたところでございますけれども、あえて少し時間をいただいて私見を申させていただいてよろしゅうございますか。
  もし、この法案がそのまま、今のこの協議案のとおりに可決されて法律になってしまったときのことを考え合わせますと、私はもう不安でたまりません。
  と申しますのは、小選挙区制になりますと、今度は、候補の方はそこで公認を取りつけなければなりません。例えば、自民党の例で申し上げましょうか。自民党の例で申し上げますと、一つの政党の中ですから、思想、信条あるいは政策について論じ合ったり確かめ合ったりすることよりも、どういう経緯で公認をとるかという地盤、看板と地縁、血縁といったようなものに執着せざるを得ない格好になりますでしょうし、そうなりますと、一部権力者、それを決定する方々の意向は異常に大きなものになってまいりますし、一つはそういうところに筋道を立てて、派閥もありましょう、血縁もありましょう、いろいろの手だてを講じて公認をもらうということにまず第一番に大きな力を費やさなければなりません。
  そのほか、それをあるいは保証するであろう比例代表制のメンバーの上位に載せてもらわなければなりませんので、そのためにまたどれだけの労苦が費やされるか。衆議院の皆さん方、御経験がないので気軽にお考えのようかもしれませんけれども、参議院の比例区ができまして、名簿の順位を決める段になりましたときには、それこそ党員を何十万人も集めるの、党費をどうやって工面しろのというようなことで、大きな負担を課せられているという事実もあるわけです。
  ですから、そういうことを考え合わせますと、まず公認を取りつけなければならぬ。それから、それの保証として比例区の名簿順位を上げてもらうように交渉しなければならぬ。しかも、新たに決まった小選挙区の中でどういう配分に決まるかわかりませんし、新たな選挙区の中でそれは全く不利な戦いをしなければならないかもしれません。そこで新たな戦いをしなければならなくなれば、それは、地縁、血縁、金がかかるのどうのこうのということよりも、当選の翌日から次の選挙について右往左往しなければならぬということになりかねないということを考え合わせますと、これはとても負担を強いることになると思いますね。
  それは、自民党のように伝統があり、ある程度数があり、決まった知名度も持った政党ならまだよろしゅうございますが、今度それと対決をしなければならないわけでありますから、皆様方は連立てきっとお戦いになるでしょう。それぞれの政党の看板をおろして、あるいは一本になるかどうか知りませんけれども、そうなりますと、その枠の中で今度はどういう格好で公認を取りつけるか、あるいは名簿の順位にどう加えてもらえるかということと、新たな戦い方をして、その小選挙区の中でトップ当選しなければならないわけですから、それはまた新たな大変な労苦を強いられることになるでありましょうし、その公認とか名簿の順位を決める決定機関は党の上層部、あるいはその一握りの人間ということに恐らくなるでしょう。
  そうなりますと、ふだんから党に盾突くとか新しい意見を述べ立てるという方々は、なるべくなら排除するという格好に自動的に向かわれるでしょうし、ですから、公認されて名簿に載って出てくる方々は、ユニークな考え方をお持ちになった、ユニークな情熱と意欲を持っている方ではなくて、ですから、ユニークな侍が排除されて、日和見で、権力にべたべたくっつくというような格好のイエスマンのみが上位にランクされ、公認を取りつけるということになりますと、ますます政治家は小さくなっていきますし、それで公費なんかを受けて大きくなった政党がますます肥大化すれば、そして独善的な一握りの方々がこれを支配するようになったら、それこそ大変なファッショに結びつくに違いない。
  そういうことから考え合わせますと、とてもこのままこの協議案を認めて皆さん方が心底これでいいんだと思っていらっしゃるとは夢にも私は思いません。
  前回にも私は反対の理由を申し上げましたので、これ以上くどくど申し上げることはありませんが、そういう不安を隠し切れず持っておりますので、機会あるたびに反対の意見を表明してまいりたいと思いますが、廃案にどうしても結びつけるように、これから残された機会は幾ばくもないでしょうけれども、その機会をとらえて私は邁進してまいるつもりでございまして、ここは議論の場ではございませんから反論を承ろうとは思いませんが、私の所信の一端を述べさせていただきました。
  ありがとうございました。
○議長(平井卓志君) 左近正男君。
○左近正男君 それでは、日本社会党の意見を申し上げさせていただきたいと思います。
  昨夜の河野自民党総裁と細川総理のトップ会談での十項目合意事項を了解いたします。今後、合意事項の法制化に向けて積極的に対応していきたいと思います。
  この機会に我が党の、日本社会党の立場について少し申し上げさせていただきます。
  私どもの党の見解については、昨夜、村山委員長談話を発表させていただきました。この趣旨は、政治改革は五年を超える論議を積み重ねてきたものでございますが、特に議員、政治家としての存在に深く影響を及ぼす諸課題であり、実に困難な論議の連続でありました。しかし、土井議長の提案を受け、細川総理と河野自民党総裁の合意が成り立った以上、これを支持していくというものであります。
  なお、この機会に、私どもの党としては、政治家個人にかかわる企業・団体献金については今後ともその適正、厳正化に向けて積極的に努力をしていきたいと思います。
  最後に、本改革によりまして国民の皆さん方から信頼される政治の実現に向けて一層の決意と努力をしていくことを申し上げ、日本社会党の意見とさせていただきます。
○議長(平井卓志君) 石井一君。
石井一君 新生党・改革連合を代表いたしまして、意見を申し述べさせていただきたいと存じます。
  衆議院での可決、そして参議院の委員会での可
 決、しかし、最後の参議院の本会議における否決によりまして、また当協議会の議論が相調わず、我が国の議会制民主主義は最大の危機に立っておった。そして、この問題は過去五年間にわたる議論、そしてその間、自民党内閣が二つ、このことについて窮地に陥った。二度あることは三度ある、あるいは三度目の正直という言葉も、両方ございますけれども、私はまさに最大のピンチに直面しておったという認識をいたしておりましたが、昨日夜半から今日に至る経過の中に、いろいろ言い分もございましたでしょうけれども、私は、お互い互譲の精神の中から国会の良識を示したと思っております。その背景には国民の健全な、この問題を処理してもらいたいという世論の背景があったというふうに認識いたしておるわけでございまして、この協議案に全面的に賛成の意を表するものでございます。
  なお、議論を尽くしてまいりましたので、中身について多くを申し上げませんが、自民党案に対しましてもいろいろと検討をいたしまして、協議案の二、企業・団体の献金問題につきましては五年で打ちどめをするということはございますけれども、社会党の苦悩をも連立の中で顧みず、思い切って経過措置を入れたということを御理解いただきたいと思います。
  また、三の戸別訪問に関しましてもいろいろ議論がございました。しかし、現行どおり禁止する。この問題についてもそれを受け入れた。
  また、小選挙区選出議員の数の割り当てでございますが、自民党サイドは二百八十名以上という御要望でございました。当時の運動方針にも明記されておりますが、それを思い切って当初要求されております三百名というところにいたしております。
  さらに、六番目の政党助成に関する問題も、上限枠によってシーリングをつくれ、前年度の収支実績を見よという新たな参議院の御提案に対しましても、これを取り入れるというふうな中から、あらゆる努力をいたしまして、この協議案ができ上がっておるということを御理解いただきたいと思うのであります。
  また、この全体の流れを見ておりますと、第八次選挙制度審議会が二年間にわたり、日本の英知を集めた審議委員二十七名によって検討をされました案と非常に酷似いたしております。五年間の議論を経て、その当初にもう一度戻ったという感じがいたすわけでございますが、そこには哲学があり理念があり、一つの論拠がすべてにおいてあるということを私は確信をいたしております。
  最後に、一部に、参議院で否決されたこの法案が、一部修正されたとはいえ、もう一度このような形で審議され成案になるということに対する御疑問があるようでございますが、各議院での当初の議決と両院協議会の成案の議決では両院の重みが加わっておるのでありますからステージが全く違い、そういう意味では何ら問題はないというふうに考えております。
  今回のような協議案を成案とした先例も幾つもございます。私の国会生活二十数年を顧みまして、これは一般の法案でございますが、衆議院で議決をいたします、参議院へ送付をいたします、参議院で修正を加えられます、そしてまた衆議院へ回付されてまいります、その場合に、我々はそれを参議院の議決どおり可決するということで、変えられましたものをまたお受けしてこれを決定するというふうなことはやっておるわけでございまして、これは当然我が国の先例その他からも説得力のある理論であるというふうに信じております。
  何よりも、政治情勢が急激に変わり、事情の変更が起こったわけでございますから、法律的にも政治的にも手続に問題はない、瑕疵はないということを確信いたしております。
  以上でございます。
○議長(平井卓志君) 荒井聰君。
○荒井聰君 私は、さきがけ日本新党を代表いたしまして、本協議案に賛成の意見を申し述べさせていただきます。
  冷戦が終わり、国際社会は旧来システムや価値観の崩壊などまさに激動の中にあり、今日ほど政治のリーダーシップが求められているときはありません。しかし、日本では毎年のようにさまざまな政治腐敗事件が発覚し、国会がその対応に忙殺されている状況が続いております。政治の中に国民が不在であるという政治不信の萌芽さえ感じるのであります。
  この政治改革は、海部、宮澤内閣に続く三度目の挑戦であり、今回もこの挑戦が挫折するならば、国民の政治に関する信頼はまさに地に落ちると思います。また、これ以上の政治改革のおくれは、政治の空白を招き、景気の回復など多くの重要な課題への取り組みの妨げとなり、国民の政治不信を限界まで高め、我が国の国際的信用の失墜すら招きかねません。
  このような状況下、昨日、細川総理、河野自民党総裁は、法案の成立に向けて大胆な合意を図る決断力と党内をまとめ切る指導力を国民に示しました。今まさに、本両院協議会はこの両者の意を酌み、御提案のあった協議案を成案とするそのときであると考える次第でございます。
  以上でございます。
○議長(平井卓志君) 森本晃司君。
○森本晃司君 公明党の森本晃司でございます。
  ただいま提出されました協議案について、賛成の意を表するものでございます。
  一昨日この両院協議会で、私どもの出しました案、さらにまた参議院自民党側から出された案につきまして、相調うことができませんでした。しかしながら、昨日、衆参両院議長、また総理、総裁の多大の御尽力を得まして合意を得ましたことを、大変乱はうれしく思っておるところでございます。
  両院協議会が不調に終わった後、国民世論の、何としても、妥協しても合意して成立をさしてもらいたいとの強い要望と期待がありました。今政治はその期待にこたえることができるものではないかとの感を強くしているところでございます。
  法案の中身につきまして、企業・団体献金については、我が党はこれまで禁止を主張してまいりました。しかしながら、今回の合意案では、資金管理団体一団体に限るということ、また五年後廃止ということでありまして、禁止の方向が明確になっております。従来から見ますと、大きな前進であります。したがって、合意を見るにはやむを得ないと思っているところであります。
  本日のこの両院協議会で協議案の成案が得られますことを強く望みまして、私の賛成の意見とさせていただきます。
○議長(平井卓志君) 米沢隆君。
○米沢隆君 民社党を代表して意見を述べさせていただきます。
  今日までいろいろ経緯はありましたが、懸案の政治改革問題がこのように最終段階を迎えることができますことはまことに喜ばしい限りでございまして、各党関係者の皆さんの御努力に心から敬意を表したいと存じます。
  また、この両院協議会におきまして成案を得て決着することになりましたことも、将来の議会制民主主義の進展のためにもまことに喜ばしいことであると考えます。修正問題等の法制化など残された問題はまだありますけれども、この両院協議会の協議がその成功に向けての第一歩であることにかんがみ、私は、提案に対して全面的に賛意を表する次第でございます。
  以上です。
○議長(平井卓志君) 他に御発言ございませんか。
○坂野重信君 さっき私から自民党の総括的な意見を申し上げましたが、若干補足するところがございますので、関根委員から追加させていただきます。
○関根則之君 最初、市川委員から協議案の提案理由説明をいただいたわけなんですが、その終わりのところで、「協議案の案文は、以上であります。」と言った後で、なお三行ほどありまして、真ん中から読みますが、「先ほど申し上げた合意事項を内容とする改正法と同時に成立させることが必要であると存じます。」こう言っているんです
 ね。
  これは何をおっしゃっているのか。この協議会は、こんな、次の法律をいつ成立させるかなんて、それが必要であるかないかを議論する場ではないので、この三行は不要だと思いますので、削除をしていただいた方がよろしいんじゃないかと思いますが、いかがでございましょうか。
○市川雄一君 御指摘のとおりだと思いますので、削除させていただきます。
○議長(平井卓志君) 他に御発言もなければ、これより採決に入ります。
  公職選挙法の一部を改正する法律案、衆議院議員選挙区画定審議会設置法案、政治資金規正法の一部を改正する法律案及び政党助成法案、以上四案の各協議案を一括して採決いたします
  四協議案を本協議会の成案とすることに賛成の方の起立を願います。
     〔賛成者起立〕
○議長(平井卓志君) 起立十七名。これは、出席協議委員の三分の二以上であります。よって、四協議案はいずれも両院協議会の成案と決定いたしました。
  なお、成案の案文整理等につきましては、議長に御一任願います。
  以上をもって本協議会は終了いたしました。
  これにて散会いたします。
     午後三時三十七分散会

[国会会議録から全文引用おわり]



 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岡田克也さん「天命の幹事長」は藤井裕久さんが菅首相と取り持つ 今初めて知る真実

2013年09月20日 05時53分36秒 | 岡田克也、旅の途中

 岡田克也さんが2010年9月17日に、外務大臣をやめて、民主党幹事長に1年ぶり3度目、与党としては初めて復帰したのは、藤井裕久さんが菅直人首相(民主党代表)との間を取り持っていたことを、岡田さんが初めて公にしました。

 岡田さんは2013年9月19日付の「岡田かつやTalk-About」で、16日に藤井裕久さんの旭日大綬章叙勲記念パーティーに出席したとし、「藤井先生との関係で思い出すのは、私が外務大臣を務めていた折に、枝野幹事長が参議院選挙の敗北の責任を取って交代するとなったとき、後任の幹事長を私にどうかという話がありました。私としては、外務大臣を引き続きやりたいという気持ちが強かったのですが、藤井先生から、「国のため、党のために是非引き受けてくれ」と言われ、私としては天命だと受け止めて、幹事長をお引き受けしたことを思い出します」と語りました。

 この経緯としては、2010年6月2日に鳩山総理・代表が辞任したときに、当初、岡田さんは後継総理への意欲があったものの、その夜に党内派閥「凌雲会」創設者の枝野幸男さんが「菅副総理支持」を表明してしまったため、派閥を持たない岡田さんは選対事務局をつくれない状況になり、翌日、菅副総理自ら外務省を訪れて大臣室で岡田外相に支援を要請したため、筆頭推薦人を受け入れたということがあります。この際に、菅内閣での枝野幹事長就任と、岡田外相続投の人事は決まっていたのであろうと考えられます。ところが、直後の参院選で民主党が大敗したことから、幹事長の後継者として岡田さんという話になり、岡田さんは話が違うという意識があったと考えれます。

 これについて、就任当時の岡田幹事長の記者会見で、筆者が第一質問者として「この記者会見は1人1問と決まっている」と前々任者の小沢一郎氏を皮肉ったうえで、「(1)なぜ冒頭議員バッジを外したのか(2)藤井裕久さんから「日本の政治史にとって大切なときなのであなたしかいない」と言われたのではないか(3)奥さんから「1年前に幹事長を(小沢氏の命令を受けた鳩山代表)外された時にはあなた憤慨していた(のに、1年経って外相から幹事長に戻されることを拒むのはおかしい)じゃない」と言われたのではないか」という3つの質問をしました。

 これについて、岡田さんは(3)と(1)の質問には答えてくれましたが、(2)の藤井発言については返答がなく、その後も筆者はとくに追加取材をしていませんでしたが、今回のブログで、やはり藤井さんが菅首相と岡田外相の間を取り持っていたことが分かりました。その後、藤井さんは、野田内閣の最終局面まで人事への影響力を持ち、総理の抵抗を押し切って総理補佐官を無理やり辞めさせるという出来事までありました。

 岡田さんは藤井さんについて「いままでいろいろなことがありました」としました。これは、経世会・改革フォーラム21・新生党・新進党と足並みをそろえていたのに、新進党解党で、藤井さんがあろうことか、小沢氏率いる自由党に行ってしまったのが第一。ところが、運命とは不思議なもので、「自由党との合併」を公約にかかげた鳩山由紀夫代表が党内クーデーターで引きずりおろされると、菅政調会長が自民党・新生党出身の岡田幹事長代理を当選4回ながら幹事長に抜擢。岡田幹事長が自由党の藤井幹事長との信頼関係の中でスムーズに実務をすすめ、ちょうど10年前に民由合併をなしとげたのが一点。

 そして、民由合併後の初の通常国会で、菅代表が閣僚の国民年金未納を追及したところ、ブーメランで代表辞任に追い込まれた際、岡田代表・藤井幹事長の緊急登板で、参院選を戦ったところ、民主党結党以来初の第1党になるという、再ブーメランを果たしました。ところが、選挙に勝ったのに、藤井幹事長がおそらく小沢氏の命令か何かで、辞任してしまうという奇妙な現象が起きました。そして、次の通常国会では、郵政解散で大敗してしまいました。

