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福ちゃんの散歩道

コロナ禍で関空での遊びも卒業、栂地区ウオーキングコースを中心に近場の日々の散歩で何か見つけよう。🚶‍♂️🚶‍♂️

昨日の大阪城周辺で・・・・秋も始まりですね〜 周遊しましょう❣️❣️

2016-11-08 07:49:00 | ★大阪城もメチャ面白い😄
昨日(11月7日) 大阪城の秋巡りに最高のお天気です。
桜、けやき、銀杏がそろそろ見頃です
午前は、玉造口から、午後は京橋口方向からが私は好きです。

午前と午後
⑴朝、JR森ノ宮駅から、大阪城玉造口へ







⑵午後、京橋口周辺から。夕陽も最高です。






チョット 御座船に乗ってみた



天守閣を見上げて



秋晴れの散策はいいですね



大阪城の外堀周辺の散歩でした。
何度も訪れていますが、その度に表情と言うか風情というか景色は違います
冷え込みもこれから、漆の木(少ないですが〜)もうすぐ真っ赤になるでしょう

2016.11.7 大阪城外堀周辺にて

大阪城 青屋門で秋を見つけよう‼️

2016-11-03 15:47:19 | ★大阪城もメチャ面白い😄
青屋門(あおやもん)は、大阪城二の丸の北に位置する出入口で、青屋門はその枡形の内側に建つ。
元々は、大阪城の鬼門に当たる裏門だった。その時代、通常では使われない門だった事もあり簡素な造り。現在は、大阪ビジネスパークや大阪城公園駅からの人通りは絶える事がない。
青屋門の枡形は、大阪城の枡形で唯一、外に張出す出枡となっている。


枡形を進むと
青屋門であるが、裏門だったので枡形も質素で、巨石も一切ない。

角度を変えて

青屋門周辺にレンズを向けよう
青屋門


朝陽を受けて


銀杏の木が色ずいている。日当たりもいいからかなぁ




青屋門をくぐりお濠を



青屋門をくぐり戻ります

OBP事務所へ向かいます。振り向いて。秋を見つけよう


チョット石垣を見上げて

朝のブラブラでした
新鴫野橋からのクリスタルタワー


今日も元気で


今日は、久しぶりの秋晴れ、最高のお天気です。
チョット、朝夕冷え込みますね。風邪など引かぬように気をつけよう。

2016.11.2 am 8:00〜9:20 大阪城の青屋門付近にて

余談です

●青屋門は、創建は徳川幕府による大阪城の再築工事が開始された1620年ごろと考えられ、明治維新の大火によって被災し、その後陸軍により改築されたが、昭和20年の空襲により再び大破した。
昭和44年大阪市が残材を利用して再建したのが現在の青屋門である。
・青屋の名について、戦国時代この地にあった石山本願寺の寺内町「青屋町」が由来するとのことである。

●枡形とは、
城郭への出入口である虎口(こぐち)の最も発達した形態で、方形空間を囲んで築かれた箱型の石垣で造られる。
枡形を虎口の内側に設けるのを内枡形といい、これが通常の形式で、外側に設ける外枡形は数が少ない。
青屋門は数が少ない外枡形なのです。

●虎口(こぐち)とは
城郭あるいはその各郭の出入口を言う。小口とも書く。単なる出入口ではなく、防御と攻撃(出撃)の機能を持たせる為、種々の工夫と施設が加わって発達した。


大阪城 刻印石広場。山里丸に数多く展示されている。ブラリと散策。

2016-10-22 05:25:36 | ★大阪城もメチャ面白い😄
大阪城 刻印石の広場・・・400年前の石。これは、大阪城の石垣にあったもので、痛みの激しい石を取り替え、取り外した石で刻印のある石を集めて展示している。
当然、取り替え時は、同じ産地から切り出して、同じ型にしたもので取り替えている。

