南町の独り言

様々な旅人たちが、日ごと行きかふ南町。
月日は百代の過客、今日もまた旅人が…。

魂ふるえた「蛍川」

2007-01-27 20:10:29 | 読書

30年ほど前の作品ではあるが、不思議な作風と昭和の匂いに心震わせた。
宮本輝氏の「蛍川」と「泥の河」。

「蛍川」のストーリーを簡単に紹介。

事業に失敗し借財だらけの3人家族に突然おこる不幸。
倒れた父親と中学3年生の息子との精神的葛藤。
介護の甲斐なく夫を亡くして路頭に迷う母親は、生まれ育ったこの地に残るか、兄を頼って都会へ出るか思い悩む。

4月に大雪が降ると蛍の大群が飛ぶという。
母と息子(竜夫)は銀蔵爺さんと英子の4人で蛍狩りにでかける。
しかし、なかなか蛍の群れとは出会わない。
もう少し歩いても出会えなかったら帰ろうと、竜夫と英子が決めたとき母はこう考えた。

『人里離れた夜道をここからさらに千五百歩進んで、もし蛍が出なかったら、引き返そう。
そして自分もまた富山に残り、賄い婦をして息子を育てていこう。
だがもし蛍の大群に遭遇したら、その時は喜三郎の言うように大阪へ行こう。』

そして蛍の大群に出会う瞬間を「宮本輝」はこんな風に描く。

『・・・その道を曲がりきり、月光が弾け散る川面を眼下に見た瞬間、四人は声もたてずその場に金縛りになった。
まだ五百歩も歩いていなかった。
何万何十万もの蛍火が、川のふちで静かにうねっていた。・・・』

日本社会はこの30年間である種の「豊かさ」を手に入れたが、あの魂ゆれるような「豊かさ」を失ってしまった。