 これだけでも相当省略していますが、岡田さんと藤井さんはほんとうに「いろいろあった」わけです。Talk-Aboutでの「これからも、テレビなどを通じて、あるいはいろいろな場で、民主党の将来に対してご指導・ご発言をいただきたいと思っています。」とのやや遠まわしな表現もそのような意味です。

 ところで、菅直人さんと枝野幸男さんといえば、羽田内閣を裏切り村山内閣をつくった「新党ぬけがけ」(新党さきがけ)の中心人物です。その後枝野弁護士の情報に基づき、菅厚生大臣が厚生省のすでにあることが分かっているファイルを大臣命令で出させたのは、有名な話です。そして、阪神・淡路大震災を迎えました。新党ぬけがけによる羽田内閣の裏切りは、日本の歴史にとって万死に値する罪であり、菅・枝野が東日本大震災で退陣に追い込まれたのは、天罰だと私は、実際のところは考えております。

 私は、2009年5月なり、2010年6月なりに岡田さんが総理・代表になっていたら、東日本大震災はちがった姿になったと考えています。しかし、それは心の中にとどめておきたいところです。

 岡田かつや公式ホームページの秘書日記には、ことし5月の「被災地に響く「岡田幹事長」」という記事があります。これは震災から2年以上経ったのに、今でも被災地では「岡田幹事長」と呼ぶ人が多いとの随行録。大船渡漁協の組合長さんは「当時の岡田幹事長のイメージがどうしても抜けず、いつも『岡田幹事長』と言っている」とのこと。



 3・11直後に、岡田幹事長が1期生議員らを集めて、「こういうときこそ、人は見られている」と指導しました。5月2日に全会一致で成立させた平成23年度第1次補正予算(復旧補正)では、「漁師さんが漁港のがれき処理をすると日当1・5万円」を盛り込み、全漁連会長から岡田幹事長は絶賛されました。その後、復旧・復興をめぐり政府内がおかしくなっていったわけですが、このとき私は、農協の組合長と違って、漁協組合長は組合員の生命を預かっているから、信頼に足りる人が多いな、と感じました。まさに「こういうときこそ、人は見られている」という感じです。もちろん、菅直人総理もその一人です。

 そして、岡田幹事長が就任会見で3つの質問のうち答えてくれた2つの答えの一つ。なぜ議員バッジを外すのか。その答えはこうでした。

 「バッジをはずすのは、別に国会議員を辞めたいからではございません。基本的に私は、国会の中、議員会館の中以外ではバッジをつけないということを、20年くらいやってきておりますので、今日は忙しすぎてそれを忘れていたということです。」

 この時点で、岡田さんは勤続20年を超えて21年目に入っていました。

 

 大蔵大臣に就任して、大臣室に入った羽田孜蔵相と綏子(やすこ)夫人(羽田孜公式ホームページから)。羽田さんもバッジをつけていません。皇居と官邸と大蔵省の往来にバッジは要りません。羽田さんは「有権者と語らうときにバッジほど邪魔なものはない」として、国会法で定められたところのほかは極力バッジをつけませんでした。バッジなしで街頭演説をする姿が、あの厳しい政治改革政局から20年経っても、岡田さん、石破さん、あるいは小沢一郎氏らが連続当選し続ける足腰になったのです。

 つまり、昨年末の羽田孜さんから羽田雄一郎さんへの長野3区世襲を強硬に岡田さんが反対したのは、「日本政治史における羽田孜の役割」に傷がつくことをおそれたからであることを、ぜひ千曲会のみなさんにもご理解いただきたいところです。

 藤井さんは羽田さんとともに今月、民主党顧問7人に就任しました。党規約にある党顧問が実際におかれたのは、今年が初めて。私が知る限り、藤井さんは合計3回引退表明していると思いますが、さすがに今回は引退表明撤回はないでしょう。いつも引退表明のたびに「自由人宣言」をしていますが、自由人ではなく、「民主人」として命ある限り見守り続けてほしいものです。

当ブログ内関連エントリー)羽田孜さん桐花大綬章、中野寛成、藤井裕久さんら旭日大綬章 政権交代訴えて、たった一度の人生で勲章

これも「天命」なのかな 岡田克也さん、民主党幹事長に1年ぶりに復帰

民主党「顧問」に新進党7人衆 革命第一世代は我々新進党勢だったと証明、これからが本番だ!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岡田内閣の官房長官は誰? 玄葉光一郎さんと長妻昭さんTVで発信力競う 採点表つき

2013年09月15日 10時10分58秒 | 岡田克也、旅の途中

 国会閉会中も民主党は国益に一生懸命。

 2013年9月15日(日)放送のTBS時事放談に玄葉光一郎さん、NHK日曜討論に長妻昭さんが出演し、党の底支えをしました。

 実は、この2人の出演はもう一つの意味合いがあり、実は、岡田内閣(組閣年不詳)の官房長官レースをうらなう戦いでもあり、一部で注目されました。

 このため、当ブログでも、それぞれの番組を点数をつけながら見ました。

【現場を歩く玄葉をアピール】

 冒頭、「二十世紀梨」と「幸水梨」がデザートとして登場。玄葉さんは「福島の幸水は毎日食べているけど、先日、私のところに来た記者が鳥取なので、二十世紀梨を食べたらおいしかった」と共演者の石破茂・自民党幹事長におもてなし。
 
 玄葉さんは、東京五輪決定をどこで知りましたかと聞かれて、「現場を歩いているので、奥会津のひのえまた歌舞伎を前夜見ていて、そのまま宿泊して朝知りました」としっかりと自己アピール。「外相時代にはIOC理事を出している国を把握して、その国には、2020年東京五輪誘致をお願いしていた」と与党時代の実績もアピールしました。

 汚染水では、「国会が開かれないので、現場に出向いている。情報公開で汚染水に関する知見を増やしていきたい」と語りました。

 帰宅困難区域については、「私はずっと歩いていて、2年半経った今、転機を迎えている。除染よりも生活再建を優先させる時期が、いよいよ来ているのではないか」と語りました。

 「現場の玄葉」、「元外相の玄葉」、「福島の玄葉」としっかりとアピール。実績発信力、自己アピールとも満点の「10」をつけましょう。

【コンパクトに発信する長妻さん】

 長妻さんは、開口一番「東京一極集中が続いて、地方がさらに置いてきぼりにならないようにする」と語りました。もはや「東京7区の長妻」ではなく「日本の長妻」ですからねえ。そして、「オリンピック史上、最も高齢化が進んだ都市での開催になるので、施設も終わった後は福祉にまわしたり、コストは最小限におさえて、(東京の)公共事業で東北の復興が遅れないようにする」と語りました。コンパクトに、社会保障と税の一体改革、東北復興で発信しました。

  長妻さんに「新しい政策発信力」と「グランドデザイン発信力」に満点の「10」をあげましょう。

 さらに、自民党出席者に対して、「ちょうど高村副総裁がいらっしゃるので、申し上げたいが汚染水については、今月中に(国会を)開いてほしい。我が党の会議で、東京電力の山下和彦技術顧問は『コントロールできていない』と語っており、間違ったメッセージを安倍首相が発信した可能性がある。国会を開いてもらえれば、わが党にも与党時代の工程表を提案できる」と述べました。

 実務者としてまとめた社会保障と税の一体改革に関する3党合意については、「消費税を上げるのは社会保障に充てるためであり、私たち3党が合意した最初の内容に戻してほしい」と自民党を牽制しました。

 高村自民党副総裁は「野党ボケしないでほしい」と民主党に助けを求めました。

 ところで、与党・公明党の石井啓一・政務調査会長は「法人税の税率下げは自民党と公明党で検討課題になっていない。今後の検討課題だ」と語り、秋の臨時国会に盛り込む成長戦略実行法案に、法人税率下げを盛り込むことに反対しました。

 ◇

 さて、玄葉さんと長妻さんの発信力対決の採点表は次の通りになりました。




 気になる合計点は・・・

 玄葉光一郎、51点!

 長妻昭、51点!

 きょうは引き分け。勝負は次回以降に持ち込まれました。長いレースになりそうです。

このエントリーの tags http://www.kantei.go.jp/jp/fukusouri/press/
http://regimag.jp/b/sample/list/?blog=65


[お知らせ1 はじめ]

 会員制有料ブログで今後の政治日程とポイントを解説しています。

 今後の政治日程 by 下町の太陽

 最初の1ヶ月は無料で試し読みできます。お気軽にご登録ください。銀行振り込みにも対応しました。法人でもご購読いただけます。

[おわり]

[お知らせ2 はじめ]

 「国会傍聴取材支援基金」を設けております。日本唯一の国会傍聴記にご協力ください。

 「国会傍聴取材支援基金」の創設とご協力のお願い

 ご協力ください。よろしくお願いします。

[おわり]

[お知らせ3 はじめ]

 このブログは次の各ホームページを参照して、記事を作成しています。

最近の法律・条約(内閣法制局ホームページ)
衆議院議案(衆議院ホームページ) 
今国会情報(参議院ホームページ)
予算書・決算書データベース(財務省ホームページ)
衆議院インターネット審議中継
参議院インターネット審議中継
国会会議録検索システム(国立国会図書館ホームページ)
民主党ニュース(民主党ホームページ)goo 政治ニュース
インターネット版官報

[おわり]

tags http://p-search.kantei.go.jp/ja_all/search.x?q=%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E4%BF%A1%E8%A1%8C&ie=UTF-8&page=1&submit.x=0&submit.y=0

http://p-search.kantei.go.jp/ja_all/search.x?q=%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E4%BF%A1%E8%A1%8C&titleFilterType=0&narrowKeyword=&excludeKeyword=&f_ja_kantei=ja_kantei&sort=0&expdf=0&pagemax=10&submit.x=29&submit.y=18

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

なぜ岡田克也さんは終戦記念日に靖国神社を参拝しないのか?

2013年08月15日 12時57分33秒 | 岡田克也、旅の途中

[写真]岡田克也さん、民主党ホームページから。

 岡田克也さんは8月15日終戦の日になぜ靖国神社に参拝しないのでしょうか。

 岡田さんは副総理だった昨年8月10日(金)の記者会見で、私の質問に答えて

 「東京裁判そのものの問題がないわけではないけれども、しかし、日本が自ら戦後を総括していない以上、やはり東京裁判というものを尊重するという考え方に立たざるを得ないと。その東京裁判の結果、A級戦犯というふうに断じられた方々が祭られている、神として祭られているということについて、そこに閣僚が行くということは、私は望ましくないというふうに考えております

 と述べています。

 東条英機をはじめとするA級戦犯の靖国神社合祀後は、昭和天皇も天皇陛下も靖国神社にご親拝されていません。これについての感想は岡田さんは語っていません。しかし、岡田さんもA級戦犯の合祀は問題だと考えている点で認識は一致しているようです。

 このとき、岡田さんが「これは2005年でしたか、小泉さんと党首討論の議事録を見ていただければよく出ているというふうに思います。小泉総理と全く意見は、ある意味では一致したのですが。永久に戦犯が戦犯であると、戦争犯罪人であるということは一致したので。」と話しているので、議事録を調べてみました。

 第162通常国会の2005年6月2日の衆・予算委。このとき岡田さんは民主党代表(ネクスト総理)を務めていましたが、

 「A級戦犯については、重大な戦争犯罪を犯した人たちであるという認識はあるということですね

 との問いに、小泉首相は

 「裁判を受諾している。二度と我々は戦争を犯してはならない、戦争犯罪人であるという認識をしているわけであります

 と答弁しています。

 すなわち、安倍首相や小泉自民党青年局長は、小泉首相が「戦争犯罪人であるという認識をしているわけであります」と答弁したA級戦犯が祀られている靖国神社にきょう、代理も含めて参拝したことになります。

 岡田さんはもともと厚生族。経世会(自民党竹下派)の伝統的な利権でした。

 岡田さんは自筆の著書で、「新人議員だったとき、私は厚生委員会に配属された。私の希望を汲んでの配属だ。誰がどの委員会のメンバーになるかは、党というよりは派閥が決めていた」「経世会の一員である私の希望が、聞き届けられやすかったのは間違いないだろう。まさに望みどおり、厚生委員会配属になったわけだ」(『政権交代』71ページ)としています。

 2013年8月15日(木)も、経世会からは、恩給局を持つ総務省の新藤大臣が参拝しています。一方、援護局を持つ厚生労働省の田村大臣は参拝していないようです。経世会のなかでも対応が分かれていますが、清和会の安倍首相は、自民党総裁として代理参拝しました。安倍首相は自民党政調の厚生部会長(社会部会長)を経験した厚生族です。

 岡田さんは消費税による社会保障4分野の一体改革法成立という実績をあげましたが、すでに厚生族からは卒業しています。

 安倍首相は、第1次内閣で岡田さんの質問に答えて靖国神社にA級戦犯が合祀されていることについて、

 「日本において、国内法的にいわゆる戦争犯罪人ではないということでございます。遺族援護法等の給付の対象になっているわけでありますし、いわゆるA級戦犯と言われた重光葵氏はその後勲一等を授与されているわけでありまして、犯罪人であればそうしたことは起こり得ない、こういうことではないかと思います

 としています。A級戦犯が国内法上の犯罪人でないのはたしかですが、「援護法」の給付対象になっているから靖国神社にA級戦犯が合祀されていることに問題がないとの認識がうかがえる答弁です。安倍さんの援護法を正当性の根拠として答弁したところをみても、安倍さんはまさに厚生族であり、自民党総裁として、厚生族関係団体から票と政治献金をもらいたいという思惑がすけてみえます。

 私は昨年12月15日に靖国神社に昇殿参拝しました。このときは「遺族」として昇殿しました。帰り際、遊就館の「ご遺影のパネル番号22の10列の7段目」に「東條英機命 昭和23年12月23日 東京都巣鴨拘置所で法務死」とあるのを見つけました。

 少なくとも数百万人の英霊を殺した東条が合祀された神社に参拝することが英霊に報いることにはならない、と私は信じています。だから、新藤さんは、総務大臣ではなく、ご遺族として参拝したのです。その国を思い祖先を思う気持ちは、経世会に受け継がれています。
 
 安倍首相と小泉青年局長の参拝は、昭和天皇のみならず、太平洋戦争でなくなった9割9分の英霊に対する裏切りであると断じます。「援護法の対象だから」と正当化した安倍首相ですが、軍恩(軍人恩給)連盟の全国組織は解散し、靖国に旗が奉納され、遊就館に展示されています。

 昭和天皇の心をないがしろにして、自分の利権を強調するのは、東条首相も安倍首相も五十歩百歩。そして、援護法・恩給法の対象となる団体、個人から支援を受けているわけでもないのに終戦記念日に参拝する自民党チルドレンのむなしさ。昭和天皇と英霊の思いはいかばかりか。

 晋太郎が泣いている、昭和天皇も泣いている。

 安倍晋三首相兼自民党総裁こそ、右翼の名折れにほかなりません。

[国会会議録から引用はじめ]

159 - 衆 - 予算委員会 - 7号
 平成16年02月10日

http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=980&SAVED_RID=1&PAGE=0&POS=0&TOTAL=0&SRV_ID=8&DOC_ID=8390&DPAGE=1&DTOTAL=4&DPOS=4&SORT_DIR=1&SORT_TYPE=0&MODE=1&DMY=3949

○岡田委員 A級戦犯を合祀するかどうかは、確かにこれは靖国神社側が決める問題ですね、国の機関ではありませんから。ですから、そのこと自身は、それが国としていいとか悪いとかいう問題じゃありません。靖国神社側が決める、あるいは御遺族の皆さんが決めることです。
  しかし、そこに総理が行くとなれば、これは話が違うんですね。本当に御遺族の皆さんの総意でA級戦犯の皆さんが合祀されているのかどうか、これはかなり異例ではあります。つまり、軍人ではない人も合祀されています。それから、もちろん戦場で亡くなったのではありません。戦後そういうふうになったわけですけれども、私は、靖国神社にお参りするときに、やはりそこに戦争について責任を持つ人たちが一緒に祭られているというのは非常に抵抗感を覚えます。総理はいかがですか。

○小泉内閣総理大臣 私は、抵抗感を覚えておりません。。

第162回国会 予算委員会 第22号
 平成十七年六月二日(木曜日)

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/162/0018/16206020018022c.html