刻印は大名のシンボルと??
刻印の目的は・・・・石垣の分担施工・・・割普請の担当境目に自分の積んだ事がわかる様に目印として刻印が使われた?又、盗難防止の為、? 建設現場の仕事のアピールして忠誠心がある事を示す為、受持場所の石垣に目印をつけた。?等・・・・・

概略図



風景




大阪城築の巨大プロジェクトの基礎となる石垣土木工事を全国大名に工事場所を割り当て、期限を決めて進めた。まあ、天下普請の規模から各割当担当大名との連携は大変だっただろうな。
工事を担当する大名は、工事に使用する資材、道具や石垣の石は、その石の切り出しから搬送等、工事に当たる人夫を始め工事に関する全てを担当大名の持ち出し負担となる。専制君主時代とはいえ、土木建築技術の素晴らしさには驚きです。当時は、墨と紙の時代です。トータルマネジメントは大変。

●刻印は、400年の風化で判別のつかないものやはっきりとしたものもある
















●刻印は、大名家の家紋や石の産地、奉行の名等の多種多様で判別のつかないものも多い

まあ、素人ではサッパリ判りませんわ(笑い)

●岡山 津山藩 森忠政のご普請エリはどこなのか?? 知りたいが判らない。









河内風鈴:季節外れの風鈴🎐🎐大阪城西の丸庭園で展示されていた。心地良い音色が耳に残る🎶😳😳

2016-10-18 09:37:04 | ★大阪城もメチャ面白い😄
先日、西の丸公園へ


入り口を入ると左側に
河内手作り風鈴を展示していた
季節外れの風鈴だけど、風に吹かれて快い音色が響く



奥に黄金の茶室が見える
秋空に風鈴。良い感じなのですね〜〜

売り物なのだろうか?
西の丸庭園には
あまり、外国人の入園は見かけないので商売にはならない。
単なる季節外れの展示なのか?



風に吹かれて心地の良い音色にウットリの瞬間でした。

◎河内風鈴を知らなかったのでネットで見てみたらなんと・・・・

大阪ものずくり観光推進事業 ホームページのトップに
⚫︎河内風鈴は、ガラスをリサイクルし、手作りで作る風鈴。
『大阪府リサイクル製品』の認定を受けた工芸品ですね〜
◎東大阪市今米2-4-3 風の社 河内風鈴
工場見学やガラス判子作りの体験等

⚫︎代表のコメント
ガラス風鈴を生産している工場は日本でも数軒しか残っていないので、これを機に若い子供達に風鈴の良さが伝わればと思っています。ガラス風鈴は心を癒す音色です。!
と語っておられます。

西の丸公園から天守閣を望む
他場所でのシーン:読書中?


2016.10.12 大阪城にて

石山本願寺跡を訪ねる。大阪城の大手門を進んで右手、観光客は素通りですが〜。序でに、焰硝蔵に立ち寄る。

2016-10-12 19:09:09 | ★大阪城もメチャ面白い😄
●大阪城概図・・・・地図で二の丸の六番櫓の文字の辺りです

●豊臣時代と石山本願寺の比較

●楠や銀杏の木が植えてある



●突き当たりが六番櫓

六番櫓は、二の丸の南部、出角にある。建築は、寛永5年(1628年)秋であった事は確実。
櫓は、7つあったが、現存は、1番と6番のみ。4・5・7番櫓は、戊辰戦争で、2番3番櫓は、昭和20年の米軍空襲で焼失した。





●織田信長との抗争で足掛け10年間戦った末、1580年明け渡し、直後焼失。
詳しくは、ネットで見よう。


この足で、西の丸庭園に現存する
『焰硝蔵(えんしょうぐら)』に立ち寄った。







⚫︎屋根のみ解体修理(1959年)、1685年竣工の火薬庫は、床、壁、天井の全てが分厚い花崗岩で覆われている。
火薬庫としては、比類のない出来で、明治以降も陸軍が利用した。
⚫︎幅2.7m 高さ2.5m. 長さ 15.8m. 瓦は、葵の御紋。
詳しくは、ネットで・・・・・

大阪城を望む

久し振りの大阪城散策でした。 2016.10.12