ヤンゴン徒然
① 切り取られた風景
切り取られた風景の記憶ってある?窓一つの独房に閉じ込められた囚人は、それが塀の前の殺風景な空き地だろうと、長い時間見入るに違いない。
ゴミが散乱した地面、小石と雑草。一日わずかな時間だけ差す太陽の光。雨が降り続けて、漂ってくるドブの匂い。彼は、彼女は、飯を少し残して窓から放り、集まる虫や小鳥を気長に待つことだろう。
ヤンゴンでは、学校が借りている寮に住んでいた。ここが広いのなんの。ダンス教室とヨガ道場が併設出来そうなスペースなんだ。ここに一人で半年住んだ。
この街は表からは分からないが、建物の裏側に広くて細長い空き地が広がっている。一区画の建物群と建物群の間に、幅約5m、長さは30~50mほどのアスファルトの空き地があるんだ。防火帯だな。空き地の両側に排水のドブが流れている。
雨期に行ったら、フザケルナ!と言われるだろうが、実はこの街の排水はとてもよく出来ている。少々の雨なら、水はサっと引く。雨期に水が溜まるのは、排水量をとんでもなく上回る雨が降るからだ。
空き地はどこも汚い。この国の人は、道にゴミをポイポイ捨てる。そしてここは、洗濯ものを干すくらいしか利用されていない。空き地の出入り口は、鉄柵で閉じられ鍵が掛かっているので、住人以外は入れない。
たいていは、野良犬の休憩所になっている。犬たちは、ちょっとした隙間から入り込んできて、所構わずにフンをする。空き地はゴミとフンで覆われる。
寮の部屋の角が、キッチンと風呂場兼トイレ(このセットが二つ)だ。洗濯物を干す張り出し窓の一角があり、頑丈な鉄柵で囲まれている。その横に、非常階段から空き地に出られるドアがある。ドアの外は鉄柵、南京錠。
洗濯は毎日した。バケツで手洗いだ。たいていは、シャワーの時にした。乾期だったので、よく乾く。夜干しても朝までには、ほとんど乾いている。朝干したら、夕方までに毛布でもカラカラに乾く。
その出窓の前に椅子を置いて、喫煙・喫茶スペースにした。一日最低でも10回は座る。ここが落ち着くんだな。
そこから見る殺風景な空き地の風景が、目に焼き付いた。向かいの、色のはげ落ちた、落ち武者のようなビル。排水溝とゴミの空き地。
訪れるものはハト、スズメにカラス。たまにロンジーをはいた半裸の青年、野良犬。そして子猫ほどもあるネズミ。あまりにデカイので、カラスも襲わない。
青年は、たまにしか現れないが、よくご飯の残りを撒くから、ハトやスズメが集まる。ハトの飛翔能力には驚いた。日本の街中で見るドバトなのだが、向かいのビルの窓にある小さなひさしに飛び乗る垂直飛行は見事だ。
二羽が狭いひさしに立つと、たいてい喧嘩をして一羽を追い落とす。朝夕、それぞれの路地の光景が目に焼き付いた。
旅の一瞬の光景も、いくつものストックを持っているが、人生の最期の床で思い出すのは、あの出窓から見た、路地裏の光景なのかもしれない。
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