雨の帰り道、9時過ぎでひとけはなかった。
「おい、コーヒー飲んで行こう」とお父さんとよく行った喫茶店。
お父さんの薬をもらっていた、お役所体質の調剤薬局(よくアタマに来てたなあ。全然歯が立たなかったけど。筋金入りに紋切り型(^。^))
「だんご買って行こう!♪(≧∇≦)」といつも立ち寄った和菓子屋。
毎週通っていた皮膚科。
病院への道。
どこをみても、お父さんと歩いた姿が思い浮かぶ。
健康だった頃より、どうしても細く小さくなってよろよろ歩いていた、横から支えながら歩いていた姿を思い出してしまう。それでも気持ちは変わらず元気で、楽しむこことに積極的だった。具合悪くてもあんまり騒ぎ立てなかったなあ。
そこは今考えると本当に偉かったなあ。
なんて思い出しながら歩いていると、泣いていた。
夜で、雨が降っていて、ひとけがなくてよかった。
中高年が泣きながら歩いてるのなんか見られたらぎょっとされるもんね(^◇^;)。
朝、遅刻しそうになって慌てて家をでた。
そして途中で気がついた。
マスクしてなかった!
マスクなしで電車に乗るの、勇気ないなあ‥。
と思って気がついた。予備のマスク、ティッシュケースに入ってる。
それは、お父さんが入院していたとき。
病院ではマスク必須なのに、慌てて飛び出して、
マスクを忘れることがときどきあった。
病院で売ってるけど高いんだよね(今考えると安い(⌒▽⌒))と忌々しく思って、
いつも予備のマスクを一枚持っていることにした。
そして、今ではマスクなしでは人混みを歩けないような世の中になってしまった。
でも私は、おかげさまでマスクを持ち歩くことには慣れている!
お父さん、ありがとう。家に戻らずに済んだおかげで、遅刻せずに済んだよ!
あれも一種の予行練習だったのかも
今、仏壇にはお母さんの大きな写真の横にお父さんの写真が飾ってある。
うれしそうに微笑んでいる写真だ。
お父さんは家にいた最後までおやつが好きだった。
どんなに吐き気がしても、食欲なくても、おやつを食べなかったことは1、2回しかない。
それで、今も自分がおやつを食べる時、美味しいものを買ってきたときは、少しだけ仏壇に供える。
お父さんのおやつは量が少ししかだせなかったから、仏壇に供える量と変わらない。
「おとうさん、おやつだよ〜」
と仏壇のある部屋のふすまを開けるとき、お父さんが本当にまだそこにいるような気がする。
満面の笑みの写真は、写真写りが良くて、お父さんぽくない、と最初思った。
すごく温厚そうな人に見えるのだ。
最初は違和感あったけど、今では写真のお父さんがおなじみのお父さんになってしまった。
お父さんのおやつに出そうと思っていた、一口ようかん(期限切れ)。
お父さんがずっと前にパチンコでとってきた、板チョコ(きっと真っ白くなってる)。
お父さんが安売りのお菓子屋で買ってきたハイシーレモンのタブレット(期限切れ)。
お父さんがコンビニで買ってきたファンタ(私は炭酸が飲めない)。
お父さんが冷凍庫で作ったままの、牛乳と砂糖の自家製アイス。
食べ物くらいは捨てよう、と思っても、なんかまだ捨てられない‥。
虫のわいてた、ガラス瓶に入っていた謎の粉は捨てたけど。
そういえば今年もなんか家の中に虫飛んでる。
まだお父さんの隠し球がどこかにあるかも‥
そうじもしなきゃ、かたづけなきゃ、と思っているんだけど、
休みになるとぼーっとして全然やる気が出ない。
お父さんが亡くなるのと前後して、ずーっとうちの近くにあった、お父さん行きつけの場所が
次々と閉鎖、閉店した。
お気に入りの古本屋さん。
英語教室に通っていた、老人会館。
たまにご馳走が食べたいとき、一緒によく食べに行ったチェーンのお寿司屋さん(ランチの幕内弁当がお気に入り!)。
常連さんだらけだった地元のスナック。
遠くに出かけられないようになってからは唯一の楽しみだった、コンビニまでがまさかの閉店!
お父さんとともにみんな逝ってしまったような気がする。
ただでさえ寂しいのに、思い出の場所までどんどんなくなってしまって、本当に心もとない。
でも、その街の風景が、そのままあの世のお父さんの住んでいるところに移動してくれてたらいいなと思う。
そうしたらきっと大喜びするだろう。
回復したら行きたい!と言っていたところばかりだから。
「そうか、オレがもう行けなくなったから、そっちからきてくれたかー。」
と満面の笑顔で幕の内弁当を頬張り、酒を飲み、古本屋を物色して、下手な英語を披露して得意になっている。
「これがやりたかったんだ、ほんと、サイコーだな!」
そんなふうに楽しく暮らしていてくれたらいいな(妄想)。