○岡田委員 民主党の岡田克也です。
  きょうは、総理の外交姿勢、そして郵政改革について議論したいと思っております。
  始める前に一言確認しておきますが、きょうは総理しか呼んでおりませんので、外務大臣そして竹中大臣、そこにお座りいただくのは結構ですが、答弁は求めませんので、委員長もよろしくお願いをしたいと思います。
  さて、まず、総理に対して、少し重い質問を最初にしたいと思います。
  総理は、極東軍事裁判、いわゆる東京裁判、これについてどういった見解をお持ちでしょうか。
○小泉内閣総理大臣 これは、第二次世界大戦後、極東軍事裁判が行われましたけれども、我が国は、我が国を含む四十六カ国が締約国となっておりますサンフランシスコ平和条約第十一条により、極東国際軍事裁判所、この裁判を受諾しておりますし、この裁判について今我々がとやかく言うべきものではないと思っております。
○岡田委員 今、総理は、サンフランシスコ講和条約第十一条によって極東軍事裁判所の裁判を受諾していると。それは事実であります。
  その上で、今おっしゃったことが、とやかく言う話ではないというふうに聞こえましたが、どういうことですか。従来の政府答弁は、異議を唱えるものではない、こういう答弁ですね。同じですか。
○小泉内閣総理大臣 受諾しているということは、異議を唱えるものではない、とやかく言うものではない。
○岡田委員 総理、いろいろな国会での答弁、後でまた申し上げますが、すごく誤解を招きやすいんですよ。総理ですからきちんと答弁していただきたいと思いますが、受諾している、したがって同裁判には異議を唱える立場にはない、こういうことでよろしいですね。
○小泉内閣総理大臣 たびたび答弁しておりますように、受諾しているものであり、異議を唱える立場にはございません。
○岡田委員 そうしますと、その東京裁判、極東軍事裁判で有罪判決を受けた二十五名、うち七名が死刑判決を受けておりますが、この人たちに対してA級戦犯という言い方を通常するわけでありますが、このA級戦犯に対して総理はどういうお考えをお持ちですか。(発言する者あり)
○甘利委員長 静粛にお願いします。
○小泉内閣総理大臣 私は、東京裁判におきましては……(発言する者あり)
○甘利委員長 答弁中です、静粛に。
○小泉内閣総理大臣 A級戦犯のみならず、B級戦犯、C級戦犯、数千人の方々が有罪判決を受けている。それについて、A級戦犯についてどう思うかという御質問だと思いますが、私は、受諾しているわけですから、それについて異議を唱える立場にはございません。
○岡田委員 ちょっと総理、多分事実関係を間違っておられると思いますが、極東軍事裁判、これを東京裁判と俗に言いますが、極東軍事裁判において有罪判決を受けた二十五名について、これをA級戦犯、そのほかの軍事裁判、これは日本の国内もあります、国外もあります。それに対して、B級戦犯、C級戦犯、こういう区別をしているはずですが、今の答弁だと、東京裁判でかなり多数の方が有罪判決を受けているというふうに聞こえましたが、そこはいかがなんでしょうか。
○小泉内閣総理大臣 明確な事実認識におきましては、後ほど調べて、もし御必要があればお届けしたいと思います。事実関係がどうかということについては、今、はっきりと明確に、私が答えて……(発言する者あり)
○甘利委員長 静粛にお願いします。静粛にしてください。
○小泉内閣総理大臣 誤解を与えてはいけませんので、よく調べて、調査の上、報告いたします。
○岡田委員 総理、こういう話は、私、A級戦犯について質問するということは通告してありましたし、基本的なことですから、やはり間違われない方がいいと思いますよ。
  そこで、この二十五名、死刑七名、終身禁錮十六名、禁錮二十年一名、禁錮七年一名、そしてあと三名の方が、二人は途中でお亡くなりになり、一人、大川周明氏は途中で精神に変調を来して裁判から外れました。
  この有罪判決を受けた二十五名の人たち、重大な戦争犯罪を犯した人たちであるという認識はありますか。
○小泉内閣総理大臣 それは、東京裁判でそのような判決を受けたわけでありますし、日本は受諾したわけであります。そういう点においては、東京裁判において戦争犯罪人と指定されたわけであり、その点は、日本としては受諾しているわけであります。
○岡田委員 A級戦犯については、重大な戦争犯罪を犯した人たちであるという認識はあるということですね。
○小泉内閣総理大臣 裁判を受諾している。二度と我々は戦争を犯してはならない、戦争犯罪人であるという認識をしているわけであります。
○岡田委員 私は、もちろん、その二十五名の一人一人を見たときに、いろいろな議論はあるんだろうと思います。しかも、東京裁判そのものについてもいろいろな議論はある。勝者が敗者を裁いた裁判であったとか、事実関係において間違いがあるとか、あるいは、新しい罪を設定して裁いたとか、いろいろな議論はありますが、しかし、我が国としてこれを受諾している、これが議論のスタートだと思うんですね。
  そして、その東京裁判において現に有罪判決を受けたA級戦犯に対して、これは重大な戦争犯罪を犯した人たちである、そういう認識にまず立っていろいろな議論をしていかないと議論が迷走すると思うんですが、もう一度、そのことはよろしいですね。
○小泉内閣総理大臣 それは、東京裁判を受諾しているということで十分ではないかと思います。
○岡田委員 裁判を受諾しているということは、その二十五名について重大な戦争犯罪人であるという判決が出ているわけですから、そのことは受諾しているということですね。
○小泉内閣総理大臣 その裁判を受諾しているわけであります。認めているわけであります。
○岡田委員 それでは、具体的な話にちょっと移りたいと思います。
  五月十六日の予算委員会で、総理が我が党の仙谷委員の質問に対して幾つかお答えになりました。そのことに関して、少し具体的に聞きたいと思います。
  まず、総理は、戦没者に対して追悼を行うことに関して、どのような追悼の仕方がいいかということは他の国が干渉すべきでない、こう述べられました。この干渉すべきでないということは、どこかの幹事長が述べられたように、内政干渉すべきでない、こういう意味ですか。
○小泉内閣総理大臣 戦没者に対してどのような追悼をするか他の国が干渉すべきでないと申し上げたのであって、これをおかしいとは私は思っておりません。
  そして、内政干渉という定義はないんです。内政干渉というはっきりした言葉の定義はないんです。どれが内政か、今それぞれの国が、いろいろな内政問題について、自分の国はこう思うということを他国に対して言います。
  しかし、私の答弁をよく読んでいただきたい。戦没者に対してどのような追悼をするか他の国が干渉すべきでない、これを岡田議員はおかしいと思っておられるんですか。
○岡田委員 総理、私ちょっと我が耳を疑ったんですが、何が内政干渉かということはないんだということをおっしゃったと思うんですが、それじゃ、内政干渉の定義、おっしゃっていただけませんか。
○小泉内閣総理大臣 それは、その時々、内政というものに対して各国がこれは内政干渉だと言う場合があるでしょう。しかし、内政とは何か、こういう問題について定義はないということを申し上げているわけでございます。
○岡田委員 内政とは何かはちょっと横に置くとして、内政干渉の定義を言ってください。
○小泉内閣総理大臣 それは、各国で内政不干渉という立場というものはそれぞれの立場がとらなければなりませんが、それでは内政とは何ぞやという定義はないんですよ、内政というのは。それを私は申し上げているんです。
○岡田委員 総理、内政干渉というのは、れっきとした、きちんとした定義があります。これは、国会の場でも、政府からの答弁もなされています。ある種の武力その他の強制力をもって一国が自国の自由裁量で決定し得る事項に対して圧力を加えて自国の意向に相手国を従わせようとする行為、これが内政干渉の定義です。ですから、強制力をもって他の国の自由裁量に属することについて圧力を加えて従わせようとする行為、これが内政干渉の定義です。
  ですから、総理が干渉とか内政干渉とか言っておられますが、それは俗な言い方で言っておられるのであって、この国際法上の内政干渉という考え方に立って議論しているんじゃないんじゃないですか。物すごくそれは軽率だと私は思うんですが、いかがなんですか。
○小泉内閣総理大臣 一般論として、内政干渉という今岡田議員が言っておられること、それはそうだと思いますが、内政ということについては、その国によってとり方が違うんです。だから、ある国にとっての内政、また日本にとっての内政、そういう点について、どれが内政かという定義はないと申し上げているわけでございます。
○岡田委員 総理、私は内政の議論をしているんじゃないんですよ。内政干渉のポイントは、強制力をもって圧力を加えて従わせようとする、これが内政干渉のポイントですよ。
  ですから、今回の、どういう参拝をするか、そういうことについて、それが干渉だとか内政干渉、少なくとも法律的な意味での内政干渉には当たらないということは明らかなんですよ。総理は全く意味を、常識的な言葉でもって発しているわけですよ。そして、そのことが国際的紛争を招いているわけです。
○小泉内閣総理大臣 この点も岡田議員は誤解されていると思います。
  私は、戦没者に対してどのような追悼をするか他の国が干渉すべきでないと言っているんです。内政干渉をすべきでないということは申し上げておりません。
○岡田委員 最初に総理がそう言われればよかったんですよ。私は、内政干渉という意味かと最初に聞いたんですから。そのときには、あやふやにして答えられたわけですね。(発言する者あり)武部幹事長が言われたことは、全く政治家として無知だし、政治家としての常識に欠ける、そういうふうに言わざるを得ないと私は思います。
  それでは、次に、いつ行くか適切に判断いたしますと言われましたね。このいつ行くか適切に判断いたしますというのは、従来総理が言っておられる適切に判断いたしますということと比べれば、一歩踏み込んでいると思うんですね。つまり、行くこと前提の議論ですから。総理は、行くことを前提に述べておられるんですか。
○小泉内閣総理大臣 それは、言葉どおりにとっていただいて結構であります。いつ行くか適切に判断する、そのとおりでございます。
○岡田委員 いつ行くか適切に判断するというのは、行くこと前提ですねと聞いているんです。
○小泉内閣総理大臣 それは、いつ行くか適切に判断するという言葉しかありません。どう判断するかは、人によってとり方が違うでしょう。しかし、それを適切に判断すると、これがいい答弁なんですよ。
○岡田委員 総理、いつ行くか適切に判断するという答弁は、総理は撤回されなかったわけですね。
  私は、こういう機会に言い直されればよかったんだと思いますよ。つまり、いつも言っているように、適切に判断いたしますというふうに言われればよかったんですよ。それを、いつ行くかというのが加わっていることによって、もう一歩踏み込んだんじゃないかという誤解を与えているわけですよ。だから、今、私はある意味で総理にチャンスを与えたんですよ。しかし、総理は開き直って、いつ行くかということを今繰り返された。そういう姿勢がまさしく日中関係を、あるいはアジアにおける日本の関係をおかしくしているんですよ。
○小泉内閣総理大臣 戦没者に対してどのような追悼をするか他の国が干渉すべきでないという私の発言が、なぜ他の国を傷つけているんですか。そこをお聞きしたい。
○岡田委員 総理、私もそのことを今聞こうとしたんですよ。総理がそうやって開き直っていることが問題なんですよ。それこそがこの問題の根源なんですよ。
  いや、総理が開き直って、なぜ問題なのかわからないとおっしゃるんであれば、それは一般の人がそう言うならいいですよ。しかし、あなたは日本国総理大臣なんですから、わからないと言って開き直っているんではなくて、もし総理が信念を持ってみずからが靖国に行くべきだと考えているんであれば、そのことをちゃんと理解させる責任があなたにはあるんですよ。それに対して異を唱えている人に対して、こういう考え方で行くんだ、そのことは問題ないんだということを説得しなきゃいけないんですよ。説得もせずに、わからないと言って開き直っている。それは総理大臣のやることじゃありませんよ。
○小泉内閣総理大臣 なぜ開き直っていると解釈するんですか。戦没者に対してどのような追悼をするか他の国が干渉すべきでないという私の答弁がなぜ開き直っているととられるのか、理解に苦しんでおります。
  そして、今までに、私が靖国参拝するときにどう言っているか、よく調べてください。それは、二度と戦争を起こしてはいけない、今日の日本の発展というのは現在生きている人だけで成り立っているものではない、心ならずも戦場に行かなければならなかった方々のとうとい犠牲の上に成り立っているはずだと、そういうことを考えると、戦没者に対して敬意と感謝の意を表するために靖国参拝に行っているんであると、もう何回も説明申し上げてあります。決して、軍国主義を美化するものではないし、日本が軍事大国になるために行っているのではない。この平和のありがたさをかみしめよう、二度と国民を戦場に駆り立てるようなことはしてはいけない、そういう気持ちを込めて参拝しているということは何回も申し上げております。
○岡田委員 総理、それがひとりよがりなんですよ。私は、日本国総理大臣として靖国に私自身が行くことはありません。そのことは何回も申し上げているとおりであります。
  A級戦犯が合祀をされている。そして、そのA級戦犯合祀に当たって、A級戦犯を昭和の受難者だと位置づけて合祀している。その靖国神社に総理は行くべきでないと私は考えます。総理がどういう思いで行ったとしても、しかし、A級戦犯が合祀され、そしてそのA級戦犯が昭和の受難者として合祀されている。私は、その一点をもって、靖国には総理として行くべきでないと思います。
  総理、あなたがあなたの考え方を言われるのは結構です。しかし、それが相手に通じていないんです。通じてなければ、きちっと説明して理解させるのは総理大臣の責任でしょう。
○小泉内閣総理大臣 これも、私は過去何回も答弁しているんです。A級戦犯のために参拝しているのではない、多くの戦没者に敬意と感謝の意を表したい、そういう気持ちから参拝しているのであって、特定の個人のために参拝しているものではございません。
  私は、岡田代表が靖国に参拝しないということに対して別に批判するものではありません。それは岡田さん自身の考えでしょう。しかし、私が靖国神社に参拝しているということは、今までも申し上げておりますように、多くの戦没者の犠牲の上に今日の日本の繁栄があるんだから、そういう戦没者に対する敬意というもの、感謝というものを決して現在でも忘れてはならないという気持ちから参拝しているわけでありまして、この点については何回も申し上げております。
○岡田委員 それでは、現に、総理の靖国参拝を理由として、今、日中関係が極めて緊張関係にある、この事実は認めますね。どうですか。
○小泉内閣総理大臣 それは、靖国参拝に対して意見の相違はございます。しかし、全般的な日中関係を考えますと、今までにない日中経済の交流は深まっております。交流も拡大しております。
  私は、一時的な一部の意見の対立が、日中全体の友好関係というものを考えれば、そういう意見の一部の対立を乗り越えて、日中友好関係の重要性をお互いが認識すべきだと思っております。
  そして、私が申し上げておりますように、私の靖国参拝に対する考えがひとりよがりだと言われましたけれども、なぜひとりよがりか、その批判も私は理解に苦しんでおります。
○岡田委員 総理、日中関係はいいと言いますけれども、今いいはずがありませんよ。そこまで開き直ると、ひとりよがりじゃなくて、もう完全な開き直りですよ。
  そして、そういう中で、先ほど総理御自身が言われた例えば常任理事国入りの問題、これは、日本としての国の利益、国民の利益のかかった重要な問題だと思います。私は、野党ですけれども、この問題はいろいろなところでサポートしていきますよ。だけれども、幾ら努力しても、あるいは外交の現場でそれぞれが努力したって、まだ中国ははっきりノーとは言っていませんよ、だけれども、日本が常任理事国入りするということについて、今の日中関係、日韓関係、そのきっかけは総理の靖国参拝の問題です。この問題がきっかけになって、常任理事国入りの問題がますます難しくなっているじゃないですか。
  あるいは、六カ国協議はどうですか。北朝鮮をめぐる六カ国協議、この問題は、もちろん拉致の問題の解決のためにも、そして核開発を何とかとめていくためにも、極めて重要な六カ国協議であります。しかし、北朝鮮に対して最も影響力を行使し得るのは中国。その日中関係がこれだけぎくしゃくしていて、もちろん日本だけに責任があるとは私は言っていませんよ。だけれども、総理の靖国参拝の問題が一つの原因になっていることは事実、大きな原因ですよ。
  そういう中で、常任理事国入りの問題とか北朝鮮をめぐる六カ国協議、首脳会談すらできないというこの現状、それに対して日本国総理大臣としてどう考えているのか、お聞かせいただきたいと思います。
○小泉内閣総理大臣 首脳会談は、昨年十一月において胡錦濤主席とも行いましたし、その後、温家宝首相とも会談をいたしましたし、ことしになってから、四月においても胡錦濤国家主席としております。
  私は、意見の一部の相違があるから全体の関係が悪いというふうにはとっておりません。また、一部の意見が違うから関係を悪くしようという気もございません。
  この靖国参拝を殊さら取り上げておられますが、岡田代表は、靖国参拝がいけないというんですか、いいんだけれども、中国が言うからいけないというんですか、どっちなんですか。(発言する者あり)
○甘利委員長 静粛にお願いします。
○岡田委員 私は、まず、国民の皆さん、特に遺族の皆さんが靖国参拝をされるその心情はよくわかります。しかし、日本国総理大臣たる立場にある人が、A級戦犯が合祀され、そして、それについて昭和の受難者とまで言っている靖国神社に日本国総理大臣が行くべきでないというふうに思っています。今、外国政府に言われて行く行かないを決める問題ではありません。それはまずみずからが判断すべきです。ですから私は総理に判断を聞いているわけですよ。
  今現に、これは日中間だけじゃありませんよ。この前シンガポールの首相にお会いしましたが、シンガポールの首相も非常に心配をしておられました。もちろん日韓関係もです。アジア全体が今、この問題をきっかけに日中関係がおかしくなるんじゃないか、そして、日中関係がおかしくなればアジア全体が影響を受けるということを深刻に心配しているんですよ。そのぐらい、今大きな波及効果がある。そして、日本自身にとっても、先ほどの常任理事国、あるいは六カ国協議、拉致の家族の皆さん、そして核開発があれば、日本の安全保障にとって極めて大きな影響がある。
  そういう大きな問題がたくさんある中で、総理として、総理の判断をみずからすべきじゃないか、全体をとらえて、それは総理の信条から見れば問題はあるかもしれないけれども、しかし、そこは総理大臣だからきちんと判断すべきじゃないか、そういうふうに申し上げているわけです。いかがでしょうか。
○小泉内閣総理大臣 それは、そうすると、靖国神社に参拝するのは悪くはないけれども、中国の関係を考えて、中国が好ましいと思わない、嫌だと言っているから行くなということなんですか。(発言する者あり)
○甘利委員長 静粛にお願いします。質問中です、静粛に。
○岡田委員 総理、議論をすりかえないでもらいたいんです。
  A級戦犯を合祀した靖国に日本国総理大臣は行くべきでない、それは自分の判断でそういうふうに決めることであって、外国に言われて決める問題じゃない、私はずっと一貫してそういうふうに申し上げています。そして、総理、自分で判断しなさいと。そうじゃないと言うなら、中国や韓国、この靖国参拝に異を唱えている国に対して、みずからの信念を語って説得しなさい。説得もしない、ほうり出して、何で問題になるかわからないといって言い放つ。
  総理、その結果として、日本の国益は結局どうなるんですか。国民挙げて、あるいは外務省を先頭に、みんなが本当に努力をして、日本の国の利益、国民の利益のために、北朝鮮との交渉、これをいかにしっかり運んでいくのか、あるいは常任理事国の問題、あるいは東アジア共同体をつくっていくために、やはり日中関係、日韓関係、日本とアジアの関係がいかに大事か、そういう視点で大きな判断をすべきだということですよ。総理、そこがおわかりになりませんか。
○小泉内閣総理大臣 私は自分の判断で靖国神社に参拝しているんですよ。他の国がいけないとかいいとか言っているから参拝しているんじゃないんです。自分の判断として靖国神社に参拝しているんです。その理由は再三申し上げております。
  そして、中国の首脳とも韓国の首脳とも会談するたびに、靖国の問題が出るたびに、私は私の信条を説明しております。そして、日中関係、日韓関係の重要性も共有していると思っております。
○岡田委員 総理、私は、総理の選択肢は三つしかないと思っているんですよ。先ほど来申し上げていることですが、一つは、みずからの判断で行かないと決めること。そして二番目は、相手を説得し、総理の考え方を相手を説得する中で貫いていくこと。しかし、総理はいずれもやらないんです、今。単に放置をして、その間、国の利益がどんどん失われていく。そうしたら、三番目の選択肢しかもうありませんよ、総理。それは、総理が日本国総理大臣をやめることですよ。もうそこまで大きな話なんだということ、日本の国の利益がかかっている話でもある、日本の将来がかかっている話でもある、そういう認識はありませんか。
     〔委員長退席、渡海委員長代理着席〕
○小泉内閣総理大臣 それは、私は理解できないんですね。靖国に参拝しなければ中国との関係がよくなる、中国との関係を考えると、中国が靖国参拝というものに対して不快感を持っていると言うから私に退陣せよという議論とどうして結びつくのか。
  岡田さん自身が靖国に参拝しないということは、私は批判いたしません。中国が靖国に参拝するのを不快感を持つということも、別に私はそういう考えであるということは理解しております。しかし、今の議論を聞いていると、総理大臣の職務として参拝しているものでない、私の信条から発する参拝に対して他の国が干渉すべきではないと思っているんです。
  そして、これはやはり信条の自由というのがありますから、心の問題ですから。そういうことを考えて、私としては、そういう心の問題にまで他の人があれこれ言うから……(発言する者あり)
○渡海委員長代理 御静粛に願います。
○小泉内閣総理大臣 どうかということを考えるよりも、自分自身の判断で考えるべき問題ではないか。これが、総理大臣を退陣しなきゃならないというふうには考えておりません。
○岡田委員 総理、揚げ足をとるつもりはありませんが、言葉をもう少し正確に言われた方がいいと思います。
  例えば、信教の自由の問題だとおっしゃいました。憲法の保障する信教の自由というのは、国家権力が個人に対して特定の宗教を強制しないということであって、日本国総理大臣が、おれは信教の自由があるんだから、そういう話は全く憲法というものがわかっていないんじゃないかと私思うんですよ。
  とにかく、いろいろな意味で粗過ぎるんですが、私がお願いしたいことは一つ。この事態を放置すれば、日本の重要な国の利益、国民の利益、国益が失われる状況にある。それを打開する責任は、少なくとも日本国総理大臣としてのあなたにあります。どうやって打開するのかを教えていただきたい。
○小泉内閣総理大臣 日本としては、日中間の交流を拡大していき、なおかつ経済の依存関係もますます深まっております。そのような日中の友好性というのは、両国、認識を共有しておりますので、そのような点について、お互い理解を深めていく必要がある。そういう中で、今後の、日中間の協力はもとより、国際社会の中での協力も考えていくべきではないか。
  一時的な意見の相違があったとしても、将来を展望すれば、日中関係の重要性というのはお互いよくわかっていると思います。そういう中で、今後、話し合い、また交流を重ねていく必要があると思っております。
○岡田委員 総理、本当に今日本の国の利益がかかっているんですよ。北朝鮮の核武装、どんどん準備進んでいるじゃないですか。あの拉致家族の皆さん、どうですか。そういった問題について、総理としてきちんと解決する責任がありますよ、総理。あるいは、東アジア共同体ということを総理も言われるけれども、日中がお互いいがみ合って、東アジア共同体なんてできませんよ、そんなもの。
  そのことについて、総理がみずから打開していく責任があるんです、総理大臣ですから。その自覚がないんなら、もう一回言います、総理、やめるべきです、あなたは。
○小泉内閣総理大臣 その自覚がないならやめるべきだという岡田さんの意見は意見として承っておきます。
  しかし、信教の自由のために私は靖国参拝しているんじゃないんですから。心の問題だと。心の問題と信教の自由という、宗教と違います。私は、神道を奨励するために靖国神社に行っているんじゃありません。その点はよく考えていただきたい。
  そこで、繰り返しますが……(発言する者あり)
○渡海委員長代理 御静粛に願います。
○小泉内閣総理大臣 戦没者に対してどのような追悼をするか他の国が干渉するべきでないということに対して、岡田さん、ちっとも答弁しません。これが本当にいけないんですか。(発言する者あり)開き直りだと言っておりますけれども、そう思わないんですか、岡田さんは。
○渡海委員長代理 御静粛に願います。
  委員各位に申し上げます。質問も聞こえません。御静粛に願います。
○岡田委員 総理、私は申し上げているじゃありませんか。戦没者に対してどういう形でそれを弔うかということは、それは日本が決めることです。しかし、ほかの国が意見を言うことはできます。これは内政干渉ではありません。意見を言うことはできます。しかし、決めるのは私であり、総理御自身です。そのことははっきり申し上げているじゃありませんか。しかし、現実、いろいろな問題がこのことに端を発して起きているときに、それを解決する責任も同時にあなたにあると申し上げているんですよ。
  だから、どういう解決の仕方があるか、私は二つ申し上げましたけれども、私はあなたに、靖国に行くのをやめるべきだと一回も言っていませんよ。自分がその解決策を見つけるべきだ、その責任があなたにあると言っているんですよ。それがない。このまま放置する。それはいつかはなんて言われますが、本当に今重要な局面で、日本にとって、日中関係、日韓関係あるいはアジアの関係、そんな時間はないんですよ。だから私は、それならあなたはやめるしかないというふうに申し上げているわけです。
○小泉内閣総理大臣 今、岡田さんは私に対して、靖国神社参拝をやめろとなんか言っていないと言われた。そして、どのようなこれからの日中間の関係を考えているかということでありますので、私は、一部の意見の対立があっても日中の友好は重視だということで、これからいろいろな分野において協力していこうということで、胡錦濤国家主席とも話し合いの中で共通の認識を持ったわけでありますので、経済の交流のみならず、文化、スポーツ、あらゆる分野において友好協力関係を深めていくような話し合いをこれからも進めていきたい。
  さらに、国際社会の中でも、国連改革のみならず、北朝鮮の問題につきましても今協力を進めております。そういう中でお互い話し合いをしていく必要がありますし、将来、時間をかけても、私が日中友好論者であるということをよく理解していただくように、これからも努力をしていきたいと思っております。
○岡田委員 私が申し上げたのは、総理御自身がみずからの信念を貫いて、そして、そのことについてアジアの国々に説明をして理解をされる、それだけ説得する自信があるのなら、それも一つの考え方だ、一つの答えだと申し上げたんです。しかし、それができないのなら、それは総理御自身が行かないか、やめるかしかないんですよ。そのことを私は申し上げているわけです。できないんじゃなくて、もしできるというのならやってくださいよ。しかし、総理はずっと言いっ放しじゃないですか。それは日本国総理大臣としてとるべき態度じゃないということを申し上げているわけであります。

