多田富雄の『生命の意味論』は講談社学術文庫の先月の新刊の一冊であるが、その原本は1997年に新潮社から刊行されており、今回の新刊でも科学的データは原本刊行当時のままなので、科学的には最新の研究に基づいて書き換えられなければならない箇所も少なからずあるのではないかと推測される。が、ド素人である私にはまったく見当もつかない。
多田の専攻分野である免疫学についても書き換えを必要とする箇所はあるかもしれないが、多田自身が執筆している『世界大百科事典』(平凡社)の「免疫」の項目と照らし合わせてみると、本書に見られる免疫の定義は基本的には維持されていると見てよいようである。
免疫というのは、ひとつの個体に「自己」でないもの、すなわち「非自己」が侵入した場合に、それを排除したり、あるいは共存したりしながら、「自己」の全体性を守る機構だと考えられている。病原微生物や寄生虫などの「非自己」は、この免疫によって体内から駆逐されるので、生命は個体としての全体性を守り生き延びることができる。臓器移植の拒絶反応もアレルギーも「非自己」を排除する免疫の現れである。
この説明を前提とするとき、西村ユミの『看護実践の語り』に記述されている移植片対宿主病はどう理解すればよいのだろうか。
骨髄移植後に発生することがある急性移植片対宿主病(Graft Versus Host Disease=GVHD)は、移植片が宿主(しゅくしゅ)である患者を「非自己」として認識し、患者の皮膚や消化管などを攻撃するために引き起こされる合併症の一種である。
急性 GVHD の症状が収まっても、視力の低下、呼吸困難、皮膚のひどい乾燥、手の震えなどの症状が現れることがある。これは慢性 GVHD と呼ばれ、移植された骨髄が患者に生着した後に造られたT細胞によって、皮膚や消化管、眼、肺などがトラブルを起こしたものと説明される。
つまり、GVHD は、生命個体である「自己」がそこに「侵入」してきた移植片を「非自己」として排除しようとする免疫の働きとはまったく逆に、「侵入者」が宿主である生命個体を「非自己」として攻撃することで発生する。これは「侵入者」にとって自分がこれから生きるべき場所を確保するための「命を賭けた戦い」だとも言える。
しかし、「侵入者」の宿主に対する攻撃が激しすぎると多臓器不全を引き起こすこともあり、この場合は致命的である。「侵入者」の「圧勝」は宿主とともに「侵入者」自らをも消滅させるという結果に終わるということである。
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