民主党の海江田万里代表は2013年9月4日(水)、党規約第24条2項にもとづく「党顧問」に第46回衆院選、第23回参院選に出馬せず勇退した議員OBを委嘱しました。
民主党規約第24条2項は「党に貢献した所属国会議員等で公職を退いた者を党顧問とすることができることとし、顧問は代表が委嘱する」とあります。
「顧問」は以前から民主党規約にありました。ことしになってから1人就任していましたが、正式に役員表に名前が載ったのは今回が初めて。
まさに革命第一世代の交代という歴史的な節目となりました。そして、その第1世代こそ、我々新進党員だったことが明らかになったのです。やっと。
7人は全員が新進党でがんばった議員で、「何一つ良いことがなかった新進党時代」(岡田克也衆議院議員)とも振り返られる新進党勢が、政権交代ある2大政党政治の完成に向けて、民主党ににらみを利かせてくれることで報われた格好となりました。
民主党顧問になったのは、
第80代内閣総理大臣で、自民党経世会、新生党党首をつとめた元長野3区の羽田孜さん(桐花大綬章)。
元衆議院副議長で元通商産業大臣の自民党経世会、新生党副党首をつとめた元福島4区の渡部恒三さん(旭日大綬章)。
元財務大臣で、自民党経世会、新生党副党首をつとめた神奈川15区の藤井裕久さん(旭日大綬章)。
元衆議院副議長で元国務大臣の民社党出身で元大阪16区の中野寛成さん(旭日大綬章)。
前参議院議長で、民社協会出身の岐阜県選挙区、平田健二さん。
元法相で民社党出身の中井洽さん。
元農相で、自民党清和会出身の鹿野道彦さん。
この7名です。
民主党与党期の3年3か月は、全員が現職議員だったのですが、小沢一郎幹事長(除籍)が積極的に若手を囲い込むのに対して、長老として、若手と会話することはまれでした。これは、再入閣の希望が少なかっただけでなく、若手議員と接触すると、応援演説などを頼まれることを嫌がっていたようです。一方、新聞記者には、「あいつら(1期生)任期が折り返しているのにいまだに政調に出ていて駄目だよな」などと悪口を言っていたのかもしれません。
長老からOBとなり、政局に関しては、いっぺんに勘が衰えたでしょう。
しかし、自由に物を言いやすくなったことから、若手が勉強会講師などとして一度でいいから話を聞いてみようという思いを持ってもらいたいと考えます。
大事なのは、新進党出身とか、オリミン出身とかではありません。
二大政党をめざした新進党の志をすべての民主党員が受け継ぐ。そのときに初めて政権復帰が可能になります。
現職では、岡田克也さんと高木義明さんの2人が「民主党改革創生本部長代行」になり、本部長(海江田万里代表)を支えます。原口一博さんが初めて副代表となりました。我々新進党勢の総力を結集して、海江田万里代表らオリミン勢を支えていきましょう。衆院小選挙区比例代表並立制において、何より大事なのは、解党しないということであるという歴史の教訓は、今さら言う必要もありません。
政権交代ある二大政党政治の完成は、これからが本番だし、今がイチバン楽しいなあ、と感じています。民社協会や、公明党、と違って、「新進協会」はありません。私は、このブログを「新進協会」「新進党保存館」だと考えてやっていきます。
そういう意味では、けさの公明新聞で「G-serch」の広告を載せていましたが、「1999年からの公明新聞の記事を全部読めます」とのことですが、公明党機関誌紙局さんは、1993年から1997年までの公明新聞も提供していだきたいですねえ。細川・羽田内閣、新進党時代があるから、過去10年間のほとんどを与党でやってこられたように、私には思えます。パシフィコの誓いを忘れたのですか?
志と足腰が足りない人はどんどんどんどん「解党的出直し」や「野党再編」をして去っていけばいいのであって、私たちがしっかりしていれば、民主党の名前のまま、また政権はとれます。
さあ、いよいよ、始まった第二幕(*^_^*) これからが本番です。
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