[001/004] 165 - 衆 - 予算委員会 - 3号
 平成18年10月06日

http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc_text.cgi?SESSION=980&SAVED_RID=1&SRV_ID=9&DOC_ID=2554&MODE=1&DMY=3949&FRAME=3&PPOS=148#JUMP1

○安倍内閣総理大臣 日本において、国内法的にいわゆる戦争犯罪人ではないということでございます。遺族援護法等の給付の対象になっているわけでありますし、いわゆるA級戦犯と言われた重光葵氏はその後勲一等を授与されているわけでありまして、犯罪人であればそうしたことは起こり得ない、こういうことではないかと思います。

[引用おわり]

[内閣府ホームページから引用はじめ]

岡田副総理記者会見要旨 平成24年8月10日
http://www.cao.go.jp/minister/1201_k_okada/kaiken/2012/0810kaiken.html

(前略)

(問)【その他】
  時事通信社の中西と申します。靖国神社参拝の件でお尋ねしたいのですけれども、8月15日に岡田副総理御自身が靖国神社を参拝することはありますでしょうか。 (答)ございません。(問)その理由についても、教えていただけるとありがたいのですが。(答)基本的に、A級戦犯を合祀した靖国神社に閣僚が行くことは、適切ではないというふうに考えています。

(中略)

(問)フリーランスの宮崎ですが、先程の靖国神社参拝に関して、A級戦犯が合祀されているから参拝しないということでした。これは昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を示したとされる富田元宮内庁長官の富田メモというものの信憑性が正しいと思われていらっしゃるのでしょうか。また、このA級戦犯7人以外の英霊に何かゆかりのある方の参拝についてはどう思われますか。(答)私が申し上げているのは、やはりA級戦犯というのは、これは何回もいろいろな場で申し上げているのですが、東京裁判そのものの問題がないわけではないけれども、しかし、日本が自ら戦後を総括していない以上、やはり東京裁判というものを尊重するという考え方に立たざるを得ないと。その東京裁判の結果、A級戦犯というふうに断じられた方々が祭られている、神として祭られているということについて、そこに閣僚が行くということは、私は望ましくないというふうに考えております。
  これは2005年でしたか、小泉さんと党首討論の議事録を見ていただければよく出ているというふうに思います。小泉総理と全く意見は、ある意味では一致したのですが。永久に戦犯が戦犯であると、戦争犯罪人であるということは一致したので。

[引用おわり]

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

おめでとう岡田克也さん、60歳、還暦に 政権交代ある政治に耳順え、これからが本番だ!

2013年07月14日 01時11分52秒 | 岡田克也、旅の途中

 7月上中旬なのに、とても暑い1週間だったので、投稿時刻も涼しい時間帯ということで、不自然な時刻の投稿が続いて、失礼します。

 おめでとうございます!!!

 岡田克也さんが2013年7月14日(日)、60歳、還暦となりました。 フランス革命記念日で、やはり血の気の多い岡田さんらしく選挙期間中ということになりました。

 論語では、「30にして立つ(而立)、40にして惑わず(不惑)、50にして天命を知り、60にして耳順う(みみしたがう、耳順)」と言います。

 50にして天命を知った、岡田さんは58歳の時に、「これも「天命」なのかな」と語っています。

 60にして耳順う。60歳になって少しは人の言うことが素直に聞けるようになった(金谷治・翻訳)ということなので、ぜひ人の言うことが素直に聞ける60代になっていただきたいものです。岡田啓介元首相の工作で、鈴木貫太郎が首相になったのは77歳、第2次大隈重信首相が総辞職したのは78歳。まだまだやれます。

 冒頭に示したのは、第46回総選挙後に衆議院事務局庶務部議員課が編集した「衆議院要覧(乙)」の112ページ。

 岡田さんの書きぶりは徹底していて、

 「平成5年自民党を離党。以後、「政権交代ある政治の実現」という信念を貫き通す」

 「平成10年民主党を結成、党政策調査会長、幹事長、代表などを歴任し、民主党の基盤づくりに全力を挙げる」

 「平成21年5月再び党幹事長に就任し、同年8月の衆議院総選挙において政権交代を実現。」

 そして、「当選8回(39、40、41、42、43、44、45、46)」とあります。

 衆議院要覧(乙)で、これだけ主観的なプロフィールを書いているのは岡田さんだけ。こういう無料で自分をPRできる媒体を最大限に使うという、岡田さんのDNAは、反発しているけどその影響を無視できない偉大すぎる父からの物に違いありません。

  先の通常国会では、初当選前後の後援会リーフレットの通産省時代の写真にありながら、その後公式資料からは消えていた、「メガネ姿」を衆議院内閣委員会で披露する場面がありました。

 
[画像]長年封印していたメガネ姿を公の場で披露した岡田克也さん(2列目中央)、2013年5月22日(水)、衆院内閣委、衆院インターネット審議中継からキャプチャ。 

 現在は三重の高橋千秋選対本部長。

 バースデーの午後3時には、いまや盟友となった野田佳彦前総理が近鉄四日市駅にかけつけます。私もかけつけちゃおうかと考えました。しかし、インターネット選挙運動解禁で、動画が出るでしょう。

 アベノミクスの恩恵で少し余裕ができたとはいえ、日帰り出張旅費1・3万~1・5万円はここで使うより、貯金してそのうち海外旅行してリフレッシュしたいと思い、止めました。もう5年間も海外に行っていないですよ。英語を話したい。その5年間に、政権交代、津波、原発爆発がありました。

 むこう3年間、けっこう暇なのかなという覚悟はあります。民主党は必ずよみがえり、また政権交代します。ただ「いつまで」とは言えない。どんなに短くとも3年間はかかります。しかし、私はいつまでも待ち続ける。


[画像]高橋千秋候補(中央、タスキ姿)の選対本部長として演説する岡田克也さん、2013年7月4日(木)、Ustreamなどの映像から。

 向こう3年間でやらなければならないのは、民主党が自律的な財政環境を民主党が整えることです。楽なことではありません。私も貯金して財政に貢献したいところですが、それよりも、より民主党財政に貢献してくれる層の厚みを増していく手引き役になれるように邁進していきたいと考えます。

 私も39歳ながら、1度目の政権交代(細川・羽田内閣)にも、2度目の政権交代(鳩山・菅・野田内閣)にも、当事者として歴史に関わりました。私自身も来年は40歳、不惑ということになります。多くの方は誤解されているように感じますが、論語の解釈では、不惑とは、周りの雑事に惑わずに、本筋のことだけに惑うようになる、という意味です。私も、しっかりと雑事を整理し、国家、国民、皇室、民主党のことだけに惑えるように備えていきたいと考えております。

 当ブログも岡田克也とともに、まっすぐに、ひたむきに、政権交代ある二大政党政治を、命がけで、日本に定着させていきます。

 岡田が決めたらどこまでも。

 3年かかろうが、10年かかろうが、非自民反共産の政権担当可能な民主党を再建していきます。昔の新生党のように、合宿とかやってね。

 ますますやる気が出てきました!!!

  ◇

 お願いがあります。

 Google検索で「岡田克也」と入れても、当ブログの記事は後ろの方にしかでません。「岡田克也」のキーワードで当ブログに来る人は、1日1人もいない状況です。これは岡田さん自身が、ホームページ、YouTube、まぐまぐメールの他、各種のブログ媒体で発信しているためと思われます。

 そこで、岡田さんについて調べたいことがあるときは、

 「岡田克也 site:blog.goo.ne.jp/kokkai-blog」

 とGoogleの検索窓に打ち込んでいただけないでしょうか。当ブログ内のエントリーの表示順が上がるかもしれません。ご協力お願い申し上げます。 

 ◇

 1年前の記事はこちら↓ goo(NTTレゾナント社)さんもイノベーションしてくれてますね。そう人生は永遠のイノベーションです!

