楽しみのための読書・映画鑑賞・音楽鑑賞について、なんて自分は保守的なのだろうとしばしば思う。どんな感じかもわからない新しい作品を試してみようという気にはなかなかなれない。試してみてがっかりするのが嫌だから、世評の高い作品の中でも自分の嗜好に合いそうなものしか読もうとも観ようとも聴こうともしない。それだけで十分過ぎるくらいの作品があるのだから、一向に退屈しない。だから、わざわざ失望覚悟で新しい作品にチャレンジする気にはなれない。そんな時間、そもそもないし、って思ってしまう。
クラシック音楽は中学生のころから半世紀近く聴いている。高校時代には、クラシック好きの友人もいたりして、それなりに幅広く聴いたつもりであった。十数年前だったか、自分はどんな音楽を好むのだろうか、「客観的に」に確かめてみようと思い、日毎に聴く曲をエクセルの一覧表に記入していき、何回同じ曲を聴いたか、一年余調べてみたことがあった。その結果として、自分でも呆れたのは、頻度の高いのはいわゆる名曲中の名曲に集中しており、それらの曲を列挙すれば、クラシック名曲〇〇選の類となんら変わるところがない。
そんな度し難い保守性を少し変えてくれたのが、アップルやアマゾンなどの音楽配信である(別にリベートをもらっているわけではありませんよ)。職業柄というか、もともと自宅で仕事している時間が長かったが、コロナウイルス禍による外出制限令下、ますます自宅で過ごす時間が多くなった。その時間、ストリーミングで音楽を流し続けることが数ヶ月続いた。
その間、音楽作品には大変失礼な話なのだが、仕事中はまさに聞き流している。もともとそのために作られた音楽ならともかく(あるでしょ、「仕事の効率を上げる」とか、「集中力を高める」とか)、真剣に聞かれることを作曲者が望んでいた曲を、その曲とは何の関係もない仕事のバックグラウンド・ミュージックにしてしまうのは誠に申し訳ないと思う。
他方、「あっ、この曲いいな」と、仕事の手がはたと止まってしまうことがある。今日、そんなことがあった。誰のどの曲だろうと確かめたら、シューベルト弦楽三重奏第二番(D.581)であった。なんとも愛らしい曲で、こういう親密な空気を醸し出してくれる室内楽っていいよなあ、って、しばし聴き入ってしまった今日の午前のひとときでありました。
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