旅とエッセイ 胡蝶の夢

ヤンゴン在住。ミラクルワールド、ミャンマーの魅力を発信します。

今は、横浜で引きこもり。

香りの記憶

2016年11月29日 18時29分39秒 | エッセイ
香りの記憶   

 海の匂いって何だろう。波打ち際で、太陽に熱せられて海草類が腐った匂いなのかな。風に乗ると随分遠くまで磯の香りが運ばれるが、もし腐敗臭だったとしても不快なものではない。森林の清々しさは、植物が呼吸して空気が浄化したためだろう。吸い込むと酸素が2割増しで肺に入って行くようだ。
 では密林はどんな匂い?本格的な密林は知らないが、ジャングルといえばタイとカンボジア国境での井戸掘りを思い出す。国境の幹線道路の脇に6輪駆動の車を停め、小さな川にかかる丸太を道具を手にして渡り、灌木の林に入る。普段はどうという事もない小川だが、大雨の後で濁った泥水が轟々と流れている時は恐かった。獣道程度は開けていて、上空から陽の光が差し込むから本物のジャングルとは言えない。
 15分ほどカンボジア領内を歩くと、手作りの道路に出くわし開けた広場に出る。ここが難民の暮らす村、バン・サンゲーの入り口だ。戦争でも無ければ、こんな何もない所に村など作らない。村に至る小道は雨季の為に足元一面に水溜まりが出来、その水は深い所で膝に達する。太陽に温められて生ぬるくてぬめぬめとした水だ。水溜まりの中で草が腐り、葉が腐り、死んだ虫が腐る。かすかに吐き気を催す腐臭が、水面から立ち上る。この水は不衛生だ。皆、蚊に刺された小さな穴から汚水が浸みこみ、皮膚が爛れていった。毎日の行きかえりに足が濡れるから皮膚の爛れは悪化して行く。
 痒いので手で掻くと傷口が広がり、軟膏を塗っても治らない。潰瘍は足全体に広がり、お尻の方まで痛痒くなっていった。あのまま乾季が来なかったら、相当ひどいことになっていたと思う。数年先まで痕が残った。村の住民も子供たちの栄養失調はともかく、足に出来たおでき状の穴が木の洞のように深く悪化したり、〝ものもらい〟にかかる少女がたくさんいた。村には大きな溜め池が掘ってあったが、新鮮な水は雨水しかなかったからな。浮遊する対人地雷に怯え、張り付いてくるヒルをライターで剥がすジャングルのぬかるみ道。熱せられた水溜まりと、その中で溶けて腐って行く草や葉、その甘い腐臭。自分にとってのジャングルのイメージはこれだ。
 病院といえば、消毒薬とかすかな便臭。夏の日のスイカの匂い、プーンと香る蚊取り線香、花火の煙。プールでは塩素の匂い。冬はおもちの焼ける香ばしい匂い。甘酒の匂い。食べ物ではラーメンから立ち上る湯気、うなぎ屋の店頭から漂う匂い、カレーの匂い。中華料理は匂いが強い。中華街を歩くと様々な香りが店先から漂う。中華饅の湯気が食欲をそそる。
 アジアの市場の匂いは強烈だ。肉も魚もむき出しで、市場に屋根はあっても大気温は30℃もあるから強烈に匂う。採れたての野菜も花も強い匂いを放ち、香辛料の売り場では目まで痛くなる。麺類等の屋台も加わって独特な匂いのハーモニーに襲われる。あの渾然一体とした空気が好きだ。
 匂いの元は微細な粒だという。子供の頃、田舎道で車の窓から急に飛び込んでくる「田舎の香水」肥え溜めの匂いも、うんこの極小つぶを鼻から吸収しているのかと思うと、なんだかなー。
 雨の降り始めに地面から立ち上る匂い、秋の日のススキが原の風の匂い、小学校の匂い、子供の放つカビくさいような匂い、おばあちゃんの匂い、赤ちゃんの匂い。縁日では焼きそば、お好み焼き、タコ焼き、ゲソ焼き、そして焼きとうもろこし。ソースの香りと醤油の焦げた香り。香りに釣られて買って見て毎回後悔する。期待したほど美味くはないのだ。
 香りから引き出される記憶は尽きない。様々な匂いの記憶のストックは、これからも増えて行くだろう。貴方も開けてみたら、記憶の匂いの引き出しを。

(良い香り)
シャンプー、石鹸、マツタケ、野蒜、花、焼き立てのパン、炊きたてのご飯、美女の汗、菊、梅の花、薔薇、日本酒、梅酒、ウィスキー、ステーキ、焼き肉、お茶、コーヒー、チャイ、天日に干した布団、コンブ出汁、味噌、八丁味噌、鰹節、味噌汁、わかめ汁、コーンスープ、ウニ丼、りんご、レモン、柑橘類、サラミ、蜂蜜、バター、焼き芋、炊きたてのご飯。

(悪い香り)
ドリアン、カエル、ダンゴ虫、オキアミ、メゴチ、おなら、反吐、排気ガス、ゴムの焼けた時、生渇きの洗濯もの、よっぱらいの吐く息、はき古した靴下。
おっさんの汗、手垢のついた古いお札、獣の糞、鶏小屋、火葬場の煙、どぶ、腐敗臭。

(どちらとも言えない香り)
グリース、納豆、くさや、硫黄、ニンニク、沈丁花、ユリの花、お香、線香、パクチ(コリアンダー)、魚の缶詰、チーズ、ドクターペッパー、エンジンオイル、図書館、馬、牛、象、カニ、ネギ、コーラ、茹で卵。


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