 
おめでとう岡田克也さん 59歳に 「これからの1年は激動の1年」 還暦は選挙戦中確実
[画像]「59歳、59歳、と何度も言われるとうれしくありません」・・・首相官邸ホームページ内動画からキャプチャ。 おめでとうございます。 2012年7月14日(土)、岡田克也さんは...
 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岡田克也「カエルの起き上がり小法師、倒れても倒れても、また起き上がる

2013年07月06日 23時59分59秒 | 岡田克也、旅の途中

 民主党の岡田克也さんは、地元の中小企業の(経営者の)奥さんから、カエルの起き上がり小法師をもらったと明かしました。

 岡田さんはカエルの収集が趣味で、とくに海外出張時には、必ずお土産として購入することにしています。

 この趣味は有名なので、地元の支援者が起き上がり小法師として、全国民主党や、三重選挙区の高橋千秋候補らの非常に厳しい状況でも、「倒れても、倒れても、また起き上がってガンバレ」という意味合いだと考えられます。

 このメッセージの朝には、朝日、読売、毎日、日経の各新聞が独自の電話調査と支局取材にもとづく情勢分析で、自民党と公明党で過半数が確実だとの序盤情勢を報じました。もちろん、民主党は改選第2党、非改選も含めての第2党は確実で、二大政党の一翼にとどまります。とはいえ、あまりひどく参院選で負けると、党の県連組織や支持団体の足腰が弱まります。二大政党の誇りのうえで、組織のお祭りである、参院選で一人一人が次に向けて候補者とともに力をつけることが必要です。

 

カエルの起き上がり小法師-倒れても倒れても、また起き上がる

選挙ということで、地元の中小企業の皆さんをお訪ねして、支援をお願いしています。

先般、非常にいいものをいただきました。それがこれです。私がカエル好きということで、ある企業の奥様が手作りで作っていただいたものです。


非常に可愛らしいカエルさんですが、これが非常によくできているのは、起き上がり小法師になっていることです。倒しても起き上がるということで、カエルの起き上がり小法師です。

私や民主党の置かれている状況が非常に厳しいため、倒れても、倒れても、また起き上がって頑張れ、という意味を込めて作っていただいたのだと思います。

まさしくこのカエルの起き上がり小法師に負けないように、しっかりと頑張っていきたいと思います。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

◎岡田克也の20年、悪の中選挙区復活阻止、政権交代ある小選挙区制を守り抜く 小選挙区区割り法が成立

2013年06月24日 15時09分56秒 | 岡田克也、旅の途中

[写真]衆議院小選挙区導入のため、体を張る、岡田克也さん、1993年6月15日、「岡田かつや20年の歩み」から。

【2013年6月24日(月) 衆議院本会議】

 午後1時3分に開議し、自民党国対委員長・鴨下一郎君外148名提出の「日本国憲法59条に基づく見なし否決動議」が提出され、起立多数で、「衆議院小選挙区0増5減区割り法案(183閣法51号)」を参議院が否決した、とみなしました。

 休憩の後、午後2時再開。

 国会法83条の2第2項にもとづき、参議院から法案を返付してもらいました。

 この後、同じ憲法59条にもとづき再議決すべしとの動議が出ました。

 これに対して各党が討論に立ちました。

 民主党の泉健太さんは、「定数削減をするという昨年11月16日の3党合意がある。自民党が公党間の約束を反故にする政党とは思えない」と批判しました。

 自民党は賛成、みんなの党は反対、日本維新の会は「再議決することには賛成だが、3党合意を守らなかったのは遺憾だ」と討論演説しました。

 この後、記名投票表決(堂々めぐり)の結果、0増5減区割り反映法は可決・成立しました。

 投票総数475。3分の2数は317。投票の結果は、賛成384、反対91。


[画像]衆院小選挙区存続法案に投票する岡田克也さん(左)、2013年6月24日(月)、衆議院本会議、衆議院インターネット審議中継からキャプチャ。

 とはいえ、自民党の一部、公明党、共産党などが自分たちに有利で有権者の意思を反映しない「中選挙区制」への「抜本改革」を求めていましたが、岡田克也・本部長のねばり強さで、小選挙区比例代表並立制が守られてよかったです。泉さんは討論で「会議は踊る、されど進まずのウィーン会議は、ナポレオンのエルバ島脱出という外的要因がなければまとまらなかった」と演説しました。最高裁による第46回衆院選無効やり直し判決という外的要因で、選挙制度改革が進むという事態はあるのかもしれません。

 昨年の今頃も、0増5減法案が成立していなかったため、野田佳彦首相が解散権という伝家の宝刀を使えずに、消費税増税法案の採決で選挙に弱い同僚議員に足下をみられ不正常採決となってしまいました。法案を成立させなかった民主党の一部幹部と造反議員たちは、今でも絶対に許せません。

 そして、昨年も今年も会期末前後まで公職選挙法改正法案が成立しないかげには、輿石東・民主党・新緑風会会長の存在があります。彼は中選挙区の山梨全県区で1990年初当選。この選挙戦は、選挙サンデーを折り返した直後に、南アフリカでは、デクラーク大統領が、AFC党首のネルソン・マンデラ受刑者を釈放し、世界的熱狂につつまれました。その直後に輿石さんが衆議院議員になりました。しかし、小選挙区制に対応できず、無所属で参院選に回りました。それから23年。南アフリカではマンデラ大統領・デクラーク副大統領となり、ワールドカップ、経済成長とますます存在は増すばかり。それに引き替え、中選挙区的政治家である輿石さんは、いまだに参議院と民主党の海江田万里代表・細野豪志幹事長の闇将軍となりました。同じ山梨の闇将軍だった金丸信さんにはそれなりに道理がありました。

 NHKが全国ネットで報じた「都議選特番」は中選挙区制が民意をゆがめて反映する誤った制度であることを、ひろく国民に浸透させる格好となりました。そして、当事者にとっても「誰でも落選の危機がある」怖い制度となりました。こんなのはもう止めましょう。これからは、地方議会もすべて小選挙区制にすべきでしょう。その偉大なる第一歩となったのは、きょうなのです。

 20年前、宮澤総裁邸に乗り込み、自民党本部総務会室前を封鎖した岡田克也さん。志はまったく同じなのに、なんともすばらしいテクニックで、小選挙区制を未来に残しました。亡くなった住博司先生も喜んでいると思いますよ。あの日と同じ澄んだ瞳で。



       

[お知らせ1 はじめ]

 「国会傍聴取材支援基金」を設けております。日本唯一の国会傍聴記にご協力ください。

 「国会傍聴取材支援基金」の創設とご協力のお願い

 ご協力ください。よろしくお願いします。

[お知らせ1 おわり]

[お知らせ2 はじめ]

 会員制ブログで今後の政治日程とポイントを解説しています。

 今後の政治日程 by 下町の太陽

 最初の1ヶ月は無料で試し読みできます。お気軽にご登録ください。

[お知らせ2 おわり]

[お知らせ3 はじめ]
 このブログは次の各ホームページを参照して、記事を作成しています。

 最近の法律・条約(内閣法制局ホームページ)
 衆議院議案(衆議院ホームページ) 
 今国会情報(参議院ホームページ)
 予算書・決算書データベース(財務省ホームページ)
 衆議院インターネット審議中継
 参議院インターネット審議中継
 国会会議録検索システム(国立国会図書館ホームページ)
 民主党ニュース(民主党ホームページ)
 goo ニュース

[お知らせ3 おわり]

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岡田克也さんが「次」を見すえ「岡田かつやサポーターズクラブ」を開設 どんどん入会しよう

2013年06月19日 06時36分55秒 | 岡田克也、旅の途中

[写真]民主党代表選出馬を表明する岡田克也さん、2009年5月、衆議院民主党控え室内、筆者撮影。 
 岡田かつやさんの公式ホームページ、で2013年6月13日付で、「このたび、岡田克也の政治活動に賛同し、個人の立場で応援いただいている全国の皆様とともに、『岡田かつやサポーターズクラブ』を設立しました」との事務局の声明が発表されました。

 日本国籍を持つ20歳以上の人ならだれでも入会できるのが特徴。

 このうち月額500円(年間一括6000円の振り込みを事務局は希望)の一般会員の特典は、

*会員限定ティーパーティの案内
*メルマガの配信
*テレビ・ラジオ出演等の最新情報配信
*会員証発行
*会員限定WEBサイト(掲示板への参加)

 となっています。

 月額1万円(年間一括納付ならば12万円)の特別会員の特典は、

*会員限定ティーパーティの優先案内
*メルマガの配信
*テレビ・ラジオ出演等の最新情報配信
*会員証発行
*会員限定WEBサイト(掲示板への参加)
*ご希望により、事務所スタッフによる国会、永田町、霞ヶ関ご案内
*サイン入り色紙進呈 (色紙はご用意いただくことになります)
*室内ポスター
*会報・広報物の送付(不定期)

 となっています。

 岡田さんは東京・大阪・名古屋・四日市・津の5カ所での政治資金パーティーや、創業以来増収増益を続けるN社のN社長や、高校の同級生であの有名なN食品のA社長(故人)の長男のA社長からの個人献金がありますが、リーマン・ショック、与党期・副総理就任をへて、政治資金収入は減ってきています。とくに「ちょっと乱暴なこともする」と宣言して副総理・規制改革・行政改革大臣になったら、だいぶ減ってしまいました。

 しかし、岡田さんはこれからも民主党を「改革者の党」、「生活者の党」と位置づけて、租税特別措置減税、規制で守られた天下り法人、企業の参入規制などの、規制改革、行政改革、租税特別措置廃止に取り組んでいくかまえ。

 そこで、月500円、あるいは月1万円の「岡田かつやサポーターズクラブ」ができました。なお、岡田さんは、系列政治団体を「岡田かつや後援会」の一本にして透明化しており、岡田かつやサポーターズクラブの会費は、岡田かつや後援会への個人献金となります。

 年間2000円以上の寄付は税額控除の対象になるので、「岡田かつや後援会」の証憑付で確定申告できます。そして、年間5万円を超える人全員とあわせて、政治資金収支報告書の載るので、官報に名前を載せることができます。官報は日本国が続く限り、子々孫々へとバックナンバーが残ります。

 特別会員は色紙も書いて貰えるということです。

 話はいったん変わります。

 

 こちらは、孫文が、サポーターズクラブの高田隆平さんに贈った色紙です。「博愛」とあります。これは、フランス革命のスローガン、「リベルテLiberte,エガリテEgalite,フラタルニテFraternite」の「フラタルニテ」を翻訳したのが「博愛」です。一方、フラタルニテは、1912年に鈴木文治が、「友愛」と翻訳し、「友愛会」をつくりました。フランス革命のスローガンは「自由、平等、博愛」と翻訳されてきましたが、最近では「自由、平等、友愛」と翻訳される方が主流となっています。

 細野豪志・民主党幹事長が著書『未来への責任』の114ページで「最近、ようやくたどり着いた個人的な答えは、フランス革命で言う『博愛』を、民主党は『共生』と読み換え、それを大事にしてきたのではないかというものだった」と書いています。しかし、言うまでもなく、『博愛』は民主党でいう『友愛』です。細野さんは辞書を引かないで、持論を振りかざしているようです。7月14日のフランス革命記念日は岡田克也さんの誕生日で、ことしは参院選の選挙サンデーで還暦となります。「博愛」の色紙をもらった高田隆平さんのひ孫が岡田さんで、「友愛会」は現在の日本労働組合総連合会(連合)のことです。

 中選挙区時代、竹下登先生は、月会費2000円の全国後援会員を7000社持っていました。1口までしか会員になれなかったそうです。広く薄く1億4000万円となり、当時の自民党では理想的と言われました。

 安倍晋太郎さんがリクルート、渡辺美智雄さんは東京佐川急便などとの関係もあり、総理になれませんでした。河本敏夫さんは実は三木武夫会長・河本敏夫事務総長の「三木派」の時代から実質オーナーでしたが、その財源となった自ら経営した三光汽船の倒産で、道義的な責任から副総理格国務相を辞任しました。

 そのなかで、リクルート事件の影響で竹下内閣は総辞職したわけですが、竹下先生ご自身は、特定企業との癒着で騒がれることはありませんでした。

 来るべき時に、一気呵成に、規制緩和、事業仕分け、天下り法人撲滅、税制改革(シンプル化)のために、岡田克也に力を。

 8回革命に失敗した孫文や、8回落選したリンカーンが、その後偉大な仕事を成し遂げたのは、支援者がいたからです。そして、その人たちの功績はいまだに語り継がれる。人は必ず死にます。しかし、国は生き続けます。あなたも、「孫文の高田隆平」になってはいかがでしょうか。

 また同時に、組織力にもとる民主党は少ないメンバーの中、都議選・参院選での生き残りに向けて、昨年末とは打って変わった目の色でがんばっていますので、振り込みなど事務手続き面でのスムーズ化にご協力いただきたいことも申し添えておきます。

      

[お知らせ1 はじめ]

 「国会傍聴取材支援基金」を設けております。日本唯一の国会傍聴記にご協力ください。

 「国会傍聴取材支援基金」の創設とご協力のお願い

 ご協力ください。よろしくお願いします。

[お知らせ1 おわり]

[お知らせ2 はじめ]

 会員制ブログで今後の政治日程とポイントを解説しています。

 今後の政治日程 by 下町の太陽

 最初の1ヶ月は無料で試し読みできます。お気軽にご登録ください。

[お知らせ2 おわり]

[お知らせ3 はじめ]
 このブログは次の各ホームページを参照して、記事を作成しています。

 最近の法律・条約(内閣法制局ホームページ)
 衆議院議案(衆議院ホームページ) 
 今国会情報(参議院ホームページ)
 予算書・決算書データベース(財務省ホームページ)
 衆議院インターネット審議中継
 参議院インターネット審議中継
 国会会議録検索システム(国立国会図書館ホームページ)
 民主党ニュース(民主党ホームページ)
 goo ニュース

[お知らせ3 おわり]

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

会期末「抜本改革は間に合わない」という岡田克也に全権委任だ! 政権交代ある二大政党政治を守れ

2013年06月02日 19時06分53秒 | 岡田克也、旅の途中

 さて、ことしも6月になりました。

 岡田克也さんは自身のブログで「抜本改革はいま議論するテーマではない」としています。

 これは会期切れが近づいたので、現行の
小選挙区と比例代表による衆議院選挙制度による政権交代ある二大政党政治は、今国会末の時点で、守り抜けそうだとの見通しをしめしたものです。

 中小政党は、「抜本改革」の美名の下に、「中選挙区」「完全小選挙区」を訴えてきましたが、残り3週間ではゼッタイに間に合いません!

 そのうえで、岡田さんは「この国会中に何を成し遂げるかということですが、大きなテーマは2つです。」として、「一票の格差の是正」と「定数削減」をあげました。

 ところで、6月というと田原総一朗さん(79歳)は自身のブログで映画リンカーンを見た感想として次のように書いています。

 「僕はこの映画を観ながら、ひとりの政治家を思い浮かべた。竹下登さんだ。昭和最後の総理大臣である。彼のいちばんの業績は消費税の導入だろう。リンカーンが議員一人ひとりに、さまざまな言葉を駆使して翻意を迫るさまは、僕の知る竹下さんにそっくりだったのだ。政治は綺麗ごとではない。覚悟をもって何ごとかを成し遂げようとするならば、時には悪者にもならねばならない」

 「竹下さん、リンカーンのやり方はあなたと同じでしたよ」。

 
[画像]政権交代ある二大政党政治を事実上つくった田原総一朗さんのサンデープロジェクト、テレビ朝日、当時。

 第183国会の会期末にあたって、岡田さんが自民党本部に乗り込んだり、田原さんが各党実務者を呼んで言質を引き出したりする展開を想像していましたが、どうやらそういうことにはならないようです。みんな、20歳ずつ大人になりましたから。

 自民党幹事長の石破茂氏(衆院鳥取1区)は2日放送のNHK日曜討論で「緊急是正と定数削減と抜本改革をみんなごちゃごちゃにしていた」と正しい評論。そのうえで「緊急是正法(平成24年法律第95号)の区割りを反映するという司法に対する真摯な姿勢を持つのが当たり前だ」 「定数を減らせと司法は要求しているのか(いやしていない)」と徐々に論理をすり替えました。

 私としては衆議院解散という慌ただしさの中で、この法案の「付則付表」の「鳥取県2」の「2」の一文字を見逃していた、という正直な反省を認めるところから、この会期末にのぞんでいきます。

 任期が変われば新しい衆議院。なんで賛成したの?と言われて、「2」を「1」と思っていた、自民党によるめくらまし、煙幕に気づかなかった、ごめんなさい、というのは三権の中で選挙後の衆議院なら許されるのです。だから国権の最高機関なんでしょう。 

 そして、仮に通称・5増35減法案、完全人口比例法案、岡田法案を通すには、衆議院で過半数を持っていないという原理主義。ただ、努力しないといけません。岡田克也さんに全権委任でもなく、田原総一朗さんに全権委任でもなく、有権者(納税者)に全権委任されているという覚悟と気構えが必要です。これは民主政治の基本中の基本ですよ。こういうところをちゃんとしないから、20年デフレが続いたんです。

 田原総一朗さんはサンデープロジェクトに岡田さんが最後に出演した2010年3月14日、番組の終わりに、「岡田さん頑張って。岡田さんに期待しているからね。」と語っています。(参考エントリーサヨナラの田原総一朗さんが「岡田さんがんばって」

 

[お知らせ1 はじめ]

 

 「国会傍聴取材支援基金」を設けております。日本唯一の国会傍聴記にご協力ください。

 「国会傍聴取材支援基金」の創設とご協力のお願い

 ご協力ください。よろしくお願いします。

[お知らせ1 おわり]

[お知らせ2 はじめ]

  会員制ブログで今後の政治日程とポイントを解説しています。

 今後の政治日程 by 下町の太陽

 最初の1ヶ月は無料で試し読みできます。お気軽にご登録ください。

[お知らせ2 おわり]

[お知らせ3 はじめ]
 次の各ホームページを参照して、記事を作成しています。

  最近の法律・条約(内閣法制局ホームページ)

 衆議院議案(衆議院ホームページ) 
 今国会情報(参議院ホームページ)
 予算書・決算書データベース(財務省ホームページ)
 衆議院インターネット審議中継
 参議院インターネット審議中継
 国会会議録検索システム(国立国会図書館ホームページ)
 民主党ニュース(民主党ホームページ)
 goo ニュース

 [お知らせ3 おわり]

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2005岡田マニフェストの「日本型直接支払制度」を平成26年度から導入へ 自民党検討 TPP農家対策

2013年03月23日 13時02分55秒 | 岡田克也、旅の途中

[画像]「TPP農家の減収補填」の見出しで、「日本型直接支払制度」を平成26年度から導入する方針を報じる2013年3月23日付朝日新聞、朝日新聞デジタルから。

 2013年3月23日(土)付朝日新聞1面は「TPP農家の減収補填」の見出しで、自民党と農林水産省が平成26年度(2014)予算で、「日本型直接支払制度」を設ける方針であると報じました。これは、民主党政権の平成22年(2010)~24年度(2012)予算で「農業者戸別所得補償制度」として施行されたもので、衆院で審議中の平成25年(2013)度本予算(案)では「経営所得安定対策交付金」などとして見積もられています。

 「直接支払」はもともと、平成16年(2004)参院選の岡田マニフェスト、平成17年(2005)衆院選(郵政解散)のマニフェスト(岡田政権500日プラン)に盛り込まれたものです。

 2005年の岡田政権500日プランと言えば、この写真、「日本を、あきらめない。」

[画像]2005年岡田マニフェスト「岡田政権500日プラン」の一部。

 「05岡マニ」には次のように書いてあります。「農業の柱としてー補助金行政から直接支払へ大胆に転換します。現在の農政は、作物の価格維持政策や構造改善事業への助成を中心とした補助金漬けの内容なっています。これを抜本的に転換し、農業・農村を活性化するために、農政の柱として、原則としてすべての販売農家に直接支払を行います。(後略)」

 この後、2007年の小沢マニフェストで代表・小沢一郎氏が「農業者戸別所得補償制度」に名称を変更し、2009年の政権交代で政府の制度になり、平成22年(2010)度~24年(2012)度の本予算で「農業者戸別所得補償制度」として計上されました。ただ、法制化はされていません。自民党は戸別の頭文字「k」をとって、「バラマキ4kの一つ」として攻撃しましたが、農家から制度の維持を求める声が強く、玄葉光一郎政調会長・石破茂政調会長ら民自公3党合意で、存続が決まり、よりよい制度をめざして3党実務者協議で、政策効果の検証をして、予算に「所要の措置を講じる」ことになっています。

 自民党は、農業者というよりも農地の所有者に配慮した政策で政権を取りましたが、直接支払いであることに変わりません。この篠原孝さんのアイディアで、岡田克也代表が取り入れたマニフェストに沿って、「日本型直接支払い」として、農地所有者に配慮すれば、後継者がいなければ農業生産法人に貸して、田畑を守りながら現金収入を得ることが可能です。規模の集約にもつながります。

 TPPに関して、最近はインターネット掲示板でも、JA会長の発言をもじって、「TPPで日本の農業は全滅する、ではなくて、TPPで日本の農協は全滅するの間違いだろ」との批判が出るようになりました。匿名掲示板とはいえ、JA会長の悪口が平然と出るようになっただけでも、直接支払いの効果があったと感じます。私はこれは「革命」だと感じます。団塊の世代の政治家は「革命」という言葉が好きで、鳩山友紀夫さん(旧・鳩山由紀夫さん)は、所信表明演説の草稿で、「政権交代は無血の民衆革命」(完成稿では「無血の平成維新」)と書きましたし、河村たかし名古屋市長は住民税の均等割の減税について「市民税の減税は庶民革命」と言いました。しかし、農業者、農地所有者をJAから解放した篠原孝さんの農民分権こそ、団塊の世代、全共闘世代が実現させたたった一つの革命だったのです。

 時代の流れが早くなっています。「民維み生風社」6党による本予算修正の実務者協議会があるので、平成25年度本予算の「経営所得安定対策交付金」を「日本型直接支払交付金」に書き換えてしまう修正案もありうるでしょう。あるいは、自公民3党で「政策効果の検証結果に基づき所要の措置を予算に講じる」ことも大事です。

 3党の誠実な政策効果の検証によって、「日本型直接支払」を政府の恒久制度にすべきときが来ています。第3の開国を前に、民主党農政と自民党農政の政争の余地はありません。

 日本を、あきらめない。

[お知らせ1 はじめ]

 「国会傍聴取材支援基金」を設けました。他メディアにはない国会審議を中心とした政治の流れをこのブログで伝えていきます。質素倹約に努めていますが交通費など諸経費がかかります。

 「国会傍聴取材支援基金」の創設とご協力のお願い

 ご協力ください。どうぞよろしくお願いします。

[お知らせ1 おわり]

[お知らせ2 はじめ]

 会員制ブログで今後の政治日程とそのポイントを解説しています。

今後の政治日程 by 下町の太陽

 最初の1ヶ月は無料で試し読みできます。取材資金にもなりますのでご協力下さい。

[お知らせ2 おわり]

[お知らせ3 はじめ]
 このブログは次のホームページを参考にして、記事を作成しています。

 最近の法律・条約(内閣法制局ホームページ)
 衆議院議案(衆議院ホームページ) 
 今国会情報(参議院ホームページ)
 予算書・決算書データベース(財務省ホームページ)

 衆議院インターネット審議中継
 参議院インターネット審議中継
 国会会議録検索システム(国立国会図書館ホームページ)

 民主党ニュース(民主党ホームページ)
 goo ニュース

[お知らせ3 おわり]

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

李克強首相誕生 習近平国家主席から任命される 岡田克也・小沢代理戦争は小沢氏に軍配

2013年03月19日 19時03分43秒 | 岡田克也、旅の途中

[写真]岡田克也前副総理と李克強・中国新首相、2008年7月、岡田かつやTALK-ABOUTから。

 岡田かつや、ロングロングウェイ。は、以前と同じカテゴリー名「岡田克也、旅の途中」に改名します。

 ◇

 中国大使館ホームページによると、「開会中の中国第12期全国人民代表大会(全人代)第1回会議の第5回全体会議が15日午前、北京の人民大会堂で開かれ、李克強氏を首相にすることが決定」しました。

 昨年来の報道の通り、習近平さん(59)が国家副主席から国家主席(兼)中国共産党総書記に昇格。李克強さん(57)が副首相から首相(国務院総理)に昇格しました。中国では共産党大会は5年に1度ですから、向こう5年間は習国家主席、李首相の体制が続くはずです。中国大使館のホームページの書きぶりですと、「習近平国家主席は第1号主席令に署名し、会議の決定に基づき、李克強氏を首相に任命した。」とあります。太子党の習さんと、共青団出身の李さんの権力闘争は、習さんの勝利で終わりました。

 話は変わりますが、バチカンではローマ法王ベネディクト16世(ドイツ出身)が2013年2月28日に退位し、3月19日、第266代教皇にアルゼンチン出身の枢機卿が、フランシスコ1世として即位します。英語では「フランシス」という発音になるようですが、初めてのアメリカ大陸出身の法王になります。私は、黒人法王かとも思いましたが、大西洋側のアルゼンチンとはいえ、アメリカ大陸は言うまでもなく環太平洋。アメリカ合衆国のサンフランシスコの地名の由来と同じようです。横浜開港以来150年間、サンフランシスコでの日系人収容所と太平洋戦争という一時期をのぞけば、日米に横たわる太平洋は常に平和な海であり、豊穣の海でした。まさに太平洋の時代が名実ともに到来したといえ、武者震いを感じます。

 さて、中国に戻ります。習国家主席は小沢一郎さんと仲が良く、李首相は岡田克也さんと仲が良かったので、この代理戦争は小沢さんの勝ちということになりました。ただ、やはり国民の間では、二世議員である太子党への反発があるようで、李首相には朱鎔基元首相のようにリーダーシップある首相になってほしいとの声もある、と報じられています。

 岡田さんは野党時代から李さんと仲が良く、「李さんとは、ここ10年ぐらいになりますが、なるべくお付き合いを深めようということで、6回か7回お会いをしてきました」「階段を上がるごとに、人間のスケールが大きくなって成長してこられたということを感じながら、お付き合いをさせていただいていました」と語っていました。

 岡田さんの曾祖父にあたる三重県三重郡最大の旧家である高田隆平さんが、孫文の支持グループの一員として、孫文を泊めたことがあり、岡田さんは衆院議員になってから孫文に興味を持っています。当時の日本は日露戦争で勝利したバブル期で、莫大な外債があることも知らずに、勝利の美酒に浮かれていた時代です。

 日本はプラザ合意によるバブル景気が崩壊したジリ貧から、東日本大震災による原発停止でドカ貧になっています。力強く、太平洋へと、大陸へと、国を開いていかなければなりません。

 人生チャンスは一度きり。そう心得るべきです。でも、あきらめたらそこで終わりだし、国は生き続ける。孫文は8回失敗して9回目に辛亥革命を成し遂げたそうです。私たちもまだまだ、旅の途中です。

 

[お知らせ1 はじめ]

 「国会傍聴取材支援基金」を設けました。他メディアにはない国会審議を中心とした政治の流れをこのブログで伝えていきます。質素倹約に努めていますが交通費など諸経費がかかります。

 「国会傍聴取材支援基金」の創設とご協力のお願い

 ご協力ください。どうぞよろしくお願いします。

[お知らせ1 おわり]

[お知らせ2 はじめ]

 会員制ブログで今後の政治日程とそのポイントを解説しています。

今後の政治日程 by 下町の太陽

 最初の1ヶ月は無料で試し読みできます。取材資金にもなりますのでご協力下さい。

[お知らせ2 おわり]

[お知らせ3 はじめ]
 このブログは次のホームページを参考にして、記事を作成しています。

 最近の法律・条約(内閣法制局ホームページ)
 衆議院議案(衆議院ホームページ) 
 今国会情報(参議院ホームページ)
 予算書・決算書データベース(財務省ホームページ)

 衆議院インターネット審議中継
 参議院インターネット審議中継
 国会会議録検索システム(国立国会図書館ホームページ)

 民主党ニュース(民主党ホームページ)
 goo ニュース

[お知らせ3 おわり]

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

民主党綱領、2013年2月24日採択へ 政権交代ある政治の原点「新生党綱領」と見比べるべきだ

2013年02月03日 10時10分56秒 | 岡田克也、旅の途中

【パシフィコ横浜で小沢容疑者逮捕!】

 共同通信によると、横浜市みなとみらい21地区(MM21)のパシフィコ横浜で、小沢亘容疑者が逮捕されたそうです。金髪のかつらをかぶってサングラスをかけ、黒のタイツにショートパンツ姿で女装して女子トイレに入ったそうで、パシフィコ横浜の小沢容疑者は人を欺くのがみえみえということでしょうか。戸部署もいい仕事しますね。

【民主党は新綱領採択へ、20年前の新生党綱領を読み直す】

 生産的でない話はこのくらいにして、
民主党は2013年2月24日(日)の定期大会で新綱領を策定します。私は、政権交代可能な小選挙区制が担保されていれば、二大政党の綱領なんてどうでもいいと考えているので興味はありません。ただ、改革政党としての原点である20年前の新生党基本綱領は今日でもいきるよくできたものだと感じます。そのうえで、民主党の「私たちの基本理念(1998年4月)」は岡田克也さん、枝野幸夫さん、川端達夫さんが1週間で書いたものですが、改めて読むと、「第2に、経済社会においては市場原理を徹底する一方で、」と明らかに岡田さんが原文を書いたとしか思えないところもあります。これは「岡田克也さんの理念」であって「原理主義政治家・岡田克也の理念」でもないし、民主党の理念でもないでしょう。


 ただ、衆議院選挙制度でも比例代表はあるし、参議院は中選挙区が残っており、現行選挙制度では「政権交代ある二大政党政治」は担保できていません。これだけ言われたのだから、綱領をつくってもいいでしょうし、細野豪志幹事長の情熱とたたき台は支持します。このたたき台で良い。細野さんはこの仕事を仕上げれば、議席は少なくても優秀な人材がひしめいている「岡田内閣官房長官レース」でトップに立てるんじゃないかな。

 もちろん、作業のなかで、綱領に「リベラル」などという共産・社会主義的な言葉が少しでも入ったら、民主党国会議員の大部分を占める無産階級議員は、落選し、無職となり、惨めな人生を送ることになりますから、これは強く警告します。

 自由主義を意味する「公正」と「(自立と)共生」の2語は絶対に入れる必要があります。まあ、それ以外はどうでもいいかなあ、というのが正直な感想です。

 綱領より大事なのは、選挙制度であることはいうまでもありません。

 羽田孜の政治改革を次の20年へ。20年後、岡田克也さんは80歳になっていますから、それまでには政権交代あるしくみと政権獲得時や下野時のルール、人事配置のあり方、官僚と与野党の接触の仕方、答弁、議員立法のしくみはっかりと後世に残せる状態にしなければいけません。アジア・アフリカ・中東諸国の政府・国会の派遣で、「政権交代ある政治」のしくみを学びにきてもらえる「リンゴと二大政党」の日本にしなければなりません。まっすぐに右向きに、日本を良くしていきましょう。

新生党の基本綱領(1993年6月)

一、わたしたちは、抜本的政治改革を速やかに実現し、国民の皆さんの参加、公開にもとづく新しい時代に即した民主政治を実現する新しい日本をつくります。
一、わたしたちは、不況からの脱出に全力を挙げ、諸制度を緩和し、社会的公正をはかりつつ、健全な市場経済を発展させる新しい日本をつくります。
一、わたしたちは、国際社会の責任と役割を自覚し、世界から信頼される新しい日本をつくります。
一、わたしたちは、地方中心で、活力ある政治、経済、文化などを発展させる新しい日本をつくります。
一、わたしたちは、かけがえのない地球を守る新しい日本をつくります。
一、わたしたちは、教育を国づくりの根本とし、生活者の視点に立ち思いやりのある諸政策を実行し、充実した人生が送れる新しい日本をつくります。


民主党綱領 たたき台(案)

民主党綱領検討委員会役員会

前文

 日本は古来より東西文化を融合し、大いなる繁栄と独自の誇るべき文化を発展させて来た。多大な犠牲をもたらした先の大戦からも見事に復興をとげた。

 しかし、経済の長期停滞、少子高齢化、人口減少による国力の低下に加え、新興国の台頭による国際的な地位の低下は、旧来の政治を機能不全とし、国民には長期にわたる閉塞感と不安感が広がっている。

 このような状況下で発生した東日本大震災及び福島第一原発事故は、未曾有の被害をもたらし、我々に生き方や、物質文明、科学・技術のあり方までも問い直している。

 大きな変革期を迎えた今、古い政治と決別し、公平・公正・透明なルールのもと、国民が生きがいをもって働き、互いに負担を分かち合う持続可能な社会を再構築しなければならない。そして政治家、政党と国民が信頼関係を築かなければならない。

 政権交代の成功と挫折を経験した今、我々は改めて原点を問い直し、さらなる進化を遂げ、国民政党として再生する。

綱領

一 基本的立場

 1998年、我が党は、「生活者」「納税者」「消費者」「働く者」の立場に立つ者が集まって誕生した。同時に、今と未来の世代に希望、幸福、安心を贈るべく、古い政治を変える意欲を持つ改革者が集まった改革政党でもある。我々は、この原点を忘れず、統治機構改革、規制改革、地域主権改革など政治社会の変革に取り組む。

二 共生社会

 すべての人に居場所と出番があり、互いに支え、支えられることは歓びである。この人間社会の可能性を、我々は「新しい公共」と呼び、これを支援することで人間らしい生き方のできる社会を目指す。中央政府が吸い上げてきた公共空間を地域に還し、地方政府、学校、NPO等多様な主体が連携しあう、強くてしなやかな共生社会をつくる。

三 正義と公正

 我々は、すべての人々が互いの人権を尊重し、正義と公正が貫かれる社会、男女協働を真に実現し、すべての国民が健康で文化的な生活を送れる社会、生涯を通じて必要かつ十分な学びの機会と環境が確保される社会をつくる。

四 幸福のための成長

 我々は、個人の経済的な自立を支援しつつ、弱い立場に置かれた人への温かい眼差しを忘れない。経済成長を目指しつつ、その果実を働き暮らす人々の真の幸せに役立てていく。得られた収入や時間を自己だけでなく他者を支える糧ともする、そんな人々の厚みを増やす。

五 安全保障と国際貢献

 我が国の豊かな文化や技術は海外との開かれた交流の中からもたらされた。我々は、外交の基軸である日米同盟を深化させ、隣人であるアジアとの共生を実現し、国際社会の平和と繁栄に貢献することで、「開かれた国益」を増進する。厳しさを増す安全保障環境に対応するため、専守防衛の原則の下、自衛力を着実に整備し国民の安全と領土を守る。

六 政治姿勢

 我が党に集う者は、様々な経験を積んで自らの意思で政治に携わっている。我々は、地域社会に根差した活動と、地域住民との触れ合いの中から課題を見出し、行動する。積極的な議論と結論の遵守を旨とし、健全な党内統治に貢献する。公開・参画・対話を重んじ、国民との協働による政策の決定と実行を目指す。

[お知らせ1 はじめ]

 

 「国会傍聴取材支援基金」を設けました。他メディアにはない国会審議を中心とした政治の流れをこのブログで伝えていきます。質素倹約に努めていますが交通費など諸経費がかかります。

 「国会傍聴取材支援基金」の創設とご協力のお願い

 ご協力ください。どうぞよろしくお願いします。

[お知らせ1 おわり]

[お知らせ2 はじめ]

 

 会員制ブログで今後の政治日程とそのポイントを解説しています。

今後の政治日程 by 下町の太陽

 最初の1ヶ月は無料で試し読みできます。取材資金にもなりますのでご協力下さい。

[お知らせ2 おわり]

[お知らせ3 はじめ]

 

 このブログは次のホームページを参考にして、記事を作成しています。
 最近の法律・条約(内閣法制局ホームページ)
 衆議院議案(衆議院ホームページ) 
 今国会情報(参議院ホームページ)
 
予算書・決算書データベース(財務省ホームページ)

 

 衆議院インターネット審議中継
 参議院インターネット審議中継

 国会会議録検索システム(国立国会図書館ホームページ)

 民主党ニュース(民主党ホームページ)
 goo ニュース

 

[お知らせ3 おわり]

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石井一議長、岡田克也最高顧問が海江田代表に拍手 羽田雄一郎さん公認

2013年01月22日 20時44分19秒 | 岡田克也、旅の途中

[写真]2013年最初の常任幹事会に集まった(左から)北澤俊美副代表、岡田克也最高顧問、菅直人最高顧問、輿石東参院議員会長、石井一議長、海江田万里民主党代表、2013年1月22日(火)、民主党本部内、筆者撮影。

≪民主党復活元年の常任幹事会開かれる≫

 民主党は今年初めての常任幹事会(第574回常任幹事会)を2013年1月22日午後、民主党本部で開きました。

 石井一議長(参院今夏改選)は、「きょうは本年最初の常任幹事会です。我が党は存亡の危機にある、という責任感の下に、常任幹事会が火の玉となって我が党が反転攻勢をスタートさせなければならない」と短くあいさつ。「海江田代表から年頭のごあいさつと決意の表明をしていただきます」と議事を進め、海江田万里代表が立ち上がると拍手が起きました。

 これには感動しました。というのは、昨年末の両院議員総会で野田佳彦代表が辞任を表明したときに、拍手も「ご苦労さん」という掛け声も一切かからなかったからです。これが民主党なんですね。しかし、年が明け、多少なりとも余裕が出てきたのでしょうか。

≪ピン議長、岡田克也最高顧問ら新生党シンドバッド4人衆がにらみを利かせば民主党は必ず復活できる≫

 民主党は大丈夫なのか?と聞かれれば大丈夫といえるでしょう。なぜならば、きょうの常任幹事会には、石井一議長のほか、岡田克也最高顧問、北澤俊美副代表、前田武志・企業団体委員長の4人が集まりました。来週からはじまる国会は「宮澤うそつき解散」から20年の節目になります。あのとき、いかだに乗って船を出た新生党シンドバッド合計44人のうち、4人がにらみを利かせている限りは大丈夫です。

 こうしたやっとできた政権交代ある二大政党制を見届けるように、昨年末、羽田孜さん、渡部恒三さん、藤井裕久さんの3人の最高顧問という名のシンドバッドが引退しました。そして、反転攻勢の年明けでも、新生党シンドバッドの健在ぶりを発揮しました。

≪バランス感覚ある細野幹事長が党綱領たたき台に新生党色を盛り込み、KEEP RIGHT ≫

 民主党綱領のたたき台を決めましたが、前文は「日本は古来より東西文化を融合し、大いなる反映と独自の誇るべき文化を発展させてきた」と保守色の強い書き出しとなりました。そして「政権交代の成功と挫折を経験した今、我々は改めて原点を問い直し、さらなる進化を遂げ、国民政党として再生する」としています。まさに私たちの20年の実験が、次の世代に引き継がれることを宣言しています。

 そして、基本的立場では「1998年、我が党は」として、立党日を正式に1998年と定めました。「我が党は生活者、納税者、消費者、働く者の立場に立つ者が集まって誕生した。同時に、今と未来の世代に希望、幸福、安心を贈るべく、古い政治を変える意欲を持つ改革者が集まった改革政党でもある」と明記されました。このように、政治改革、行政改革を進めてきた私たちの主張が、ややセンターレフト的な「生活者の党」から、しっかりと、KEEP RIGHT されて、「改革政党」と明記されました。しっかりとMIGHTY HAND である右手で財政をグリップしなければ、貧しい人々の生活を救えません。

 そういう私たち、「二大政党・自立と共生」を体現してきた新生党20年の歩みと、それを社会保障と税の一体改革で昇華させた細川元首相・日本新党代表の一番弟子、野田佳彦首相の努力が体現化されました。私は海江田さんは保守だと信じていました。そして、細野豪志幹事長はバランス感覚にすぐれているようなので、私たちの思いをしっかりと文章に取り込んだものだと考えます。

 新生党44人衆のうち、4人がしっかりとにらみを利かせている限り、必ず民主党は再生します。

≪健全野党・民主党、海江田代表、まずは「アルジェリア人質対策本部」から報告≫

 さて、ピンさんに促されてあいさつに立った海江田代表は「ただいまお話がありましたとおり、きょうの常任幹事会は本年最初の開催であります。ただ、私はあえておめでとうございます、という言葉は申しません」としたうえで、「いくつか私からご報告をさせていただきます。一つ目はみなさん、ご承知置きのことと思いますが、アルジェリアの人質事件のことであります」と述べ、対策本部を設けて、これまで3回会合を開いたことから報告しました。

 野党第1党が、このような政府の専権事項である外交案件の対策本部の話から入ったのも異例でしょう。これだけでも、前に進んだんだと考えます。

≪人質事件、ダッカ事件がつなぐ、ピンさんと岡田さんの運命の糸≫

 実は4人のシンドバッドと言っていますが、ピンさん、岡田さんと私はまったく党籍が一緒ですが、前田さん、北澤さんとは一時党籍がずれています。新進党が第41回衆院選に負けた後、意地汚く小沢一郎党首が居座ったことに抗議して、太陽党が結党されました。そのボートに乗りかけて、最後まで新進党に残る決意をしたのが、ピンさんと岡田さんの2人だけであり、初当選が21年も違うのに、2人は親友です。

 そして、その2人をつなぐ奇妙な歴史の糸があります。それはダッカ事件です。

 第11回参院選で「自民党は過半数割れ、新自由クラブを入れると過半数維持」という微妙な勝ち(引き分け)となった福田赳夫首相(自民党総裁、清和会会長)は、その直後ダッカ事件に見舞われます。ここで、福田首相はアメリカ人人質の解放をあせり、「人命は地球よりも重い」という訳の分からない言葉で、日本に収監されているテロリストを世に放ちました。これが現在にいたるまでテロルの連鎖を巻き起こしています。清和会が四半世紀ぶりに政権を担ったときに「9・11」が起きたのも偶然とは言い切れないでしょう。

 このダッカ事件の首謀者の一人「西川純」。

 私は冒頭で、代表に握手できる民主党に驚いたと当たり前すぎることを書きました。自民党では、この清和会・福田首相(党総裁)の判断にしたがって、日本を代表して、人質をつれていったのが、運輸政務次官だった石井一さんです。

 そのときのことを福田康夫さんは2007年10月16日の第168回臨時国会の参院・予算委で「今から30年前にダッカ事件ございましたけれども、あのときに石井先生は運輸政務次官でございましたね。そして、人質と一緒に中東まで行かれたという、本当に命懸け、本当に命懸けだったと思います。そういうことをしてくださったということでございます。そのおかげで皆さん無事で帰国できたということで、あのときはみんな日本じゅうほっとした気持ちでおったわけですね」としています。

 石井さんの派閥を超えた自民党愛が、いやむしろ国を愛する気持ちが日本を救ったわけです。ただし、福田さんは「今になっていろいろとそのときの決断がどうのこうのという批判めいたこともございました」「石井先生のそういう当時の政務次官の活躍も含めて評価は私は当時は高かったんです」「ですから、表立って批判する人は極めて少なかったというふうに記憶」しているとしました。事実上、「人命は地球よりも重い」との父の判断が間違っていると、エネルギー開発関連会社でニューヨークに勤めたこともある福田康夫さんが悩んでいることが明らかになった答弁でした。

 当時は、これに抗議した福田一法相が辞任し、石井一・福田一の「ピン・ピンコンビ」によって自民党は救われた格好となりました。ですから、後ろ盾である清和会を救った経世会のピンさんに無礼を働いた大阪地検特捜部は恩知らず。知らなかったとはいえ、つぶれて当然です。

 そして、「西川純」と岡田さん。

 おどろくべきことに、岡田克也さんの高校の2年先輩です。岡田さんは自伝で「それからの学内の日々は、(西川ら)3年生の多くが封鎖続行を唱え、私たち1年生が授業再開を主張するという構図で過ぎていった」と振り返っています。岡田さんは「毎日、生徒集会が開かれ、議論がつづいた。私も授業再開の観点から何度か発言した」としています。

 ここまでなら「岡田さんらしい」と思う読者も多いでしょうが、なんと岡田少年は「一方で社会の不正や矛盾を訴える封鎖続行派の意見に、説得力も感じていた」と西川らに同調した面もあるとの驚くべき証言をしています。「機動隊の導入によってあっけなく解かれた。(授業は再開し、)日々の生活は不条理なほど急激に元に戻っていった」ために「私は虚脱感のようなものにさいなまれた」(岡田克也著『政権交代ーこの国を変える』52ページ、講談社刊から)。

≪20年前の通常国会、経済演説をした大臣はだれ?≫

 このようにして21年も初当選が違う、ピンさんと岡田さんが熱病のように、宮澤うそつき解散に飛び込んでいった。あれから20年目の通常国会。

 そしてあの第126回通常国会の召集日に経済演説をしたのは、船田元・国務大臣なんですね。彼も新生党44人衆の一人です。昨年末めでたく国政復帰した自民党の船田先生。あれから20年入閣することなく、1期生だった岡田さんは外相、副総理を歴任、北澤さんが2つの内閣で防衛相、さらには当時2期生ながら自ら作った小選挙区制にてこづった前田さんも国交相になりました。やはり改革の党として、この20年がんばってきた4人のシンドバッドがにらみを利かせれば民主党は大丈夫です。

≪伝わらなかった世襲問題、羽田雄一郎さん、参院長野選挙区で公認、4選へ≫

 しかし、私も含めてシンドバッドの目が曇り、あの日の勇気と志が知らず知らずのうちに小さくなっていることがあります。昨年末、私は大いに反省しました。民主党は世襲新人は公認しないとの方針で総選挙に望みましたが、世論はまったく反応しませんでした。これには私は驚きました。私は世襲は大問題だと考えます。憲法違反だとすら思います。しかし、私は自分自身の認識と世間のとらえ方のギャップの中に知らず知らずのうちに、私自身も「永田町ムラ」の一員となり、説得力を欠いてしまった面があったのだと反省しています。

 同志を助けるために、千曲会の決定がありながら、衆院長野3区に出馬しなかった羽田雄一郎国交相の勇気とおもいやり。それこそが私たち新生党羽田ファミリーの原点です。きょう、第23回参議院議員通常選挙長野県選挙区で、民主党常任幹事会は、羽田雄一郎さんを公認候補(予定者)に決定しました


[写真]羽田雄一郎、第23回参院選長野選挙区公認候補(予定者)、政府インターネットテレビから。

 第180通常国会の真ん中で前田国交相が参院で問責決議をくらい、1ヶ月前後、法案審査がとまりました。もともと国土交通省は4省庁が合併したため、初めから国会提出法案が多かったのですが、羽田大臣は卒のない答弁で、改正海上保安庁法などどんどん成立させました。その能力は、世襲議員ならではのものであり、世襲議員を全否定すべきではないと私は考えます。ただ、衆院側で世襲すると出世が早すぎるという問題点を指摘したいところです。

 第181回臨時国会の冒頭では、衆・国土交通委員会に与党・民主党の副大臣が現れないという事態が発生しました。このときも羽田大臣は「冒頭、初日より、副大臣が出席できないということになりました。今、詳細、しっかりと調べさせていただいておりますが、次回の委員会の中で、本人からのおわびと、そして御説明をさせていただきたいと思いますので、本日のところは御容赦いただきたいと思います。よろしくお願いいたします」とわびました。結果として副大臣は激しい腹痛で病院に直行しており、連絡が遅くなったようです。この2週間後に解散。この副大臣は郵政選挙で小選挙区で当選した猛者ですが、第46回衆院選では落選してしまいました。ところで、この委員会は定刻から17分遅れただけで開議しました。これは以前の国会なら野党が怒って開会できずに流れてもいいような話です。しかし、野党・自民党はそうせずに、どんどん会議を開いて、解散を勝ち取りました。これも、もともとは羽田先生らの改革の力なんです。

 ところで、千曲会の一部に誤解があるようですが、雄一郎さんの衆院長野3区出馬を岡田さんがあれだけ強行に反対したのは、羽田ファミリーが大好きだからです。というのは、言うまでもなく、「政治の父」と仰いでいた小沢一郎さんがあんなふうになっちゃって、7期生58歳で副総理になれたとはいえ、新生党仲間も減ってきた岡田さんとしては、「政治の母」である羽田先生が最後の最後に20年間言ってきたことと違う行動を取るのは、羽田先生の政治人生の否定だと感じたわけです。平成5年政治改革では、小選挙区になると世襲が減るだろうという議論はありましたが、世襲制限という話はなかったかのように思いますが、岡田さんはドン・キホーテなので一度思い込めば誰も止められません。その母への愛情が岡田さんの「羽田世襲絶対ダメ」。その思いが本物かどうかは、夏の応援演説で分かるのではないかと楽しみにしています。

≪忘れちゃダメよ、野田総理がクビと引き換えにした「定数削減3党合意」は岡田さんが引き取る、早くも党内一任をとりつける≫

 さて、野田総理が党首討論で「近いうち解散の条件としての定数削減の3党合意」をしたことを忘れてはいけません。総理がクビと引き換えに残したものです。えてして、解散当日は情報量が過大すぎて、こういう情報が落ちます。これを岡田さんが引き継ぐことになりました。まさに最適任といえるでしょう。あたかも、野田「義経」に尊厳ある花道を用意した武蔵坊弁慶が延年の舞を踊りながら、飛び六方を踏む歌舞伎の「勧進帳」さながらの「岡田勧進帳」が第183通常国会の150日間の十八番となりそうです。

 

[写真]政治改革推進本部役員会であいさつする岡田克也最高顧問ら、2013年1月22日、民主党本部内、筆者撮影。

 民主党政治改革推進本部は2013年1月22日、岡田克也本部長、馬淵澄夫事務総長、原口一博副本部長(ネクスト総務相)、松本剛明事務局次長、足立信也・参・政治倫理および選挙制度改革に関する特別委筆頭理事、後藤斎・国会対策委員長代理らが集まり、今国会中の定数削減の3党合意について話し合いました。そして、第181国会に安住淳さんらが提出した「公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律案」(181衆法1号=修正成立、その他の部分は衆院解散により廃案)をベースにして、自民党の細田博之さん、公明党の北側一雄さんとの協議に臨むことを決め、対応を岡田本部長に一任しました。

 くしくも政権交代解散をたたかった、3党幹事長がいわばその後始末のように、定数削減に取り組むことになりました。そして、この3人は1990年初当選のベルリンの壁崩壊後の1期生になります。細田さんと岡田さんは通産省の先輩後輩です。そして、派閥の関係であまり動けなかったようですが、細田さんも政治改革を実現する若手議員の会に心を寄せていたようです。これは、最近細田さんがジャーナリストの田原総一郎さんの番組で、宮澤うそつき解散に言及したときに突然興奮しだしたことで分かりました。あの熱病のような政治改革は、田原さん抜きにはけっして語れず、田原さんとの番組に出た1990年ないし86年初当選組の興奮は隠し切れません。1期生ながら社公民路線で消費税廃止法案の提出者・答弁者となった北側さんも岡田さんと新進党の3年間をともに過ごした仲です。

 海江田さん、細野さんともバランス感覚のあるすぐれた政治家のようです。しっかりと、KEEP RIGHT 民主党を実現できそうです。私は、とにかく、思っていることをまっすぐに右向きに、このブログで書いていこうと考えています。もう与党ではないのですから。野党の今こそ、思いっきり羽ばたいていきたい。あのシンドバッド、1993年6月18日から20年間。その勇気があれば、どんな難事でも必ず乗り越えていくことができる。私はこの20年間で、そのたった一事を学びました。そして、そうすれば、必ずうまくいくし、そうできない人のご事情も分かる大人になってきました。そして、だからこそ、これからも、シンドバッドであり続ける。それは弱い人を切り捨てることではなく、それこそが弱い人を救うことにつながると考えています。勇気を持って、KEEP RIGHTです!

[お知らせ1 はじめ]

 「国会傍聴取材支援基金」を設けました。他メディアにはない国会審議を中心とした政治の流れをこのブログで伝えていきます。質素倹約に努めていますが交通費など諸経費がかかります。

 「国会傍聴取材支援基金」の創設とご協力のお願い

 ご協力ください。どうぞよろしくお願いします。

[お知らせ1 おわり]

[お知らせ2 はじめ]

 会員制ブログで今後の政治日程とそのポイントを解説しています。

今後の政治日程 by 下町の太陽

 最初の1ヶ月は無料で試し読みできます。取材資金にもなりますのでご協力下さい。

[お知らせ2 おわり]

[お知らせ3 はじめ]

 このブログは次のホームページを参考にして、記事を作成しています。

衆議院議案(衆議院ホームページ)
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_gian.htm

最近の法律・条約(内閣法制局ホームページ)

http://www.clb.go.jp/contents/

今国会情報(参議院ホームページ)
http://www.sangiin.go.jp/japanese/kon_kokkaijyoho/index.html

衆議院インターネット審議中継
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php

参議院インターネット審議中継
http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php

国会会議録検索システム(国立国会図書館ホームページ)
http://kokkai.ndl.go.jp/

民主党ニュース(民主党ホームページ)
http://www.dpj.or.jp/news

予算書・決算書データベース(財務省ホームページ)
http://www.bb.mof.go.jp/hdocs/bxsselect.html

goo ニュース
http://news.goo.ne.jp/

[お知らせ3 おわり]

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岡田克也最高顧問が年頭所感「2013年はしっかりと日本政治の再生と日本の再生のために第一歩を記す」

2013年01月06日 20時06分13秒 | 岡田克也、旅の途中

[写真]海江田万里候補の応援弁士にかけつけた岡田克也さん、2012年12月11日(火)、東京・新宿区、筆者撮影。

 民主党の岡田克也最高顧問は2013年(平成25年)の年頭メッセージを発信しました。

 「2013年―日本政治と日本の再生への第一歩を記す1年にしたい」と題し、「しっかりと日本政治の再生と日本の再生のために第一歩を記す。そういう1年にしたいものだと考えています」としています。

 第46回総選挙での惨敗について「日本の政治、自民党の政治でうまくいかないから現在の日本があるわけで、自民党に代わる民主党に対する国民の皆さんの期待は、決して失われていない」と、50年スパンの長い歴史観から、自民党にかわって衆院の過半数の候補者を擁立できる唯一の勢力である民主党は底堅いとのパラダイム(大きな考え方)を示しました。

 そして、これからの4年間について、「国民の皆さんの期待に応えられるように、もう一度民主党を鍛え上げる」とし、「能力があり、3年3カ月頑張ってきた多くの仲間が議席をなくす結果となりました。彼らをしっかり支えて、捲土重来を期す。次の選挙でしっかりと民主党の政治をもう一度よみがえらせる必要がある。あるいは、新しい民主党の姿を見せる必要があると考えています」と語りました。

 岡田さんは第44回総選挙惨敗の後も、民主党副代表(仕事は2週間1回、30分程度常任幹事会に出席するだけ)という閑職で、日本列島を2周半周り、総支部長のサポートをしました。次期総選挙で民主党「241」を可能にするために、海江田万里代表らの後方支援に回る考えを明確にしました。

 2013年最初の放送となった、6日(日)のフジテレビ新報道2001の中で、今やあまりにも有名となった歴史的シーン、第126回通常国会1993年6月15日夜の自民党本部6階での、政治改革関連法案を会期末で廃案とするよう党議決定した臨時総務会のシーンが放送されました。


[写真]2013年1月6日(日)放送のフジテレビ新報道2001から。左から岡田克也さん(背中)、浜田幸一さん、簗瀬進さん、増子輝彦さんの各自民党衆院議員(当時)、1993年6月15日、自民党本部6階総務会室前廊下。

 ご覧のように、総務会を開いて政治改革関連法案(小選挙区比例代表並立制、政治資金規正強化、政党助成法)廃案を党議決定し、中選挙区制でのんべんだらりんと永久王国を続けようとする浜田幸一・自民党衆議院議員に対して、猛然と抗議する、左から岡田克也さん(背中)、簗瀬進さん、増子輝彦さんの3人の自民党衆議院議員(当時)。3人とも1990年初当選の1期生で、派閥はそれぞれ別ながら、政治改革を実現する若手議員の会に結集した同志です。なお、岡田さんがハマコーの胸ぐらをつかんでいるようにも見えますが、これは見えざる手です。イチバン背の高いメガネをかけた人物は第46回衆院選で日本維新の会衆院議員(比例東海ブロック単独)となった藤井孝男さんです。安倍晋三首相や野田佳彦前首相は、このころまだ国会議員になっていません。


[写真]簗瀬進さん。


[写真]民主党の増子輝彦副代表。
 
 当時、自民党学生部2年生だった私は、政治改革廃案に憤慨しかけておりました。「政治改革を実現する若手議員の会」の行動は、私にとっては、あたかも正義のヒーローが立ち上がったかのように感じられました。まさに永遠のヒーローです。なお、岡田さんがハマコーの胸ぐらをつかんでいるようにも見えますが、これは見えざる手です。

 あれから20年。今でもこのときの姿が私にとって政治を見る原点であり、ずっと信頼し、尊敬しています。

 そして、この日生まれた子がことし6月中旬には有権者になって第23回参院選に投票するんですね(ビックリ)。

 私のことしの目標は「とことん経済」と「説明力、説得力を高める」。

 「この画像の歴史的意義を説明しなさい」。

 一見、たんなる大人のけんかに見えるこの映像(画像)。これが今の政権交代ある政治につながっている。このことを、当時ゼロ歳児だった有権者にも分かるよう説明する。これは相当なハードルです。

 この問いに答え、かんで含めるように説明し、説得する。全員は無理でも、50・1%の人には分かってもらう。まあ、男子一生の仕事なのかも。ということで、7月に向けて、この場面、何度かブログにも登場させながら、説明していこうと思います。こういうときこそ、原点に帰りたいんでね。

 言うまでもなく、岡田さんは民主党衆院議員、簗瀬進(やなせ・すすむ)さんは第23回参院選全国比例・民主党公認候補(予定者)、 増子輝彦(ましこ・てるひこ)さんは民主党参院議員(2016年改選)ということで、3人とも民主党にいるのは頼もしい限り。

 1993年6月15日~18日にかけての経緯もまたていねいに説得したり、エピソードも増やしながら、国会を中心に、再度、一から積み重ねていきます。

[お知らせ1はじめ]

 「国会傍聴取材支援基金」を設けました。他メディアにはない国会審議を中心とした政治の流れをこのブログで伝えていきます。質素倹約に努めていますが交通費など諸経費がかかります。

 「国会傍聴取材支援基金」の創設とご協力のお願い

 ご協力ください。どうぞよろしくお願いします。

[お知らせ1おわり]

[お知らせ2はじめ]

 会員制ブログで今後の政治日程とそのポイントを解説しています。

今後の政治日程 by 下町の太陽

 最初の1ヶ月は無料で試し読みできます。取材資金にもなりますのでご協力下さい。

[お知らせ2おわり]

tags 政治日程 http://regimag.jp/b/sample/list/?blog=65

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岡田克也さん、初官邸11ヶ月で去る 「ガラスのコップいまだに分からず」

2012年12月31日 15時28分53秒 | 岡田克也、旅の途中

[官邸]歴代民主党員唯一の金融担当大臣を全うした中塚一宏・民主党神奈川12区総支部長と岡田克也さん、2012年12月25日、内閣総理大臣官邸。

 日経平均は大納会で1万円回復、レコード大賞はAKB48が2年連続ということになりましたが、やはり私の予想通り東日本大震災・原子力発電所事故の次の年はより厳しいことになりました。火力発電用の燃料輸入に加えて、輸出では中国向け自動車が激減。そして、日本が7割のシェアをもつデジタルカメラ(デジカメ)は年間1000万台減少ということで、欧州向けはしかたないとしても、もう少し日本人はデジカメを使ってほしいです。というのは、スマートフォン(スマホ)は部品も含めて韓国が断然トップなんです。私は今でもケータイとデジカメを使っています。だから、スマホはやめてほしいですね。とはいえ、原発が爆発する映像を見たときは2度も年を越せると思わなかったので、よかったです。

 姥捨山近くの山のてっぺんの百姓として前半生を送った父は達観したところがあります。松代大本営建設の振動や、国鉄三河島事故の衝突音も聞いています。その父が、「父さん初詣に行こう」と言ったら「もう行かない」と言うので、「もう、なんてさみしい言い方しないでよ」として迎えた平成24年でしたが、父や母と一緒に大晦日を迎えることができました。

 そして、この2012年、とても長い一年でした。第180通常国会が6月21日から9月8日まで延長され、地獄の夏休み。でも、社会保障と税の一体改革法が成立し、我ながらよく頑張ったと思います。

 1月13日(金)、岡田克也さんが初めて官邸入りし、12月26日(水)去りました。

 官邸というのは不思議なところですね。

  岡田さんは官邸入り直後の1月27日ブログで、

 「官邸の会議によく出るようになって感じることは、会議の際に熱い緑茶が出るのですが、これがいつもガラスのコップに入って出てきます。これが官邸の作法のようです」「なぜそうなっているのかと、少し不思議に思っているところです」。

 11ヶ月間の官邸暮らしで、ガラスのコップの不思議は解消したのでしょうか。12月25日の卒業会見で、質問してみました。

 答えはこうです。

 「直接官邸で働いている皆さんには聞いていませんが、あのときにたしか某新聞社のベテランの方から、昔も同じような話があったということを聞かせていただきました。それで何となく分かったような気にはなっていますが、本当のところはよく分からないですね、ガラスのコップでというのはいまだに」

 ガラスのコップ、いまだに分からないようです。

 おそらく、総理府(現内閣府)採用で一定の経験後に内閣官房に転籍した職員に聞けば分かるんだろうと思います。

 岡田さんは官邸を離れる前日に、初めて官邸の庭を散策しました。

 「窓の外から綺麗な庭はいつも見えていましたが、実際に庭に入るのは初めてで、それだけ慌ただしかったということが言えると思います。野田さん(野田佳彦首相=当時)に『官邸の庭に降りたことがあるか』と聞きましたら、『全くないまま終わってしまった』と言われていました」(2012年12月28日付岡田かつやTALK-ABOUT)。

 

 10月の改造で唯一の民主党員の金融担当大臣経験者となった中塚一宏さんと官邸の中庭でパチリ。当選3回47歳で金融担当大臣となった中塚一宏さんですが、落選し、臥薪嘗胆となりました。

 思い返せば18年前の夏。箱根・函南町(かんなみちょう)の新生党研修合宿で、中塚一宏秘書が花火を打ち上げました。新生党秘書会青年部というのは体育会系ですが、実力ある後輩をみんなで支える気質がありました。京都大学花火研究会の出身で、先輩秘書らがサポートしながら、みんなで打ち上げを見ました。成り上がろうとする人が多かった新生党員は、花火研究会というよりも、京都大学の方に反応して、「え、中塚秘書って京都大学出ているの」と複雑な表情を浮かべる人が多かったように感じました。

 秘書会青年部員は何人か国会議員になり、政務三役にもなりましたが、閣僚は中塚さんが初めて。やっぱり京都大学だからかな。リーマンショック後、金融大臣経験者は2人ほど、非業の死を遂げています。イチバン長くやった自見庄三郎大臣は医者として200人に死に水をとったそうで、そういう人が金融担当大臣にふさわしいと感じます。インターネット中継、衆参ねじれの中での金融担当大臣の答弁はたいへんですが、中塚総支部長には民主党員唯一の金融担当大臣経験者として、4年後に絶対に国政復帰してもらわないと困ります!「函南町の花火」忘れませんから。で、あまりに口幅ったいけど、若くしてお父さんを亡くし、小沢さんを父と思ってきたと聞きます。これからは来年還暦を迎える12歳年上の父もいるんじゃないでしょうかね。岡田さんは下の写真のようにポケットに手を突っ込んだ不良青年上がりなので、12歳違いの息子がいてもふしぎではない風情です。


[写真]ポケットに手を突っ込み官邸を闊歩する我らが岡田組長。


 オープンな場での金融の質問は、記者としての私も気を使います。昨年は8月22日に通して貰った特例公債法案が成立せず、会期末が迫ったことし8月31日、夏休みの宿題よろしく、筆者は岡田さんに次のように質問してみました。

 筆者の質問は特例公債法が成立せず地方交付税交付金が削減されたときに、「政府や自治体に銀行が融資をして、利息を受け取れるわけですよね。これは銀行にとって、あまりにも楽な仕事だと思うのです。世の中にこんなに楽な仕事があっていいのかと、そのくらいに思います」 「そういうところで、一般論として、ちょっとすみません、まとまりがない話でしたが、どう思われますか」

 これについて、岡田副総理は、

 「銀行の判断ですね。リスク判断も含めて、それは特例公債法が絶対通るという確信に満ちて対応されるかどうかという問題もあるのだというふうに思います」 

 と答えています。国会であれだけ特例公債法を通してくれといいながら、「絶対に成立するかどうかはリスクがある」と銀行と自民党をけん制しているわけで、支配する社会が違うだけで、副総理とヤクザの若頭は同じようなものだと勉強になりました。本当に勉強になった1年間でした。ちなみにこの質問は2分間にわたってしまい、金融関係記者クラブ経験者からは「長い」と叱られ、実力のあるNHK若手政治記者は「面白い」。で、それが良いか悪いかは別として、動画のなかで私は岡田さんに長いとたしなめられています。それがオープンガバメントであり、それがすべてだと考えます。

 

 当選回数至上主義批判がありますが、やはり政治は長くやっていると達観視できます。岡田さんは第46回総選挙で、民主党・無所属クラブで最古参の自民党出身議員となってしました。民主党・新緑風会には、21年先輩の石井一さん、4年先輩の前田武志さんがいます。

 2・26事件で、松尾伝蔵政務秘書官(心得)から「とうとう来ました」と言われた岡田啓介首相は「何がどれくらい来たんだ?」。松尾秘書官は「兵隊です。300人ぐらいも押し寄せてきました」と語ると、岡田首相はこう言いました。

 「そんなに来られてしまっては、もうどうにもならないじゃないか」(参考文献『岡田啓介回顧録』)。

 そういう風に達観した人が首相官邸という権力の孤独なお城で仕事ができる。「岡田首相死亡」の見出しが朝日新聞で踊りましたが、実際に亡くなったのは松尾秘書官で、岡田首相は生き延びていました。官邸というのは不思議なところです。

 その10年後、岡田元首相は、鈴木貫太郎首班擁立に成功し、戦争を終わらせました。その日以降、首相官邸に陸軍省・海軍省の官僚は常駐していませんでした。防衛庁出向経験がある警察官僚が事務秘書官が総理執務室の隣の隣に常駐し、防衛庁の連絡をとってきましたが、北澤俊美防衛大臣の働きかけで、終戦後初めて、防衛官僚が総理秘書官として官邸に常駐しています。
 
 さて、「政権交代ある政治」という第1目標のかげに、ひそかに持っていた第2目標。羽田内閣退陣後、羽田さんが民主党特別代表にまつりあげられて以来の見果てぬ夢「岡田内閣」は残念ながら実現できませんでした。海江田内閣、細野内閣ということで、3~4年後の民主党政権に向けてがんばっていきたいと思います。岡田内閣は99%ありません。これからは中塚総支部長をはじめ、優秀な総支部長のサポートに回ることになりました。戦後処理ですね。そういう生き方があってもいいと思うし、その方が楽しい。

 99%ないといった岡田内閣。あるとすれば、日本が今以上に国難になったときです。だから、岡田内閣なんてない方が良いに決まっています。
 
 「何となく分かったような気にはなっていますが、本当のところはよく分からないですね、ガラスのコップでというのはいまだに

 「分からない」ということを認める。そういう謙虚さ、虚心坦懐さが欠けていた民主党。選挙に負けたのは当然です。大事なのは、それがより若い世代に引き継がれていくかどうかです。

 そして、人間というものは、アダムとイブの時代から本質的に弱い者ですから、自民党を攻撃することによってしか、存在意義を見つけられないのだと考えます。来年は経済国会です。清和会を中心として自民党経済閣僚の答弁は咳払い一つ見逃さない。わずかな失言を、緩慢な往復ビンタのように、繰り返し繰り返し7月の参院選まで蒸し返す。公明党閣僚の失言は昔の腐れ縁(新進党)で武士の情けで見逃す。民主党質疑者のミスは、ブログに書かず、それとなく事務所を通じて伝える。そうやって、確実に第23回参院選で自民党を負けさせ、組織ごと、自民党の息の根を止めてやる。できれば、景気回復したうえで、自民党が負ければいいのですが、景気回復は外国との関係もあり、神のみぞ知る。とにもかくにも、自民党を倒さなければいけません。私も経済は得意だし、好きですから、経済国会楽しみでしかたありません。

 ファンファーレの音が聞こえます。2013年1月28日第183通常国会召集。最強野党第1党のスタートが近づきつつあります。それは孫文が言った「革命いまだならず」にならえば、「政権交代いまだならず」。政権交代ある二大政党政治に向けて。岡田克也の可能性への挑戦は、まだ始まったばかりです。

 ことし1年間、当ブログをご愛読いただきありがとうございました。

[お知らせ1はじめ]

 「国会傍聴取材支援基金」を設けました。他メディアにはない国会審議を中心とした政治の流れをこのブログで伝えていきます。質素倹約に努めていますが交通費など諸経費がかかります。

 「国会傍聴取材支援基金」の創設とご協力のお願い

 ご協力ください。どうぞよろしくお願いします。

[お知らせ1おわり]

[お知らせ2はじめ]

 会員制ブログで今後の政治日程とそのポイントを解説しています。

今後の政治日程 by 下町の太陽

 最初の1ヶ月は無料で試し読みできます。取材資金にもなりますのでご協力下さい。

[お知らせ2おわり]

tags 政治日程 http://regimag.jp/b/sample/list/?blog=65

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする